民主制の特徴


【200年前のアメリカ人と現代人の共通点】

トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を読み返したのですが、再発見するところが多く、200万年以上前の民主制の国民の特徴と現在とかなり共通しており、当時のアメリカ人の特徴が現代の文明国家の民の特徴だといえます。

トクヴィルは今後、世界中は平均化が伴い、国ごとの特徴がなくなると預言しましたが、まぁかなりそうなってきたと言えます。


【選挙は民意を反映しない】

よく、TVでもネットでも政治家を選んだのは有権者だから、ということで全権委任状を叩きつけていいような風潮がありますが、そんなの三百代言のまやかしでしかありません。

シュペングラーは、選挙は候補者を選ぶか拒否するかのいずれしかなく、政治が民意を反映しているという考えに釘を刺しましたが、私も同感です。

ましてや、投票率が50%台にまで落ち込み、得票数と議席数が乖離する現在の日本では、とても民が指導者を選択しているとは言えないでしょう。


【屠殺人に全権委任する羊の特徴】

トクヴィルは現代人(1840年代当時)の特徴として、

①指導されたい
②自由のままでありたい

というような二つの相反する情熱があると指摘していました。

いわば、①集権制と②国民主権と言ったところでしょう。

この矛盾した情熱をトクヴィルは、

”後見人を自分で選ぶことおを思って甘んじて後見を受ける。”
”鎖の端をもつのは人民自身であることを見て、誰もが後見を受ける。”

と揶揄し、民衆は地方自治の強い貴族制に警戒するあまりに国家に対する集権化を支持するが、いずれ集権化と個人の隷属が進行すると預言していました。結果ずばり預言は的中したわけです。

監視対称である権力者に対して、強いリーダーを望むとかの依存心なんて、まさにその証しでしょう。(私には理解できません)

そもそも、後見人制度って認知症の高齢者とかが財産管理や相続手続などできないから、代わりに重要なことは任せるという制度であって、精神上なんの問題のない有権者が強いリーダーを望むとかいよいよ家畜化した傾向といえます。


【落ちぶれていく日本人】

民主国家においての自由意志がどんなに重要であっても、民衆が自ら考え感じ行動する能力を少しづく失われていき、だんだん人間以下に落ちていくのを防ぐことはできないであろうとトクヴィルは指摘しておりました。

また、自治する習慣を完全に放棄した人々が、どうすれば従うべき指導者をうまく選出できるかを考えるは難しいとも、辛辣の指弾も浴びせています。

福島の復興支援として福島の農作物を応援している一方で、農協の改革やTPP11に反対しないなどということも、厳しい意見ですが同様だと思います。


【同じことを言い続けること】

じゃぁ、どうすればいいのかとなりますが、2012年12月の安倍政権誕生前から警告をほそぼそと個人レベルでしていたのですが、どうにもなりませんでしたし、どうすればいいのでしょうw

まぁ、社会心理学者のモスコヴィッシュの言うように、少数派は一貫して同じ事を言い続ける必要がありますし、常識という名の多数派の考えがまるで通用しなくなった時に備えて、別の選択肢を事前に用意しておくことでしょう。


【余計なことはしなこと】

それまではまぁ気軽に、間違っても圧力かけられて大東亜戦争をやらかした日本は、原発稼働中の中で北朝鮮に圧力をかけるとか、再び核兵器等の被害を受けるような挑発をしたり、米国に盲従してテロをおびき出すようなことをしないことです。

そもそも、対話と圧力って変ですよね。

この思考は消化と放火に相当しており、消防団が放火しちゃダメでしょ。


P・S

トクヴィルは神という存在を肯定しており、神の目は少数の繫栄でなく万人の最大幸福を見ると言及していました。

平等というもは、

”崇高でないがより正義にかない、その正しさはこれを偉大にも美しくする”

とも言っております。

また友人に

”パスカル、モンテスキュー、ルソーと毎日を共に過ごしています”と手紙に書き送っていたようで、かなり進歩的な思想の持ち主でもあり、共感もてるところがあります。

トクヴィルはエドマンド・バークやオルテガらと異なり、決して保守的ではありません。

 

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経済財政諮問会議の骨太の方針ー事実上の移民受け入れ


【経済財政諮問会議の骨太の方針】

NHKを視聴していたら経済財政諮問会議が絡んだ骨太の方針の中に、労働力不足から介護や土建、物流などに対して外国人労働者受け入れを示唆するような報道をされていました。

5年間の滞在期間限定であり、日本語の問題をクリアして専門性があれば永続することも可能なのような内容のようです。


【専門職という名の罠】

選挙で選ばれていない民間議員らの軽率な考えはつっこみどころ満載ですが、介護でいう専門職は最短4週間「介護職員初任者研修」を終了すれば、もうその時点で専門職扱いされます。

資格取得の学校ではレポートも試験も合格するまで繰り返し受けれる所がほとんどなので、まぁ外国人労働者でもある程度日本語できれば、簡単に専門職となれます。

これらのことは物流業界でも同様であり、「フォークリフト運転技能講習」も5日で資格の学校で修了して取得すれば専門職となることでしょう。

そうなると土木建築の業界の「玉掛技能講習」も学校で2日で受講を受けて修了すれば専門職となります。10年前から方針転換していなければ、これを取得することは極めてハードルの低い資格です。


【安易な移民政策は不幸を生む】

三橋貴明さんやかつて介護やガテン系でもコミュニケーションが必要であり、簡単にできないことを指摘していましたが、私も同感です。

私は外国人といえども排斥することを好みませんし、実は移民でもまぁそれなりにありと思っています。

ただ、自国では経済疲弊しておるという理由で日本であれば現在よりもましだろうという安易な意図での移民は、移民した側も受け入れた国民との軋轢が生じ、必ず不幸事が起こることでしょう。


【消費税増税で社会福祉法人や医療法人はブラックに】

介護の仕事は訪問介護、訪問タクシー、病院、福祉法人の老人介護福祉施設(特老)、医療法人の老人介護健康施設(健老)、株式などの民間の施設やサービス付き高齢者向き住宅など内容が様々です。

私の過去ログで指摘したように、消費税を引上げると、医療法人・社会福祉法人などは営利団体でなく、利用者から消費税を取らないから、それが施設や病院の負担となるために採算を合わすために、低賃金・過剰労働を余儀なくされる可能性が非常に高くなります。(消費税還付金を受け取れないのなら当然そうなるでしょう)

民間の事業所が消費税を利用者から取れるかどうかは知りませんが、もうそうなると社会福祉法人や医療法人はぶっちゃけブラックな環境となることは安易に想像できます。

実は、福祉法人の特老(老人介護福祉施設)に入居する人は皆お金をもっていないので利用者からお金がとれないし、民間の有料老人ホームと異なり職員一人あたりの利用者が多いために、現在でも十分な介護が困難で問題あるのです。


【介護の職場にも格差が拡大する】

今回の経済財政諮問会議の民間議員らの外国人労働者の専門職採用で介護の世界に及ぼす結果となることは、恐らく採算のとれない介護施設に外国人の介護者や、定年後の就労や再就職のために未経験の中高年者ばかりになると考えられます。

現実的に介護の現場は安い・休日少ない・有給とれない・他の職種より社会的評価が低いなどの不満が充溢しており、条件のいい介護施設は民間に多く、そこに経験のある介護職員や若い子が集中することになっています。

ただ、物流やガテン職と介護の現場と異なるのは、本質は福祉であり営利でなく、利用者は高齢者や障害者であり、不満とかイライラが直接利用者に反映されやすく、ぶっちゃけ虐待になりやすいのです。

寝たきりの女性高齢者の陰部をスマホで移した事件があったでしょ。そういう意味ではあの加害者の介護職員もまた被害者なのです。


【荒れてる現場が更に・・・】

三橋さんも言っていましたが、介護は三大介護(入浴・排泄・食事)だけでなく、それだと動物と何ら変わりなく、社会福祉法や介護福祉法の観点からの心身の状況に応じた介護、尊厳保持や自立支援などのが加えられるます。

身体拘束も原則禁止されていますし、三大介護だけだと虐待となりかねません。

だから、利用者それぞれの個性や人生観や生きた時代、価値観などを熟知する必要があり、利用者それぞれにあわせた応対をしなければならないのです。

戦争時に物資が不足していたこと、東洋の魔女の東京オリンピックや大阪万博などの知識も必要ですし、団塊が要介護になれば学生運動のことも知っていなければなりません。美空ひばりのことも当然ですし、利用者によれば読んでなくても夏目漱石や芥川龍之介などの名前ぐらい知っていなければなりません。

これらのことを、外国人労働者にとって習得することは現実的に不可能です。

もし愛想の悪い職員であると民間の訪問介護サービスでもチェンジ要求されるだろうし、そうなると要介護3以上の重度のお金のない利用者が多い、職員一人あたりの負担の大きくコミュニケーションをあまりとる必要のない施設に外国人の介護者が集中することになるでしょう。

現在で荒れている介護に現場にですよ。

 

財政黒字化で社会はブラックに


【財政均衡の呪い】

国などの財政黒字化2025年度 国と地方 5年先送りー佐賀新聞Live

>安倍政権は消費税率10%への増税を2度延期したのに続き、増税時の増収分を借金返済から教育無償化に一部振り向けることを昨年決め、それまで目指してきた20年度の黒字化を断念した。


【核弾頭の三橋貴明さん】

まぁ、三橋ブログからのネタですが、今だにこんなこと言ってるのですね。正直、財政出勤派は世論形成に敗北したわけで、その事実は享受しなければなりません。

いろいろ、人格的には批判的なことを一部で言われているのですが、まぁ三橋さんのお金に対する考えは共感を得るところはあり、しかも東京大学名誉教授の伊藤元重氏を名指しで批判できる人は三橋さんぐらいでしょう。(オオカミ少年って)

