生と死・後編ーCHAOSでトイレットペーパー買い占めでなく、トランキーロ(落ち着け)焦んなよでロスインゴグッズを買い占めよ


(前回からつづく)


【黒い目をしたJ・BOY】

三島は同性愛者であったが、男として生き男として死のうとし、ノストラダムスの大予言で有名な五島勉にオカルトを進めた諜報人ですが、実に日本人であり反左翼でありスピ系でありオカルトであり、しかし浜田省吾の 『AMERICA』 の歌詞に

>ショーウインドウに映った 黒い目をしたJ・BOY

とあるように、東大全共闘の学生たちと討論してた時に、外国に行って鏡にうつる胴長で鼻の低い姿を見れば、日本人だと自覚できると述べていました。


【ウッキー!バスに乗らなくてよかってですね。】

故に文武両道の精神が必要で、このバランスの取れた状態でないと、国防とか力(フォース)に対して脊髄反応して、平和という名の反戦主義(平和と反戦は違います)の9条の題目と唱えていれば禍がふってこないと思ったり、一方では愛子様を天皇にするとか財政健全化を憲法明記しても平然としているとか、究極の国家破壊者となったりするのです。

去年の消費増税でリーマンショック級の経済打撃があり、今回のコロナショックで大不況となり世界恐慌となろうというときに、財政健全化を明記していたらどうなってたでしょうね。バスに乗らなくてよかったですね。だから、

トランキーロ、焦んなよw凸(-_-メ)

と言ってたのですよ。

緊縮脳なのにレインメーカー気取りで、グローバリズムの手の平の上を、左車輪が抜けてグルグルと永遠に回っている激情保守猿さんに向けて。


【生きることとは、マスターを目指すこと】

つまりは、男性原理って力を通じての外へのベクトルなので、これを扱えるのはジェダイの戦士のようなマスター(達人)だけで、これを誰でもかれでも行使できるものではないのです。

幸福論 (日本語) 単行本 – 2005/10 須藤 元気 (著)


【radicalは急進ではありません】

元々いちなるものから分離して、

忘却 ⇒ 不確実性 ⇒ 恐れ ⇒ 欠乏

となり、その結果としてのマルサスの『人口論』であり、それが発展してダーウィンの『種の起源』となり、もともと完璧な状態から分離しその結果の忘却であり、叡智というものは忘却以前の状態に回帰することであり、ナザレのイエスやゴータマ・シッダールタはこの分離前の状態に至ろとして、それが涅槃であったり彼岸であったり、「キリスト意識」であり「ブッディ」であるわけです。

これって誰でも彼でも到達できる領域でなく、自我(エゴ)を超えて自己の中になるいちなる状態にアクセスできることであり、もともと急進と言われているradicalって

根っこ

という意味であり、保守の対となる急進とは全く異なる意味なのです。キリスト意識とかとと同じく、コアの部分のことなのです。


【予言とは】

シュペングラーのいう「なろうとすること」って、この部分にアクセスすることに他ならず、予言ってこの「なろうとする」世界線をキャッチすることであり、当然大きな流れのαとβがあれば、ダイバージェンス1.048596%のシュタインズ・ゲートもあるわけです。

インスピレーションとは洗練されたアンテナによりこの流れをキャッチできた産物であり、『機動戦士ガンダム』のニュータイプの直感みたいなもので、共時性synchronicityとかも同様なのです。


【言葉の力(フォース)】

こういう感覚は誰にでもあり、野球の支配の流れもこのことなので、89年の日本シリーズで加藤哲郎が「大したことない」と煽り、その後近鉄が4連敗するのもあの発言で流れを変えてしまったからなのでしょう。

