第三勢力③

【創造の精神は潤沢な精神から】

じゃ、どうすればいいのかとなりますが、その作業が創造のプロセスであり、この過程は自己実現の欲求という上位のモチベーション(動機)でないと、無理なわけです。

これも簡単で、低次の欲求は安全にしろ、利害にしろ、全て恐れや欠乏といった陰気なものに支配されており、ろくな発想は生まれません。

博士号を取得している連中らが率先して、新しい社会のモデルを構築するのならいいのですが、権力者からの圧力や学会のシガラミなどから、できないのでしょう。

まぁ、こういう意味では研究費もケチってはいけないし、ましたや小保方さん叩きなど愚策もいいところなのです。


【権力者は監視対称】

でないと、資本主義そのものが機能しなくなったパニック時から、可笑しな独裁者が出没してそれこそ、シュペングラーのいうカエザル型が誕生し支持を得て、世界を破滅に導きかねないわけです。(シュペングラーはナチスヒトラー誕生前に預言しています)

政治家とか企業家などの権力者相手に強いリーダーシップの要求は論外で、必要なのは政策内容、スマートさバランス感覚で、あくまでも権力者は監視対称です。


【問題なんてない。つくっているだけ】

過去ログで「小子化で何が悪い」と反感買うタイトルにしてしまったけど、小子化の問題なんて最初からないし、余った労働力をポイントの高い箇所、つまりはインフラ整備関連や介護福祉に対して高い賃金を割り当てる政策に移行すればいいだけです。

東京一極集中型から地方都市分散型になれば、震災大国の日本であるならリスク分散になるし、そうなると地方が活性化され地方自治体の財政健全化になるし、国民皆保険も維持でき、ハゲタカみたいな外資の介入も防げるわけです。

まぁ、第三勢力の話なんですけど、新しい社会のモデルを10でも20でも作っていれば、そうすると徐々に移行できるし、突然資本主義がダメになっても、変な独裁者の手に落ちることも防げるでしょうに。

恐れや不安を煽る人間は99%以上偽物ですし、日本は自己責任の国とか憲法にも明記されていないことを発言する政治家がいるとしたら、データー改竄とかしていないか監視が必要なのです。


【権力者】

年金問題も最初からなく、こんなの高齢者が多く金融資産を有しているのですから、高齢者同士でフォロー入れればいいだけで、お金ってあくまでも手段で目的でないから、それを得心させる必要があるのです。(権力者はそれを妨害して権力構造を維持します)

女性が社会に進出して政治家や管理職に多くなれば、結婚・出産・子育てまでの流れをサポートできるシステムに移行しやすくなるし、女性が活躍している社会ほど格差が少ないと外国のデーターででているのですから。

家事や料理の得意なニートが、現役バリバリの女性と結婚すれば、問題ないし私からするとわざわざ不安や恐怖を煽って人間同士の対立構図をつくり、「われわれ」という意識から「彼ら」にしているだけなのですが、これがマキャバリズムにおける権力者の昔ながらの鉄板の手法なのですが。


【絶対的経済状況はあまり関係ない】

(『格差社会と国家の存亡』)

これは地方の貧困率の割には幸福度が高いという調査結果なんですが、単に野菜などのおすそわけという経済的な効果だけでなく、助け合いの精神がまだ残っているつまりは敵意が都市部の比べて緩和しているからなのでしょう。

都市部の「彼ら」の関係でなく、「われわれ」の関係近く、そうなると貧困の定義は他者との忌まわしい階級差別意識にすぎなく、それが緩和されているからでしょう。


【スポーツ以外、TVは録画して見ましょう】

確かに地方でもいろいろいて、他人の噂話とか村社会的な因習もありますが、働く女性や元犯罪者とか同性愛者とか変人とか、そういう異端を排斥する風潮を改める必要もあります。

TVの影響が何よりも強いのですが、元々ブルジョワの武器ですから、もうTVは録画して見る程度でよく、くだらないお笑い番組とか見ないでおきましょう。(あの全体主義的な気持ち悪さってはんぱじゃない)


【24時間労働してはいけない・それ犯罪です】

そして、日本が幸福度ランキングが低いのはワークバランスの悪さも大きいところなのです。

(『格差社会と国家の存亡』)

バブル期において『妻をめとらば』という漫画の最終話や、『いいひと』で描かれているように、サラリーマンの24時間働けますかの精神で、どれだけ過労死や自殺、うつ病など併殺させたか。

バブル世代のリーマンが金遣い荒く、車・ブランド服・ディスコと稼いだ金を浪費していたのは、保坂尚希さんが1500万円ぐらい持ち歩いていたことと同様で、労働のストレスがとんでもなくて、消費で気を紛らわしていただけです。

ブラックで金が入ってくるけど、しかし、パイプライン・システムから漏れると、落伍者扱いされそれを避けるため、過労死するか自殺するかウツで病むか、それ以外に残された選択が、唯一の浪費による快楽だったのです。(今は新卒で失敗すると低賃金ブラックで終身奴隷だから、自殺するようです)

しかし、危うく、安倍政権の労働裁量制により、過労死も自己責任へと駒を進めようとしていたわけで、立憲民主の功績のおかげでホロコーストが緩和されてやかったですね。


【1984年】

まぁ、ぶっちゃけ答えなんて出ているわけですが、このままだと資本主義が機能しなくなり、そこで恐らく新しい社会のモデルを構築できていないだろうし、元成功法則本により私利私欲の実現としての手段としての読書が、何やら人のために発言しているようで個人的には非常に遺憾な限りです。

今、ジョージ・オーウェルの『1984年』読んでますが、プロレタリアに対して

「彼らには知性がまったくないので、知的自由が与えられたのです」

て箇所がありますが、直球すぎます。
戦争を煽っていれば、この政権・党の支配を甘んじるしかないとう心理はよく読んでいます。

だから、第三の道ですよ。


【創造のプロセス】

過去ログで言ってるかもしれませんが、AというものがありそのアンチテーゼのBというものの存在があります。

A ←→ B

この関係ってAの否定系であるBにすぎなく、マイナス×マイナスが数学ではプラスになりますが、考え方かえるとマイナスでしかないのです。

なぜなら、否定的な存在であるAを否定してのBは、ともに否定という同じ土俵、考え方、次元であり、資本主義と共産主義の関係みたいなもので、権力者の支配体系としては同じなのです。

だから、マズローの心理学のようなまったく別次元の第三勢力を創造する必要があるのです。ここではCの存在です。

そこには欠乏とは対極の潤沢な精神が必要で、生理的・安全・愛と所属の欲求という低次の欲求と同じ土俵にたっては、いつまでたっても同じことを繰り返すわけです。(帰属意識の危うさは実は低次の欲求であるからして、対立・排斥・全体主義に陥いりやすいからなのです)

CのアンチテーゼDが出現すると、また全く別のEを創造すればよく、あくまでも恐れや不安を煽る偽者に煽動され、AやBに回帰しないことです。

 

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第三勢力②

【アドラー心理学ブーム】

最近、アドラー心理学のブームがまだ多少継続していますが、日本人らしいと思います。

社会心理学者の北山忍先生は、個人主義の欧米の相互独立的自我観が強いのに対して、集団主義の日本人は相互協調的自我観が強いと分析しています。
つまりは、日本人は属性本意であり自分というものを説明するのに、「○○会社の課長」「専業主婦」とか所属する組織や集団が最初にきます。

