ネット右翼精神分析入門の序文的な何か


 


【ネット右翼精神分析入門】

>バカだから、自分と富裕層で利害が対立してるという単純な事実に気付けない。

ユーチューバーでブログ『超個人的美学2』のブログ主のカツトシさんのツイッターのつぶやきですが、単純にバカだからと言っても社会が少しもよくならないと自認している次第であります。(まぁ、何してもよくならないかもしれませんが)

彼らを更生する必要があり、それには再教育するに辺り、フロイトじゃないけど彼らの精神分析にまずとりかかる必要があります。


【ネット右翼は若者の低所得者層には少ない⇒当たり前じゃん(笑)】

まず彼らの多くは低所得者ではないという論客がいますが紹介します。


>一般には「貧しい若者が、ネットでうっぷんを晴らしている」というイメージが広がっていますが、実態は異なっていました。特定の年齢層や年収レベルとの関連性は見えなかったのです。高齢層や「中流」の人々が含まれている事実にも、留意すべきです。

要するに、高齢層というのは定年退職して、小林よしのり氏の『戦争論』などを読んで、遅れた中二病になった団塊世代を含んでいることでしょう。

小泉政権時のネット右翼はもはや40代50代の団塊jr世代であり、彼らにプラスされた巨大な層が暇をもてあました団塊世代なのでしょう。

団塊と団塊jrって全世代の人口比で多いのですから調べるまでもなく、当たり前ですね(笑)


【攻撃の置き換え』

>学歴別では、「大卒・院卒」の割合が65%と高かったものの、世帯年収のコア層は36%の「200万~400万円」(別表)。調査対象は50代までだが、辻准教授は「経済状況の不遇が保守的排外性の発露につながっていることを思わせる」と分析している。

まさにリチャード・ウィルキンソンの著書『格差社会の衝撃』の内容そのものであり、格差が拡大するとマカクザルと同じ行動をとる、つまりは攻撃の置き換えが行われるということです。

つまりは、せめてこいつらにだけは負けないといった、生活保護受給者叩きや在日コレアンや被差別部落にLGBT叩きをするということです。

上には逆らえないし、変えられない。だから叩きやすい弱者を叩く。

”俺が貧乏なのはこいつらが足をひっぱっているからだ!こいつらが努力すれば競争が激化し、もっと国家が強靭化されるはずだ!”

虐待の精神構造と同じです。

 

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【ネット右翼とグローバリズムの相性のよさ】

それと過去ログで紹介したのですが、彼らの多くはそもそも欠乏動機に支配されているところが大きいのです。(成功しているかどうかあまり関係ありません。セコイかどうかです。たぶん)

社会のパイは有限だから誰かが犠牲になる必要があり、だから社会の生贄として自分がならないためには、誰かを差し出さないといけないとなるわけです。それが外国人であるか同じ日本人であるか、そんなのどうでもいいのでしょう。

マルサスの人口論⇒ダーウィンの進化論⇒新自由主義(ネオリベ)グローバリズム

欠乏に基づいた思想とネット右翼と相性がいいのはこういう理由からなのでしょう。


【恍惚感溢れる日の丸からリベラルに転向する地味さに耐えられるのか】

>バカだから、自分と富裕層で利害が対立してるという単純な事実に気付けない。

私はバカだからと言うよりも、富裕層と利害が対立しているという現実を理解したところで、ネット右翼にはそれを転覆させる気力などなく、例えば平社員が会社の役員に逆らうような多大な労力が必要となります。

これはネット右翼でなくとも躊躇するところだと思います。

それよりも何も、彼らの頭の中には東西冷戦の構図があり、

グローバリズム or  共産主義

二択しかなく、後者を選ぶことは中国共産党の手先となり耐え難いことなのです。(いや、中国なんて経済成長し日本で20年間デフレでこの先永続しそうだし、どっちが資本主義かわからない)

万世一系の天皇制や日清日露戦争に打ち勝ち、大東亜戦争を仕掛けてアジアやアフリカを白人の支配から開放したという、その象徴的な日の丸の国旗が何よりも心の支えであり自負心であり、この形而上の世界がなければたちまち、卑小な自分の存在を受け入れなければならず、そうすると

労働環境の改善とか社会のシステムの変更の要望とか、まぁサヨク的なことをしなければならなくなる

のです。


【自分の立場を考えると憲法改正反対派となる】

当然、立憲民主や日本共産党とかに票を入れなくてはならなくなりますし、それを周囲の人に呼びかけなくてはならなくなります。

憲法改正を後回しにしたり、財政均衡や家族で支えあうとか、そんなことにも反対しなければならず、すると護憲派というよりも改憲反対派になるわけです。当然。

まぁ、これやられたら終りだから。

まぁ某氏はこれの恐ろしさを認識しておらず、まぁ自身のメルマガコミュニティ内でこれらを含む即席憲法は拙速すぎると発言したら、逆に立腹されたわけです。

ゴーマンかましたわけでもないんですけどね。緊縮のやばさを周知している人なら誰でも顔面蒼白になる内容ですから。


P・S

これでもネット右翼は

”武士は食わねど高楊枝”

と言いやせ我慢するでしょう。美徳がと言いながら。

しかし、ワタミやユニクロなどのデフレをいいことに商売して儲けている連中をこころよく思えず、地方や農協、医師会、土建屋を努力が足りない、既得権益と叩き、将来不安になる心の支えをまた

日の丸

に求めるのでしょう。

ILOの批准数が圧倒的少ない日本の労働環境自体がブラックですから、そのブラックにせしめているのが安倍政権ですから、まぁ実生活と日の丸の精神世界との間で混乱しているのでしょう。(ワタミの社長は比例で安倍政権で出馬しています。安倍政権を支持すれば庶民の生活が苦しくなることが立証されましたね)

ジャーナリスト安田純平さんと自己責任論ー後編


【ホシュの欠乏感】

前回からの続き

ホシュが保守的でないのは馬鹿だからと讒言(ざんげん)しても仕方がなく、もっと根源的な理由は欠乏にあると思われます。

端的に申しますと

心が貧しい

からだと思います。


【セコイのがホシュの特徴】

あくまでも心が貧しいわけで、松本人志・高須院長・百田尚樹らは社会的に成功して、富を得ているわけで実際には経済的に貧しいわけではありません。

この心が貧しいという表現も適切でなく、

欠乏感が激しい

と言ったほうが正しいでしょう。

これは主流派の経済学の根底にある考えであり、それは潤沢説とは対峙した考えであり、マルサスの人口論から見られるように、

人口が増えすぎると食料が不足する⇒食料が不足すると力のない者(貧者)が餓死する。⇒すると食料と人口が均衡を保ち問題が解決される

このような考えが根底にあると思われます。

日本の財政危機のデマもそうですし、経済学の特徴としてエネルギー保存の法則のように限られた富とそれを配分するに当たって、どうしても全ての人が望むように全ての人に望むものが行き渡らないという欠乏感があると、私は確信しているわけです。

言葉を言い換えれば、

セコイ

のです。


【経営者そこ働けと言ったマルクス】

予算が足りないから生活保護費を下げたりとか、そんなの完全に欠乏感に支配されているわけで、マルサスの人口論の如く「働かざるもの食うべからず」となり、餓死させればいい、それこそ

自己責任

となるのでしょう。(そもそも、この言葉はマルクスが資本家に対して皮肉った言葉であったと私は記憶しています。上部構造の連中め!汗ながして労働しろ!という意味)


【経営者と底辺労働者との仕事への違い】

そう言うと

”経営者も頭悩ましている”

とか反論されるでしょうが、彼らの多くは仕事が自己実現と直結しており、私の経験ですが前の会社の社長なんてその典型で、正月などの長期休暇は退屈で、それよりも会社に来たほうが充実して楽しいとおっしゃってました。

月曜日のかったるい朝やサザエさんの時間になると会社のことを考えて

憂鬱

になることを彼らは実感しないわけです。真剣に仕事しないから楽しくないんだぐらいにしか思っていません。

労働が自己実現でなく生活のためという庶民の感覚が知らないのです。


【後進国化する日本】

話が逸れそうになるので本題に戻ります。

ホシュの特徴として欠乏説が根底にあり、それとは対峙する説が潤沢説であり、農業革命により食料不足が解消されてきたように、不足が生じても必ずそれを補うものが表れるといういわば楽観的な考えです。

ホシュはあまりにも悲観的であり、例えば人手不足の解消として、外国人労働者・移民を安易に受け入れたり、まさに物理の法則で均衡をすぐ保とうとします。

人手不足なら①技術革新をして効率化を計り、②不足している部門の仕事の労働賃金を引き上げる

これが先進国の歩んできた道であり、低賃金に頼るモデルはむしろ後進国モデルであり、いつまでたっても先進国になれない東南アジアがその典型です。

だから安倍政権って後進国をめざした政策しかしていないと糾弾されるのです。


【ダーウィンの功罪】

物事は全て繋がっており、ホシュ思想の根底にあるのはマルサスの人口論であり、マルサスの人口論の影響を受けた

ダーウィンの進化論

がまさにそうなのです。

こう発言すると、

”旧約聖書を信じているのか!”