言葉って恐いですね。

あのビックマウス加藤がいなければ、恐らく近鉄は日本一になっていたでしょう。


【縁起悪いという意味】

そもそも思考そのものが分離の状態であり、言葉自体が因果というシュペングラーがいうことも最もなことなのです。

因果 = 縁起

と、仏教思想の業(カルマ)も、罪と罰、権利と義務、債券と債務、もこれらは全て分離により生まれた概念であり、2極性から生み出されたものなのです。


【退化猿とグローバリズム】

男性原理と女性原理の統合により第三のものが創造されるのも、分離の状態から統合された結果でしかなく、男性原理か女性原理かのいずれかなんてそれこそ、0か1かのビット思考であり、量子もつれが右スピン(上向き螺旋)と左スピン(下向き螺旋)と対であり、どちらかでなく、白か黒かでなく本来はカラフルであり、白人か黒人かでなく、白人もまた有色のうちの一つのカラーでしかなく、ようやく『スターウォーズ』や『ターミネーター』などの作品に反映されたところでしょう。

その流れをつかんでいないと、財政健全化退化猿みたいになり

男は外で女は内

とか柔軟性のない社会を維持しようとすると、逆にグローバリズムに力を与えることになり、これ日本で何十年もやり続けてきたわけです。


【どっちの転ぶでしょうかね】

こんなこと、20年前に発言していたのなら

” お前、頭オカシイだろw ”

と揶揄されていてのでしょう。


【死なない状態が死ぬまでつづく】

結構私がボロクソ行ってる西部邁でも、スピ系には評判が悪い入水自殺という形で終ったわけですが、考え方によれば「生を選択した」ともいえ、チューブだらけで延命処置されて心臓か脳波が動いていれば生きている、一分でも長く動いたみたいな、それって人間のすることかなと個人的には思ってます。

一度中に入れられたら終わりで、薬漬けにされたり胃ろうや酸素吸入とチューブだらけで、心臓と脳みそ動いている状態を長く続けられる。

これが日本の医療の常識なのだと思います。これで長寿国って自慢できないでしょう。

延命を考えるのなら水分摂取量から腎臓に悪いとか医者の指示に従い管理されて、誤嚥(ごえん)リスク回避のために水分に片栗粉みたいなトロミをつけられる。

一度、病院・施設と送り込まれたら終わりで、無力な高齢者は自らの意志で、

死ぬことすら許されない

状態になるのです。


【緊縮で皆がギリギリの状態】

こいうことを述べると、緊縮財政と相性がよくて、自宅介護とかなるわけですけど、これでも認知症が入ると難しく、しかも重度の状態で自宅で見取りとなるのも難しく、しかしこれを民間の施設のやるとなると、スタッフが肉体的にも精神的にも追い込まれて、これで皆介護から離れていくのです。

これに加えて医療サイドにたって常に、重度の利用者を民間施設で管理して、バイタル・サーチと多忙なヘルパーが頻繁に計測することなどできず、元々医者は延命を考えるけど、利用者は死を考えてと、全く着地点が異なっているからなのです。


【種を紡ぎ延命しようとするナショナリズム】

生きようとすることは延命して種をつむごうとする女性の本能からくるもの(ナショナリズムと同じですね)であり、食事を食べたくない、水分をとると誤嚥による死のリスクが早まる、寿命を縮めるという本能って男性特有であり、故に

武士道とは死ぬことと見つけたり

となるわけです。


【停年後の旦那( ゚д゚)、ペッ土となるパトリオティズム】

映画『スターウォーズ』でルーク・スカイウォーカーがジェダイの戦士になりたくて、そこで冒険とか外にベクトルが向かうが、死と背中合わせであり、運が悪けりゃ死ぬだけさという本音には、死に場所を探しているともいえ、自分の死によって豊潤な土にとなり、次の種への養分となることも本能的なことなのでしょう。(パトリオティズムって祖父の地という意味があります)