政治を通じてピンハネしているレントシーカー、竹中平蔵氏も名古屋のTVで名指しで批判していたし、まぁ核弾頭として役目としては大切な人材です。(最近、誤爆しましたが)

池上彰みたいな人間が世論形成の梃子になるわけで、三橋さんや京都学派の連中はエッジが効きすぎて一般受けは無理でしょう。


【亀井先生の功績が消えました】

まぁ、私の立ち位置としてはどうせ崩壊するシステムであろうから、そうなったことを想定して先手を打つぐらいなわけで、それ以上でも以下でもありません。

資本主義が欠点だらけである所以は、手段である貨幣が目的となってしまい、社会の中にある市場が逆に社会を振り回し、二度も世界大戦に導いたという史実により証明されているわけであります。

教科書ではブロック経済にせいにし、自家撞着も甚だしいですけど。

こう述べると、

「お前は共産主義者か!」

とジョージ・オーウェルの『動物農場』の羊のごとく、

「四本足はよい、二本足は悪い!」

と二択を迫られるわけですが。

TVや新聞が企業の金に頼っている時点で、世耕弘成氏みたいなブルジョワ政治家に、亀井静香氏みたいな国民主義者は敗北するのは普通の傾向でしょう。シュペングラーのいう預言通りに事は進んでいるようです。

ブルジョワ政府がマスメディアを通じて、大衆を煽動するって預言です。

亀井先生が民主党時代に郵政株売却凍結させた功績も、安倍政権で一瞬にしておじゃんになったでしょ?

国民の金融資産で国民を助ける事業が成されるアイテムが一つこれで消滅したわけで、最初から負試合だったわけです。


【労働者は常に奴隷と背中合わせ】

もともと近代化により、農奴や奴隷を抱え込むよりも、労働力を商品化させたほうが資本家にとって都合がよく、しかも奴隷は働きが悪く生産性が低いから、米国や欧州では破棄されたという要因が大きいのです。

人道的な意味で奴隷が廃止されたわけではなく、奴隷の赤ん坊から老人まで、労働しない時期まで面倒みなければならず、コスト高だから廃止されただけです。

米国の南部はタバコ・サトウキビ・綿花などの栽培が中心であり、絶えず手を加える必要があり、スペイン系が支配していた地域なので、奴隷制度が支持されていました。

日本のホテルでも寮にしているところが多いでしょ?

ホテルは365日無休だから米国南部の奴隷制度と共通していて、住む所と食べる物をセットにしてそのほうが採算がとれるわけです。
今は知らないけど、パワハラなんて序の口だったわけで、まぁ料理人同士の喧嘩で、包丁で刺さされたという事件にされていない事件もあったようです。(知り合いの料理人の体験談)

365日来るもの拒まず、ぶっちゃけブラックな環境です。


【近代化を知らない日本】

不幸なことに日本は契約の概念が不備であり、これを今更欧州のごとく理性の概念の習俗を形成するにまで至るのは困難極まりないでしょう。

欧州でも、近代化で奴隷や農奴が労働力を商品化しそれを切り売りし、安全を資本家に掌握され、それに対して労働法や労働組合や協同組合などの社会の自己防衛装置を開発するまで、多大な努力をしたわけですが、日本は今だにできていません。
労働組合の存在がダサいとか怠け者とかそういう「空気」が支配しています。

バブル期の漫画の『妻をめとらば』や『いいひと』などの漫画に描写されていた、過労死の問題を即座に解決するべく、ILOの批准を国際標準並みに基準を満たす必要があったわけです。

日本は全て後手後手で、しまいにグローリズムに逆送し、炎上した日本の経済を消化するのに灯油を掛け続けてきたのが90年代の日本であり、98年問題であり、今だに黒字化とか言って炎上中の国家に灯油をぶっかけているわけです。

経済が迷走する前に社会が迷走していたわけで、ポランニーテーゼにより社会の中に経済をはめ込む必要が80年代には課題として取り組むべきだったのです。名ばかりの男女雇用機会均等法もそうです。全て後手後手だった政策とグローバリズムという逆送の結果が今の日本の惨状なわけです。

断言できますが、60年代から80年代にかけての中間層の厚い社会の復興は、時計の針を戻すような処方箋は功を奏しないでしょう。

 

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ブルジョワ政府と障害者排斥


【兵糧攻めで淘汰させる政策】

最近、プライベートが忙しく、スーパーファミコンミニの「パズルでポン」の技術向上に忙しく、ブログを更新しなかったわけですが、久々更新します。

小泉政権時に障害者自立支援法が2006年に施行されたのですが、ぶっちゃけ障害者にその費用を負担させて働けということを促し、結果は功を奏し障害者が利用を控えたわけですが、ぶっちゃけ生活できないものが続出して社会問題となりました。

これらの手法はグローバリスト、主流派の経済学特有の、「飢えを梃子」に働かすというものです。

おにぎり食べたいと言って亡くなった例もありますが、生活保護受給者に対して地方交付金を削減し、兵糧攻めして支給させない手法も全て、基底とするその思想は英国の経済学・ダーウィン主義にあり、これを実践しているのがブルジョワ政府です。

ブローバリストはこれに関しても、不正受給者を叩き、支給額を減額させて追い詰めるわけで、これも、もともと陰気な思想が根底にあるからです。


【民主党のおかげで障害者総合自立支援法が施行】

しかしながら民主党政権時に、障害者自立支援法が改正され、2013年4月に障害者総合自立支援法が実施され、2012年12月に安倍政権が誕生したわけで、ギリギリ間に合い、対称が難病者にも拡大されたわけです。よかったですね。

私は民主党政権時での功績をまるで言及せず、宗主国から年次改革要望書拒否、農業の個別保障制度確立、郵政株売却凍結、公立高校無償など誰も取り扱わないのに糾弾を加えていきました。

それこそ、「自民党がよい!民主党は悪い!」は、ジョージ・オーウェルの『動物農場』の羊たちと同じく、

「四本足はよい!二本足は悪い!」のごとくあまりにも短絡すぎて、この粗雑な思考が苦しまなくてもいい人を苦しめ、死ななくてよい人が死んでしまう結果となると解釈しております。

これでも公がよくて民が悪いと単純にできないわけで、実は公だけに任せても酷い状況になりえることもあります。

事実、障害者・介護施設の扱いは介護保険制度ができる以前、行政が一方的に関与している現状下では、とても人道的でないことがなされていた例もあります。業務の一貫として、機械的に行うために利用者を家畜のごとく扱い、虐待が多くみられていたわけです。


【ノーマライゼーション】

ノーマライゼーションという言葉は、「あらゆる人が普通の生活をできること、そのような生活を保障すること」という意味がありますが、デンマークのバンク・ミケルセンやスエーデェンのニィリエ、アメリカのヴォルフェンスブルガーの考えであり、これはグローバリズムやブルジョワ政府と対峙する思想です。

かつてレーガン政権時に、デンマークの視察が米国の障害者施設を訪問したわけですが、コンクリートの建物の中に家畜のごとく押し込むその環境の酷さに、

「ナチスの障害者の収容所そのもの」

と評価を加えられ、レーガン大統領が憤慨しました。グローバリストって障害者を同胞でなく費用扱いするのが常ですから、こんなものでしょう。だってそこには儲けがありませんから。


【安全保障としてのインクルージョン】

菊池桃子さんが言っていたソーシャルインクルージョンという言葉は、国家の安定には必然的であり、2006年の国際連合の「障害者の権利に関する条約」でも障害者を追い詰めて社会に適用させるのでなく、社会や環境が障害者の多様性にあわせるべきというものに由来しているわけです。

別にソーシャルインクルージョンは、あの人の造語でも何でもありません。たぶん。

しかし、小泉政権時は偶然にも、その年に障害者自立支援法を実施し、逆方向に向ったわけです。グローバリズムと弱者叩きはセットと分析できます。

戦前、社会から排斥された東北のルサンチマンから陸軍の暴走が大きく影響を及ぼし、国家の自滅破壊行動に移った例からして、社会から排斥者を出すという行為は、いずれその従来の社会の崩壊、ひいては国家の崩壊に導くわけであり、もうそれは数多くの社会の変動モデルで警告されているわけです。

格差や弱者排斥の危険性を一番自覚しておかなければならないのは、本当は愛国者なのです。

まぁ、社会から排斥者を出さないのは当然の理であり、今回のTOKIOの山口達也氏の事件も同様であり、彼や極楽とんぼの山本氏や、田代まさしさんも同様なわけで、彼らに芸能界でなくても活躍の場を設ける必要があります。

排斥するとそこに爆弾がしこまれると思ってよいでしょう。


P・S

オカルトカテゴリーでも言及しましたが、今2極化が進行してます。

とことんグロテスクな思想に迎合しそれに追従するグループと、それに辟易として別のものを造り出そうとするグループと分岐していってます。

どちらかのモルフォゲェネティク・フィールド(形態形成場)つまりは集合意識にシンクロするかは本人次第で、どういう社会を築きたいのかはあなた次第です。

 

 

大丈夫、国家は消滅しても社会は存続する


【大丈夫、国家が消滅しても社会は存続する】

まるで国家が消滅すると社会が消滅するかのごとく思えるのは、国家と社会とを分別できていないからでしょう。

オルテガは国家を技術の一つとみなし、完全に社会と分別していました。
私も国家と社会とはまったく別のものだと定義しています。

ちなみに、カール・ポランニーは社会と共同体も分別しています。


【共同体は近代化により破壊された】

社会・・・人間の相互関係が継続・慣習化されそれが構造化された集団。

大体、社会の定義はこれが主流であり、まぁぶっちゃけ社会が絶えることなどまずありえず、社会は存続し続けるわけであり、何ら心配することがないわけです。崩壊して別の社会に変わることはあるけど。