と反論されかもしれませんが、そもそも天照大神の子孫として天皇制を支持しているホシュが古事記や日本書紀を信じていないことが不思議であり、それこそ天皇制の正当性をどこに求めるのかということになります。(少なくとも英国では王制の正当性をアダムの直系の子孫だということを真剣に議論していました。旧約聖書の内容を是としていたわけです)

未だにダーウィンの進化論を信じていること自体がナンセンスであり、ミスチルの曲の「進化論」にあるように、目的にそって進化するラマルク進化論もあるでしょうに。(キリンの首が長くなるのは目的にそってるからという解釈です。)

ダーウィン進化論か創造論の議論は、グローバル化か鎖国かの議論に相当するようで勘弁してほしいわけです。


【ホシュが自己責任論に邁進する理由】

ようやくここまで辿りつきました。

ホシュがなぜ自己責任論に陥るかは”足りない”という欠乏感にあり、その欠乏感はエネルギー保存の法則のような限られた富にあり、全ての人に全ての人が欲する物が行き渡ることは不可能だという欠乏説に支配されているからなのです。(だいたい不況って物が売れないわけで、生産過剰で本来なら豊になるけど貧しくなるとか、支離滅裂な現象でしかありえません)

その解決法として

自己責任により力なき者、国家の足をひっぱる者は切り捨てろ

となるわけです。


【謎だらけの思想】

安田さんのようなジャーナリストけでなく、地方に対しても、

”努力が足りない!東京の富が吸われている!”

という発想になるのもそうだし、日本の農家に対しても、

”努力が足りない!米国のように生産性を高めて!”

となり農協を改革を支持することもそうだし、インフラ整備なんてまさにそうです。(東北の震災復興を願い、食べて応援とか言ってる一方で、農協改革やTPPに異を唱えない珍現象が起きていますけど)

日本の財政危機のデマを流し、プライマリーバランスなどという経済界が喜ぶ奇怪な思想を流布し、小子化で日本はもうダメ。だから移民を受け入れ消費税をガンガン上げて、だけど法人税減税してグローバル化と構造改革と、永住権を与えられる単純労働の外国人を受けれ、なぜか経済成長して軍事力を強化して、しかし米国に隷従し続ける強い国家を形成しようとするわけです。


【途上国から搾取しない手法】

私の職場にフィリピン人がいますがその人たりとリアルで触れ合い、母国が貧しく世襲格差が酷いことも理解しており、彼らにも幸せになってほしいわけですが、彼らにとっての真の幸せは言語や文化の壁がある国で賃金や福祉を求めることでなく、母国を豊にしてそこで生活することだと自認しています。(日本のアニメにあこがれて来日し、日本の文化に埋もれたいとかオタは別です。日本語に溺れて帰化することが幸せかもしれません。)

日本人として搾取する形でなくフィリピンで自国の力でインフラ整備できように促し、経済成長を促し自国通貨の国債を引き受けたりするなどして、それは日本の民間の保険会社の介入でなく、自国の福祉制度や共済などの設立を手助けすることでしょう。

そこには知的財産権もあり、それも無償のODAの形で提供して(黙認)やることだと思うわけです。

ハジュンチャン博士の本にあるように、英国にしても米国にしてもさんざん知的財産権などを無償利用し、幼稚産業を保護しまくり経済成長してきたのですから、それを奪うこと自体が矛盾しているわけです。

ヒト、モノ、カネの無差別な移動は混乱を招くだけです。

 

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【結論】

自己責任から話が始まったわけですが、どうしてもグローバル化や緊縮財政に関係していしまい、その根底にあるのは

欠乏によるマルサスの人口論に支配されたダーウィンの進化論

と関係してくるわけです。

欠乏⇒緊縮財政⇒同胞切捨てのための自己責任論の多様

だいたい、ホシュの思考ってこんなところだと思います。

基本的に彼らはセコイし『ガキの使い』の

「松本仁志セコセコ裁判」もあながち無関係でないのかもしれません。

HITOSHI MATSUMOTO Presents ドキュメンタル 予告編

ジャーナリスト安田純平さんと自己責任論ー前編


【安田純平さんを助けるべきかどうか】

ジャーナリストの安田純平さんが救出されてよかったねですね。

しかし、TVやネット上では、ジャーナリストが危険地帯に行くのは自己責任であり、国家が救出するべきではないという意見も多々みられます。


【ホシュは自己責任が大好き】

所謂ホシュの人の多くは安田純平さんの行動は自己責任であり、救出するべきではないという意見が多いようですね。

高須院長や百田尚樹氏らもだいたい自己責任をかざしているように思われます。


【保護をなくせば強くなるという妄想】

なぜ、ホシュの人は自己責任が大好きなのか?

私としては彼らの多くがネオリベと相性が非常によく、自由に競争すれば質の悪いものが淘汰されて、安価で良質なものが生産されるという思想にぞっこんだと思えるわけです。

ホシュはそのためにグローバリズムに邁進し、国内産業の保護を嫌い、労働組合とか労働者の権利や保護などを取り去ろうというように考えるようです。

”甘えるな!”となり、

”日本が強い国になるには兎に角、競争を激化させて保護をなくせば可能だ!
生活保護受給者は甘えている!路頭に迷わせれば働くだろう。野たれ死にすれば見せしめになって丁度いい!そうすることで国家は強靭化される!”

ネオリベ⇒グローバリズム⇒強い国家

まぁ、このように考えているのでしょう。


【公正な競争なんてありえない】

第一、時代や生まれた家庭環境の違いから、公正な競争なんて絶対に不可能であり、安倍総理や麻生・菅といった良家の世襲は、コネも伝手で最小限の努力でエスカレーター式に慶応大学に進学できるわけで、そうなっていないことは、それこそ最小限の努力すらしなかったオチこぼれ以外の何ものでもなく、自己責任論がもうすでに崩壊しているわけです。

最後に世襲のコネで国会議員になり、米国の操り人形として支えられ総理にまでのしあがれたわけです。

安倍・麻生両氏の漢字能力の低さからして、公正な競争なんてできていないですね。一国の長があれなのですから。


【国家と再分配】

それでも社会が存続していくためにそのあたりの調整が必要となり、その結果社会福祉などの制度が確立され、そこに市場の原理が関与することは普通は忌避されるわけです。

あくまでも国家というものはオルテガがいうように技術でしかなく、日の丸やら日本の神話や天皇家などもその技術を遂行する手段でしかなく、非常に抽象的にまとめたものでしかないわけです。

線に幅がないのと同じく、国家にも実態がなく実に抽象的な存在なのです。

ビスマルクがドイツを統一するのに使った手法が福祉であり、国家が形成するにあたっての常套手段が再分配であり、累進課税や高い法人税なんかも理にかなっていると言えよう。

格差が拡大すると国家が衰退するというのも当たり前であり、国家の形成と逆の運動だからなのです


【ホシュが保守的でない謎の解明】

なぜホシュの人はそれを理解できないのか?