言ってみれば嫁の人間ATMとなり、定年退職して旦那イラネ( ゚д゚)、ペッと、捨てられるこの一連の流れは、当たり前の現象だといえます。

蜘蛛やカマキリや蜜蜂みたいなものです。


【プールの限られた水でどうにかしようとする女性】

延命を考え内に内に意識がいき今あるものだけでどうにかしようとするから、大奥の世界でパイを奪い合いことになるし、内戦・紛争なんて女性特有であり、間違った貨幣論って女性原理をうまくつついていて、なかなか終わらせられないのです。


【恐怖の煽動に備える・トランキーロ】

未来という不確実性に対して不安や恐れを抱くと、女性の優れた特性の調和(harmony)が一変してトイレットペーパーの買い占めみたいな不条理なことをやらかすこととなるのです。

内で争うつまりは、内争するわけです。

別にトイレットペーパーなんて必需品でないし、食料貯めたところで何日籠城するのか。

でも最近、トイレットペーパー店頭に並ぶようになってきましたね。売れませんね。そりゃ、そうです。皆買い占めてるからw

その一方で私はロスインゴグッズを買い占めていました。


CHAOS?おいおいwトランキーロ(静かに。落ち着いて)、焦んなよw
オカダカズチでなくここは史上初の二冠達成の内藤哲也で、やはりロスインゴだと思われる方は ↓のリンクをクリックお願いします。


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生と死・前編ージジイになる前に死んでやる『15の好奇心』


【死なないこと = 生きる】

なんか介護の仕事してると、医療サイドとの見解の違いが大きくなり、医療って

延命第一主義

となり、脳波と心臓がより長く機能することを是としており、

死なない状態 = 生きる

と思っているところが大きいのです。


【医療の正義』

以前、ケアマネと話していたのですが、 胃ろう なんて日本ぐらいで、そもそも食事をしなくなる高齢者って、女性が本能で子供を産もうとするがごとく本能であり、自ら生に終わりをつげようとしいると私は思うわけで、チューブ漬けにして酸素送りしたり、人工呼吸器で無理から呼吸させて、それって違うでしょってことです。

財務官僚がPB維持の財政健全化というプログラムを信念に植え付けれのと似ており、医者の意思決定に全て従うと皆アドルフ・アイヒマンが上に従っただけとなり思考しなくなり延命処置を金科玉条に掲げてやるようになります。


【医療は科学的管理法】

企業では営業と工場が対立しやすいように、介護の現場でも医療と介護が対立しやすく、医療サイドが強いとどうしても延命処置重視となり、水分摂取量を厳重に管理するとか、それなら病院で面倒見ればいいのですが、緊縮財政からそれは嫌厭され、施設に送られてくる場合があります。

通常、介護施設に医者は常任しておらず、施設専属の看護師が医者の指示に従い、基本も何も施設側がほしいのは医療という専門性でありお医者様の指示が全てであり、これはテーラーの科学的管理法に基づいており、それもそのはず上官の命令を無視することなどできないように、ナースが勝手に医者の指示以外を無視することはできないからです。

医者(上官)の命令 ⇒ ナース(一兵卒)は従う


【延命って】

だけど、ヘルパーって上官の命令が絶対でなく、むしろ最低限のことをしていれば各自にある程度の裁量が与えられ、こんなの当たり前で、女好きの利用者がいて女性スタッフと男性スタッフとは対応が異なり、野球選手で足を活かしたバッティングなどあるように、一様ではいかないのです。

日本の医療は延命という答えがあるのですが、介護にはバッティングスタイルに答えがないように答えがないのです。

戦争は敵を殺すことを目的としているわけで、軍法会議の存在やら上意下達の命令系統がもっとも効率的なのですが、これって実は医療もそうで、患者を完治させることを目的としているうちにそれが医療の規範となり、余命わずかの高齢者に対して延命させることが是という考えになり、そこで営業と工場の対立みたいに、どうしても齟齬が生じるようになるわけです。

