人間個別でみると複雑ー集合体でみれば単純


【市場とは】

改めて市場って何だろうと考えて見て、カール・ポラニーの『人間の経済』に書かれていることをもとにふと考えてみたのですが、部族なりアテナなどのポリスには「政治」があるのに対して、市場は見知らぬ人と貨幣を通じての交換関係にあり、この交換が終われば関係がなくなり、またこの関係を結ぶような刹那の関係だと思います。

市場には政治は存在しませんし、一回きりの関係なのです。基本的には。

これが同胞内の等価交換ならまだしも、貨幣を通じて見知らぬ他者との利ザヤ・ピンハネする関係なので、これこそゲゼルシャフトの選択意志が働いていると思われます。

人間の経済 I 市場社会の虚構性 (岩波モダンクラシックス) (日本語) 単行本 – 2005/7/23 カール・ポランニー (著), 玉野井 芳郎 (翻訳), 栗本 慎一郎 (翻訳)


【同胞間でピンハネしない】

ユダヤ人は同胞の間での交換ではピンハネをせず外の人間に対してはピンハネして嫌われていたわけですけど、それって考えかた変えれば普通のことかもしれません。(家族間のカネの貸し借りで利息とりませんしね)

いざ何か同胞に何かあれば無償で助けにくるような行動を人間は起こすし、元々市場が誕生する前まではピンハネの関係はなかったと思われるからです。


【失敗した共産主義】

それならば市場がなければ世の中が良くなるのではというのが共産主義の発想なのですが、これは早々と失敗してしまい現在、アメリカを中心とする資本主義経済が興隆したわけですけど、これがグローバル化してしまい世界は混乱の渦の中にいるわけです。

社会主義か資本主義かのシステムの問題以前の何かしらの問題があると思えます。


【投資にたいするリターン】

もともと市場というものを構造的にとらえてしまいそれを否定したところで、元々人間のゲゼルシャフトの選択意志はどこにでも作用するわけで、家族内で

” あんたにどれだけおカネかけ大学行かしたと思ってるの! ”

と心無い母親のセリフを痛いほど耳にした人が多いと思いますが、こんなの投資に対するリターンを求めるような考えで、市場での関係と同じなのだと思われます。

” あんたとこのマシーン購入したけど、全然ダメじゃん。止まってばかりでこれでは赤字になる。ふざけるな。カネ返せ。”

みたいな感じです。

ポラニーの図の①の互酬では決してないからです。


【貨幣獲得が目的の市場】

市場では貨幣獲得そのものが目的となり、より多くの貨幣を獲得することが是とされ、それが正義となるわけで、費用対効果が高ければ高いほど理にかなっており、株式会社って原則的には株主のために存在するわけで、貨幣獲得を第一主義にすること自体は何ら矛盾はしていないと言えます。(法人税低いことは問題ありますけど)


【世知辛い関係を否定】

とは言うものの、人間ってそれこそ感情をもった生き物でマシーンじゃないわけで、どうしても人間同士がかかわるとコミュニケーションをとってしまい何らかの関係をできてしまい、会社組織内においても職場の競馬仲間とかのインフォーマルな集団が自然発生してしまい、これがむしろ現場での生産性向上となり、20世紀の初期の所属の欲求を満たす「人間関係モデル」が形成されたりします。

これがのちにマクレガーのY理論のような人的資源モデルとなり、部下がその影響力を拡大させるようにとか、そういう組織も増えたのだと思われます。


【テイラーの科学的管理法】

一方で、ワンマン社長の伝統的モデルに「科学的管理法」が採用され、縦長で多くの階層があり厳格な機能別ラインにそった、規則・手続き・予算によって厳密に規制される組織のモデルが採用され、恐らく多くの会社組織がこうであり、テイラーが推奨したわけですが、もともと軍隊をモデルとしているそうです。

だから、森本レオ演じるブラック会社の社長のセリフのごとく軍隊をモデルにしてるだけあり、

” ソルジャー、ゲット! ”

という考えが、会社のほとんどのモデルとなっており、労働環境悪化が加わり労働者の精神が破壊されてきたわけです。

大体、同じ日本国内の企業と社内の同僚と競争という名のもとで戦争しているわけで、ライバル会社の注文奪うとか社内の限られた原資の奪い合いをして、そんなことやってて気分がいいわけないのです。