そもそも社会が何であるか、共同体が何であるか、国家が何であるかを考えたことを一度もないからだと思います。

これらの言葉の定義すらしないまま、ひたすら理想の国家像を描き、ホシュが保守的でなくなるような伝統や文化の破壊となるグローバリズムに邁進するわけです。

英語化教育なんてまさにその典型ですね。

 

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長くなりそうなので次回へ持ち越します

 

エリートの助言と現実


【いきなり欝になるのは稀なのじゃないか】

ツイッターで面白いつぶやきがありました。

 

ユーチューバーでブロガーの『超個人的美学2』のカツトシさんのつぶやきですが、なるほどと感服しました。

>経済的・社会的・人間関係的な外部条件内部条件が揃ってない人間が追い詰めれ

嫌なら会社辞めればいいとか、学校行かなくていいとか、欝になる前の人は理性的に熟知しているわけですが、しかし現実的には葛藤を覚えそれで皆悩むわけです。

当たり前ですね。


【社会の目】

自身の体験談を話してもいいわけですが、私の友人で大学院まで出た者がいますが、その友人は欝で10年以上苦しんでおり、生活保護受給者となり今でも再起不可能な状態です。

彼とは大学からの長い付き合いであり、彼が欝になり自殺未遂を繰り返す段階、それ以降の治療の段階、生活保護受給の現段階とずっと関わっていく中やはり、彼は卒業後準公務員のような仕事につくが職場や環境などにうまくいかず結局退職し、学生の頃アルバイトしていたなじみのある新聞配達の仕事につくなりして、彼はいわばドロップアウトしちゃうわけです。しかしながら、そこに至るまでにいろいろ苦悩葛藤があったようです。

まぁ、私は男なので相手が自ら口に出さない限り、詳細なことを問い詰めたりすることはなく、やはり高学歴であるプレッシャーにそれに応えなければならない社会的要請や社会の目というものに苦しんでいたのではないかと思えなくもありません。

>経済的・社会的・人間関係的な外部条件内部条件が揃ってない人間が追い詰めれ

東大法学部卒の人間が町工場で働くようなものも同様で、

「東大法卒なのにこんな仕事してるのかwもったいないwお前にプライドないのかなw」

なんて言われること考えたら胃が痛いですね。
町工場でなくとも中小企業に勤めるなどするといろいろ妬みもあり、先輩からつぶされかねません。

「学歴なんて関係ないわw(2流大卒・高卒)俺のほうが仕事できるわw」

とか言われ業務を邪魔され、まぁ中小零細企業あるあるですが。


【やれるものならやってる】

(とある解決例)

学校が嫌→休む・転校・自宅学習

仕事が嫌→休む・転職・起業

生活苦→生活保護

借金苦→破産

学校が嫌で休んだら次の登校に大変な勇気がいるし、転校なんてもっとプレッシャーがあります。プレッシャー感じないやつは欝になんかならないだろうし、自宅学習で高卒認定をもらっても中卒のままだし、大学に進学すると今度は経済的な問題が生じます。

仕事も同様であり大手企業に勤めてそれが転職すれば、年収800万円台の人生から年収400万円台(平均年収)に転落するわけで、家のローン・子供の教育費・老後のことなど考え、現実的にできないわけです。


【現場を知らないから言える】

労働関係のツイッターにあるのですが、よく

「残業を断ることや有給休暇を消化することや残業代請求することは権利だから請求してください」

などとつぶやいているのですが、そんなことは皆熟知しているって。

それをすると残業代込みの主任やら管理職の連中から非難を浴びるし、いわゆる他の平社員の社蓄からも非難を浴びて、

会社に居場所がなくなる

わけです。

過去何十年間の残業代を請求するのも、ほとんど退職後の人が多いでしょ?こんなの当たり前です。人間関係のしがらみがなくなるからです。

人間関係が悪化した職場にいる辛さを知らないから、平気でこんなことが言えるのです。辛さを知っていて助言したらこれはこれでむごいわけです。

これらの例は世間知らずもいいところで、大体弁護士とか先生と言われる職業の人に多いような気がします。


【理想社会はとりあえず棚上げして】

ならデンマークのようなフレキシブルな社会を形成すればいいとなりますが、それをすることは欝で自殺するような人の担当じゃないわけで、それこそ上部構造の5%程度のエリートの担当であり、自家撞着もいいところとなります。

庶民のできることはこのエリートの監視であり、欝になる人の中にはエリートもいるわけで、これまた問題の焦点がズレてしまいますが。


【助言はせいぜい知人までに】

では欝で自殺するような人に助言をどうすればいいか?結論から言うと

できません。

ただ、スピリチュアルな観点から「自殺したら自縛霊になる」とか「今生のカルマが来世に持ち込む」とか脅すことはできます。

人によって人生観・価値観も異なるし、富や社会的評価に価値を置いてる人間に、大手企業を退職とかそんなことできるわけありませんし、そんな無責任なこと助言することは恐ろしくてできません。

今から20年ほど前に大手勤めの友人で「辞めたい」とか相談を受けたことがありますが、私は現実的に会社を継続することを勧めました。

こんなの簡単です。

収入が減るし中小企業に勤めて楽になるかと言えば、なるわけないと知っているからです。
こんなことは誰でも知ってます。日本の大企業勤めは鳥籠の中にいるようなものです。ヘッドハンティング以外は転職というようりも転落と言ったほうが正解でしょう。

ただ、選択肢は本人にあるから本人次第でそれ以上でも以下でもありませんが。


【『闇金ウシジマくん』で勉強してください】

結局、上部構造にいる人間は下部構造にいる人間の気持ちなんて疎いし、それこそ最近表現者グループのいう、anywheresのエリートとsomewheresの庶民の感覚の違いだと思います。

会社辞めて転職して条件が同じままなのはanywheresの中の一握りぐらいで、ほとんどの日本人は条件悪くなるわけです。

こんなこと発言するエリートはまず『闇金ウシジマくん』を読破することをオススメします。

 

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勝間さんのこの本をもってますが、まぁどうでしょう(笑)。人生は預ける必要がないのは同感です。

国際シンポジウム「グローバル資本を超えてⅡ」の中野剛史さんのブルースリーの名言


【考えるな!感じろ!】

若干、今酒で酔っ払っているのですが勢いでブログ更新します。
過去ログの続きの内容のなのですが、中野剛志さんの講演の笑いネタともなったブルース・リーの名言があります。

”考えるな!感じろ!”

です。

この台詞でシンポジウムの参加者で笑いが起こったのですが、これもまんざらふざけてないと私は感じました。


【武道では当たり前の目指す領域】

この極意は武道の達人の領域にあり、ドラゴンボールで例えることの「身勝手の極意」と同じ領域にあるわけです。

端的に言えば、格闘技では情報をインプットして処理してアウトプットしてからでは遅く、インプットする前にアウトプットして、ガンダムで例えるならニュータイプの領域が必要なのです。

内田樹氏の「修行論」で同じことが記載されています。

 

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【因果の前に運命がある】

中野剛志さんがよく紹介するオズヴァルト・シュペングラーも同じことを言っており、科学とは起こったことによるところを因果関係よるものであるが、そもそも起こったことの前提には、

起ころうとするもの、成ろうとするものがあり、

それが運命だというわけです。

因果によって未来が確定するわけでなく、運命によって未来が方向づけられるということです。

だから、

因果によって考えるな!運命のよって感じろ!