これに対して、欧米人は「責任感が強い」とか「平和を愛する」とか、個性を重要視するわけです。

アドラー心理学なんて、コモンセンス・共通意識により自我が強制されて、劣等感といったものをバネにして人格向上の動機とするような心理学であり、これは日本人が好む心理学といえよう。

そもそも、日本の社会に病んだ状態はこの極端な集団主義によるものであり、個人レベルでの緊張(ストレス)を蓄積され、これが犯罪やイジメやパワハラと悪化させるものだと分析できます。


【フロイト心理学】

アドラーと対照的な心理学がフロイトの心理学であり、フロイトは幼年期の抑圧された性欲が無意識下の蓄積され、これが成人となっても解消されていない故に、心の病を患うと分析しています。(戦前の東北のルサンチマンと似てます)

要は、この隠された闇の部分に向き合い、トラウマを解消しろというものです。

日本人には不向きです。なかったことにするから。

なんせ、自分の内面に向き合うことは辛く、それよりも常識・コモンセンスに基づく、言ってしまえば、「空気」を規範として行動をとって、劣等感なるものを解消したほうがいいのです。空気を規範した内観、トラウマ解消って不可能です。

長いものに巻かれていれば、社会的地位が高まりその属性により自信をつけ、表面上だけでも一応は解決されます。

フロイトは快感原則を現実原則に置き換えると表現しています。社会的な成功によりこの抑圧された欲求のいくつかを解消するというやつと言ったところでしょう。


【問題を引き起こした次元での対処法】

まぁ、反論もあろう内容でざっくり説明しましたが、私はフロイトの抑圧された性欲とかそういう限定的なものは支持していませんが、幼年期のトラウマ解消は非常に大切だと思います。

ただし、抑圧されたトラウマなり感情なり解放して癒すことが大切でありますが、これだけであると不十分だと自認しておりますが、説明は後で。

一方のアドラー心理学は私はあまり支持しません。そもそも問題を起こした次元でその解決をしようと試みているからです。

欧米人よりも他人の目ばかり気にしている日本人に、更に重病患者を増やす心理学になりかねず、こんなことをしても、より緊張(ストレス)を抱え込み、私が何度も紹介している「攻撃の置き換え」へと発展し、それが子供の社会へも投影され、イジメやスクール・カーストへと発展していると思われるからです。

否定的なものを肯定したところで、劣等感が蓄積され、それが攻撃力となり成功するだけで、深層意識には深い罪悪感を更に加えられ、これがまた負の原動力となり、だから成功した人で貧困者叩きをしている人が多いのは、こういうメカニズムからだと思います。

だって、成功しているのなら貧困者叩く必要もなく、そういった言動は深層意識に深い罪悪感とやらないとやられると恐れを抱いているからであり、彼らの治療が非常に必要なのです。欠乏動機により、常にゼロサムゲームをしているのです。

『蛍の墓』とか見せれば治療になるかなと思うのですが、彼らの多くは熱狂的愛国者である場合が非常に高く難しいといえよう。(私はこの作品で泣けず、非情と言われます)

まぁ、あくまでも私の解釈ですが。

 

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【害しかないストレス】

ストレス社会と言われるぐらいで、ストレスを抱えるのは当たり前とか、多少のストレスは体にいいとか、わけわかりません。(ストレスがないと生きていけない、新谷かおるの漫画『A88』のミッキーサイモンみたいな傭兵中毒と同じです)

なぜなら、ストレスを感じるのは主体であり、ストレスという物理攻撃を与えられるわけではないからです。

スーパーのレジで並んでイライラするのも本人だし、イライラしない人もいるわけで、スマホでも見て熱中すればいいだけなのです。TV番組で韓流タレントが出演してイライラするならチャンネルかえればいいだけです。

緊張(ストレス)と緩和(安堵)の繰り返しは中毒のメカニズムであり、パチンコ・薬物・タバコなどやればやるほどやめられないのです。

だからストレスは害なのです。


【格差を更に生み出すルサンチマン】

社会主義は圧制国家であるからグローバリズムに逆らえない。もう資本主義に甘んじ、自分の不遇も貧困も惨めな現状を受け入れるしかない。

こう自分に言い聞かせても、ストレスはたまるし不満爆発。

こんな、二択の選択肢、変えられない環境の不満が、より弱い者や外敵に矛先を向けることとなり、これは権力者の常套手段であり、今のグローバリズムはこれをうまく利用しているわけです。

生活保護受給者叩きなんて、それを煽る権力者の常套手段です。(成功者の罪悪感をも利用できますから、マキャベリもびっくりです)

(『格差社会と国家の存亡』)


【われわれから彼らへ】

トクヴィルのいう同じ国民という「わらわれ」から、外敵に対して使う言葉の「彼ら」と日常会話に流布されると投票率は低下し、熱狂が高い時だけ上昇するという最悪の現象となって跳ね返ってくわけです。

格差が拡大するとコミニティの参加意識が薄くなり、投票率が低下します。

(『格差社会と国家の存亡』)

権力者はこんなことは熟知しており、ジョージ・オーウェルの『動物農場』の最後は、敵対していた連中のどっちがどっちかわからないというオチが真実であり、権力者はグローバリズムだろうが共産主義だろうが、イデオロギーに関係なく本質的には同じです。(サッチャーもスターリン同様、警察を厚遇してい民の鎮圧に使っていました)


【自己実現の欲求】

話が逸れそうなので軌道修正しますが、アドラー心理学が日本人にとって好ましくないとなると、そこで第三勢力となる経営学に詳しい人なら誰でも知っているマズローの心理学なのです。

マズローは、フロイト心理学は負の部分にばかり注目しているが、もっと正の部分に注目してはどうかと考えたのです。

端的にいえば、経済学が欠乏に基づいている故に陰気な学問だといわれてますが、欠乏動機でない最上の欲求、つまりは自己実現の欲求を満たせるようにうながせばいいというものです。(ブラック企業のOJTは単なる洗脳で、自己実現の欲求とは別です)


【空気をコンパスに人生を歩む】

権力者が支配体系として使う安全なんて低次の欲求であり、所属の欲求も低次の欲求であり、故にコモンセンスに重点を置き、負の劣等感に重点を原動力とするが故に、恐らく閉塞感社会を継続させるだけとなるでしょう。

成功して罪悪感を感じている人や負の感情をバネとしてがんばっている人が、アドラー心理学を読んで「俺は間違っていなかった」となり、しかし不満は蓄積して、苦しんでる弱者に対して

「その悔しさを原動力にして!」

と他者に克服を強要し、しかしそんなことでよくならないからウツになったりするわけで、今度は、

「ウツは甘えているからだ!」

となり、非情にタチが悪いわけです。

そもそも負の原動力って、根本が間違っていると思います。負は癒すもので、克服するものではないのです。ユングのいう抵抗するものははびこるというのは、こういうことなのです。たぶん。


【両翼の天使がいいんじゃないかな】

ここで第三勢力となったのがマズローの心理学であり、結論から言うとフロイト的なトラウマの癒しと、正の原動力の両輪が必要であり、所謂ポジティブ信者は後者だけの跛行状態です。

ケニー・オメガの片翼の天使(猪木の円髄切りみたいな技)です。フィニッシャーつまり終りです。

恐らく、日本人にとってのアドラー心理学はイカロスの翼でしかなく、この社会には既にアドラー心理学的な考えが浸透してしまっており、それでも社会が病んでおり、これを例えるとフリードマンの本に疑問を感じだし、ハイエクの本読んで「俺は間違っていなかった!」となるようなものです。(ピータードラッカーの『マネージメント』もエズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』とかも同じです)