デフレでパイが少なくなりこれやってるうちに、人間が鬼畜化していくわけです。

ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない ジャンル コメディー, ドラマ 監督 佐藤祐市 主演 小池徹平, マイコ, 池田鉄洋


【会社の命令で投獄】

尾崎豊は覚醒剤でつかまって留置場に入れられたときに、同じ留置場で会社の命令に従い捕まったサラリーマンのことを語ってました。

>留置場で出会った少年ヤクザは散弾銃を抱えて敵の組に殴りこんで捕まった。罪だと知りながら会社の命令で裏金をさばいて捕まった奴もいる。環境が人の運命を決める

堕天使達のレクイエム (日本語) 単行本 – 1993/3 尾崎 豊 (著)


【逝った友人】

上の文は『銃声の照明』の尾崎自身の解説なのですがこの歌には、

>跳べと言われれば 今の俺にはそれしか生きる術がない

という歌詞の部分があり、浜田省吾の『J・BOY』でサラリーマンとして働き、葛藤していたのかそれに疲れ果て、自殺か過労死かわかないけど死んでいく友人のことを歌っている箇所があります。

>果てしないつづく 生存競争(サバイバルレース)走り疲れ
家庭も 仕事も投げ出し 逝った友人(あいつ)


【猿の思考】

これに対してグローバリストは、

” 世界には恵まれていない国がある。こんなの自己責任だ。私は昔~。”

と、違う国と違う時代と比較させて、意味不明なことを言います。

私たちはアラブの石油王に嫉妬しないし同胞間でしか比較しないし、平安時代のエアコンもない追い炊きの風呂のない時代と比較して、幸せとか感じるわけないのです。


【不満はルサンチマンの元】

こういうのって、誰もがもっている人間の二つの極の不協和によるものであり、結局このアンバランスを解消した社会作りをしないと、どうにもこうにもならないと思います。

私が思うに山本太郎の「れいわ新選組」の奨学金チャラの案自体はいいのですが、これをすると進学断念して高卒で働いた側の人間に当然不満が溜まり、これはタイムラグなしで同時に行わないとコンフリクトを起こすのではないかと危惧しています。

そもそも、昔からだと言えども立身出世で大学に進学すること自体が間違いであり、これこそ学歴差別となり余計なルサンチマンを蓄積させてきただけなのです。


【政治家の役割】

私は元々、市場というものの関係は消費者なり下請けなりピンハネする関係であり、そこには本来「政治」はなく、しかしながら社会なり共同体なり国家は「政治」により成り立っており、これは宗教にも共通することですけど、市場が政治と直接結びついた結果が旧西側諸国の問題であり、こんなのローマ帝国の時代からずっと昔からあったことなのでしょう。

本来、市場という欲の塊の猛獣を操るのが政治家の役割なのですが、逆に市場に扱われてそういう政治家を「政治屋」と揶揄されているのですが、この言葉をまた使い揶揄している人間のほとんどがグローバリストなのです。


【負の感情を煽り立て改革する】

自民党が政治屋ばかりだと叩いている維新なんかそうで、維新の市長らが退職金カットとか「身を切る改革」をする宣言すると有権者は喜び人気が出て当選するですけど、そんなの額にすればわずかであり、それより図書館閉鎖とか公立の保育所がなくなったり教師の質が落ちたりとかが問題で、そこはまさに理性がぶっとび負の感情が支配しているために、盲目となるわけです。

グローバリストって帝国主義と同じで、負の「感情」を煽り立て「理性」をぶっとばし、同胞同士争わします。


【永遠のパズル】

人間って個別で見れば非常に複雑で自分のクローンなんておらず、まだ日本に活気のあった1994年の歌、ドラマの主題歌にもなった橘いずみの『永遠のパズル』で、

>他人の気持ちなど 簡単に理解できない
自分に置き換えて 考えるなんて意味がない
そうさ いつか君が出会う真実
君だけのために輝くはずさ

という箇所があるのですが非常に私は好きです。⇒歌詞


永遠のパズル 橘いずみ 収録アルバム: GOLDEN☆BEST / 橘 いずみ


【真実はないという真実は輝くだろうか】

そもそも運動の苦手な人間に対して運動神経抜群のやつが自分に置き換えて考えても意味がないし、生まれた境遇も生活環境も異なれば体験したことも全て異なるし、個別で見れば多種多様な人間によく、「自分に置き換えて考えろ」とかこんな適当なこと言えるなと私も思っています。