というわけです。

科学は成ったことを因果によりとらえているだけで、そもそも成ったことは成ろうとするところによるものが先にあるというわけです。


【感覚の前には思考は無力】

シュペングラーって今でいうオカルト・スピリチュアルの領域に足を踏み込んだ偉人であるわけです。

こんなことは実生活で私たちが当たり前のように実感していることであり、女性は感情的で理論的に説明しても通用せずしかし、彼氏とか夫の浮気などには敏感でもありそれも、思考でなく感覚でとらえているからです。

男は因果にとらわらすぎで、

”不自然な態度をしているから浮気あバレタ”とか

”石鹸の匂いがするからバレタ”とか

そんなバレタ理由を取り除けばいいと考える傾向にあります。

そんなもの五感を超えた領域を女性は感覚で捉えるから無駄なのです。

考えないブルースリーにジムやプロテインでマッチョになった者が叶うわけがありません。


【真の平和とは】

女性が占いスピリチュアル好きなのも、内へ内へ意識がいき外に意識がいかずくだらない噂話やゴシップばかりするのも、これは自然なことなのです。

黄金比の安定したもの好きの引きこもりオカルトなんて女性的な特徴といえるでしょう。

まぁ、女性を批判したように思われるのもあれなので、男性はいわば常に変化を好み冒険的で支配的・暴力的・拡大的で実務的なものばかり好むといえます。

戦争なんて男性的であり一方で女性はむしろ内戦を好むわけです。(都市部と地方とか、移民と旧来の民族とか)

平和は実は中性的なバランスをとれた領域でしかありないのでしょう。

 

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地方の地下アイドル自殺と労働環境



【私立にしか転校できなかったのかも】

昨今、地方の地下アイドルの自殺が話題になっております。

「農業アイドル」の死、背景にパワハラと遺族が所属事務所を提訴へ
10/11(木) 5:09配信

>愛媛県を拠点に活動する地域アイドルグループのメンバーが2018年3月に自殺した。その遺族らがグループの所属事務所などを相手取り、慰謝料などを求める訴訟を10月12日、松山地裁に起こす。原告弁護団がBuzzFeed Newsの取材に応じた。【BuzzFeed Japan / 播磨谷拓巳】

端的に言えば、裕福でない家庭の娘をアイドルとして活動させたが、環境はブラックでアイドルを辞めさせたかったけど、契約に疎い一般庶民としては

「辞めるなら違約金として1億円払え」

とか恐喝めいたことを言われて、娘は悩み自殺したということらしいです。

>そして3月20日、高校に納付しなければならない残りの12万円を借りるため萌景さんと母親が事務所に出向いたところ、貸し付けを拒否された。

高校にいくら納付しなければならないのかわかりませんが、12万円足りなかったようです。たかだか12万円のために命が奪われたのです。


【インフレなのに(だから)若者の負担は少なかった日本】

私の時代とは今と学費の負担額がまるで異なり、20年以上前では日本は中間層が厚くインフレでありながら、大学の授業料を見てもわかるように、今よりも安かったと思います。

(某私立文型の大学の授業料例)

80代後半~90年代前半 約60万円/年

現在         約80万円/年

当時はほっといても年々給料が上昇し、消費税がなく無税であったり3%であったり、サラリーマンの医療費負担は一割程度で、介護保険料もない時代だったのです。

もちろん、ゴミを捨てるのもリサイクル料もいらなくタダでした。他にも例はあります。

(某会社の大卒初任給例)

93年入社 19万6千円

94年入社 20万5千円

まぁ、某大学とか某会社とか私の実体験なのですが、当時の日本はグローバル化によって金融バブルが形成されそして崩壊し、企業は投資を渋りいよいよ実体経済が悪くなりだす頃なのですが、まだまだ実体経済は堅調だったように思われます。


【金銭問題で自殺する未成年者】

私立高校にかかる学費・授業料・費用

上記のリンクをクリックして閉口しました。

デフレで格差が拡大してしかし学費が高いわけです。いや、学費だけでなく消費税や介護保険料、リサイクル料、軽自動車税から何から、デフレなのに(だから)若者や現役世代に対して負担が増えているわけです。

今の若者が上記の例を知れば憤慨して50代以上の敵意を抱くでしょう。(40代は構造改革・グローバル化の被害者の氷河期とバブルと世代が重なっています

この自殺したアイドルの例だと通信制の高校から公立高校への転校はハードルが高く、私立にしか編入できないことも考えられますし、単純に公立高校へ転校するお金もなかったのかもしれません。

いずれにせよ、貧困による金銭的なトラブルとブラックな労働環境とが、地方の地下アイドルを自殺に追い込んだと分析するのが妥当なところなのでしょう。


【今も変わらぬ日本の労働環境】

アイドルの活動でブラックな労働環境の典型として、3人組のアイドルのキャンディーズを思い出しました。

引退を表明した時にメンバーの一人のミキが

”普通の女の子に戻りたい”

と言う言葉が流行したのを当時小学生だった私も印象ぶかく覚えています。

キャンディーズは日大出身のアイドルで既に当時は成人でしたが、労働環境はブラックそのもので単に契約更新をしなかったという、今では当たり前のことを彼女たちがしただけなのです。

それを当時の年配者は

”現代っ子”

と讒言を浴びせていたようです。

当時はセクハラもパワハラという言葉もなく、大人たちはいいように若者を酷使していたわけで、グローバル化・構造改革・緊縮財政とデフレを加速させ経済が低迷し格差が拡大し賃金は低迷し、当時の経済成長期の悪い側面だけが引き継がれて、今のブラック会社が跋扈することになったわけです。


P・S

要はまず日本はILOの批准数を先進国並みにして労働環境を整備して、国債刷ってインフレ整備して地方を活性化させ、一方で消費税廃止してグローバル化みたいに社会を破壊する極端なことは避けろということです。

外国人労働者受け入れする前にやることなんていくらでもあるし、そもそもグローバル化による被害者が今の途上国の外国人労働者であり、ますますグローバル化によって問題を深刻化させるなんて自家撞着もいいところです。

外国人労働者50万人超必要 25年までに 人手不足深刻化で転換
2018.6.6 06:15 sankeibiz

安倍政権は外国人労働者受け入れを決定しました。これでデフレは加速して外国人の観光客相手に商売する世の中になりますというか、なっちゃいましたね。

別に外国人を排斥するとかそういうことでなく、言葉も文化も何もかも違い、ただ円だけを稼ぎに来ている動機だけだと、日本の下層部に位置づけられヨーロッパで起こっているように取り返しのつかないことにないかねないということです。

 

日本が売られる (幻冬舎新書)
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正確的には

”日本が売られている”(進行中)

なんですよね(笑)

大丈夫、国家は消滅しても社会は存続する


【大丈夫、国家が消滅しても社会は存続する】

まるで国家が消滅すると社会が消滅するかのごとく思えるのは、国家と社会とを分別できていないからでしょう。

オルテガは国家を技術の一つとみなし、完全に社会と分別していました。
私も国家と社会とはまったく別のものだと定義しています。

ちなみに、カール・ポランニーは社会と共同体も分別しています。


【共同体は近代化により破壊された】

社会・・・人間の相互関係が継続・慣習化されそれが構造化された集団。

大体、社会の定義はこれが主流であり、まぁぶっちゃけ社会が絶えることなどまずありえず、社会は存続し続けるわけであり、何ら心配することがないわけです。崩壊して別の社会に変わることはあるけど。

共同体はまさにこれに互酬・家政・再分配という3つの運動が加えられ、まぁ社会もこれらがなされなくなると、崩壊してまた別の形態の社会に置き換わるだけであり、事実共同体を徹底的にグローバリズムにより破壊が、ここ100年以上継続中といったところで封建時代とは別のものとなったわけです。


【国家の歴史なんて短い】

そもそも責任はかつては共同体のものであり、それが個人に付加されたことが近代化の特徴であり、資産のない被治者は労働力を売りに出して、貨幣獲得のために各資本家に隷従するしかなくなったわけです。

貨幣獲得による市場社会というもので、相互関係の形態が一辺したわけであり、産業革命の悲劇・プロレタリアの赤貧の時代の反動が、社会主義・共産主義だったわけです。

しかしながら、国家というものはまず前提となるのが、外敵からの脅威に立ち向かうものとして技術として存在していものにすぎず、第一近代国家といえるぐらいですから、最近発明されたものでしかないわけです。

アメリカが州ごとが独立国家であり、日本もかつて江戸時代まではそうでした。

言葉として「くに」というものは藩を表しており、藩ごとに税収も異なり、単に旧体の幕府に対して外様の薩長がリベンジを果たし、欧米列強に対抗するために明治になり、始めて国家らしきものをつくりあげたのです。