ケインズ経済学、労働生理学、社会学、歴史学の本や、新約聖書を読んでみることです(聖書はあまり読みません)。

信じたいと思っている時点で、深層意識では信じていないのですから・・。


次回へ続く

第三勢力①

【多数派の暴政】

よく第三勢力という言葉があります。

一般的にAという概念や集団なり存在すると、それに対峙するものとしてBが存在します。
米ソの冷戦構造などのパワーバランスもそうですし、経済学でも新古典派とケインズ派などありますね。
AかBかの選択によく迫られ中立が危険というのもマキャバリズムがその典型で、皆勝ち馬に乗っかろうとしているからです。

日本人なんて空気を規範としているのでその典型で、『はだしのゲン』で戦前・戦中にゲン一家を「非国民!」と讒言を浴びせた地元の権力者が敗戦後、「平和!」を連呼し、それにゲンがつっこみを入るシーンがそうです。

実は、多数派にいると日本では負ウマに乗っかっても、安全なのです。なぜなら、集団主義においてその集団がその選択を誤っても、多数派の意見が一番強力だから誰もなかったことにできるのです。

ある意味、カール・ポランニーがかつて責任は共同体のものであったと指摘したが、多数派の中ではその責任が希釈して、それが全体責任となり「仕方なかった」「知らなかった」と弁明がすでに、負ウマとなっても用意されているからです。

大衆の本質はmassその数の多さゆえにこれは不可避的に起こる現象であり、民主主義の危険性や集団主義の危険性は、責任の有無や投票に行かない無関心層をつくることにつながりやすく、欠陥だらけといえよう。


【資本主義と民主主義は相性が悪い】

経済学者のダニ・ロドニックスは、グローバル化・国民主義・民主主義はトリレンマの関係、つまりは全て両立できないと指摘しましたが、私は資本主義そのものが民主主義と両立不可能だと解釈しています。

カール・ポランニーは資本主義と民主主義にはファシズムのウイルスを宿っている、このように分析していましたが私もこれには同感であり、資本主義がブルジョワ・有産階層・富裕層に有利であり、民主主義はその圧倒的数ゆえに本来なら労働者階級に有利であり、相性が抜群に悪いのです。

だから、金権政治に陥りやすく、ローマ帝国もこれで滅んだし、シュペングラーも西洋文明末期には第四階級の大衆が誕生し、マスメディアがその大衆を煽動し、金権政治となり、滅んでいくと預言したのも、こういったことからなのだと思います。

ファシズムも経済と政治が直接結びつき、議会制度を麻痺させるわけですが、経済財政諮問会議・産業力競争会議・米国の直接支配の規制改革会議など、民主主義をすっとばして法案をつくり上げ、それを過半数の議席を有する与党が通過させればいいというのも、元々資本主義そのものがこういう性質だからです。


【創造のプロセス】

こう発言すると、「なら社会主義がいいのか!」と熱狂的愛国者あたりが、

「四本足はよい、日本足は悪い!」(資本主義はよい、社会主義は悪い!)

と糾弾してくるわけですが、まずそんな二択問題にすること自体、おかしいわけです。

ここで、第三勢力の登場となるわけです。
AかBでなく新しくCをつくり上げていくわけですが、AとBの問題をつくり上げた考えかたでは、同じことを繰り返すだけなので、保守派の仕事ではありません。

Cが出てくればDというものも当然生まれてくるわけですが、ならまたそのアンチテーゼのEが当然誕生してきます。そして、第三勢力Fが新しく創造されます。(この第三勢力誕生には異端・少数派が必至)

これが単純ですが古典的な創造のプロセスであり、特に日本は

A → B → A → B → そのうち痛い目合う → 外圧によるシステム変更・・・・無限ループ

の傾向にあります。
創造力が欠如した民族なのでしょう。

石油欲しさに戦争して代賛エネルギーが開発される前に原発を廃炉とか、まじでやめてくれと思います。こういうと、「福島の事故を繰り返すのか!」と反論されるかもしれませんが、これも

「四本足はよい、二本足は悪い!」(廃炉はよい、それ以外は悪い!)

に相当するわけで、別の選択肢もあるでしょってことです。

 

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【可笑しいでしょ】

例えば原発を国有化することにより、電力会社は採算を合わす必要がなくなるだろうし、原発を稼動させるかどうかは別として、原発は停止しているのなら電源が喪失してもメルトダウンが起こることもまずありえません。

石油価格の問題だけでなく、シュールガスでもその主導権を米国に委ねるのなら、もうそれこそ何時までたっても、自立できないわけで、エネルギー問題が解決するまでは廃炉することは賢明でないでしょう。

だから、北朝鮮の攻撃とか挑発して、原発稼動している中、何考えているのか理解に苦しみます。原発再稼動賛成派の多くがこう言ってるですし。
経済封鎖して戦争を起こした日本が、同じように隣国に経済封鎖して正気の沙汰じゃありませんし、その理屈だとハル・ノートも対話のための妥協案と解釈できてしまいます。(わざと日本のどこかを核攻撃を受けさせ、目を覚まさす目的なら別ですが)

国民(同胞)を守りたいのか、自分のイデオロギーを守りたいのか、空気を守りたいのか。(「空気読め」という言葉はよくないです。空気は吸うもので読むものではありませんし、読めません。空気だけに中味なしで言語として成立していません)


次回へ続く

 

 

 

 

社会の変動

【世代間格差と少数派】

普通に社会においての嫉妬、不満、敵意、ルサンチマンは望ましくなく、そんなことは半世紀ぐらい前からずっと研究されてきたことです。

経済的合理性のみ重要視しアフリカの貧困層に比べれば幸せとか、まずその意見自体何ら意味を成しません。
現に、南アフリカの富裕層に私たちは嫉妬することはないけど、隣人には嫉妬するわけですから、それも同胞意識をもつからの嫉妬であり、これは権利の欲求とも言えるわけです。(これも100年以上前から言われいることです)

前回のブログのジャネレーションギャップのそうですが、団塊とバブル、氷河期、ゆとりと全く状況が異なり、貧しくても中間層が高くて公立の中学でも努力すれば公立の高校進学でき、普通にパイプラインシステムの流れに乗れれば成功できたのです。
失敗してもそこそこが保障されていました。
山田昌弘氏はこれを希望格差社会と紹介しており、まぁ私はこのシステム自体がフェミニストやグローバリストらの攻撃材料になったのではないかと分析しているわけです。

まずこの少数派が社会を変動させることは、社会学や社会心理学では常識的に扱われています。


【インフラ財政出動派が異端という世の中】

この少数派モデルの典型例が社会心理学者のモスコヴィッシュのモデルだが、彼は「数の上でも劣り、権力・権威・名声が欠落したままでも少数派は影響を及ぼす。」と言及しています。

恐らく、私の偏見だけど藤井聡先生も最初からこれを目的とし、内閣官房参与として政局にかかわりながら一方では、次に到来するであろうグローバル規模の経済危機の際に備え、グローバリズムという規範の代わりとなる新しい(新しくもなんでもないですが)規範を用意していると思えます。
現にグローバリストの杉田水脈議員も強靭化の講演会かなんかに参加しており、これもサブリミナル効果的な何かぐらいはあるでしょう。たぶん。
まぁ、これがエリートの鉄板思想と言える所以です。

モスコヴィッシュは少数派が与える影響を「常識を見直すきっかけを与え、新しい発見や創造が生まれる。」「社会という開放システムは異端者を生み続けるおかげで停滞に陥らず、歴史の運動が可能となる。」と言及しています。