だけど、自分が出会う真実が、

真実というものはないという真実

であり、反証可能性が必ずあり上もまた下なりという結論に至った場合、どうしようものかなと思っています。


【集合体は単純】

人間って個別で見れば多種多様なのですが、ジンメルのいうように数が増えると個性が希薄集合体レベルでは共通の規範が自然とできてしまい、分かりやすい面があります。

サッチャーを個別でみると食料雑貨品店の娘とか、厳格なプロテスタントの分派の信者とか、ハイエクに影響されて手元にその書物をバイブルのようにもっていたとか、そのエピソードが複雑なのですが、サッチャリズムとしてみるのならそれはもはやそれは思想であり、サッチャリズムに基づいて行動しているグローバリストの連中の行動パターンって分かりやすいと思います。

社会を否定し個人と家族だけを肯定するのなら、当然中間団体の存在そのものが否定され、それと同じ行動をグローバリストは選択したがります。

グローバリストを個別にみるとそれこそ複雑だけど、グローリズムというカルト宗教で見るとその教えから次にとる行動とか割と先読みしやすいと思います。


【次にてめぇは〇〇と言う】

” 次にてめぇは〇〇という言う ”て具合に。

こうして先に封じてしまうことにより、社会にインパクトが起こり既存の考えに疑問を生じた人は、今はネットがあるのでそれで検索して十数年前からこうなることを予言していた人たちがいるとわかり、そこから知識を得て考えをピポットする人が増える可能性が高いということです。

 


【暗黒卿にならないために】

あわよくばカネと暇がある人なら、三橋経済塾とか入ってそっちの戦士(ファイター)になってくれて、しかも政治家として出馬してくれるかもしれません。

三橋の兵士(ソルジャー)になると問題ですけど。

自分で考える戦士(ファイター)となり尚且つ暗黒面に引きこもれない強い意志が必要ということなのです。


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顧客にしては行けない業界ー医療・介護・保育・教育


【お客様】

言葉って大切で、最近日常の会話に耳を傾けると、医療でも介護でも患者や利用者を

お客様

と、知らず知らずお得意様扱いしている傾向にあるということです。


【患者は客じゃない】

なぜ客にしてはいけないかというと、医療や介護、保育や教育もそうですけど、これらは警察や刑務所、国防と同様に、金儲けが目的になるからです。

こう発言すると、

” 病院でも経営が問題になってるじゃないか!患者こなければ存続できないし、無駄じゃないか!空き病棟が国の借金に歯車をかける! ”

とか言われるわけですけど、そもそも

患者って客じゃない

のです。


【またのお越しをお待ちします】

だって病院に行ってまず受付の事務員や看護士に

” どうなされました? ”

と先に尋ねられるし、会計済ました後に、

” お大事に ”

と言われるでしょ?

ファミレスみたいにウエイトレスに

” いらっしゃいませ ”

と言われないし、会計済ました後に、

” ありがとうございました。またのお越しをお待ちします。”

なんて、病院でこんなこと言われたらぶん殴りたくなるでしょ?

これ、アメリカでは病院では会計すましたら

” Thank you ! ”

って言われるそうです。

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【株式会社の病院】

まだ日本は株式会社の病院が参入していませんが、アメリカで相当数参入しており、つまりは医療はただの金儲けの業界となっているわけです。

 


【もう日本の社会は崩壊しだしている】

日本でも介護や保育の分野はもうすでに株式会社が参入しており、ぶっちゃけ利用者や園児が大事なお客様となってしまっているのです。

何でもかんでも市場原理を利用すれば競争力が高まり効率化がすすみ、低価格の低サービスに高価格でVIP扱いと差別化されると思われがちですが、こうすると非常にまずいことになります。