共同体はまさにこれに互酬・家政・再分配という3つの運動が加えられ、まぁ社会もこれらがなされなくなると、崩壊してまた別の形態の社会に置き換わるだけであり、事実共同体を徹底的にグローバリズムにより破壊が、ここ100年以上継続中といったところで封建時代とは別のものとなったわけです。


【国家の歴史なんて短い】

そもそも責任はかつては共同体のものであり、それが個人に付加されたことが近代化の特徴であり、資産のない被治者は労働力を売りに出して、貨幣獲得のために各資本家に隷従するしかなくなったわけです。

貨幣獲得による市場社会というもので、相互関係の形態が一辺したわけであり、産業革命の悲劇・プロレタリアの赤貧の時代の反動が、社会主義・共産主義だったわけです。

しかしながら、国家というものはまず前提となるのが、外敵からの脅威に立ち向かうものとして技術として存在していものにすぎず、第一近代国家といえるぐらいですから、最近発明されたものでしかないわけです。

アメリカが州ごとが独立国家であり、日本もかつて江戸時代まではそうでした。

言葉として「くに」というものは藩を表しており、藩ごとに税収も異なり、単に旧体の幕府に対して外様の薩長がリベンジを果たし、欧米列強に対抗するために明治になり、始めて国家らしきものをつくりあげたのです。

中央集権による平等化は、国家の成立として必然的な要素なのです。


【天皇制という日本教】

明治政府は天皇の名の下に、皆平等というキリスト教の思想をぱくって、天照大神の直系の子孫として、天皇教をつくりあげ信仰させたのです。

今、熱狂的愛国者が必至に天皇教を広めようとしているのですが、そもそも彼らは無心論者であり神話自体を信じていないのに、どこに正当性を持たすのかまるで理解に苦しむわけです。

ダーウィン進化論を信仰して、現人神であるが人間で天皇陛下万歳・・・。
何じゃ、これ。


【概念の整理をしないまま愛国を叫ぶ】

さて、ここで民族というものが介入してくるわけであり、民族と国家を結びつけて国民というフィクションにより同胞意識を高めるわけですが、まぁ民族とは何ぞやと言われれば習俗やら血統やら文化や言語といったものであり、近代化と対峙するものでありながら、これをくっつけちゃったのが近代国家の技術といえよう。

ここらあたりを混同しているから、熱狂的愛国者は中韓北と恐怖のあまりに、グローバリズムにより民族的な要素の国家を売却するのでしょう。


【格差が拡大すると国家は凋落する】

森友学園の運営する塚本幼稚園で、戦前の教育勅語により愛国教育をしているようですが、まぁそんなことをしても無駄でしょう。

中学から愛国教育を道徳に組み入れることも同様です。

トクヴィルは19世紀の時点で、ロシアと米国とが世界を二分に分ける、スタートレックやスターウォーズが象徴するがごとく、米国は宇宙に意識を向けるなどと、預言をしてその多くが成就したわけですが、彼の先見性や分析力の高いことから好評化を現在でも得ているわけですが、他にも面白い発言をしています。

米国はヨーロッパから移住してきた人達から成り立っており、比較的にの平等であり民主的で自分らで国を運営している意識が高く祖国愛に満ちていたわけです。

しかし、この損得抜きの祖国愛は二度と返らぬものであり故に、

前に進み、個人の利益と国の利益の結合を国民の前に明らかにすることを急がねばならない。

とトクヴィルは警告しています。

こんなのロシアのロマノフ王朝末期、ソ連の末期、李氏朝鮮の末期、大東亜戦争前の日本と格差が拡大すると、国家が危機的状況になることなんて当たり前で、説明するのも面倒です。

一度、崩壊した祖国愛など英国のサッチャーが「ビクトリア朝の返れ」とスローガンを掲げて大衆煽動したところで、凋落したイギリスの悲惨さからみて愛国心を煽ったところで、徒労に終わるだけです。

それどころか、サッチャーはグローバリズムにより、国家崩壊の逆方向に舵をとっちゃってしまったのですが、かつての大英帝国はケインズが嘆いたとおりに、まんまとかつての植民地米国により凋落しちゃったわけです。

イギリス発症の利己主義の改善することなく、ひたすら労働組合を叩いたりして、逆のことをやらかしたのです。


【失政のイギリス】

フランスは戦後、本来ならイギリスと手を組みたかったわけです。

ソ連と米国。この巨大な勢力から独立を維持するためには、協力な同盟国が必要だったわけです。大陸ではパワーバランスは基本中の基本ですから。

米国のプードルとなったイギリスを見捨てて、仕方なしにアデナウワー率いる西ドイツと手を結び現在に至るわけですが、フランスと英国と手を結んでいるのなら、現在のドイツ第四帝国はなかったかもしれません。


【騙されたくないのなら古典を読むこと】

トクヴィルは、

地方を首都に従属させて、国全体の運命を一部の手に委ねる不正と人民の直接行動に委ねる危険性

を訴えており、いわば首都の優越という状態の危うさは代議制に重大な攻撃となり、

この制度を知らずにすべて滅んでしまった古代の共和国の欠如と、シュペングラーと言を同じくしています。

そもそも日本は東日本大震災の辛酸から、東京集中型がまずいと学習しておきながら、東京オリンピックとか浮かれて何してんだか。

結構、トクヴィルは先見性が高く、他にも眠れる獅子といわれた清が西洋に食われる危険性も指摘していました。

古典の重要さは賢人の知恵をそのまま読書することにより、彼らの思考をトレースできるからであり、少なくともTVや新聞などの俗悪な情報に煽動されにくくなります。

政府の統計、一次データーについてもまたもや、トクヴィルはアメリカ人が信用しすぎの点について指摘いました。

データー改竄とか、こんなの200年前から当たり前に、権力者がやってることなんですよ。

内閣支持率とか、自殺率の低下とか、もう調査機関や調査方法などブラックボックスの日本の統計なんて、内閣府モデルの乗数効果並みに、インチキだらかなのです。


【コモンウェルスの国家でなくなればただの地域】

あの偉大な思想家のロックが国家をコモンウェルスと称したように、国家が国民が共通の利益を得られない、格差が拡大して階層分化した時点で、もはや機能されなくなり崩壊するわけです。

このままグローバリズムが止まらず、格差(官民・東京と地方・二極化・世代間・性差)が是正されないとなると、日本という単なる地方・自治区・経済圏の一つとなり、まぁシンガポールみたいに民族性のない無色透明な地域になり下がるでしょう。

しかし大丈夫です。

世界中で格差が拡大してボロボロですし、格差が拡大した時点で愛国心なんて維持できるわけありません。

そんな抽象的なものよりも沖縄や東北の人、貧困者や社会から排斥されている人への情が生まれるから、そっちのほうで社会を再構築させればいいだけです。

国家が消滅しても社会は存続します。日本なんて日本教以外の宗教もないし、それより英語化教育で民族自体が消滅するかもしれませんし、そっちはどうでもいいというのが世論ですから。


【グローバル自治区 VS 社会】

たとえ市場社会から生まれるディストピアになっても、ポランニーのいう社会の自己防衛・ソーシャルプロテクションが何度でも誕生するだけです。その時は

国家 VS 社会

となりますけど、もはやグローバリズムで国家なんて消滅しているのですから正確には、

グローバリズム VS 社会

といったところでしょう。

ここ5年間の出来事で、ソーシャルプロテクションの機能として、農協や医師会といった中間団体の存在があったわけですが、多数派がフルボコに叩きましたね。そういうことです。

日教組も叩かれてますね。あの変な中間団体もつぶすと大変なことになります。

なぜダーウィンの進化論がメジャーなのか


【なぜダーウィンの進化論なのか】

ダーウィンの功罪はその思想の元となった思想が、マルサスの人口論にあるわけであり、なぜあのような欠陥だらけの進化論が今だに受け入れられているのでしょうか?

それもそのはず。
今の資本主義の根底となっている思想と相性かいいからであり、ぶっちゃけブルジョワ権力者に利用されたからです。


【ラマルク進化論はダーウィン進化論よりも古い】

そもそも進化論なんてダーウィンが唱える前から、フランスの植物学者ジャン・パプティスト・ラマルクが半世紀前に唱えており、ダーウィンの進化論よりも誤りがないとされています。

ダーウィンと異なり生殖のための最高の機会をめぐる競争の法則の他に、協力もしくは共働への進化の傾向を見抜いていたわけです。

そもそも弱肉強食ならば、なぜライオンや虎などの強食側が絶滅寸前であり、それに対して穏やかなペンギンは集団で体をこすりながら体を温め合い、外側で体温が低下したペンギンは内に入れられ保護されるような、相互補助の精神の高い種族が生き延びるという現実からして、矛盾しているわけです。

ラマルク進化論が表に出るとブルジョワ政府にとっては、自己責任とか貧者切捨て、逆進性の高い税制、これらを肯定する競争が社会を活性化させるとかが、嘘っぱちだと一般庶民に知られるとまずいわけです。

ダークサイドにとってはまずいということです。


【同じ信仰】

熱狂的愛国者とグローバリズムと非常に相性がいいのも当たり前であり、

マルサスの人口論 → ダーウィン進化論 → 社会ダーウィン主義 → 優生学

という流れをくんでいるからです。

最後の優生学がナチスのユダヤ人虐殺や障害者の虐殺とつながり、タブーとされているのですが、生活保護受給者叩きや障害者を社会から排斥しようとするこの思想は、起源を同じくするわけです。