少なくともインフラ財政出動派はブルーオーシャンと言われているように、ある意味異端扱いされるわけです。なぜか。
グローバリストはもちろんのこと、左翼、リベラルまでも「コンクリートから人へ」と具合にカルト思想扱いを受けいるようです。

いや、いや、数字見てください。(これ三橋さんがよく言ってた)
都道府県のGDPとインフラの相関関係は密すぎるぐらいに密です。(過去ログ


【スメルサーの社会変動モデル】

あんまり長くなると主旨に逸れるので、スメルサーの社会変動理論を紹介します。
簡単に説明する以下です。

起動 →  緊張(ストレス)の蓄積 → 緊張の蓄積 → ①停滞と衰退
↓         ↓                  ②革命的運動による
起動力の融合   社会的復旧               停滞と衰退
(それ以上変動                     ③連続的な発展
は起こらない)                     ④非連続的な発展
.                           ⑤革命的な激動歪み

社会における嫉妬、不満、ストレス、敵意などが「緊張」にあたり、例えば格差などが起動力にあたります。たぶん。
実はこの緊張という心理面が非常に需要であり、絶対的な経済状況は生産能力が高い先進国には必需品が行き渡っており、主流派の経済学者やグローバリスト・企業家の多くはこれを非常に軽視するわけです。

2:8の法則で有名なパレートもエリートの周流という社会の変動モデルを示しましたが、彼も残基という人間の心理面が先であると言及しています。

簡単にいうと格差(世襲、性差、民族、経済、地域)というものを放置しておいて、何も問題にならなければいいわけですけど、緊張が蓄積されそこで政府がなんらかの対策をするのなら、社会的復旧が行われればそれ以上もう社会の変動は起こらないわけです。

例を上げると、フェミニストの運動などにより1985年に「男女雇用機会均等法」が施行されその結果として、結婚・出産・育児までが社会・国家が面倒見ることが保障され、性差に関係なく出世できるという社会の構築がなされるようなことできていたのなら、社会的復旧が実現されたといえよう。

しかし、30年以上前の施行されたこの法律は事実上何ら効果がなく、次の局面に移るわけです。
現在、最終局面がどこに当てはまるかが試されているわけで、どうなるかは随時表出する変数から分析しないとわかりません。(ああなればこうなるくらいの予測は立てられますが)
今はフェミニストらに、カツマー(勝間和代さんのファン)というグローバリズム色の強い新しい少数派が加わり、これに山尾しおり議員のような保育園の問題などに配慮するリベラルが加わっているっていうところでしょう。

ちなみにスメルサーの社会変動モデルの①停滞と衰退はシュペングラーの文明の衰退に相当し、⑤革命的運動によって歪められた社会発展はマルクスの革命論に相当します。

③の連続的な発展が恐らく自民党が目指している着地点であり、社会変動の分化ー統合モデルに近く、反対する人々への統制ができるかどうかにかかっているわけです。
(例)共謀罪、特定機密保護法、ヘイトスピーチ規制法、マイナンバーのよる完全管理体制、TVドラマに企業よりの内容を刷り込む、報道メディアへの介入、訴訟による言論統制

端的に言えばディストピア社会です。


P.S

よく経済評論家なりジャーナリストなり予見を見誤ったとか糾弾する人がいるのですが、まぁ天気予報すらはずれることはよくあり、多種多様な感情任せで行動起こす有機体の総体である社会や国家の動きなんて法則で説明できるわけもなく、それこそマルクスの革命論という1本の世界線を預言書を信じるが如く、インフルエンサーの判断に依存しても仕方ないということです。

競馬の予想屋の3連単がはずれて逆切れするようなものです。
最近では東日本大震災によりその復旧の選択が迫られたわけですが、残念ながら今のところは逆方向(国家分裂・崩壊)に世論も政策も移っているように思われます。

社会的存在としての人間なんて不確実性から次の起こることをあらゆる可能性を考慮して、社会科学なり何らかの指標や選択、政策の材料として利用するぐらいしかできないわけです。

 

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ジェネレーションギャップ

【少子化で保育園が足りないとは】

まぁ、杉田水脈議員が結構叩かれているようですね。

不思議に思うのがなぜ少子化で保育園が足りないのかということですけど、私は団塊jrですけど保育園が足りないという現象はなかったと思います。
子供の数が多すぎて高校に入学できず浪人したり、中卒で職人になったり職業訓練校に進学する例もありましたが、保育園が足りないことはなかったわけです。
伝説となっているのが駒澤大学の受験の競争率が100倍で、だいたいの大学の6割以上が浪人生だったと思います。
これは普通にジェネレーションギャップでしょう。

で、昔はオイルショックを経験しながらも池田政権の所得倍増計画の流れを邁進し、年々給料が上昇するのが当たり前で中間層が非常に厚かったと思われます。
つまりは多くの世帯が、旦那の稼ぎだけで十分生活でき、カラーTV・冷蔵庫・洗濯機とそろった後はローン組んでマイホームに自家用車の時代に以降していったのが70年代後半だったと記憶しています。

そもそも旦那の稼ぎを補填するために、本来外で働きたくもない人が、子供を保育園にあずけてでも稼ぐ必要があるという、そういうのは端的に言えば中間層が破壊されたからでしょう。

少子化で保育園が足りないって現象が、私たちの世代からすると珍現象なのです。


【男女雇用機会均等法とは】

こう発言すると、「女性の社会進出が」と反論する人もいるでしょうが、日本って結婚して仕事して出産して子育てこの三つをこなしている人って、まさにマイノリティだと思います。
一般職の女性ですら出産にあたりパートタイムに降格しないともう会社にいられないわけです。
大体、大手優良企業でない限り結婚、出産、育児といった穴を埋めれる企業など希有であり、社内の重圧に耐え切れず出産・育児にあたり退職し、子育てが終了した頃再就職してもパートぐらいしかないわけです。

篠原涼子さん主演のTVドラマの「庶民の敵」でも、簿記1級の取得している女性がパートタイムしか仕事がないといったシーンがありましたけど、簿記3級の未婚の女性の総合職の人の方が正社員で立場が上なのです。これが日本の実情です。

確か今から30年以上前に「男女雇用機会均等法」が施行されたわけですが、まったく何も変ってないですよね。保守は変化の漸次性といいますがいや、何も変ってないでしょってこと。


【フェミニストかグローバリストか隷従かの選択】

このことに異を唱えたら「男は外、女は内。これが日本の伝統だ。」と糾弾されるわけですが、もう何十年もこれに抵抗してきたのが社会学者のフェミニストの田嶋陽子さんや上野千鶴子さんらの枠であり、まぁ左翼扱いされるわけです。

これで福祉は共産主義、コミンテルの思想で家族制度を解体するとか、なんかよくわからないことを言い出すわけですけど、いや、共同体、家族の破壊の過程が近代国家・資本主義の十八番でしょってこと。
教育を家庭から教育機関が担当し、労働を生活から商品とし分離させ、労働時間と休暇を分化しレジャー産業が発達し、一人の人間が身分としてでなく契約に基づいて多面性を有するようになったということです。

この変化しない構造のまずいのが、必然的にフェミニストに更に新しいマイノリティが加わることです。
この例を上げればグローバリストです。
勝間和代さんなんてその典型例で丁度「男女雇用機会均等法」が施行されたあたりから国家に対して懐疑的になり、その時に出くわしたのが大前健一さんの本だったわけです。グローバリズムとの出会いです。
フェミニストにならなくとも結婚・出産・育児ができる別ルートを見つけたわけですが、勝間さんの予想はずばり的中しており慧眼であり、30年以上たっても日本は働く女性に対して冷酷なまでの扱いをしていたのでした。