何がまずいのかとなると、介護や保育ってあくまでも福祉や保育の要素が強くお客様になるとその目的は貨幣獲得となるからなのです。

福祉や保育の前提が崩壊するのです。


【共同体原理】

大体、医療も介護も国民会保険制度や介護保険制度により成り立っているし、保育も公営の自治体や国?の助けにより成り立っており、そんなもの営利目的ではないのです。

実際、保育なんて効率化できない分野であり、いわゆるボモール病に陥りやすく50年前から保育士1人あたり児童5人と変わらず、市場をとおしての競争による効率化が適用しにくい分野なのです。遊牧民が羊の群れを扱うのと同じようにはできないのです。(介護や医療も同じで限界があります。コミュニケーションなどの壁があるのです)

つまりは相互扶助の精神、ポラニーの共同体原理の互酬の精神がもっとも顕著に現れる業界のはずなのです。医療や介護、保育そして教育は。


【安倍晋三は公立保育所をつぶすつもりでしょう】

私の解釈が間違っていなければ、消費税増税は保育所無償化に充てると安倍晋三は言いましたが、公立の保育所は削減されていくことになります。

なぜなら緊縮財政により自治体は公立の保育所を運営していけなくなるからです。


【欲しがりません。死ぬまでは】

ぶっちゃけ、医療も介護も保育も教育全て緊縮財政で自治体が地方交付税などの削減により予算をやりくりできず、そこに効率化といううさんくさい名目で株式会社が参入して、貨幣獲得目的つまりは利益確保に乗り出すわけです。

法人税引き下げると必ず労働分配率が低下するし、利益確保のために投資をしぶるようになります。特にデフレ下では。

ボモール病の強い業界では特に。善とか悪とかでなくこれは自然に起こる現象です。

 


【普通こうする】

利益確保する簡単な方法が経費削減であり、低賃金労働者つまりは移民や外国人労働者や派遣の人間で埋めつくすのが、手っ取り早くなります。緊縮財政で兵糧攻めにあうとこうするしかなくなります。


【いやこいつらはがんばってないけど】

高いサービス受けたければ「がんばって!」働いて金持ちになってカネ払えってことになるのです。

マーガレット・サッチャーのいう

” 悔しかったら、がんばりなさい! ”

の精神も同じだし、小泉純一郎の

” 成功者を妬む社会はよくない! ”

という屁理屈もだいたい同じわけです。

安倍晋三・麻生太郎・小泉進次郎が恵まれた教育環境の中、がんばって勉強したとはとても思えないわけで、3人とも共通しているのが宗主国の操り人形の家系ということです。

この世に公正な競争なんぞ政商・レントシーカーの存在からしてもわかるように、存在しません。ファンタジーの世界の出来事です。


【日本は先進国ではありません】

日本はかつて先進国だったのだったのかを思いだすのも苦労します。


【今は上位20%は逃げ切れていると思いこんでいるらしい】

結構やばいのが、ゲマインシャフトの本質意志とか、ゲゼルシャフトの選択意志とか、こういう社会学的な知識を有していない場合、TVのドラマの影響とかで「患者はお客様」とかそういう台詞の影響で、視聴者はだんだん洗脳されていくことです。

介護と保育なんて真っ先にやられてしまっており、外国人労働者の輸入などに賃金上昇を抑圧されるわけですが、それも緊縮財政が原因でありそれを是とするのが、財政破綻論という恐怖の教えなのです。

これにグローバリズムが便乗しているというか全てセットになっており、国民経済って繋がっているから対岸の火事気分でいると、いずれ自分らも火ダルマになるわけです。


【普通考えればわかるはず】

実は福祉の業界にカネもうけ主義が跋扈しだすと、だんだんカネのない人は十分なサービスが受けられないとか、もう実際そうなっています。

そもそも客商売であるのなら利用者が介護施設に対しておカネを払えなくなると、即退去ってことになるわけですが、現実問題今は路上に利用者を放置することなどできず、施設側が受け入れ先を見つけるまでずっと赤字を抱えながら面倒を見るわけです。

これも当たり前で利用者は客ではないからなのです。

同じ同胞・人間だから邪険に扱えないので、たとえ株式会社であれ市場のカネ・カネ・カネの精神だけでは成り立たないわけです。今はですけど、それやるとアメリカみたいに非人道的な社会になります。

これ、ホテルならおカネを払えない人は真冬で外で野じくしたら凍死しようが追い出すし、ファミレスで料理食べておカネ払わなければ無銭飲食で警察につきだすでしょう。なぜなら、