心臓動いていればいいのか?本人も家族(後見人)がいいといってるのなら、やりたいようにやらせればいいじゃん。法的に問題ないのなら。

いや、本人は延命願っているかもしれない。それは間違い。生を全うすること(延命)が生優先。医者に指示に従う。

となるわけです。


【胃ろうは日本ぐらい】

ナース(nurse)って語源はラテン語で「養育」という意味があるのですが、それなら保育士の意味合いが強く、現実的には医者のサポーターとしての色が100%であり、しかし介護施設であると高齢者って先が短いわけで、子供が成長するのに対して高齢者は衰退とベクトルが逆で、それ考えてないからその結果日本では、

胃ろう

となるわけです。


【なぜ愚かなことを日本はするのか】

実はナースって医者の指示・インプットがあって初めて動くことが許される職種なので、これは明らかに テイラーリズムに基づいているわけで、ヘルパーは利用者の要望があり、スタッフによりやり方が異なりかなり裁量が与えられ自分で判断して動く場合がほとんどで、そもそも過程が全く逆なのです。

しかも利用者が高齢者の場合はベクトルが死に向かっており、これはゲマインシャフトの本質意志とゲゼルシャフトの意志と同じくらい異なることなのです。


【武士道とは】

映画『スターウォーズ』のマスターヨーダが生と死は表裏一体といいましたが、女性と男性もまた表裏一体であり、女性というものは本能的に延命を望み、種をどんな形であれ受けつげさそうし、男性というものは常に

” 武士道とは死ぬこととみつけたり ”

となり、HOUND DOG 『15の好奇心』の歌詞のごとく、

” ジジイになる前に死んでやる ”

と、常に死を見つめ生きていると思われます。


【死ぬために生きる】

女性は延命して種を継ぐことを本能として思考そのものを支配し、男性は逆に死をみつめ土にかえることを考える。

バーナード・ショーの『人と超人』で、悪魔(ルシファ)のいう

>人間の心は武器になるんです。
あなたの誇りとする驚くべき生の力は、すなわち死の力なんですよ。

というものは、死に場所を探すために生きるという男性原理が見え隠れしています。

人と超人 (岩波文庫) (日本語) 文庫 – 1958/1/1 バーナド・ショー (著), 市川 又彦 (翻訳)

(次回へつづく)


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LADY GENERATIONの理由 -感覚は考えて身につくものでない


【男性白人から女性有色へと】

先日、映画『ターミネーター・ニュー・フェイト』を拝聴したのですが、『スターウォーズ』も同じなのですが、主役が男性から女性に分かり、しかも今までイギリス系の白人主体であったのが、スパニッシュなど有色人種が主役になりつつあることが重要なことだと思います。(ヒロインとなるであろう白人女性も、白人男性のシュワルツェネッガーも最後は死にます

ターミネーター:ニュー・フェイト (字幕版)


【集合意識をキャッチ】

こういう作品は意図的に制作される場合もあるでしょうけど、集合意識レベルの無意識下がそういう作品をつくらせる場合もあり、これこそがシュペングラーのいう「成ろうとするところ」の流れであり、野球の試合の流れと同じだと思います。

 


【女性のエマが主役】

女性が主役となる作品といえば漫画・アニメ『約束のネバーランド』も同様であり、これって偶然ではなく「必然の流れなのだといえます。


【保守を煽る】

そもそも前提となることが間違っていると、ボタンの食い違うがごとく永遠に間違いを繰り返すことになり、青年西部邁が安保闘争に参加したかと思えば、次は竹下登に接触し消費税導入を議会を通じず後押しし、21世紀には民主党を叩いて野党というバランサーを消滅させ、次に安倍晋三総理大臣様に近づいたと思えば、結局

” 二度と飯を一緒に食べたくない ”

と発言し、最後は皆さまのご存知の通りです。

西部邁自身のことなんて私にとってかかわりのないことで、それよりも消費税導入やらそういった失政で殺された知人・友人がいるわけで、実際同じ環境で苦楽を共にして時間を共有し、ようやく感覚として知ることができ、彼自身の人物像とかどうでもいいのですけど、ミルトン・フリードマンもそうですけど学者などの専門家が議会を通じず政治に直接関与することは、何千万人の人生や生命に影響を及ぼすわけで、バッシングを受けるのも当然ことだと思っています。