勝間さんは別ルートを選択してよかったですねと言いたいわけです。個人としては。


【バブル時代に放置していた問題が今】

私は恐らく頑なに変化を拒む勢力がいて、抑圧されている少数派勢力(フェミニスト)がいて、それでも当然変化を拒むわけですから新たな抑圧されている少数派(グローバリスト)が誕生し、その結果の今の構造改革を支持されている日本なのではないかと分析しております。(社会学では普通に分析されてます。緊張として。)

こういう意味ではグローバリズムにガソリン注入し続けたのは、逆に保守なんじゃないかと言えるわけです。

もうこんな問題は社会の一要素でしかなく、私が気づいていない所でもこれでも頻繁にこういう危険な因子は多数あると思います。
ジャネレーションギャップなんてそうですし、団塊ーバブルー氷河期ーゆとりとこれだけであらゆる意味で格差が生じており、この問題も手付かずにしているのも非常に危険なわけです。

バブル期の私立文系の学費とゆとり世代の国公立の学費が同じであり、しかもゆとりであると私立の中学と公立とでは学力の差が激しく、奨学金かかえてまぁ新卒でそこそこの会社に就職できなくて自殺とかしてもある意味仕方ないと思います。いくら宗教上の問題を言われたところで。お笑いのくりいむが大学中退できたのは、どうとでもなる希望がもてる時代だったからです。

貧乏でも公立の偏差値の高い高校に入学し努力したから成功とかなんて、今ではバブル期の淡い夢でしかないといえよう。

別にバブル期が幸せであったと言えばそれについては非常に懐疑的であり、バブル期の週刊スピリッツの柳沢みきおの漫画「妻をめとらば」の最終話なんて衝撃的で話題になり、ガリガリに痩せた過労死寸前のサラリーマンの悲惨さを描写していましたし、草薙剛さん主演のドラマにもなった「いいひと」も、過労死で死んだ旦那のことを問題にしています。
24時間働けますかとCMでありましたが、働いたらダメでしょ。

バブルでも過労死は問題になったのですが、それを放置し構造改革によりデフレが深刻化し、そのデフレを逆利用して急成長した大手企業ばブラック化し、その負の連鎖が継続しているだけなのです。
「亭主元気で留守がいい」という言葉は経済成長期の専業主婦の口ぐせで、今では亭主は稼げないからパートで稼ぎの低い旦那の収入の補填をしなければならない。だけど保育園が足りないという状況なのでしょう。

まぁ、子供の多い団塊jr世代で足りていたのですから、フォローして増設する必要なんてないと政府与党は思うでしょうね。
事実、大学や高校は統廃合してるのですから。


P.S

こういうある問題の影に別の問題が胚胎していることなのですが、例えば今チーム沖縄のことが問題になっていますよね。

だけど、私は東北がこのまま放置するのなら、まじでやばいと思っています。
戊辰戦争からのルサンチマンに加えて、3・11の震災に原発事故と起こり、それで農協解体されてTPPに公共事業がPFIと外資に食われる。
その一方で中央政府(東京)が東京オリンピックで浮かれているんですよ。これ、えぐいわけです。

で、先祖が賊軍扱いとして祭られていない靖国神社に熱狂的になっている右派のグローバリストが、どのように東北の人の目に映るのでしょう。
普通に考えてやばいわけです。

妻をめとらば (15) 人生

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ルサンチマンによる逆襲とその主要因

【嫉妬は社会の維持のイエローカード】

「成功した人を妬む社会に・・ゴニョゴニョ」小泉元総理

この発言を覚えている人も多いことでしょう。
実は嫉妬という感情は、まず同胞にしか抱かず、抱く人と抱かれる人との関係としては好ましくなくとも、社会現象としてはまだましな状態なのでしょう。(説明省略)

嫉妬ってのは権利の要求とある学者が発言したように、同胞間でしか抱かない感情なのです。まぁ、それでも社会の紐帯の維持としてはイエローカードの状態ですが。

で、それより深刻なのは敵意でありルサンチマンであり、もうこれは双方の関係の問題でなく、社会全体・国家規模の問題であり、今後の国体維持に関わってくることなのです。


【廃藩置県とは】

前回ちらっと紹介した内田樹氏と白井聡氏の対談本の「日本戦後史論」で、賊軍扱いされた東北の連中が唯一出世できるコースが陸軍であり、実はこの東北のルサンチマンが満州事変などの暴走へや大東亜戦争の原因になったのでというような仮説を述べたわけですが、それに関しては私も承服する次第であります。

まぁ、以前から私はこのようなルサンチマン仮説に関して別の側面で抱いていたわけで、ほぼこの本の対談で確証を得たわけです。(まぁ社会科学などは仮説の域を出ることはないと私はとらえていますが。)

要は、天皇のためだとか国家のためだとかスローガン掲げて戦争をけしかけるわけですが、東北の人は戊辰戦争の賊軍扱いを受けずっと藩閥政治に反感を抱いており、常に冷飯を食わされたルサンチマンを抱き続けてようやく陸軍のエリートコースが開けた瞬間、フロイトのいう抑圧された感情(フロイトは性欲に限定してましたが)が無意識のうちに噴出し、既存の国家を破壊する行為に結びついたということです。

こんなことがあるのかと思ってしまうのは、関東や関西などの地域の人の価値観であり、今でも東北の人(とくに福島)と山口の人とは仲が悪く、東北では今でもどこの藩ですかと日常会話にでてくるそうです。
廃藩置県によりそれぞれ別々の税の徴収制度だったのを中央集権化して、ようやく日本という近代国家の誕生にいたるわけですが、藩の帰属意識の影響は今でも強く残っており、奈良でも御所と三重の名張とでは方言で「よーっ、よーっ」と共通点があるそうです。(御所と名張が同じ藩だったかどうか知らないけど)
奈良県内でも言葉が微妙に違い、名張なんてむしろ奈良に地域的にも非常に近いわけですが、なぜか三重県であり中部地方です。

こんなことは丹後とか豊橋とか福知山とかの例でもわかるように、先祖代々の土地や伝統と県民性とは一致しないわけです。
県民ショーで京都代表で千原jrさんが京都の特徴を述べていますが、福知山と京都市内と異なり、木津町も京都ですが正確にはまったく文化圏が異なるのです。


【ルサンチマン】

話は逸れましたが、ルサンチマンを抱いた層の反乱としての現在のグローバル化という国体破壊と密接に関係していると思うわけです。

グローバリストの面子を見るとまず、日本の属性本意の閉鎖社会から締め出された連中が非常に多いわけです。
単身で米国に渡りアメリカンドリームをつかんだ人、生まれは貧しいが勉強して偏差値の高い大学に進学し弁護士になった人、女性というだけで結婚と子育てのために出世できない人、中卒、高卒で芸能人や職人として成功をした人など、かなりグローバリストが多いわけです。

なぜか?

そうです。既存の国家の政体の破壊衝動が現実として成功しても尚且つ、そのルサンチマンとして残っており、そうなるともう震災で痛手を受けた東北の人への温情よりも、ルサンチマンとしての激情が強くその結果、既存の国体の破壊衝動を開放せずには、もはや私人個人としてのアイデンティティを保てなくなるわけです。
成功したら気分も晴れやかで幸せになると思っていたが、現実的には逆で良家からの蔑視を感じ、ますますその破壊衝動が増すのではないのでしゅうか。

こういうタイプの人は成功者は、東北の震災などあると直後に2、3千万円の寄付なんて経費と思いチョロく出しますが、すぐにTPP参加に農協解体の断行と本性を表すわけです。

食べて応援!
しかし
TPPと農協解体で競争力つけて頑張れ!