市場を通して貨幣とサービスを交換する客と店の関係

であるからなので、それ以上でもそれ以下の関係ではないからなのです。基本は。


【昔はトラ・トラ・トラ ⇒ 今はカネ・カネ・カネ】

実は介護の業界の現場が荒れている原因の一つに、利用者を客扱いしているトンチンカンなスタッフばかりであるところが大きいわけで、

単純に介護の仕事なんて、

   同じ人間・日本人だし助けてやるのは普通のこと

これだけの意識でいいと私は思っています。

これを客だから大事にするとか思っている連中がいたらただのバカです

カネがあろうがなかろうが困っている人を助けるのは人間として普通の行為であり、福祉や医療や保育、教育の分野ってそういうものなので、前述したとおりにここに共同体の行動原理が作用してくるわけです。

別に福祉とかの分野でなくとも、例えば道路工事してる人に、

” この人たちが寒い中がんばってくれているから、自分らが自動車で快適に走れているんだ

と思うことも、単純に国民意識があれば思えることだし、これが感謝につながってくるわけで、これこそが本来のナショナリズムなのです。バカなネトウヨは頭に入れておけといいたいところです。


【いつもの】

この人がいるから自分の懐にカネが入ってくるとか、介護・医療・保育・教育・警察・消防・軍事ではご法度で、国民意識の紐帯今だけカネだけ自分だけの精神で意図的に崩壊させたのが、バカな知識人学者・政治家・官僚であり、これに便乗してカネ儲けしているのが経団連であり、エニウェア族のプラットフォーマー、レントシーカーたちなのです。

こいつらに踊らされているのが有権者であり、いいかげん学べといいたいところです。特に緊縮リベラル派はこの構図を理解することです。

(注意)この図は私がつくったわけでなく、れいわ新選組がつくったものです。


【日本をディストピアにした安倍晋三】

このように本当のことを述べると、安倍晋三政権がいかに日本の社会を破壊しまくっているのかがわかり、ぞっとするでしょ?普通に考えてただの売国奴です。

これから医療の分野で介護や保育でメタボロにやられていることをやられたら、まさに偉大な指導者ビックブラザーの安倍晋三様が構築したディストピア社会の完成となります。(1:09辺り)

おカネのあるなしで命の選別がされるようになるのです。


偉大な指導者ビックブラザーの安倍晋三総理大臣様がディストピア日本をつくりあげたと思われる方は ↓のリンクをクリックお願いします。


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新自由主義的ヘゲモニーの危機という好機・後編ーグローバル化なんてタコ!コラ!


(中編からつづく)

【常識の再編成】

別に3回に分けて引っ張るつもりはなったのですが、グローバリズムが崩壊していく過程において、ハイエクらが自由について再編成し、市場における競争的個人をモデルとして定着させ、小さな政府つまりは国家権力の最小化を是とすることが世界中で共有認識として、常識として、扱われてきたわけですけど、これって日本の左派にとって国家権力=ファシズムのイメージが強く、国家を否定する新自由主義と戦前戦中の国家を否定と結びつけられ、やられた感があります。

英国の例としてハイエクが思想として構築したものを、サッチャーが実践して「常識」を再編成に成功したわけですが、これは1961年のJ・F・ケネディの演説

” 国家が諸君のために何ができるかを問わないで欲しい――諸君が国家のために何ができるのかを問うて欲しい ”

にもみられるように、アメリカでも常識の再編成がなされはじめ、労働組合が悪、既得権益が悪、ビルトインスタビライザー・社会の安全装置つまりは社会保障制度を利用するものが悪という物語が定着したのだと思えます。

国家が国民をないがしろにする状態は「権威への信頼」の欠如が起こり、普通は国家への愛着が薄れ保身に走るわけで、資産を海外に移すなして無籍国化するのは必至で、ケネディの発言はリアルな国民意識の断絶につながり、単なる開拓精神とか自由の国アメリカとか抽象的な国家だけを支えることになりかねないと思います。

万世一系とかアジアで唯一近代化を成し遂げ先進国になったとか、それだけだとリアルの国民としての意識が希薄になり、逆にその抽象的な国家像の足を引っ張る連中は売国奴として扱われるのです。