中央集権による平等化は、国家の成立として必然的な要素なのです。


【天皇制という日本教】

明治政府は天皇の名の下に、皆平等というキリスト教の思想をぱくって、天照大神の直系の子孫として、天皇教をつくりあげ信仰させたのです。

今、熱狂的愛国者が必至に天皇教を広めようとしているのですが、そもそも彼らは無心論者であり神話自体を信じていないのに、どこに正当性を持たすのかまるで理解に苦しむわけです。

ダーウィン進化論を信仰して、現人神であるが人間で天皇陛下万歳・・・。
何じゃ、これ。


【概念の整理をしないまま愛国を叫ぶ】

さて、ここで民族というものが介入してくるわけであり、民族と国家を結びつけて国民というフィクションにより同胞意識を高めるわけですが、まぁ民族とは何ぞやと言われれば習俗やら血統やら文化や言語といったものであり、近代化と対峙するものでありながら、これをくっつけちゃったのが近代国家の技術といえよう。

ここらあたりを混同しているから、熱狂的愛国者は中韓北と恐怖のあまりに、グローバリズムにより民族的な要素の国家を売却するのでしょう。


【格差が拡大すると国家は凋落する】

森友学園の運営する塚本幼稚園で、戦前の教育勅語により愛国教育をしているようですが、まぁそんなことをしても無駄でしょう。

中学から愛国教育を道徳に組み入れることも同様です。

トクヴィルは19世紀の時点で、ロシアと米国とが世界を二分に分ける、スタートレックやスターウォーズが象徴するがごとく、米国は宇宙に意識を向けるなどと、預言をしてその多くが成就したわけですが、彼の先見性や分析力の高いことから好評化を現在でも得ているわけですが、他にも面白い発言をしています。

米国はヨーロッパから移住してきた人達から成り立っており、比較的にの平等であり民主的で自分らで国を運営している意識が高く祖国愛に満ちていたわけです。

しかし、この損得抜きの祖国愛は二度と返らぬものであり故に、

前に進み、個人の利益と国の利益の結合を国民の前に明らかにすることを急がねばならない。

とトクヴィルは警告しています。

こんなのロシアのロマノフ王朝末期、ソ連の末期、李氏朝鮮の末期、大東亜戦争前の日本と格差が拡大すると、国家が危機的状況になることなんて当たり前で、説明するのも面倒です。

一度、崩壊した祖国愛など英国のサッチャーが「ビクトリア朝の返れ」とスローガンを掲げて大衆煽動したところで、凋落したイギリスの悲惨さからみて愛国心を煽ったところで、徒労に終わるだけです。

それどころか、サッチャーはグローバリズムにより、国家崩壊の逆方向に舵をとっちゃってしまったのですが、かつての大英帝国はケインズが嘆いたとおりに、まんまとかつての植民地米国により凋落しちゃったわけです。

イギリス発症の利己主義の改善することなく、ひたすら労働組合を叩いたりして、逆のことをやらかしたのです。


【失政のイギリス】

フランスは戦後、本来ならイギリスと手を組みたかったわけです。

ソ連と米国。この巨大な勢力から独立を維持するためには、協力な同盟国が必要だったわけです。大陸ではパワーバランスは基本中の基本ですから。

米国のプードルとなったイギリスを見捨てて、仕方なしにアデナウワー率いる西ドイツと手を結び現在に至るわけですが、フランスと英国と手を結んでいるのなら、現在のドイツ第四帝国はなかったかもしれません。


【騙されたくないのなら古典を読むこと】

トクヴィルは、

地方を首都に従属させて、国全体の運命を一部の手に委ねる不正と人民の直接行動に委ねる危険性

を訴えており、いわば首都の優越という状態の危うさは代議制に重大な攻撃となり、

この制度を知らずにすべて滅んでしまった古代の共和国の欠如と、シュペングラーと言を同じくしています。

そもそも日本は東日本大震災の辛酸から、東京集中型がまずいと学習しておきながら、東京オリンピックとか浮かれて何してんだか。

結構、トクヴィルは先見性が高く、他にも眠れる獅子といわれた清が西洋に食われる危険性も指摘していました。

古典の重要さは賢人の知恵をそのまま読書することにより、彼らの思考をトレースできるからであり、少なくともTVや新聞などの俗悪な情報に煽動されにくくなります。

政府の統計、一次データーについてもまたもや、トクヴィルはアメリカ人が信用しすぎの点について指摘いました。

データー改竄とか、こんなの200年前から当たり前に、権力者がやってることなんですよ。

内閣支持率とか、自殺率の低下とか、もう調査機関や調査方法などブラックボックスの日本の統計なんて、内閣府モデルの乗数効果並みに、インチキだらかなのです。


【コモンウェルスの国家でなくなればただの地域】

あの偉大な思想家のロックが国家をコモンウェルスと称したように、国家が国民が共通の利益を得られない、格差が拡大して階層分化した時点で、もはや機能されなくなり崩壊するわけです。

このままグローバリズムが止まらず、格差(官民・東京と地方・二極化・世代間・性差)が是正されないとなると、日本という単なる地方・自治区・経済圏の一つとなり、まぁシンガポールみたいに民族性のない無色透明な地域になり下がるでしょう。

しかし大丈夫です。

世界中で格差が拡大してボロボロですし、格差が拡大した時点で愛国心なんて維持できるわけありません。

そんな抽象的なものよりも沖縄や東北の人、貧困者や社会から排斥されている人への情が生まれるから、そっちのほうで社会を再構築させればいいだけです。

国家が消滅しても社会は存続します。日本なんて日本教以外の宗教もないし、それより英語化教育で民族自体が消滅するかもしれませんし、そっちはどうでもいいというのが世論ですから。


【グローバル自治区 VS 社会】

たとえ市場社会から生まれるディストピアになっても、ポランニーのいう社会の自己防衛・ソーシャルプロテクションが何度でも誕生するだけです。その時は

国家 VS 社会

となりますけど、もはやグローバリズムで国家なんて消滅しているのですから正確には、

グローバリズム VS 社会

といったところでしょう。

ここ5年間の出来事で、ソーシャルプロテクションの機能として、農協や医師会といった中間団体の存在があったわけですが、多数派がフルボコに叩きましたね。そういうことです。

日教組も叩かれてますね。あの変な中間団体もつぶすと大変なことになります。

これからのアイデンティティ


【アイデンティティのない日本人】

自分が何物であるか。

欧米などの個人主義では、自身のアイデンティティで答える傾向にありますが、日本人の多くは属性本意であるために、多くが所属している集団がアイデンティティに相当します。

だから、東条英機の娘が米国人と結婚して、批判を浴びないのを多くの日本人は理解できません。


【アイデンティティ】

保坂尚希さんは稼ぐだけ稼いで、50代で引退しようと考えていたようですが、引き続き芸能活動をするようです。

その理由は自分が何者であるのかわからないからだそうです。

大体、芸能人が成功したら遅れた中二病・熱狂的愛国者に転向する傾向が多いようですけど、内に向うタイプのようです。(片岡鶴太郎さんもそうですね)

(『格差社会と国家の存亡』)

ちなみに熱狂的愛国者はこの図の o に位置づけられます。日の丸とか万世一系の天皇制とか、かなりイデオロギー色が強く、自民党のTPPはいいTPPと二重思考に陥っているので公民でも国民でもありません。


【流れてくる豚を見るような視線はアウト】

実は、次世代モデルの人格は、個人主義でもなければ集団主義でもなく、上図の全てが統一された人格になると私は予測しています。たぶん。

要は、多面性をもっている人格を統一性をもたせることで、上司であれ部下であれ独立した人格として接するということです。そうでなければパワハラもイジメもなくならないだろうし、そうでないと子供の自殺も犯罪も一向に減らないこと思います。

もちろん、馬鹿な発言をする上司や社長や政治家や企業家に対して、流れてくる豚を見るような目もNGです。(笑うのはセーフです。たぶん)