まぁ、議論を避け空気に従い、この空体語(東北がんばれ)と実体語(苛酷な試練に耐えろ)の矛盾は日本の伝統ですから今に始まったことではありませんが。


【格差は受け継がれる】

そもそもグローバリストの成功者も今とは昔とは時代が異なり、アメリカンドリームをつかんだ人の時代の米国は、中流階級の層があつくチャンスで溢れており、日本国内でもバブル崩壊前に既に成功をつかんだ人が非常に多いわけで、別に公正により勝利を獲得したわけでもないと思われます。
現在、成功したその人が貧しい家庭に生まれて今つかんでいる成功をつかめるかといえば、まぁ非常に疑わしいわけです。

これに関しては非常に講演料が少し高いと一部では揶揄されている経済学者のクルーグマンのホームページに、グレート・キャッビーカーブなるものを紹介しています。

https://krugman.blogs.nytimes.com/2012/01/15/the-great-gatsby-curve/

2012年に労働経済学者のアラン・クルーガーらが公表したものですが、要は「格差は子供に受け継がれる」というものです。
アメリカンドリームなんて中間層の厚い時期の一瞬の出来事に過ぎないと数値により明証化されたわけです。


【ジャパン・アズ・ナンバーワンという神話】

で、私は日本のグローバリストの多くはパイプラインシステムと言われた、日本的経営という幻想や、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」で有名な社会学者のエズラ・ヴォーゲルの神話により、そのシステムにより抑圧されていた連中のルサンチマンが噴出しただけの人物のではないかと思うわけです。

この伝説に意を唱えたのが社会学者の尾高邦雄先生であり、アベグレンやヴォーゲルの仮説は労働組合のある一部の大手企業を例に上げたでけで、現実としては乖離していると糾弾したわけです。

このヴォーゲルの本って日本でバカ売れで、日本人が自画自賛しちゃったわけですが、「菊と刀」のベネティクトもそうだけど、米国にとっては東アジアの重要国として徹底的に研究したその結果でしかないわけです。

尾高先生は日本の産業社会学の泰斗であるが、米国はその士気(モラル)の研究を企業から日本人の士気とも関連づけて研究しており、戦時中に何千人という社会学者・社会心理学者を雇用したわけであり、日本の敵国の国民性の研究には閉口する限りです。
レイトン報告なんて有名であり、日本に原爆落とす必要がなかったことは、その報告書から導きびきだされているからです。
戦後もソ連という東側に日本が取り込まれることが非常にまずく、それ故のヴォーゲルやベネティクトらの日本人の研究であり、今はもうその必要もなく中国人を対象にして徹底的に研究していることでしょう。(ライバル国に研究されていて、その内容に気持ちよくなって自画自賛って・・情けない)


【偏差値ルサンチマン】

私は80年代の閣僚が東大・京大・一橋すこし落ちて他の旧帝大・早慶ばかりだったと記憶しております。
東大法学部卒で大蔵省へのコースがエリートコースでありそこから国会議員になるのが王道であるとするのなら、そこが基準値となるわけでやはりそこから外れると劣等感を覚えるのは普通のことであり、同胞というのは同じ物を食べ同じ言語を話しはじめて共感を得るわけで、政治家としてはやはりそこからあまりにも乖離すると、ルサンチマンを強烈に抱くのは自然のことだと思います。

安倍晋三 成蹊大学卒
麻生太郎 学習院大学卒
菅善偉  法政大学卒

もちろん、偏差値と政治家の力量とが必ずしも一致するわけではありませんが、恐らく東大・京大・一橋がデフォの環境の中で放り込まれるとかなりつらいでしょうってことです。(上記三人の出身大学は一般庶民が卒業したのなら何ら臆することもないわけですが、基準が東大・京大・一橋となるとねぇ。自信のない属性本意の人間となるともう辛いでしょ。)

この偏差値ルサンチマンから、英語化教育とか大学の研究に成果を求めるとか、国立大学で文系を廃止するとか、既存のアカデミックなものを破壊し、付け加えるのならグローバル化により既存の日本を解体し、シンガポールのような全てが金という文化も伝統も何もかもぶっ壊した日本にしたくなるのではないかと。しかも無意識に。

だからリセットとかドリルとかいう発言が出てくるわけです。
だいたい一院制とか正気の沙汰じゃありません。
北朝鮮じゃあるまいし。

私は実はこうなったのもかつて日本的経営のような因習により、社会の隅に追いやられたルサンチマンを抱いていた連中がその時代の僥倖により成功し、その暁として既存の国体の破壊を試みているだけと分析しています。
ぶっちゃけ無意識に復讐しているわけです。
かつての東北出身の陸軍のエリートと同じようなものです。

 

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社会科学の特徴と池上彰最強伝説

【議論を避けないリフレ派界隈】

私は割りと論敵ともいえる側でも評価しているのが、リフレ派が議論を逃げないことです。日本では議論することは空気を乱すこととなり、悪とされ八つ墓村のような村社会思想が今でも根ずいておりますが、しかしこのリフレ派界隈は西洋のように個がある意味確立できており、そこは評価するわけです。(エッジ効きすぎだろうってのもありますが、どこも同じ)

マンデルフレミングモデルの議論に関しても、彼らは逃げずに議論していたわけですが、数年前にリフレ派ブロガーで本も出版しており、某有名インフルエンサーの動画チャンネルにも登場している人のことですが、彼のブログのコメント欄は疑問を呈すれば大抵返答がかえってくるのでした。(まぁ、ブログ主は返す必要もないのですが)

これでも結構勉強になったのが、主流派の経済学の金利が一定とか貿易の影響を受けないとか、可笑しいのではないかとコメントを入れると、「物理学でも摩擦とか考慮しないです。だけど正当性がある。」と返答が帰ってきて、それに関してこう来るかと関心したわけです。


【従属変数と独立変数と所与の事柄】

まず、社会科学の特徴は(自然科学もそうですが)従属変数に大して独立変数を確定することです。
例えばデフレーションという現象を従属変数にあたり、これが貨幣現象ととれえるのがリフレ派であり、需要不足としてそこに公共事業により解決するというのがケインズ派であり、それらが独立変数となります。(私はあまり興味もなく詳しくもありませんが、こんなところでしょう。だいたい。)

まぁ、独立変数に影響を及ぼす媒介変数などもありますが、だいたい雑に説明するとこんな感じです。除外しても良いと思います。たぶん。

で、これに重要なのが所与の事柄であり、これは前提としている条件であり、これこそ金利が一定とか貿易の影響を受けないとか、そういう類に相当します。
例を上げると、マンデルフレミングモデルにおいて、大国にはこのモデルは採用できないというのは、所与の事柄に相当するわけです。

言ってみればこんなことは特殊な形而上での出来事にすぎないことなのですが。(これは社会学も同様です)


【遅刻するやつは何を言っても遅刻する】

よく何度注意しても遅刻する種族が皆さんの周囲にいると思います。
彼らに遅刻する理由などなく、遅刻するから遅刻するわけです。
彼らに遅刻という従属変数に、理由という独立変数を確定しろと大抵、几帳面な人間は攻め立てるが、いやぁそういうタイプの人間だからと私は諦めています。(集合時間をその人物だけ30分早めに伝えるとかしてればいいじゃんと)