サッチャーが「ヴィクトリア朝に返れ!」と伝統主義をもちだした手法と同じく、靖国の英霊とか市場を通しての競争的個人の自由というグローバリズムに基づく反国家主義の新自由主義とがセットにされてしまったのです。


【言葉って大切】

サッチャーが政策を実行していくうちに、そのうち伝統的なイデオロギーつまりは家族とか義務とかいう概念もどんどんどうでもよくなり、共産主義者は水爆で一人残らず抹殺してしまえと発言し、師匠のフランク・ナイトに破門をくらった、かの有名なミルトン・フリードマンがハイエクの新自由主義を受け継ぎ、私たちはその影響を子供の頃から受けているわけです。

” あんたの教育にどれだけおカネかけたと思ってるの! ”
” こんなことして何の役に立つの? ”
” 評価されないことして、あいつバカだな ”
” この仕事しんどいし評価されないから、あいつになすりつけよう ”

とかの発言なんて、費用対効果、投資に対して回収という即時リターンの概念であり、見返りを要求しないような集団への奉仕的な行為や、インフラ整備や技術や文化などの継承・発展なんてバカらしくてマネーにならないからやらなくなったのです。組織や集団のためでなく出世などの見返りありきの精神が定着したのです。

いい学校、いい会社が全てという80年代の精神と中曽根の政策と密接な関係にあるのです。

こうして、「今だけカネだけ自分だけ」の市場における競争的個人のモデルができあがるのですが、これは共同体としての意識が希薄になっていることを象徴していると思えます。(なんか私がまともなこと述べているし、ますます世の中やばくなってきた証拠です)


【グローバリストの断末魔との国家心中は勘弁】

しかしながら、いくらプロパガンダーにより擬似の国民的幸福を提供されたところで、英国のEU離脱、ギリシャ問題、ドイツの緊縮帝国、西ヨーロッパの移民問題、トランプの移民規制保護主義、フランスの黄色いベスト運動と、もはや世界中の民がグローバリゼーションに耐え切れなくなり、新自由主義的ヘゲモニー(同意の支配)が崩壊しようとしております。

日本もまた2世帯に1世帯が貯蓄ゼロとなり、そのうち消費税10%で5世帯に3世帯となるでしょうが、また質問方法変えるなりデーター改竄大本営発表することは確実で、それでも現実的に大多数の日本人が耐え切れなくなるだけです。

 


【「我々」の一人としての行動】

尺の関係でコンパクトにまとめたいと思いますが、まず反原発でありながらTPP反対の左派リベラル派と原発容認でTPP反対という右派保守派が、全て共通認識することなど絶対に無理であり、あらゆる差異を同一性へと回収してしまうものでなく、差異が尚も活動的な関係を築く必要があります。(等価性の関係)

これ、別に私の意見でなく単なるパクリで、同質的な主体を生み出さないとして同一化を構築していくにあたって可能となるのが、社会的行為者を政治的共同体に注入する社会関係、つまりは私たち庶民が「市民」としての立場・シチズンシップをとることであり、「我々」の一人として行動することが大切なのです。

このためにポピュラリズムを活かすのです。

左派ポピュリズムのために
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【共の精神】

そこで大切になるのが「共」という言葉であり、共通認識とか共産主義とか共産党の「共」ですw

もうここで右派はとくにネトウヨさんは脊髄反射するわけですが、国鉄とか電電公社とか国営放送、図書館、公園、道路、橋、スーパー堤防、水道、空港、港湾、本来なら電力などもすべて「共」によるものであり、国民・市民共有の財産であり私有化に本当は抗うべきなのです。

大阪では元大阪府知事・市長で維新の会の法律顧問であられる公人橋下徹様により、弁護士兼TVタレントというポピュリストとして人気を得て政党を立ち上げ、国政にまで進出するまでに至り、見事絶大なる影響力を及ぼしていた次第であります。

ポピュリズムはあながち悪いことでもなく、結局庶民の感情の結晶なしには集合的意志は構築できないわけですから、同じように反グローバル化サイドも同じく構築すればいいだけなのです。この場合、過去の失敗から学んだ左派ポピュリズムの手法が大変参考となります。