障害者自立支援法とか小泉政権時に施行されますが、男女雇用機会均等法と同じく単なる少数派排斥でしかなく、ぶっちゃけ同胞を邪魔者扱いしており、ブルジョワ政府にとっては国民を労働者か消費者というものさしでしか見られないから当然の現象です。

自分らで貧困や社会から排斥してお荷物にしておきながら、更に苛酷な環境を強いる残虐な思想も、だいたいマルサスの人口論やナチスドイツも採用した優生学と、信仰は同じなのです。


【何がなんでも弱肉強食】

だいたい、ダーウィン進化論自体がむちゃくちゃなわけであり、今だに教科書にいきなり、無機質から単細胞生物が誕生したとか、もうありえないわけです。

だけど、ダーウィンの名を取り下げると、マルサスの残忍な思想が否定され、ラマルクのような進化論が採用されるものならば、人間の命令文・コマンドが書きかえられ、ブルジョワ政府の正当性が崩れるから、絶対に権力者はダーウィン進化論に固執するのです。

言葉においてまず先に支配体系を築いて、大衆を洗脳する。ジョージ・オーウェルの『1984年』でもありましたね。

これ、昔からやってるわけです。

 

一院制の危険性(憲法改正)


【一院制とは】

最近、オカルト談話が連続しましたが、今回は固い話です。

維新や希望の党が一院制を憲法改正に掲げていますが、一院制を採用している国は熱狂的愛国者の大好きな韓国や、フィンランド・ノルウェー・デンマークなどの福祉国家、イスラエル・ニュージーランド・ポルトガルなどであり、そもそも普通選挙のない中国や北朝鮮も一院制みたいなものでしょう。

割と小国であると一院制は機能するようですが、これらの国は全てもう国民の多様性がなく、一つの目標を掲げて国民を誘導しているようです。


【民主主義は熱狂しやすい】

最近、トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を読み返しているのですが、アメリカは連邦政府であり、既に州が一つの国家としての独立しており、その州ごとに二院制を採用していており、今でも二院制を採用している州が多いようです。

民主主義は知識人よりも絶対数で民衆が数の上で優位にあり、どうしても粗雑な考えの総意となりかつ熱狂的となりやすく、著しくその判断に欠け、故に妥当性のない誤った選択をしがちとなります。

イラク戦争なんてその典型例であり、9.11で恐怖と熱狂に踊らされた大衆が、単純なスローガンの元に、不当な戦争を支持する羽目に陥ることになったわけです。


【民主主義のデメリットの穴埋めのための二院制】

トクヴィルは二院制のメリットは、

議会の進行を遅らせ、法律修正の上訴の場を一つ設けること

にあると言及しています。

だから、民主党政権交代前にねじれが生じることは、民主主義として機能しており、あの時点で自民党が小泉政権から間断なく継続している弱肉強食路線から、再分配・福祉の充実と政策の転換の猶予期間として与えられており、機能していたわけです。

しかし、格差是正の政策は宗主国の意向とは逆政策となり、当然自民党政権は放置したわけですがその結果、鳩山政権が誕生するわけですが、宗主国が横槍を刺さないわけがなく再び短命で終わるわけです。


【韓国が一院制のわけ】

最近、『解説 左傾憲法集』なるものを読んで、一応世界の憲法の内容をチェックしたわけですが、韓国が一院制であるのは軍事政権の独裁体制を強いるためという、その流れが強固なのです。

そりゃ、そうでしょう。

熱狂的愛国者なら知っている竹島を奪った李承晩ラインの、韓国の初代大統領の李承晩は一院制を採用しており、しかしその後民主化デモにより二院制となるわけですが、1960年代に自由党が崩壊し無政府状態となり、クーデターにより軍事政権が誕生し、維新憲法といわれた第七次憲法改正によって、一院制と回帰するわけです。

常識的に一院制は独裁制が高いといえよう。

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【やっちゃった韓国の漢字の廃止】

一院制のメリットは改革が迅速にできることですが、民主主義は数の上では民衆が圧倒数を占めるわけであり、ミサイル飛ばされたり、地下鉄でテロなど起きて、プロパガンダーにより恐怖や怒りを煽るだけで、簡単に理性を欠いた熱狂状態となり、危ない法案を通過し、取り返しのつかない政策が実行される恐れがあります。

韓国の漢字廃止なんて典型例です。

日本でも韓国でも抽象的な概念は漢字を元にしており、漢字を廃止すると音の表記だけとなり、例えば

抽象的 → ちゅうしょうてき

と表記され、「中小」「中傷」「中称」と同音異義というものも同音でややこしくなり、これらのいくつかは割愛され消滅し、外来語を使用せざるを得なくなるわけです。

だから、植民地時代を知っている年配の韓国人が抽象的なことを考える時に、日本語で考えるようです。


【日本語は部族の言語となる】

今の若者であるのなら、英語を使用して、ルー語になることでしょう。

しかし、抽象概念は母国語でしか考えることができず、例えば「粉雪」と powder snowとは異なり、日本人ならレミオロメンの歌を思い出すなり、意味が異なってくるわけです。

正義とjusticeなんて、全く意味が異なり、日本語でいう正義とは唯一の道徳であり、それに対してjusticeはjust「丁度、こんなもんだろう」という意味であり、天秤がjustice の象徴とされるのは、むしろ唯一の道徳でなく中庸の精神によるようなところの意味合いが大きいのです。

法の正義とは唯一の善でもなければ神による裁きでもなく、「こんなもんだろう」という判断 judgement でしかないのです。

これ、漢字が廃止されると英語圏と日本語圏の精神構造に気づかなくなりますね。博士号も修士号ももっていない、一般庶民の私ですら簡単に西洋と日本の正義の違いに気づきます。

一院制になると、もはや三権分立が完全崩壊して、内閣府というブラックボックスにより議会制度が崩壊し、すでに民主主義が崩壊した今、もはや英語化教育が深刻化し学校の授業を英語でするとか愚鈍な法案が成立するなど起こりやすくなり、日本語は今で言う台湾での台湾語となり、単なる部族の言語となり下がることでしょう。

まぁ、これが空気を規範とする伝統的な日本人の選択ですから、少数派として反対は一応はしますが、これが日本の運命なら仕方ないことです。


【精神年齢の幼い民族の一院制は危険】

トクヴィルは

「単一の観念、単一の感情のみに基づく政府は最良でない」

と言及しており、

「人民の精神をとらえて離さないのは単純な観念だけ。誤謬だが明晰、簡明な観念の方が真実で複雑な観念よりも大きい力をもつ。」

とその大衆の思考に警告を発しています。

ここで大衆とはなんぞやとなるのですが、数が多くなると当然概念を統一することとなり、単純化されることになります。なぜなら多くの人に共通する言語を使用しなくてはならなくなり、多くの人に理解できる内容でなけらばならなくなります。

複式簿記の知識のない人に日本の借金問題などないと説明することなど不可能であり、連立方程式を鶴亀算で説明することはできても、九九どころか足し算や引き算もできなく、ようやく数字を覚えた段階の人にも理解できる説明をするようなものであり、疲れて徒労に終わるだけです。

ジョージ・オーウェルの『動物農場』の羊たちのような単純な思考、

「四本足はよい、二本足は悪い!」

ぐらいに二者択一のレベルまで引下げないといけなくなります。色に例えると寒色と暖色の二択に絞るようなもので、池上彰氏の説明みたいなものでしょう。

複雑なことに妥当性があるとは限らないけど、反証可能性を常に有しているということを頭にあるのとないのとそうでないのとでは大きな違いがあり、改革を連呼して20年以上デフレを更新する自民党の偉業は、自らジンギスカンとなりたがる羊たちの洗脳なくしては達成できなかったわけです。

だから、今だに個人の考えも契約の概念もない、空気を規範とする学習しない民族の一院制はかつてないほど危険なのです。(マッカーサーは日本という国家の精神年齢は15歳ぐらいと分析してました)

まぁ、だいたい国家が滅びる前の傾向って、こんな感じゃないかな。

 

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振動の正体は螺旋運動④


【時間という幻想】

とうとう、このオカルト回が4回にわたって繰り広げたわけですが、最後は補足として時間についての説明をしたいと思います。

一般的には時間というものを直線的にとらえられているのですが、これは物理次元特有の思考法であり、性格には時間を螺旋状に例えたほうがまだ適切でしょう。


【大人になるにつれて、負のコマンドが強化される】

時間というものは過去・現在・未来と時系列に並べると直線的に思えるわけですが、これは線が ______________  このように表記されているが、実際は幅がなく、形而上ではないのと同様であり、時間もまた概念でしかありえません。

時間の経過が一定でないところは周知の事実でありますが、世界というものは観測者次第であり、時間もまた同様であり、いわゆる世界線とはこの螺旋状がいくつも束ねたような状態であり、過去・現在・未来と時系列に進むとは限らないのです。(そう思い込んでいる集合意識に常時接続状態だから、そうなっているだけです)

美少女ゲームでも既にダークエンドやハーレムエンドなど、あらゆるルートがあるように、時間や空間の概念もまた同様であり、プレイヤーがそれぞれの世界線を確定し、自分で毎瞬毎瞬セーブポイントをつくり、世界を構築しているのです。