しかし、これでは社会人としては通用しません。
そこで遅刻という従属変数に対して、理由をつまり独立変数をいろいろ探し出すわけです。会社の遅刻を例を上げると探したところで、理由はこんなところでしょう。

・会社が休暇が少なく残業続きで疲れていて寝坊した。
・残業代を踏み倒されてやる気がなくなった。(モチベーション・士気モラルの低下ですね)
・パワハラ・モラハラで職場に行きたくなくたった。
・不当な人事の評価にやる気なくなった。
・給料が安い。
・阪神が巨人にボロ負けした。
・非正規でやる気でない。

まぁ、これらはあくまでも遅刻したことに対して、あえて原因となるものを見つけ出す作業にすぎず、遅刻したから遅刻したに過ぎないわけです。

まぁ、さすがにどのいい訳も通用しないと予想すると、遅刻した従業員は時にはをつくことがあります。例えばこんなのです。

・妊婦を助けていた。

遅刻をした従属変数に対して、理由を述べてそのモデルは完成するわけですけど、これらの所与の事柄が「遅刻した社員のいい訳に嘘がないこと」だとすると、もうそのモデルは崩壊するわけです。

(従属変数) 遅刻したこと
(独立変数) 妊婦を助けていた
(所与の事柄)遅刻した社員の発言に嘘がないこと

イラク戦争の大義にも相当し、所与の事柄が「大量破壊兵器を隠し持っていたこと」であったのですが、これによりイラク戦争が自衛であるといい続けることが可能となったのですが、しかし大量破壊兵器が発見されなかったことにより、アメリカ人のまともな連中はもうこの戦争に関して閉口するわけです。
日本と異なり、ロゴスありロゴスの国民だからです。

これで「フセインが見つからないからと言って、フセインがいないことにならない。」なんてしたら、もう本来なら失笑者扱いになります。ただ、これらはもともな先進国であればのことに限りますが。日本はこういう意味では後進国です。


【均衡と機能】

で、経済学の所与の事柄は行動経済学や労働経済学は知りませんが、「各自が合理的に行動を起こす」というものを前提としてるわけです。主流派の経済学はたいていそうでしょう。
でないと、従属変数にたいしての独立変数を数字を関連づけた、物理学のような均衡モデルを適用できないからです。
小室尚樹氏が二度と日本が戦争に負けないように新型の原爆を開発するため物理学を学び、物理学と経済学と共通すると気づきそれで大阪大学の大学院に進むのも、納得できることであり、メルケル首相、マーガレット・サッシャーもともに、物理学を専門としており、彼女たちが均衡の陥穽にはまるのも割りと普通の現象なのです。
悪く言えば単純なのです。

これらの均衡モデルに対峙するのが機能モデル(こんなのあるかどうか知らないけど。社会学には構造機能論はあります。)であり、これは生物学と似ているわけです。

物理の法則は均衡であり石の温度は外気に影響され、外気が低い温度なら石の温度も低下し、石が熱くなると外気の温度とほったらかしていたら温度が下がり均衡を保つというようなものです。まぁグローバル経済がその典型ですね。

これに対して機能は生物の体温に相当し、寒ければ生命の維持のために脂肪を燃焼させるし、逆の場合は発汗して温度を下げようとするわけです。(チリの生物学者のキャノンが有名)
地方がインフラ断絶されて都市部に若者が集中するのなら、そこにインフラ整備をしIターン、Uターンなどの政策なんて機能です。地方交付金もそうですし、社会保障制度の充実も同様なわけです。


【感情が理性に敗北したことはない】

で、社会というものは有機体である人間により構成されているのに、こんな均衡モデルを適用させていいのかとなるわけです。
しかも、主流派の経済学は人間が合理的に行動すると所与の事柄にしていしまっておりこれが誤りであるのなら、それこそ遅刻した従業員の「妊婦を助けていた」のいい訳と同様となろう。

ここで私はルボンの「感情が理性に敗北したことはない。」という公理を採用します。まず人間が合理的に行動を起こすというありえないわけです。(利害と合理性とは異なります)

こうなると禁則事項の人の行動は、まぁそうなのかと思うわけです。だけどそれが彼の経済指標がくつがえさえることにはならないけど、多く日本人は個よりも私や集団の側面が上位にたちすぎているため、その理解にいたらないのです。

人格と理論の分離をってとこですが、人間性が上位にたつ池上彰さんが万人受けするのもわかります。いい人ぽいですね。
いや、彼が薄っぺらい考えをただわかりすく説明しているとか言ってませんからね。誤解してとらえないでください。
彼は秀逸で私は彼の教説を観測する度に、感動で涙が止まりません。たぶん。

 

 

 

日米同盟の脆弱性ー後編

(前回から続く)

【第三者の漁夫の利】

アメポチサイドから戦前の日英同盟の解消によって、日本が誤った選択の走ったという意見をたまに耳にします。
故に、日米同盟は大切だと。

しかし、同盟とは友情でなく利害の一致でしかなく、こんなものただのパワーバランスのわけです。
ジンメルは第三者の立場「漁夫の利」という効果について言及しています。

これを歴史的に説明する以下の図式です。

英国(第三者)、スペイン VS フランス

英国はスペインとフランスとの対立構図を利用し、共に争わせ両国ともに国力を消耗させる作戦に出たわけです。
これが、古くはカールシュミット、最近ではクリストファー・レインのいうオフショア・バランスの理想的な海洋国家の立ち居地なのです。

大英帝国はオフ・ショアバランスにより帝国となり、これは米国や日本とて例外ではないわけです。
周知の通りに英国はこの対立構図により、スペインの無敵艦隊を撃破するようにまで発展したわけです。

ミヤシャイマーはスペイン・フェリッペ2世のディフェンシングの戦略により失敗したと論じてますが、それは間違いであり地政学的に英国が第三者の立場にいれたことによる勝利が大きいと言えるでしょう。
もうこれは運命としかいえません。


【分割して支配しろ】

ジンメルの形式社会学では優勢にたっている第三者のAがいるとすると、それに準じるの存在があると諸要素の結合が一番の脅威であり、かならず対立構図をつくろうと試みるとしています。

× 優勢第三者A VS BとCの協力

 優勢第三者A 、  B VS Cの対立

 

インカ帝国では支配者Aは、臣民BとCに少しの差を故意につけて、BとCの間に嫉妬を生み出しわざと対立構図をつくり、BとCの結合を阻止していました。
これ、自民党が今までさんざんやってきた手口です。

国家公務員の月給とボーナス 4年連続引き上げへ

地方公務員も過去ログで記述したとおりに、人事委員会や公平委員会により同じ現象が起きています。同じです。
これに対して、民間はこうです。→【増税】政府与党、所得税増税と基礎控除の見直しをセットで検討!サラリーマンの負担は増大へ

まぁ、完全に民間の中間層を破壊を試みているわけですが、これも言ってみれば

優勢富裕層A、 B(公務員)VS C(庶民

でありこの手口はアメリカで現在も継続中であり、英国サッチャー政権でも使用したお決まりの対立構図です。
年収800万以上の所得税増加させたところで、本当の富裕層の大きな収入源はキャピタルゲインであり、所得税が増えても糞程度の負担です。
これは意図的に大企業の傀儡政権の自民党の、本来日本の大企業やアメリカつまりはアメリカ大企業に向くはずだった矛先を変えた分断計画なのです。


【平等が支配者の天敵】

帝国主義の時代にも現地の支配をこれ(分割して支配しろ)により成し遂げました。

英国は単に”インドによってインドを獲得できた”という名言もこの対立構図をことを意味しており、
BC500年ごろのペルシャの王クセルクスも”ギリシャ人と最も戦ったのはギリシャ人”と言い放ってます。