次世代モデルの社会では。


【レントシーカーは正確には悪でなく餓鬼です】

自分が何者であるかと言えば、高校生の頃から常に「俺は俺だ」と自身に言い聞かせていたのですが、それも体罰OKの時代で教師や大人や親に対して、怒りを常にもっており、いつか懲らしめてやると野望をもっていたからです。

しかし、20代になるともう完全に自分も腐りきっており、今のネトウヨの10倍の残虐思想をもっており、ヒトラー総統のように残虐になろうと思っていた時期もあります。

なぜなら、この世は悪だからです。

しかし、この悪を追求していくと、小動物や赤子を殺すことに喜びを感じれないと悪でなく、ただの卑しい越後屋止まり・レントシーカーは六道輪廻の餓鬼でしかなく、北斗の拳のモヒカン・肩パット止まりなのです。弱いです。
せめて、サウザーのようでないと格好悪いのです。

「愛故に人は苦しむ!」
「うっ、シュウへの愛がこのガキを狂わせるのだ!」

しかし、なぜ金ごときでそこまでしなければならないのか、馬鹿らしくなってしまい、悪も善もどうでもよくなったわけです。

まぁ、それで自分だけ助かろうという純粋な気持ちで、神田正典氏の変な成功本とか読むようになりました。


【これからは統一性をもって】

俺は俺だ。つまりは、

A = A

でしかないのですが、ここで別の意味を人間は与えたくなります。
ここで属性本意の日本人は、

a=○○大学卒業、○○会社 課長 40歳 既婚 子供1人

を代入しますが、これに対して欧米人は

a=誇りを重んじ、信念を曲げない

と内面の要素を代入するわけです。

しかし、AはあくまでもAであり、私の高校生の頃でしたら大人たちに敵意を向けている自分であり、これは対立関係での俺は俺であったわけです。つまりは、体罰により虐待に反感をもち、ようやくアイデンティティをもてたわけです。(これは疲れるアイデンティティなのでオススメできません)

これからの時代は統一性を持って自分が自分でなければならず、そのためには修行が必要なのです。


【因果を超越する】

この修行には因果で何でもかんでも考えることをやめて、もうそうなった状態でなければなりません。

内田樹氏の修行論で納得できたのが、因果の中に身を置かないという内容であり、因果で考えると目的地の最先端をもっとも合理よく考え、そうなると自転車でもその最短距離を邪魔する対象物は全て障害物となり、つまりは敵になるのです。

武道の達人は時間からくる因果でなく、もうそれを超越した状態になっているようで、これは歴史家のシュペングラーのいう「成ろうとするところ」もそうなのでしょう。

いわゆるインスピレーションとか、感性といってものを磨くには修行が必要なのです。


【世界線です世界線です】

科学とは「成ったこと」に対して因果の法則をつくりあげるものであり、そもそも「成ったこと」は「成ろうとするところ」の結果でしかないのです。

ここで一番わかりやすい説明が、シュタゲの世界線の説明です。

科学とは知覚されたことを後追いの関係にすぎず、シュタゲの世界線でいうところのルカ君が男であるという世界線を、ぶっちゃけ全裸にして観測し遺伝子やホルモンなどから分析して、

「だが、男だ!」

と結論つける関係に過ぎないのです。

それもそのはず、男のルカ君の世界線ではどこまで調べても、実験してもルカ君は生物学上の男であり、しかし、だからと言って女のルカ君の世界線が存在しないわけではないのです。

これ、引き寄せの法則の根源のカラクリであり、本来のプロセス・つまりは知覚者の周波数を先に成功した状態に合わせて、その世界線の移動を促すというテクニックなのです。

これは般若心経でいうところの「空」の状態が所謂、実相であり不確定状態を指し示しているのです。ハイゼンベルク定理の正体はシュレティンガーの猫のごとく、AでありBの状態をいうのです。

種あかしをすれば量子コンピューターも0か1でなく、0であり1である組み合わせで、本来の不確定状態を利用するわけですが、ちょっと、秘密を漏らしましたね。

 

 

 

 

中位と下位の共闘後の切り離し


【中位と下位】

私は過去ログで、中位と下位が同盟関係を結ぶが、その後中位は下位を切り話にかかる傾向にあると言及したと思います。

サッチャーにしてもスターリンにしても、強いリーダーの独裁者は公務員を厚遇して下位を抑圧してきました。これはイデオロギーの問題でなく、権力者のテクニックなのです。(権力者は権利を多く有している存在です)

欧州でかつての世襲貴族がその地位を追われたのは、フランス革命が典型的な例ですが、下位を中位がそそのかし煽動して、支配体系を構築されてから切り離すというものです。


【世襲の傾向】

フランスであろうが英国であろうが、社会の変動には必ず新しいインテリなどの中位が、下位を煽動して上位を打倒し、その後下位に対して隷従関係にもっていく傾向になり、それはどこの国も同様です。

英国で労働者の権利が剥奪されて、結果職業奴隷となったのなんてその典型ですね。ブルジョワが支配者となり、その構図は現代にまで引き継がれております。

今では世襲貴族が経済成長期の「成り上がり組」と「親からの世襲」と、この支配体系がグローバル資本主義により顕著に実行されているわけです。

グレート・ギャツビー・カーブ -金持ちと貧乏は遺伝する


【成り上がれない日本】

「成り上がり」って、経済成長期特有の考えで、今の音楽に貧乏とか高校中退なんて歌詞になく、もうそんなの過去の遺産にすぎません。生まれながらのルサンチマンとかそんな内容になっていしまいますが、さすがにねぇそんな歌うけないでしょ。

浜田省吾の『money』なんて、ルサンチマンを以って悲惨すぎて歌えないでしょう。主人公がいつまでも報われないのですから。(浜省の三部作の二作目の『J・BOY』には『big boy blues』という成功した後の人物の歌がありますから)

公務員が人気職業って、もうこの国が凋落していくのを象徴しているわけです。


【共闘という罠】

で、かつて権力構造維持するために中位の公務員を優遇するし、絶対にこれは必要であり、権力者がこれを手放すわけがないと指摘しました。

しかし、仮に中位と下位が共闘して上位を排斥したらどうなるでしょうか?

結論から述べるとそれは、ディストピア社会が待っています。確実に。
これ、研究してわかったことなのですが、何かを排斥する運動は必ず不幸な結末が待っているし、この負の連鎖がこの世界を悲劇へと導いてきたわけです。

かつてに関が原の負組の薩長が、東北を迫害し、その東北の子孫が陸軍を中心とした中央政府(藩閥政治)に対して既存の国家破壊を試み、もうそれが世界の歴史で同じ事を繰り返しているわけです。

別に私は人道主義者でもないし、宗教家でもスピ系でもありません。(オカ系です)
これは社会の変動モデルにでもされていることだし、単にそうなる傾向にあるのです。


【恐怖や不安を煽るものはニセモノ】

私が「引き寄せ」でよく言及していることですけど、不安や怖いことを述べて人を煽動する思想や人物は、ほぼ間違いなくニセモノです。(霊にとりつかれているとか言って、何十万円もする高い御札とか買わすようなもの)

国の借金とか、小子化でダメとか、もうその典型ですね。(過去ログ「小子化で何が悪い」

北朝鮮のミサイルが飛んでくるたびに不安を煽り、解散総選挙にもっていったり、原発稼働中に北を挑発して、米国に隷従してテロ対象国となり、そういうことなのです。(経済封鎖して戦争して日本が北朝鮮に圧力とか、もう攻撃・テロ対象を願ってるようなものです)


P・S

じゃ、どうすればいいのかとなりますが、それこそ自己学習ですよ。あえて言及しません。

共闘による同盟関係は必ず崩壊して、また敵対するだけです。

近代化は分化


【原始社会からアルカイック社会へ】

近代化の象徴といえば経済学的には合理化なのですが社会学的には分化であり、一人の人間が多面性を有することを意味します。

カール・ポランニーは共同体と社会とを使い分けておりますが、私は共同体と社会を同じカテゴリーにして認識しております。ポランニーはかつて責任は共同体のものであり、原始社会からアルカイック社会へと移行するにつれて、土地・家畜・奴隷の占有上の移動の取引、交換が行われるようになり、支払手段・蓄積手段を有する者が義務を負わす権力となり,それ身分となりました。