【思想の英雄は室内で】

私は西部邁の本を一冊だけ読んだことがあり、それが『思想の英雄』なのですけれども、その内容は一貫して大衆というものを批判しており、西部自身もその大衆となることもありえると述べていたのかもしれませんが、そこで保守の源流といわれるエドマンド・バークの「世襲の原理」を経由し、「変化の漸次性」とやらとなり、これに相反するのが急進であり、単純にいえば議会の右側と左側の対立軸だったのでしょう。しかし、

この二つとも幻想ですから。


【ポップカルチャー、庶民( ゚д゚)、ペッ】

しかし、ながら西部邁は大衆を嫌ってていたことよりもむしろ非エリートを嫌っており、エリートが博学で古典などにも精通しておることに対して非エリートつまりは庶民はそこから乖離しており、庶民が親しむものこそポップカルチャーであり、ショパンの『革命』は趣向するが、浜田省吾や尾崎豊の曲には庶民( ゚д゚)、ペッとなるのでしょう。

彼が俗物的な漫画・アニメやロックンロールとか、それらの作品を口にした光景を見たことが私は一度もありません。

そういった作品って庶民の感覚に触れることになり、庶民の感覚がないとエニウェア族となり、それで消費税導入とか傲慢になるのでしょう。

” 庶民め!甘ったれるな!気合入れろ!この左翼野郎め! ”

って感じで。

大衆への反逆 (文春学藝ライブラリー) (日本語) 文庫 – 2014/8/20 西部 邁 (著)


【保守と急進は互いに補完し合っている】

私が保守派を毛嫌いするのも保守と急進とは相補性の関係であり、『スターウォーズ』でマスターヨーダが善と悪とは表裏一体といったことも、ユングの相補性の関係も同様なのですが、善は一瞬で悪となりその逆もしかりであり、今の日本のブローバリズムの跳梁跋扈を何よりも一番後押ししたのが、保守思想であり、これは西部邁が竹下登に消費税導入を後押したことも、全て運が悪かったとかでなく、それはむしろ彼が選択した運命であり、つまりは偶然でなく必然だったということです。

人間万事塞翁が馬といいますが、そもそも運って「流れ」であり、川の流れのごとく必然性に他ならないのです。


【その神話】

例えば保守派で絶賛されている日本型経営なのですが、産業社会学の泰斗である84年に発売された尾高邦雄氏の書籍より、そのモデルとなっているのは一部の大企業であったり、日本が昔から共同体の延長として終身雇用となっていたこととかは神話化されていたことがほぼ立証されていますし、まず読んでいただきたいと思います。

日本的経営―その神話と現実 (中公新書 (724)) (日本語) 新書 – 1984/4 尾高 邦雄 (著)


【保守がグローバル化を招く相補性の関係】

ほんの一部大企業により採用され適用されていたに過ぎない日本型経営により、大企業勤めの社員が転職先でパージさせられるとか圧力かけられ転職を阻止されたり、中小零細企業内での不満が蓄積されて転職が激しく、女性の社会進出が因習により阻止されてたり、男女雇用機会均等法ができても30年かかっても一向に変化せず、これらの「不満」が蓄積されてそれを放置した結果「ルサンチマン」となり、当たり前のごとくこれらにつけこんで、急進的な思想であるグローバリズムが日本で支配を及ぼし、今も尚その方向性を変えられないでいます。むしろ、

急進を支えているのが保守である

という事実を踏まえていなければ、当たり前のごとくこれがグローバリズムの跋扈やら、フェミニストのような極端な思想家の出現とか、結果として表れてくるわけです。


【なぜ女性が主役なのか】

『スターウォーズ』『ターミネーター』『約束のネバーランド』と女性が主役となることも、シュペングラーのいう男性的な思考

「なったこと」のよる因果

から、「なったこと」の前提となる「なろうとすること」による運命を重要視するという感覚(heart)重視の傾向であり、そっちの流れに移行しつつあるということを暗示していると思われます。