【荒削りだからこそ、コンクリートも人も可能となった】

今まで反緊縮でインフラ整備・社会保障の共に政策をかかげるいち政治家はいても、党として掲げる政党がずっと不在だったのですが、山本太郎が立ち上げた「れいわ新選組」により、閉塞感あふれる「平成維新」の時代に変わって、荒削りの精神においてですが、というか荒削りだからこそ「コンクリートも人も」というスローガンを掲げることができたのです。


【カリスマ的指導者との情動的な繋がり】

国民国家が、新自由主義的なグローバル化がもたらしたポストデモクラシーの影響に対抗するには、一般庶民の領域において共有された感情の結晶より構築された集合的意志が必要であり、これにはやはりサッチャーのごとく「内なる敵」に対する感情を結晶して、見事に大阪の庶民の心を今でもつかんでいる維新の法律顧問で公人の橋下徹氏に匹敵する人物が必要であり、これが冗談抜きに山本太郎なのです。(金魚の糞はどぎゃんかする必要ありません)

シャンタル・ムフは「我々」の一人としての私たちとカリスマ的指導者との情動的な繋がりが必要だと、だいたいこんな感じで訴えています。

これにおいては元大阪府知事で元市長の橋下徹氏と同様に、かなりの条件をクリアしてると思います。


【メロリンQが武器となっている】

山本太郎は海パン一丁でメロリンQして俳優に転向して知名度もありなじみやすく、橋下徹と同じくポピュリズムを形成しやすい人物です。

太郎は原発反対して仕事なくなり講演の以来を受けて生活しているうちに、一般庶民の声をきき即反TPPと反グローバリズムひいては反緊縮となり、今はコンクリートも人もとスローガンを掲げて政党を立ち上げるまでに至ったわけで、この人物なら誰でも興味をそそるし、太郎を通じてグローバリズムの財政破綻論の嘘や欺瞞が露呈されその真っ最中です。

<それってどうよ>「山本太郎」支持率がすごいことに!〈サンデー毎日〉
8/22(木) 12:14配信

>「ずっと小泉進次郎押しだったのですが、いまはがぜん山本太郎。顔が好き。声が好き。これまでの経験上、顔と声そろって好みの人に悪い人はいません」(商社・26歳)

>「これまで破天荒な人としか思っていなかったのですが、今回の選挙を経て、とてもクレバーな人なのだなと思い改めました。障害者の方々が議員になる、目からうろこ。いいトコついてくるなぁと思いました」(コンサル・31歳)

>「この間、夕食のときに”山本太郎ってかっこよくない?”と言ったら、両親が”昔はパンツ一枚で踊ってたけどな“とか”あのままお笑い芸人になると思ったら化けたね~”と昭和の逸話(実は平成だけど)で盛り上がっていました」(損害保険・26歳)

 


【まだまだこれから】

一部、山本太郎を支持しているブロガーでも今だに、「いくら借金してもいいと思えないけど」とかとくにリベラル派には多数いますが、TVや新聞などのサティアン経由で東大名誉教授とかノーベル経済学賞受賞とか、紫や青のサテンの上下服を来たような権威による財政破綻黙示録の終末思想の洗脳解除がされていくのは、これからのようです。(私も経済とか詳しくないので勉強中です。いや、ちょっと嘘ですw)


【各国の連携が必要】

最後に述べたいことですが、今の新自由主義的ヘゲモニーは大変危機的状況にあり、いくら大本営発表しても崩壊することは確実なのですが、ここでもうひとつ必要なことが、

別の国で生じた類似の運動との連携を生産的にすることであり、ネイション(国民)レベルではグローバリゼーションに勝利できない

ということは確実らしいです。EU諸国加盟国に限らず日米韓東南アジア諸国でも同じだと思います。

これに関してはケルトン教授来日もありそれ以前、フランスの大統領候補のアスリノの来日やらもあり、既にクリアしているようで、まだまだ来日してくれるようでその点は問題ないようです。

人・モノ・カネ・サービスの移動を自由にして各国の通貨を通じて、お金がないと生きていけない人間の弱みにつけこみ、メディアを通じるなり国税庁やら組織などを使い、グローバリズム・反緊縮に反対する人はセンメルヴェイスのごとく排斥し、そんな連中に対して自国民の力だけでは対抗できるものではないということなのです。


P・S

同じ日本人へのホロコーストに加担し、国家にノーザンライトスープレックスをかけた馳浩はオワコン。

 


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