ナポレオンヒルが思考は現実化すると言ってますが、子供の頃はまだ信念が固定化されておらず世界を柔軟に構築できるわけですが、段々大人の影響を受けるにつれて、

「何々しないと酷いことになる」
「何々できない奴は価値がない」

これらの負のコマンドが定着し、知覚からの情報により調整しだすようになります。「成ったこと」の因果関係をつくり、所謂プロセスが逆転しだすわけです。

正確には時間は永遠の現在でしかないわけです。


【信念を変えることは簡単でない】

ぶっちゃけ、私もそうですがお金があれば、自由が買えると思い込んでおり、

手段でしかない貨幣が目的となってしまい、

この固定概念を心底覆すことすらできていません。

しかしながら、事故で明日死ぬことになるのであれば、お金なんてたいして必要でもなく、後40年生きるのか、10年生きるのか、その不確実性故に皆、幾ら金をもっていても不安であり不幸になるわけです。

いくら現状に感謝しろと言われても、自己責任と不確実性の前では、人は不安や恐怖で正気を保てられるわけもなく、これに輪をかけて国民一人当たりの借金とか小子化でダメとかデマを流されると国家に不振を抱くようになり、この負のエネルギーを利用しているのが現在のシステムであり、多くの人を不幸に陥れているわけです。


【終りは始まり】

まぁ、螺旋概念のラスト回は時間の幻想であり、それをまず理解することと、理解したところで実感を得られないとやはり自分で世界を構築している、世界線を選択しているという実感までに至らないわけです。

引き寄せの法則とか自己啓発のなんとかの習慣とか、だいたい宇宙人系オカルト概念に基づいてるところがほとんどです。

さすがに怪しすぎて相手されないからそこだけ割愛し、しかしそれを理解していないとなると、ただ表面上いい言葉を並べただけとなり、うまくいかないじゃないかとクレームを受けるわけです。

本当に宝くじ3億円に当選すると確信をもてるのなら、観測者との共同作業によりその世界線に移行して当選するわけです。ビギナーズラッキーとはまだ固定概念が定着していなく、確率とか考え出すともう終りです。
できっこないやって陥穽にはまるわけです。


P・S

時間の概念ですが、聖書でいうところの、

始まりもなければ終りもない

ということはこういうことなのです。

 

振動の正体は螺旋運動③


【意識が先で肉体は後】

現代科学・医学では脳が意識をつくると解釈していますが、オカルトではそんなのは謬見甚だしく、まだそんなことを言ってるのか閉口している次第です。

それならば100匹目の猿や、ネズミの学習などから考察できる集合意識つまりはモルフォジェネティク・フィールド(形態形成場)をどう解釈するのか。これまた、中世のバチカンレベルの後追いの帰納法により、科学という辻褄合わせを繰り返すわけです。

まず意識が先であり、脳は意識を受信するアンテナの役割にすぎず、肉体の中に意識があるのでなく、むしろイメージとしては肉体を通じて、物理世界を体験するというのが、宗教やオカルトの常識的解釈なのです。

だから、宗教上で自殺が禁じられておるわけで、スピ系の生きるということは体験と経験という教義や、魂の向上のための現世という解釈にいたるわけです。


【意識の段階】

植物にも感情があり、誉めると元気になるのは、植物にも意識があるからで、鉱物もまた同様なのです。

ここで、オカルトにもいろいろ解釈がありますが、意識のレベルを1~7までの密度に分ける解釈で説明してみたいと思います。

第1密度 鉱物
第2密度 植物・動物
第3密度 人間・エゴ
第4密度 統合
第5密度 集合意識
第6密度 キリスト意識
第7密度 無極

所謂、神と呼べるものはこの第7密度しかありえず、その他の高級霊とかは2流の神でしかなく、聖闘士星矢のタナトスみたいなものです。


【意識が先行】

実は、第3密度に初めて自我(エゴ)が登場するわけであり、動物でも人間とかかわるとペットとかなんて典型的であり、自我が芽生えて集合意識の自我により薄れてきます。

鳥が綺麗な列を成して飛ぶのも、蜂やアリが秩序を保ち集団行動するのも、意識が先行しており、人間と異なり自我が形成されていないので、集合意識にアクセスしたままでその結果からして、何ら不思議でもないのです。

一匹のねずみが迷路の抜け道を学習し、学習後に脱出ルートを覚え迷路を抜けるまでの学習内容も、集合意識に蓄積されており、第二密度では集合意識が高く、そこに常時雪像状態だからなのです。

こんなの、ユングの心理学で既に述べられていることで、今更という内容でしかありません。

これが脳が感情・意識を形成し、パルス信号によると解釈すると、もうプロセスが逆であり、植物のパルス信号がなんたらとか、草生えっぱなしです。

植物が意識をもっているのも、鉱物が意識をもっているのも、火山が噴火するのも地球が自転し好転するのも太陽が輝くのも、常に意識が先行しているからなのです。


【ライトボディ(アストラル体)】

こうなると植物にも感情があり、感情とはなんたるかとなると、感情もまた螺旋運動であり、振動と解釈できます。

遺伝子の構造も螺旋状であるのも、そこに魂や意識がアクセスできるようになるためであり、霊能者の江原さんが魂の進化論は意識にもレベルがあり、低い波動のレベルであると意識の周波数が低く、フィジカルボディの遺伝子を通して物理次元を体験できないからであるからなのです。

フィジカルボディ(肉体)があるとなると、ライトボディ(アストラル体)も同様にあり、所謂幽体というものですが、これにも螺旋状の遺伝子があり、所謂死というものは肉体を脱しアストラル体への移行であり、当然そのライトボディを通じてアストラル界を体験するだけなのです。


【魂レベルの差別化】

あの世が階層分化されているというのは、所謂魂レベルによる差別化であり、ゼロサムゲーム・略奪・怒ってばかりいて攻撃している波長の低いレベルだと、アストラル界ではダイレクトに世界を投影し、自然と同じ波長同士集まり、つまりは薄暗い世界となるわけです。

イエスが「金持ちが天国に行くのは、ラクダが針の穴を通過するよりも難しい」と揶揄し、両替商をある建物から追い出したのも、兄弟(もとは一つだから)をないがしろにしているから怒ったわけです。(イエスが怒りを示したのはこのエピソードぐらいでしょう)

なんか、ローマカトリックから神に中指立てるようなことをして破門をくらったカタルーニャのペラ2世ですら、晩年終油などにより天国に召されようと改心したのに、あの世に近い裕福な高齢者があの世にちかい兄弟・貧しい同じ高齢者をないがしろするということは、ある意味本末転倒です。

あの世に一番近いのに、サマーランド(上層)から遠ざかって薄暗い幽界下層部に住民票の手続をしているから、何してるんだとニューエイジたちは疑問視しているわけです。

 

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(次回に続く)

振動の正体は螺旋運動②


【ポジティブ信者のチャレンジ】

この世は陰と陽の二極性により成り立っており、この二つの極は相補性の関係にありますが、素粒子物理学では常に二つの粒子がペアであります。

これで引き寄せ信者が罠にはまるのが、与えたことが与えられるという聖書にもある原則なのですが、ポジティブばかりに意識がいき、抑圧された感情やネガティブな側面が抑圧されて、トラブル続きになることです。

しかし、このトラブルがかつての自分のあり方を変える機会となるわけで、それはむしろ好機ともとれるわけで、失敗しない人間なんて人間ではないし、最も失敗しないことは何もしないことですから、それはそれで何の学習過程もなく、むしろそれこそ失敗といえます。

だから、じゃんじゃん引き寄せの法則を使って、欲しいもの獲得して壁にぶちあたりましょう。


【世界線の解釈】

だけど、これらの考えは既存の科学を根底からつくがえすことになり、もはや古典的な観測データーからして既存の科学は通用しなくなってきています。

もう多世界解釈がいずれデフォとなるだろうし、逆にデフォとならない世界線はずばりディストピアの世界線なわかです。

だいたい、観測データーから分析しても、シュタゲでルカ君が男の世界線でオカリンが、

「だが、男だ」

と連呼している状態と同じなのです。石破政権同様、ルカ君が女性の世界線があるのです。

だから、考古学でも同様であり、邪馬台国が九州と近畿と二つの世界線があるとすれば、どちらかでなくどちらもということとなり、だからアニメ『シュタインズ・ゲイト』は画期的であり、多くの人間の潜在意識にコマンド(命令文)として刻印されるのです。

このアニメを見たときに、とうとう来たなと思いました。(ブリンストン大学院のヒューエベレットや量子物理学のことは知ってました)

デジャヴゥとは別の世界線で既に起こっていることが、エネルギー的なつながりにより感知された結果であり、預言や予知夢も同じようなもので、だから観測者次第で預言ははずれるのです。(ノストラダムスは意図的にこれを利用して、二つの世界線の預言をしたわけです。だから現時点で破局を迎えている地球も同時に存在しているのです)


【世界線の選択】

過去ログでのせたけど、オカ系の二極化は一般的に言われている経済格差の二極化と比較にならないくらい重要で深刻であり、今回の生だけでなく今後、尿道に針金を突き刺す苦行の輪廻を続けるか、そうでなくなるかの岐路に立っていたからです。

よく言われていたのが、全ての世界線が集結する時期が、2010年から2015年までの間であり、それまでに好みの世界線に乗ろうという運動だったのです。

シュタゲのバイト戦士みたいに、「私は失敗した失敗した失敗した失敗した」とならないように世界中の宇宙人系のオカ系は必至でした。

この世界線がこの時期を離れると徐々に分岐して、それぞれ苦行ルートと卒業ルートと完全に分岐して、もはやそれぞれの世界線の移動が困難になるということでした。だから、世界線の移動が安易なこの5年間にブレイクスルーする世界線の列車に乗ろうとしていたのです。

実は、ノストラダムスの大預言やファティマの預言も、これのことを述べていたわけですが、ノストラダムスは別の物の存在により破局のルートが回避されると言及しており、だからと言って破局する世界線が消えるわけではないのです。ルカ君が女性の世界線と同じです。