ヒラリーが大統領になっていたも製薬会社からの献金等からオバマ政権と同じことになり、民に失望を与えることとなり、ならなくてよかったと個人的に思っています。女性でも同じじゃないか、誰がやっても同じじゃないかって感じになるのが、非常にまずいですから。


【政治とは男性原理と女性原理の組み合わせ】

そもそも政治って

政(まつり)=祭り・祀り

であり、卑弥呼が神事により啓示を受けたりする、「成ろうとする」する女性原理によるものと、

治(おさめる)=自分らの村の水害を防ぐ

ために、他の村の堤防を壊すことにより自分の村が救えたという「成ったこと」に対する力の行使による因果の男性原理の組み合わせであり、そもそも「成ったこと」というものの前提には、

成ろうとすること

があり、これこそスペンディングファーストであり、宇宙の誕生理論からダーウィンの『種の起源』からして前提自体全て間違っているのですから、ずっと人間はボタンの食い違い状態を続けて、貧困格差・犯罪・虐待・暴力・紛争・格差・グローバリズムの跳梁跋扈・戦争と、同じ過ちを歴史を意図的に繰り返してきただけなのでしょう。つまり、

歴史は繰りかえされるのでなく、退化猿が繰り返しているだけということなのです。


【考えるな感じろ】

まぁ、マスターヨーダのいう訓練って力(フォース)を行使することは並大抵のことでなく、一瞬で闇にとりこまれて正義を掲げた結果悪に加担することになるからなのです。

武道の達人(マスター)の境地というものは、DB超の悟空が身勝手の極意のごとく既に攻撃の状態がし終わった後になっていることであり、これって「成ろうとすこと」に完全にシンクロした状態であり、武道だけにアートというようよりはむしろ技巧に近く、音楽を演奏したり文学を味わうことと真逆の要素であり、子供頃からずっと室内に閉じこもっていた連中には難しく、だから昔からの言葉として残っている文武両道なのです。

そもそも、頭で考えることでないことを頭で考えてどうするのかw

こんなことしてても、ハイゼンベルク定理の堂々めぐりで、つまりは

考えるな感じろ

ということなのですが、これほどのシンプルなことをだからこそ秀才・エリートにはわかないままで、一生を終える人が多いことなのでしょう。

ドラゴン/~ブルース・リー物語~ (字幕版)


【修行論】

故にマスター(達人)はこれを武道において肉体を酷使したり瞑想などして、その修練の結果感覚として身についてきた場合がほとんどで、男は特に、文と武の二つは両輪として初めて前に進むわけで、どちらか一方の片輪だと激情猿のごとく、グルグル同じところを回り続けるだけになります。

修業論 (光文社新書) Kindle版 内田 樹 (著)


【LADY GENERATION】

男と女は体の構造からしてまったくことなり、そこまでする必要がありません。(男のウソを一瞬で見抜くあのうざい感覚は生まれながらのものです)

今後女性が政治なり社会の中枢に参加して、今後日本のみならず世界を男どもが無茶苦茶にした世界を新しく創り上げるのか、それとも男性と同じく破滅に導くかどうかは、生まれながら遺伝子から身体の構造からその感覚が植え付けられている優越性を活かし、社会がこれを受け入れるかどうかにかかっていることでしょう。