それでもその段階では再分配が行われていたが、中世・近代と格差が拡大し搾取するようになり、それが世襲化して身分となり、お決まりの社会の変動モデルのような、闘争モデルが構築されるわけです。

マルクスは所有権がその原因と突き詰めたのはいいのですが、因果で考えるとその原因を排除する、いわば男性的な発想のため失敗するわけです。

実は女性の社会の参加がなされている社会ほど平等であり、これはリチャード・ウィルキンソンが数字として明証化しています。

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【社会の構造維持と人間の本質】

中世のちの近代化に伴い、自然の一部であった土地が商品となり、生活の一部であった労働は商品となり、交換の手段であった貨幣が商品となりと、これはお決まりのポランニーの台詞ですが、社会学的には分化であり、よく私が例える父親としてとか、部長としてとか、釣り仲間としてとか、学生時代の友人としてとか、多面性を有することになるのです。

一般的に社会学のいう社会という定義は、

成員同士の相互関係が継続し慣習化され、地位や役割となり、それが構造化された集団

といえよう。
過去ログでつっこんでいるように、しかし、利害を有するのが人や集団であり、利害というものは欠乏による恐れからの概念であるが故に、社会の本来の役割分担という共同作業の構造が、簡単に崩壊するわけです。

これは一般的に知られているから公言しても問題ないのですが、警察の天下り団体がパチンコ屋がらみであるが故に、ギャンブルであっても違法でないのです。

社会の非人格的・機械的な構造と、恐れを抱く人間の本質と相性が非常に悪く、だから変化の漸次性など歴史上起こったことなどないことでしょう。ジンメルのいう古くなった構成体は崩壊することでしか耐えられないというのは理にかなっているし、実際そうなっています。


【言論活動は難しい】

で、その多面にわたる役割分担ですけど、以下です。

(『格差社会と国家の存亡』)


【現代人は多面性故に自分を見失う】

結構、現代人はいろんな顔をもっており、これば大変で多重人格の状態です。

こんなものもともと人間の個体は一つで、自己統一性・アイデンティティを保つのことなんて難しく、毎年3月11日に冥福を祈ったりしてるが、活動圏において国家の集団の国民意識の状態であり、しかし翌日には食料が安くなるという私的理由でグローバル化に賛成すると活動圏が親密圏の私人の状態になり、一々管理しきれないわけです。

なぜあんなに東北のことを考えて涙を流していた連中が、舌の根も乾かぬ前にTPPに食料が安くなるから賛成するのかは、この現代人の管理しきれない多面性のよるところが大きいと思われます。ましてや空気を規範としている日本人なら尚更でしょう。

 


【帰属意識の造語は1930年代の米国から】

ちなみに過去ログで言葉って大切と述べましたが、最近よく耳にする帰属意識も造語で戦後日本で翻訳された造語で、私がよく紹介する日本の産業社会学の泰斗の尾高邦雄先生の本に書いてありました。

それもそのはず帰属意識って、近代化と遂げて神と人との契約から、人と人との契約、つまりは作為の契機が行われて、たぶん世界恐慌後に主流派の経済学の信用が凋落した時に、それに対峙する考え方が問われて、経営学に詳しい人なら誰でもしっているホーソン工場の実験などから生まれる人間関係論とか、そこからこの概念が生まれたのでしょう。


P・S

これから社会は次世代のモデルへの移行しているのと思われ、この多面性を有する現代人像の変化を求められています。

この多面性を統一するということですが、例えば父親としても、子供の人格を尊重しなければならなくなり、子供が悪事を働いたときに、殴ったり怒ったり怒鳴りつけたりするのでなく、互いに正座して人間として人格を尊重しなければならなくなるでしょう。

職場でも同様でありパワハラとかが起こるのも、雇用者被雇用者は権力者と義務者との関係、支配者と隷従者の関係でしかなく、この解消も余儀なくされ、人格として尊重しなければなりません。

そうなると、馬鹿な発言をする上司や社長、政治家に対して、流れてくる豚を見るような目をしてしまう人の身の安全も確保されるでしょう。たぶん。

 

第三勢力③


【創造の精神は潤沢な精神から】

じゃ、どうすればいいのかとなりますが、その作業が創造のプロセスであり、この過程は自己実現の欲求という上位のモチベーション(動機)でないと、無理なわけです。

これも簡単で、低次の欲求は安全にしろ、利害にしろ、全て恐れや欠乏といった陰気なものに支配されており、ろくな発想は生まれません。

博士号を取得している連中らが率先して、新しい社会のモデルを構築するのならいいのですが、権力者からの圧力や学会のシガラミなどから、できないのでしょう。

まぁ、こういう意味では研究費もケチってはいけないし、ましたや小保方さん叩きなど愚策もいいところなのです。


【権力者は監視対称】

でないと、資本主義そのものが機能しなくなったパニック時から、可笑しな独裁者が出没してそれこそ、シュペングラーのいうカエザル型が誕生し支持を得て、世界を破滅に導きかねないわけです。(シュペングラーはナチスヒトラー誕生前に預言しています)

政治家とか企業家などの権力者相手に強いリーダーシップの要求は論外で、必要なのは政策内容、スマートさバランス感覚で、あくまでも権力者は監視対称です。


【問題なんてない。つくっているだけ】

過去ログで「小子化で何が悪い」と反感買うタイトルにしてしまったけど、小子化の問題なんて最初からないし、余った労働力をポイントの高い箇所、つまりはインフラ整備関連や介護福祉に対して高い賃金を割り当てる政策に移行すればいいだけです。

東京一極集中型から地方都市分散型になれば、震災大国の日本であるならリスク分散になるし、そうなると地方が活性化され地方自治体の財政健全化になるし、国民皆保険も維持でき、ハゲタカみたいな外資の介入も防げるわけです。

まぁ、第三勢力の話なんですけど、新しい社会のモデルを10でも20でも作っていれば、そうすると徐々に移行できるし、突然資本主義がダメになっても、変な独裁者の手に落ちることも防げるでしょうに。

恐れや不安を煽る人間は99%以上偽物ですし、日本は自己責任の国とか憲法にも明記されていないことを発言する政治家がいるとしたら、データー改竄とかしていないか監視が必要なのです。


【権力者】

年金問題も最初からなく、こんなの高齢者が多く金融資産を有しているのですから、高齢者同士でフォロー入れればいいだけで、お金ってあくまでも手段で目的でないから、それを得心させる必要があるのです。(権力者はそれを妨害して権力構造を維持します)

女性が社会に進出して政治家や管理職に多くなれば、結婚・出産・子育てまでの流れをサポートできるシステムに移行しやすくなるし、女性が活躍している社会ほど格差が少ないと外国のデーターででているのですから。

家事や料理の得意なニートが、現役バリバリの女性と結婚すれば、問題ないし私からするとわざわざ不安や恐怖を煽って人間同士の対立構図をつくり、「われわれ」という意識から「彼ら」にしているだけなのですが、これがマキャバリズムにおける権力者の昔ながらの鉄板の手法なのですが。


【絶対的経済状況はあまり関係ない】

(『格差社会と国家の存亡』)

これは地方の貧困率の割には幸福度が高いという調査結果なんですが、単に野菜などのおすそわけという経済的な効果だけでなく、助け合いの精神がまだ残っているつまりは敵意が都市部の比べて緩和しているからなのでしょう。

都市部の「彼ら」の関係でなく、「われわれ」の関係近く、そうなると貧困の定義は他者との忌まわしい階級差別意識にすぎなく、それが緩和されているからでしょう。


【スポーツ以外、TVは録画して見ましょう】

確かに地方でもいろいろいて、他人の噂話とか村社会的な因習もありますが、働く女性や元犯罪者とか同性愛者とか変人とか、そういう異端を排斥する風潮を改める必要もあります。