ファティマの預言も同じであり、ルチアの従姉妹がルチアに聴いたその内容が、

「いい人にはものすごくいい預言で、悪い人には凄く悪い預言」

と言ってるのも、観測者が選択する世界線のことを示唆していたわけです。だから聖書の最後の審判とは単なる観測者の世界線に過ぎないのです。


【預言は世界線の一つでしかない】

ミスター都市伝説の関暁夫氏もそうですが、ノストラダムスの預言は二つの世界線を提示しており、どちらの世界線も本当であり、選択するのは観測者自身なのです。

ここで、神父のジョセフ・マーフィーの「マーフィーの法則」やら、ヘンリー・フォードが影響を受けたトラインの本や、引き寄せの法則、宗教の経典、量子力学、素粒子物理学などが全て繋がるわけです。

当然、かつてのバチカンのように、学会・医学会・経済界・政界は否定しますが。


【預言を我が物にしようとする】

三島由紀夫氏に薦められ五島勉氏はヒトラーの預言を研究するわけですが、ヒトラーも世界は経済面での二極化となり、最後はドイツ第四帝国により治められるとか、そんなこと述べていたようです。(今まさのその過程じゃん)

まぁ、富裕層はこの預言にのっとり、全ての予言を我が物としており、故に自分が上階級に位置し、世界を救世すると思い込んでいるようです。

世界の人口の調整を、注射や遺伝子組み換えで、故意に不妊にしようとするのも、 その使命のようですが、これってダークサイドのやることなんですよ。某富豪が善人面してやってますが。


【不安や恐怖による煽動】

だから、不安や恐怖を煽る連中らはニセモノで、あんなのに耳を傾けてはダメなのです。

できるだけ、負の集合意識・モルフォジェネティク・フィールド(形態形成場)にアクセスしないようにして、望む世界線に通じる集合意識にアクセスするような言動を心がけなければならないのです。

小子化で労働不足で、セルフレジやAIで店員・事務員・事務系の公務員不必要になりますってオカシイでしょ。辻褄が合ってませんから。国の借金も同様です。借り手と貸し手の関係をうやむやにして、このカルト思想が日本で蔓延しています。

オカ系が意図していたことはこういうことなのです。

この図はあくまでも粒子のレベルの問題ですけど、これが世界線の選択となると、大別して破局を迎える人間牧場ディストピアであるか別のものであるかになり、それを選ぶのが観測者(知覚者)次第であり、それをプライベートでの実践の登竜門が、引き寄せの法則などの成功法則なのです。


【信じるか信じないかはアナタ次第です】

人の変えられない身体条件をネタにしたり、芸能人なりプライベートをむき出しの好奇心で引っ掛けまわすようなワイドショーや、ひいてはプライベートの噂話などのゴシップネタも、自らすすんで不幸になろうとする行為でしかなく、こんなの引き寄せを理解している連中なら、こんなの無視します。

自分が投影している世界の創造に対して、客体を分離して例えば誰かをキモイとか言って蔑視した場合、その波動がリクエストとなり今後自分が体験する世界を決定し、ひいては針金で尿道をつらぬく苦行を選ぶであろうし、別のものを選ぶのもアナタ次第なのです。

 

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振動の正体は螺旋運動①


【プロセスが逆の科学】

量子力学では観測者が観測するまで、可視光線などの粒子の位置は確定されないという解釈がありますが、このコペンハーゲン解約では光は波であり、粒子でもあります。

人によると般若心経の「空」や、プラトンの「ゆうらぎ」の状態と解釈するようで、ぶっちゃけ物理次元は幻想というのがだいたいの宗教の共通の考えです。

シュペングラーのいう「成ったこと」に対して因果関係をつくり、法則性をつくりだすのが、西洋の文明の科学の思想であり、しかしシュペングラーは「成ったこと」は「成ろうとするところ」の結果でしかなく、科学というもの(自然科学も社会科学も)はプロセスが本来と逆転しているといえます。

中世はバチカンの時代では、かつてギリシャアテネに時代での地球が球体であることは既知の事実だったのですが、バチカンの解釈によりその解釈は破棄されたわけです。

恐らく、現代科学というものも同様でありプロセスが逆であり、「成ろうとするところ」を無視して、「成ったこと」ばかりに目がいき、かつてのバチカンと何ら変わらないと言えます。


【ポジティブとネガティブ】

量子物理学の干渉稿実験では、観測する前は波の状態にあり、観測すると粒子として確定されるとありますが、そもそも波の状態とは何たるかになりますが、それは恐らくらせん状の振動によるものでしょう。

日本の神話にもあるように、この時計回りと反時計回りは関係性があり、ぶっちゃけ反時計回りがネガティブで、時計回りがポジティブというのがオカルトの常識です。

ちなみに、時計回りポジティブは統合であり女性原理であり、その逆が男性原理なのです。

ちなみに、中国の陰陽の対極図にあるように、この両極により世界がなりたっているわけで、実は感覚・ハートは女性原理であり、思考・マインドは男性原理であり、女性が男性の浮気などに敏感なのは情報からでなく、感覚からすぐにばれるわけです。

五感からの情報には限界がありますから、女性の直観にはかなわないのです。


【周波数は螺旋の側面】

私が波とは螺旋ではないかと仮説を立てたのは、周波数の波形というものは螺旋状態を周期を示唆しているのではないかと思ったからです。

この周波数の上下左右のリズム・波形の長さは、元が螺旋の状態であるのではないでしょうか。浅学菲才の私が知らないだけで、もう既に科学では解明されているかもしれませんが・・。


【観測者が世界を構築している理由】

で、聖書で上もまた下なりとあるように、この螺旋の振動自体がこの両極(陽と陰)との両方を含有しているとも解釈できます。

ある一方から観測すると螺旋の運動は時計回りでありポジティブであるが、反対の側面から観測するとこの時計回りの運動は逆の反時計回り、つまりはネガティブとなりこの不確定の状態こそが、「空」や「ゆうらぎ」の状態であり、これらは観測者自身が(知覚者)が世界を確定していると解釈できるのではないでしょうか。


(次回に続く)

 

 

EUを夢みていたオルテガ


【ヘイトなオルテガ】

オルテガの『大衆の反逆』をざっと読み直したのですが、バークと同様結構ヘイトな内容で、なんが長いブログを読んでいるような感覚でした。

結構、気分が悪くなるような論調であり、バークが世襲の原理を採用しているのに対して、オルテガは世襲を「死者によってくるられた虚像」「親の七光り」と、日本の保守派とは逆のことを述べていました。

オルテガもバークも大衆批判をしている点では共通しているのですが、民主主義が多数派の暴政と警告していたトクヴィルとは対峙的な立場であり、ぶっちゃけ平等を否定しているわけです。


【同胞では同列、しかし現実は序列】

同胞という言葉では同列であるが、身分・獲得した地位という意味では序列をつくっているという矛盾こそが、オルテガやバークの保守思想の脆弱さだと分析しております。

結局、社会の変動モデルでは、同胞である内部からの緊張が起動力となり、既存の社会のモデルの崩壊、大規模では国家が崩壊しているのが歴史の考察から明らかであり、この現象も当たり前で、同じ国民では同列に扱っているが、地位や名誉・財産・世襲・所得と明らかに序列をつくって矛盾しているからです。

ジョージ・オーウェルの『1984年』でもスローガンが、「同志諸君!」「兄弟!」と同列・同胞意識を高める言葉で共鳴させ、一種のモルフォジェネティク・フィールド(形態形成場)をつくるのです。

しかし、そんなものは根源では不協和が生じており、財弱でありいずれ崩壊します。ルーマニアで独裁者を追放した経由からもそうですし、北朝鮮も簡単に手の平返して金に対しての見かけの忠誠など捨てるでしょう。


【平等精神のトクヴィル】

私がトクヴィルが好きなのも、以下の考え方があるからです。

>それぞれの階級はそれぞれの意見を持ち、感情を持ち、権利を持ち、道徳習慣を持ち、バラバラの存在となる。

>共通点を持たず、同じように考えたり感じたりすることもない。
人々は互いに同じ人間であるとき、ようやくそうすることができる。

人々のランクがほぼ平等である時、同じような考え方や感じ方をし、互いの感情は瞬時に理解することができる。

なぜ、格差(地方と都市、性差、収入、生まれ、官民)が危険なのかは、社会ひいてはその構成体となる国家そのものの、存亡つまりは消滅・分裂・解体となるからです。


【EU構想のユートピアを推奨していたオルテガ】

ぶっちゃけ、オルテガはソ連の5ヵ年計画に対抗するものに対して、ヨーロッパ統合の必要性、つまりは現在のEUの体制を支持しているわけで、むしろ保守的な思想家を糾弾しております。

バーク、オルテガ、トクヴィルって、単に大衆の危険性を訴えたところの共通点があるだけで、まったく本質的には別個の思想です。
保守であるのはバークだけでしょう。

オルテガは国家を形成するのは血縁でも言語でもなく政治的統一の目標であり、言語や血縁は後から同化されると、むちゃくちゃ急進的な思想をもっております。

オルテガを語る時は単に大衆批判に使うのでなく、彼の根底にある残基なるものもセットにしないといけないわけです。


【なんかわからない超越パワーが必要な国家】

正直、オルテガの構想はむちゃくちゃで、国家というものは拡大して統一体の物理的な原理と見えたのを超越しようとする努力が必要であり、その歩みをやめると国家は分裂・分散・原子化すると述べております。

そもそも、その国家を構成するのが権力者であり限り、当然利害に基づいておりこんなもの、上意下達などかなわず必ず軋轢が生じ、再分配が崩壊すれば当然国家も危機にたたされ、それを抑圧するためにディストピアとならざるを得なくなるわけです。