Lady Generation~淑女の世代~ CD 篠原涼子 形式: CD


【緊縮リベラル】

だから池戸先生の指摘していた緊縮リベラル女子を、機能的財政出動派にできるかどうかって、かなり重要なポイントなるわけです。

国債を抑える = 平和
少ないパイを分かち合い = 共助
もったいない = 経済音痴のポエマー

この歪んだ思考回路の配線をこっそり付け替える必要があるということです。


【レインメーカーでなくデェスティーノ】

映画『ターミネーター・ニュー・フェイト』の敵はもはやスカイ・ネットでなく、タイムトラベルを仕掛けてくる敵はリージョンであり、分かりやすく言えばα世界戦とβ世界戦と異なるような別の世界線の出来事となってしまっており、これまでは女性が英雄ジョン・コーナーの子宮となる聖母としてのサラ・コーナーの立ち位置から、女性自身が主役という世界線に完全に移行したといえます。

女兵士グレーシが以下のセリフを言います。

>あなたが教えてくれた。決まった運命なんてない。運命(デェスティーノ)は自分で作るもの。

あなたは未来を救う男の母親じゃない。あなたが未来。だからリージョンが狙う。

この諺もだいたい同じです。

Where there is a will , there is a way.


【退化猿はもはや猿(去る)こと】

これまでのフェミニストでもないグローバリストでもない、女性の特有の本能を借りればいいだけなのですけど、男性は外で女性は内という因習が保守的な考えがそれを阻止しており、結果カネカネカネのグローバリズムの跳梁跋扈となるわけです。

夫婦別姓は許せない。伝統への冒涜だ!ウッキキキー

とかなり、保守が急進を招き互いに補完しあいそれが強化されつづけてきた結果のグローバリゼーションなのです。


【シッダールタなら知ってます】

故に、力って行使するのが難しいのです。

肉体を酷使して失神したり気絶直前まで追い込まれてりして、それでもなかなか達人の境地には到達できず、一生この戦士としての菩薩行はつづくのです。

大体、彼岸達成して成仏しているのなら生まれてこないっつーに。釈迦如来?( ゚д゚)、ペッ。知らねーよ。シッダールタなら知ってるけど。

西田幾太郎やポラニーのごとく唯物論をとなえてもいいけど、彼らは間違いなく陰気な思想であり根底にあるのは虚無感であり出口などなく、それならパンセの賭けとなるわけです。


【激情保守猿諸君wトランキーロ、焦んなよw】

今回、述べたかったことはシュペングラーのいう運命というものについてであり、

カーっと頭に血が上る状態を情熱や活力と取違ってしまい激情猿が力を行使すると日本だけでなく世界を亡ぼすことになるということでした。(本当に人類が滅亡して人っこひとりいなくなれば、それはそれでいいのですが、恐らく中途で終わるでしょう。残った人間の生き地獄ってやつです)

つまりは、

” 王様!王様!

生活に根づいた主婦の感覚や、嫁姑問題に自宅介護、社会進出する女性を迫害したり、因習に拘束され悲鳴を上げている連中の声を無視し、男性特有のやたら国家とか伝統とかシステムばかりに目がむき、グローバリズムの釈迦様の手のひらの上をぐるぐる回り、いつも王様は結果グローバリズムを後押ししてばかりじゃん。

まったく日本の保守思想の連中ってエリート意識が高くて、愛子様を天皇にとか財政健全化を憲法明記容認とか本当にゴーマンで。LGBTは生産性がないと発言してるのと変わらないじゃん。

おっと、まぁムキになるなよw

全てが運命(デェスティーノ)

オカダカズチカのごとく王道のレインメーカー気取りで、いつも最後はグローバリズムの手のひらの上の保守猿さんw

トランキーロ、焦んなよ凸(-_-メ) 

ということなのです。


【俺の生き方全て運命(デェスティーノ)】

Mi vida no es una coincicencia
(これまでの人生偶然なかじゃない)

Todo es ” Destino(デェスティーノ)“.
(全てが『運命』)

Mi estilo de Vida  son el ” Destino(デェスティーノ)
(俺の生き方は全て『運命』)

米国で扱いされているスペイン語の内藤哲也のこの言葉も偶然でなく必然なのです。

なろうとするところによる運命の流れが、こちらがわの世界線が無意識・深層・集合意識がそう発言させるのです。たぶん。


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