こんなの2000年以上前からの常套手段なわけです。

ただし、この方法の失敗例があり、それはオーストラリアです。
オーストラリアではいくら支配者がBとCで差異をつくり対立構図をつくろうとしても、原住民同士で平等化されてうまくいかなかったわけです。

実はアテナイのソロンも名言を残したように、「平等は戦争を生まぬ」わけです。


【インドは漁夫の利を得ようとしているから期待できない】

前回のブログに話を戻して、痛恨の2014年の安倍晋三の歴史的失策、つまりはロシアとの協力関係放棄ですが、これに対してインドと関係を深めればいいと意見が出てきます。

ないwないw

もうこれまで述べてきたように、この状況はインドにとって完全に理想的なのです。

言ってみればスペインとフランスとの対立関係を沈黙していた第三者の大英帝国となる前の英国の状況なわけです。
インドは東南アジア諸国が中国から脅威を感じていても、沈黙しているでしょ。

当たり前です。
この一番美味しいところをとろうとしているからです。
各国のパワーバランスなんてアメポチの考えるように単純じゃないのです。

いかに日本が愚かで、日本の最大の脅威の安倍晋三氏が総理でいつづけるのを黙認どころか、北朝鮮の脅威で煽動され、政治にシモネタをもちだし優秀な議員を排斥し、公と民、地方と都市、老年と若年、農協や医師会を既得団体と印象操作し対立構図をつくり、内から外から日本を崩壊にみちびいているのかがおわかりになるでしょう。

自民党の止揚効果のリベラル政党をぶっつぶしたしっぺ返しが今にして効いているわけです。
これも政治のパワーバランスが崩壊した当然の結果なのです。
こうなることに最大に貢献したのが、われらが隠れ安倍信者の三橋貴明氏であり、西部グループなわけです。

 

 

 

 

日米同盟の脆弱性ー前編

まず、日本の領土問題は米国が意図的に仕掛けたことは間違いないと言っていいでしょう。

米国にとって一番恐れていることが東アジアの協力関係にあるからです。
これをやろうとしたのが、鳩山由紀夫元総理大臣です。ー友愛外交

これは日本会議やネトウヨが激怒するだけでなく、米国が一番避けたい事態なのです。
鳩山氏がこれをやってついに戦後レジーム脱却をしようとしたのですから、大事件だったわけです。

鳩山氏の友愛外交に対してここで、自民党のアメポチは価値観外交でを持ち出し来るわけですが、必ず民主主義や資本主義の関係を強調してきます。

民主主義+資本主義 VS 独裁主義+共産主義

の二分を持ち出してくるわけです。
これは、ウィリアム・サムナーハーバード・スペンサーフリードリヒ・ハイエクらの使ってくる、私が「二元論の罠」という劣悪な大衆煽動の方法の一つです。

ここにはデンマークスウェーデンなどの社会民主主義国家は地球上に存在しません。
大衆は極めて単純だから、複雑的認知をできません。


【アメリカに反対した連中は潰される】

 

まぁ、この東アジア共同体が良いか悪いかは別として、日本はいいかげん米国のくびきから開放されて自主独立して、独自の外交をしなければならないわけです。
過去ログで記述したように、スエズ危機以降にフランスはアメポチの英国を切り捨て、ソ連を牽制しつつ米国の属国となることを避けるために、自主独立の路線を歩みました。
西ドイツのアデナウワーも巧みで、フランスと親密になることにより、ドイツ統一への道を歩みだすわけでした。

一方、日本は岸信介や吉田茂といった連中を筆頭に、アメリカの傀儡政権が現在まで引き続き、これに反対した政治家は消されるわけです。
その典型的な一人が田中角栄であり、最近では鳩山由紀夫氏なのです。

 

アメリカに潰された政治家たち
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鈴木宗男氏もロシアを親密になり、北方領土を奪還する道筋を作ろうとして潰されました。
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政治家だけではありません。
植草一秀氏も潰されかけました。
蓮舫山尾しおり望月衣塑子氏らもそうなのではなかろうか。

【集団の量的規定の原理】
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これらはもう米国にとっては正確には米国の富裕層・支配者階級らにとっては、非常に都合がいいわけです。
そのこれらといものは、別にアメポチの安倍、麻生、前原、細野、小池百合子、野田佳彦氏らの操り人形により日本の政治を支配し、アメリカに反対する連中らを排斥するということだけではありません。
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実はここで社会学の集団の量的規定や、国際関係論のパワーバランスも意図的に米国が関与しているわけです。
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ロシアと親密になり北方領土を奪還しようとした鈴木宗男氏や佐藤優氏らもアメリカの工作により失脚しましたが、これもアメリカの戦略の集団の量的規定やパワーバランスに関係しています。
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この2と言う数字の集団とはまさに日米同盟です。

【2という特別の意味】
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ゲオルク・ジンメルによると3以上の関係でなく同盟のような2の関係は、当然片方がかけるとこの欠けるは解消されるわけです。当たり前ですね。
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この2の関係の特徴は実は、他の関係に注ぎ込まないという独自の特徴をもっているわけです。夫婦もそうです。
軍事を米軍の駐留、米軍の2軍化とした自衛隊の状態により完全に亭主関白の米国に依存すると、当然自立できない嫁のような状態では当然、全てやられたい放題となるわけです。
漫画「美味しんぼう」の海原雄山に殴られぱなしの山岡の母親のような状態が今の日本です。
離婚して山岡四郎をつれて自立すればいいだけだったわけです。
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しかし、米国は英国とも同盟関係になりつまりは日本にとって米国は唯一であるが、米国にとっては愛人の一人ぐらいにしか思っていなく、韓国とも同盟関係にあります。
ここで日本の敗戦直後にしかけていた米国の巧みな戦術が繰り広げられているわけです。
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竹島の領土問題です。
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これに歴史問題なんて米国にとっては美味しい状態でしかありません。慰安婦問題なんて格好です。
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【日、韓、英らに対して第三者とあろうとする米国】
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これで社会学的な見地によるとアメリカという第三者の存在を巧みに使用しているわけです。こうです。
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日本(人)に日米関係と日韓関係に僅かな差をつけるわけです。そうするとどうなるか。
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韓国側に嫉妬心を抱かせ、日本側に優越感を抱かせるわけです。
実際、こうやってアメポチ論客も形成されるわけです。
F15のライセンス生産は日米同盟は特別だからだとか、日本側に思わせるのです。これって、なんか思い当たりがありますね。
そうです。
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朝鮮半島の小中華思想です。
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朝鮮は支那(中国)の贔屓の属国であり、日本はその下というあれです。
本当に日本が特別ならばF22もライセンス生産されているはずだし、そうならないのは機密性に問題なんかなく(特定機密法案ができても許可されていない)、東側の共産国が崩壊してその必要がなくなったからなのではなかろうか
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アメリカは非常に巧みであり、大東亜戦争の戦時中にも、何千人もの社会学者や社会心理学者らを政府がかかえこみ、日本人のモラル(士気)の低下を測定しており降伏する時期まで特定しており、必要もないのに広島、長崎と原爆を落としたわけです。
この根拠となるのが社会学者レイトンの情報参謀の資料にあります。
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他にも米国なんて第一次世界大戦後の時点で、これから日本が脅威となるとオレンジ計画により日本との開戦を見込んだシュミレーションを国家単位でしていたわけです。
(次回につづく)
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