そもそもオルテガもバークも起点が間違っており、構成体を維持するには序列をつくるわけでなく、有機体としてとらるわけだけど、役割分担の重要性で切り捨てること自体がおかしいのです。

だって、同胞、同じ日本人というカテゴリーでまとめながら、序列をつくった時点で別のカテゴリーのものさしを使用して、もうそれが矛盾なのでそれは国民国家でなんでもありません。


【マドリードの人間であるオルテガの鈍感さ】

オルテガはスペイン人ですが、マドリード出身でありいわば中央政府側の考えであり、アラゴン・カタルーニャのことをなんとか統一維持させようと必死です。

オルテガは言語の違いなど国家にとって問題でないと言及しており、故のヨーロッパ統一であり、しかし少数派のすぐれた者の支配とその他の大衆の服従者の関係が必要であり、隷従することは卑屈になるからダメで、少数派のすぐれた者に対して敬意を示せと、何やら無理なことを訴えているわけです。

過去ログで、カタルーニャがマドリードにされたエグイ歴史を少し紹介しましたが、社会の変動の起動力そのもをまるで理解してないように思えます。

カタルーニャはマドリードに、虐殺・女性の強姦、出世コースの断念、何度も言語使用禁止され、その結果の独立運動なのです。


【トクヴィルを軽視したオルテガ】

まぁ、EUユートピア構想の失敗はドイツ第四帝国化して失敗したわけですが、一つの国とするならば当然中心性の運動が必至、つまりは再分配が不可欠なわけですが、ドイツ側はそれを拒否しているわけです。

ブルジョワ東京政府と同じく緊縮財政一直線です。

三橋さんの言ってる通りで、人・モノ・金の移動を自由にして、もうそれは一つの国家のはずなのですが、EUは国家維持の再分配をするシステムでもないし、それを勝ち組のドイツ・フランスが拒否しておるわけで、うまくいくわけないのです。

比較的に自国通貨を維持した国はその災禍から逃れているわけですが。

だから、グローバリズムは危険であり、これを第一期朝貢中曽根政権から、ずっと宗主国の執拗な干渉が継続しているのです。まぁ、リーマンショック時に、「宮崎の瞬間!」という言葉が東京証券取引所で発せられたら、こんなことにはならなかったかもしれません。


P・S

オルテガは国家主義はある意味、狂気と糾弾しており、国民国家を提唱しているわけですけど、グローバル化して国民国家って、もう閉口するわけです。

 

ヤヌスの鏡の保守と急進


【過去を尊敬というよりも共感】

今、オルテガの『大衆の反逆』を読み直しているのですが、数年前と異なり解釈が変わってきました。

オルテガは一言で、現在がありません。過去と未来をさまよってるといったところです。

まず、過去に対して意識があり、没落した自分を感じる時に、過去を尊敬し称賛しそれを形づくった諸原理を生み出すと、このように書かれているが「そうか?」と思います。

日本なんてその典型例で、戦前と今と基本的には何も変わらず、同じ過ちを繰り返しており、安倍政権誕生前から危惧を覚え警告しても同じ過ちを繰り返し、今回の件でせいぜい

大東亜戦争を止められずズルズル泥沼にはまった先輩の葛藤が理解できた。

というものです。

尊敬というよりも共感てとこでしょう。


【平均人を批判するオルテガ】

何やら保守派に対しての疑念がよりいっそう噴出して、オルテガは大衆を「平均人」とまるでグラインダーで個性を削り取られた日本人をディスるような糾弾をしており、しかし日本の保守はこの平均人を支配する、常識つまりはコモンセンスといった、規範を大変重要視しており、これは自家撞着ではないかと自認しております。

ちなみに常識ってもちろん真実でもないし、ましてや真理でもなく、むしろ日本人の規範の「空気」に近く、そこには理の介入がなく、いわばロゴスなきロゴスのわけです。

「国の借金で日本は破産!もう少子化でダメだ!対GDPが増加!」

まぁ、これもいわば今でも常識扱いされており、コモンセンスってこの程度なのです。男が家事しないというのもコモンセンスですし、女性に対する姦通罪もそうです。


【ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)】

ただこの『大衆の反逆』は読み落としていた箇所がたくさんあり、オルテガは少数派の弾圧を否定していました。

大衆のいう「みんな」はあくまでも多数派であり、

オルテガのいう「みんな」とは

多数派と少数派が合わさった複雑な統一体

と一応はいいこと言ってるのです。

ここでも、少数派排斥の危険性を最近ストーカー被害に合われた、元伝説のバンド・ラムーのヴォーカルで客員教授でもある菊池桃子女史が提唱した、

ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)

にも関係してくるわけです。
これってかつて排斥された東北の陸軍のエリートと同じく、排斥した緊張(ストレス)が敵意となると、集団崩壊の本格的な起動力として作用するわけです。


【コインの裏と表の関係の保守と急進】

で、本題の『ヤヌスの鏡』ですが、プラザ合意と和製OSトロンの開発者が乗っていた日本航空墜落の事故のあった1985年、第一次宗主国奉公時代のドラマです。

内容を一言でいえば、二重人格の少女の物語で、『聖闘士星矢』の最強の黄金聖闘士の勝ち組双子座のサガみたいなものです。

過去ログで指摘しましたが、急進派っていきなり誕生するわけでなく、保守派によるつまりは既存の支配構造による社会の変動の起動力となる、緊張(ストレス)が敵意となり爆発した結果としての急進派の誕生であり、もともと進歩主義とは対して関係ありません。

保守への反動があって初めて急進となるのです。

『ヤヌスの鏡』の少女も厳しい家庭環境による抑圧により、緊張(ストレス)がまったく逆のもう一つの人格を誕生させるわけです。

これって、保守による反動としての急進の誕生に酷似してます。


【日本的経営で自我自賛していた80年代】

グローバリズムにしても、共産主義にしても、何にしてもパレートのいう派生体(思想みたいなもの)が進歩主義であり、これらを感情的な私人や集団が利用するだけです。(ジョージ・オーウェルの『動物農場』もアニメ化するにあたり、最後を改変させて社会主義への批判とスリ変えるのもそう)

従来のシステムに対して疑念が生まれるから、根源原則に触れるわけであり、そうなる要因は保守にあるわけです。

事実、男女雇用均等法が施行されてたが、今だに日本は閉鎖社会であり、その結果としての女性とグローバリズムとの結合であり、TOEICブームや英語化であり、全て保守派がこれらの急進派を育てたといえよう。

単に70年代に逆進しても、問題を起こした時点に戻るだけで、これじゃ、ビクトリア朝に帰れのマーガレット・サッチャーと何ら変わりません。

保守と急進はコインの裏と表の関係であり、進歩思想は後付けでしかないのです。


【急進と根源とは違う】

そもそも急進的の英語のradicalはラテン語のradixが由来で「根」という根本的という意味であり、奴隷制度を廃止するとか、有色人種も白人も平等とか、女性の選挙権とか、自然権といった根本つまりは、根源原則によるものなのです。

日本語でいう急進的というのは、いわば衝動的な反動であり、何の反動かといえば保守に対しての反動なのです。『ヤヌスの鏡』で少女が叩かれてたりしたような反動です。

進歩的というよりもむしろ男性原理に偏った跛行状態から、女性原理とバランスのとれた状態に戻すといったほうが適切です。

事実、女性の社会進出が活発な国ほど、格差がなく平等社会です。

 

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オルテガは生の可能性に触れていることは、それに関しては慧眼だと思います。あくまでも可能性という点に関してはです。
シュペングラーやマルクスのごとく、世界線が一つではないのです。
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未来はどうにでもなるし、小子化や年金、医療の問題なんて最初からないのです。ましてや国の借金の問題なんてありません。
あるとしたら格差(所得・性差・地域・官民・世襲など)や朝貢国としての問題くらいです。
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不安を煽ってわざわざ問題をつくりだして、利を得ている権力者とそれに追従しておこぼれもらおうとする連中がいるだけです。
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主体と客体のバランス


【自我自賛の日本】

日本人は属性本意で、欧米は個人主義。

これは定説でありますがそれこそ二者択一でなく、問題を引き起こした次元で問題を解決しようとしても、そこに抑圧された欲求が蓄積され、より大きな問題を引き起こす起動力となるだけです。

今回、何を言いたいかは過去ログで紹介したように、日本的経営にしても武士道精神にしても、マネージメントやアドラーブームにしても、単に日本人受けする自画自賛の思想にすぎず、これらは一瞬、

「あぁ、自分の考えは間違ってはいなかった!」

と安堵の状態に陥りますが、そもそも自分の信念に疑いがある時点で、自分の信念を信じていないわけで、疑っている自分の信念を更に騙しているにすぎず、つまりはブレのある疑っている信念を信じようとしているだけなのです。

これは

「日本は素晴らしい!」

という自我自賛と酷似しており、自衛のための戦争から一億玉砕とスローガンが代わり、本土決戦前の前哨戦として沖縄をステージにして、原爆2発落とされ降伏し、沖縄を捨石にしたことに反省もし、次は沖縄バッシングしている内地の人間って、すばらしいのかと問いたくなります。

何度も私が言及している通りに、震災や原発事故のあった東北に対しての酷い扱いもそうですし、東京オリンピックなんかで中央政府は浮かれている場合じゃないし、グローバリズムで東北や地方を切り捨てて、どこが素晴らしい国なのかよく理解できないわけです。

オーギュスト・コントのごとく橋の上から川に飛び込んだ老酔狂ではありませんが、日本人に必要なのは客体重視のスタイルでなくむしろ、

自分の頭で考えろ

であり、むしろ不足しているのは、欧米スタイルの社会心理学者北山忍氏のいう「相互独立的自我観」なのです。

これ以上、客体重視で自我自賛してどうするのか。


【客体重視からなる客体重視による更なる問題】

で、私の友人で科学至上主義、客体重視の人が好きな自己啓発本の一つで、D・カーネギーの『道は開ける』なのですが、これはアドラー心理学と同様であり、相互強調的自我観つまりは属性本意の日本人にとっては、オススメできません。

属性本意で長いものに巻かれて、たまりにたまった緊張(ストレス)を、より貯める結果となり、本人にももちろん社会にも好影響を及ぼすとは思えません。

2年以上前に買ってほったらかしなのを一部読んでいるのですが、よくないですね。

 

これで、更にたまった緊張を解消しようとして、客体に対して攻撃・例えばうつ病の人に対して、

うつ病は甘え

というムチャクチャな自分の都合によい、公式をつくってしまうわけです。

こういう人にはむしろ、抑圧された緊張を継承すべく、癒しが必要なのです。
リニア農業治療とかして。


【間違いだらけの処方箋】

うつ状態の人に対して、

「他人を喜ばす方法を考えろ!」

って根本が間違っているわけで、単に問題をスリ代えているだけで、恐らくこれをするとますます、抑圧された感情や欲求が蓄積されて、その度に客体に対して奉仕という名のコビが助長されるだけとなるでしょう。

これでもうつ病が改善されないのなら、自虐的になり周囲からも甘やかされていると責められ、負のスパイラルに陥るのです。
アドラーブームの後、まったく日本の閉鎖的な社会が変化してないのが、それを証明しているのではなかろうか。

そもそも、

主体重視 = 協調的 or
客体重視 = 協調的

という2択が謝りであり、その抑圧された緊張に対する攻撃対称が、主体か客体かの違いになり、ますます社会は混乱に満ちるわけです。
低賃金労働者が生活保護受給者を叩くような、負のサイクルもこれらによるものでしょう。

 

(『格差社会と国家の衰亡』より)


【他者と分離して初めて可能となる攻撃】

うつの人のまじめな人が多いのは、問題を全て自分でかかえて解決しようとし、思考回路がショートしてしまい自分を責める、つまりは主体に対して攻撃を与えるわけです。

これも根本は罪悪感なのですが、社会ダーウィン主義者や優生学信仰者、グローバリスト・ウヨク思想の多くは、主体でなく客体に攻撃を与えるわけで、だから、生活保護受給者や障害者、在日、近隣諸国、地方、母子家庭、貧困者、気の弱い同僚と攻撃を与えやすい客体に攻撃を加えるのです。(宗主国や権力者に対して攻撃しませんでしょ?)

同じ人間、同じ日本人というカテゴリーでは同じなのに、同胞を叩くというカラクリは、罪悪感から主体と客体に分離し、同胞という統一された関係を解消し、初めて攻撃を加えることが可能となるわけです。

過去ログの3年B組の腐ったミカンと同じです。

主体と客体と分離させることにより、同胞パラドックスが解消され、攻撃することが可能となるのです。

まぁ、これは、鏡に映った自分に対して攻撃するようなものですけど。


【多面性を管理することは不可能】

近代化の特徴として分化なのですが、各自がいちいち自分がどういう立場でどういう思想から言動しているなんて、チェックすることなど不可能に等しく、だから皆、混乱状態に陥るわけです。

(『格差社会と国家の存亡』より)

もともと社会というものの定義は役割分担によるところが大きいのですが、有機体として肉として一体である主体に対して、多面的な側面を背負わすこと自体が混乱する原因となり、使い分けられるわけがないのです。

愛国者と言いながら国民の側面が欠けた結果として、沖縄や東北・地方、生活保護受給者や母子家庭などの切捨てであり、その場合は万世一系とか白人国家に勝利したとか大東亜戦争によりアジアを植民地から解放したとか、もう観念圏に完全に精神は支配されているのです。(まぁ、このモルフォジェネティク・フィールドにゾッコン常時接続アクセス状態なのでしょう)

 


P・S

今だに精神上近代化を遂げていない日本が、今さら契約の概念なり分化という概念を植えつけている時間などなく、まぁここでは本来統一された自己を形成するのも一つの手ではないでしょうか。

だから、アイデンティティ・自己統一性なのです。

統一性(時間でなく共有)をもって自分が自分であるというものです。

しかし、これらの手法も、権力者らのダークサイドに悪用されて、スターリンや大手ブラック会社の経営者みたいに、ジョージ・オーウェルの『動物農場』の屠殺場につれていかれて馬肉となる忠誠心の厚いボクサーみたいに、改造されるだけです。

「わしがもっと働く!」みたいに葛藤することを避け、ストックホルム症候群に陥るがごとく、洗脳されるのです。

 

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大衆受けする番組


【視聴率とは】

私が紹介しているTVドラマの『anone』の視聴率がやばかったらしいですね。

大体、私が評価するドラマは視聴率が低いです。

もうこの時点でマイノリティ前回だから、TPPとか反対していたんだと思います。常識とは感覚が異なるからです。空気よりも理が先行するわけです。


【高視聴率番組の特徴】

勝間和代さんはNHKは質のいい番組が多いと言いますが、まぁそうでしょう。それほど視聴率がよくなくとも、スポンサーがからんでないから、バッシング浴びないからです。NHKだからって具合に。

それでは視聴率が高い内容ってどんなものでしょう。

ぶっちゃけ、大衆受けする内容、つまりは多数派に心地よい内容です。

私は基本、TVはリアルタイムで見ることなく、勝手にブルーレイリコーダーが録画してくるドラマのさわりを見て、継続してみるかどうか決定しています。(アニメは別)

高視聴率のドラマ『陸王』を私は見ていたのですが、これは中毒やギャンブルの心理と同じく、

緊張(ストレス)
↓↑
緩和・爽快

これを繰り返すわけです。

パチンコでもあまりにも勝てなかったら止めますね。
それと同じで、

負けによる喪失という恐怖とストレスに、フィーバーによる安堵感と連続確変による爽快感。
これらがあのホールの五月蝿い環境によりストレスを向上させ、フィーバーの壮大なBGMや映像により過度の演出され、興奮状態になるわけです。

『陸王』も同じでやたらBGMがオーケストラ調で壮大であり、最終回は連続確変で大勝ちみたいな爽快感で締めるわけです。日本人の好きな勧善懲悪です。

一方、『anone』は地味でした。

ストーリーでハラハラ感を出し、意外性を演出することもなく、BGMも控えめです。質に拘ったのでしょう。

脚本家が同じでも『東京ラブストーリー』みたいに、あの執拗な「ラブストーリーは突然に」の壮大なイントロや、「カンチ!」とか痒くなる台詞連発だったのとは対称的です。

あんなのいいんだな・・・まじかよ。


【大衆受けしたら高尚でなくなる】

大体、夏目漱石の小説とか文学小説で、読んで味合える人間なんて稀有に等しく、私の好きな作品の『それから』なんて、TVドラマにしたらボロクソに叩かれるでしょう。

中上健次の『19歳の地図』も映画化されましたが、あんなの受けるわけありません。あんなの実写にしたらダメでしょ。(おそらく、尾崎豊の『17歳の地図』の題名はこの作品のパクリでしょう)

心理描写とか人の影の側面って、皆見て見ぬふりして触れたくないから、受けないのです。


【大衆煽動の手法】

結構、営業してた時あって、顧客の心理を操ることばかり考えていて、

「今だけ」「期間限定」「後で後悔した人がいる」

とか、欠乏や損するという言葉を煽る手法を知っているだけに、もうむしろそれに辟易として大衆煽動するやり方も同じで、見たくないかつての自分を見るようで興ざめするんですよ。

北朝鮮のミサイルで恐怖を煽ったりして支持をつかむやり方も根本は同じですし、中韓などに脅威を抱き敵意を向けることも全部同じなんですよ。

walking this way 全ては繋がっているのです。

前回、とりあげたナチスや国家の手法の、共鳴を使う形成携帯場・モルフォジェネティク・フィールドを作り上げ、そこにアクセスさせて信仰者にする手法も同じです。


【特攻隊を賛美する世の中になってしまった】

さすがに、金八先生のサクラ高校の校長役をしていた赤木春江さんは、戦争体験があるからそれらの煽動に対して危惧していたのでしょう。
セカンドシーズンで、特攻のかっこうして受験戦争と実際の戦争を混同したシーンは印象に残っています。

女生徒が特攻服を着た生徒に対して、「かっこいい」と発言して熱狂したわけです。
赤木さん自身、戦地に駆り出される兵士の姿を見て、胸を痛めていたわけで、満州にいた頃ソ連の進攻に恐怖を感じてたようです。

戦後生まれの無体験のバーチャル思想が、いくらマッチョなことを発言しても説得力なく、失神寸前の極限状態の経験のない知識だけが肥大化して、ちょこっと取材して知った気になるから、あんな畏れなき言動に出るのでしょう。

しかし、肝心な金八先生が今では・・・。

人生わからないものです。


P・S

手塚治虫の『アドルフに告ぐ』は連載して低評価でしたが、後にブレイクしました。ファーストガンダムも再放送でブレイクしました。
質のいいものはこんなものです。

しかし『anone』はブレイクしないでしょう。

ともさかりえさん主演の『Five』も視聴率低かったらしいけど、私好きでした。(質は知りませんがあのアウトサイダーたちがよかった)
榎本加奈子・知念里奈・篠原ともえ・鈴木さりな・遠藤久美子さんらと当時大人気豪華メンバー。(今では問題ありすぎて再放送もDVDもアウト作品らしいです)

消費税増税と緊縮財政の日本凋落元年1997年の作品でした。
1997年はデフレ元年です。

 

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