TVの影響が何よりも強いのですが、元々ブルジョワの武器ですから、もうTVは録画して見る程度でよく、くだらないお笑い番組とか見ないでおきましょう。(あの全体主義的な気持ち悪さってはんぱじゃない)


【24時間労働してはいけない・それ犯罪です】

そして、日本が幸福度ランキングが低いのはワークバランスの悪さも大きいところなのです。

(『格差社会と国家の存亡』)

バブル期において『妻をめとらば』という漫画の最終話や、『いいひと』で描かれているように、サラリーマンの24時間働けますかの精神で、どれだけ過労死や自殺、うつ病など併殺させたか。

バブル世代のリーマンが金遣い荒く、車・ブランド服・ディスコと稼いだ金を浪費していたのは、保坂尚希さんが1500万円ぐらい持ち歩いていたことと同様で、労働のストレスがとんでもなくて、消費で気を紛らわしていただけです。

ブラックで金が入ってくるけど、しかし、パイプライン・システムから漏れると、落伍者扱いされそれを避けるため、過労死するか自殺するかウツで病むか、それ以外に残された選択が、唯一の浪費による快楽だったのです。(今は新卒で失敗すると低賃金ブラックで終身奴隷だから、自殺するようです)

しかし、危うく、安倍政権の労働裁量制により、過労死も自己責任へと駒を進めようとしていたわけで、立憲民主の功績のおかげでホロコーストが緩和されてやかったですね。


【1984年】

まぁ、ぶっちゃけ答えなんて出ているわけですが、このままだと資本主義が機能しなくなり、そこで恐らく新しい社会のモデルを構築できていないだろうし、元成功法則本により私利私欲の実現としての手段としての読書が、何やら人のために発言しているようで個人的には非常に遺憾な限りです。

今、ジョージ・オーウェルの『1984年』読んでますが、プロレタリアに対して

「彼らには知性がまったくないので、知的自由が与えられたのです」

て箇所がありますが、直球すぎます。
戦争を煽っていれば、この政権・党の支配を甘んじるしかないとう心理はよく読んでいます。

だから、第三の道ですよ。


【創造のプロセス】

過去ログで言ってるかもしれませんが、AというものがありそのアンチテーゼのBというものの存在があります。

A ←→ B

この関係ってAの否定系であるBにすぎなく、マイナス×マイナスが数学ではプラスになりますが、考え方かえるとマイナスでしかないのです。

なぜなら、否定的な存在であるAを否定してのBは、ともに否定という同じ土俵、考え方、次元であり、資本主義と共産主義の関係みたいなもので、権力者の支配体系としては同じなのです。

だから、マズローの心理学のようなまったく別次元の第三勢力を創造する必要があるのです。ここではCの存在です。

そこには欠乏とは対極の潤沢な精神が必要で、生理的・安全・愛と所属の欲求という低次の欲求と同じ土俵にたっては、いつまでたっても同じことを繰り返すわけです。(帰属意識の危うさは実は低次の欲求であるからして、対立・排斥・全体主義に陥いりやすいからなのです)

CのアンチテーゼDが出現すると、また全く別のEを創造すればよく、あくまでも恐れや不安を煽る偽者に煽動され、AやBに回帰しないことです。

 

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第三勢力②


【アドラー心理学ブーム】

最近、アドラー心理学のブームがまだ多少継続していますが、日本人らしいと思います。

社会心理学者の北山忍先生は、個人主義の欧米の相互独立的自我観が強いのに対して、集団主義の日本人は相互協調的自我観が強いと分析しています。
つまりは、日本人は属性本意であり自分というものを説明するのに、「○○会社の課長」「専業主婦」とか所属する組織や集団が最初にきます。

これに対して、欧米人は「責任感が強い」とか「平和を愛する」とか、個性を重要視するわけです。

アドラー心理学なんて、コモンセンス・共通意識により自我が強制されて、劣等感といったものをバネにして人格向上の動機とするような心理学であり、これは日本人が好む心理学といえよう。

そもそも、日本の社会に病んだ状態はこの極端な集団主義によるものであり、個人レベルでの緊張(ストレス)を蓄積され、これが犯罪やイジメやパワハラと悪化させるものだと分析できます。


【フロイト心理学】

アドラーと対照的な心理学がフロイトの心理学であり、フロイトは幼年期の抑圧された性欲が無意識下の蓄積され、これが成人となっても解消されていない故に、心の病を患うと分析しています。(戦前の東北のルサンチマンと似てます)

要は、この隠された闇の部分に向き合い、トラウマを解消しろというものです。

日本人には不向きです。なかったことにするから。

なんせ、自分の内面に向き合うことは辛く、それよりも常識・コモンセンスに基づく、言ってしまえば、「空気」を規範として行動をとって、劣等感なるものを解消したほうがいいのです。空気を規範した内観、トラウマ解消って不可能です。

長いものに巻かれていれば、社会的地位が高まりその属性により自信をつけ、表面上だけでも一応は解決されます。

フロイトは快感原則を現実原則に置き換えると表現しています。社会的な成功によりこの抑圧された欲求のいくつかを解消するというやつと言ったところでしょう。


【問題を引き起こした次元での対処法】

まぁ、反論もあろう内容でざっくり説明しましたが、私はフロイトの抑圧された性欲とかそういう限定的なものは支持していませんが、幼年期のトラウマ解消は非常に大切だと思います。

ただし、抑圧されたトラウマなり感情なり解放して癒すことが大切でありますが、これだけであると不十分だと自認しておりますが、説明は後で。

一方のアドラー心理学は私はあまり支持しません。そもそも問題を起こした次元でその解決をしようと試みているからです。

欧米人よりも他人の目ばかり気にしている日本人に、更に重病患者を増やす心理学になりかねず、こんなことをしても、より緊張(ストレス)を抱え込み、私が何度も紹介している「攻撃の置き換え」へと発展し、それが子供の社会へも投影され、イジメやスクール・カーストへと発展していると思われるからです。

否定的なものを肯定したところで、劣等感が蓄積され、それが攻撃力となり成功するだけで、深層意識には深い罪悪感を更に加えられ、これがまた負の原動力となり、だから成功した人で貧困者叩きをしている人が多いのは、こういうメカニズムからだと思います。

だって、成功しているのなら貧困者叩く必要もなく、そういった言動は深層意識に深い罪悪感とやらないとやられると恐れを抱いているからであり、彼らの治療が非常に必要なのです。欠乏動機により、常にゼロサムゲームをしているのです。

『蛍の墓』とか見せれば治療になるかなと思うのですが、彼らの多くは熱狂的愛国者である場合が非常に高く難しいといえよう。(私はこの作品で泣けず、非情と言われます)

まぁ、あくまでも私の解釈ですが。

 

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【害しかないストレス】

ストレス社会と言われるぐらいで、ストレスを抱えるのは当たり前とか、多少のストレスは体にいいとか、わけわかりません。(ストレスがないと生きていけない、新谷かおるの漫画『A88』のミッキーサイモンみたいな傭兵中毒と同じです)

なぜなら、ストレスを感じるのは主体であり、ストレスという物理攻撃を与えられるわけではないからです。

スーパーのレジで並んでイライラするのも本人だし、イライラしない人もいるわけで、スマホでも見て熱中すればいいだけなのです。TV番組で韓流タレントが出演してイライラするならチャンネルかえればいいだけです。

緊張(ストレス)と緩和(安堵)の繰り返しは中毒のメカニズムであり、パチンコ・薬物・タバコなどやればやるほどやめられないのです。

だからストレスは害なのです。


【格差を更に生み出すルサンチマン】

社会主義は圧制国家であるからグローバリズムに逆らえない。もう資本主義に甘んじ、自分の不遇も貧困も惨めな現状を受け入れるしかない。

こう自分に言い聞かせても、ストレスはたまるし不満爆発。

こんな、二択の選択肢、変えられない環境の不満が、より弱い者や外敵に矛先を向けることとなり、これは権力者の常套手段であり、今のグローバリズムはこれをうまく利用しているわけです。

生活保護受給者叩きなんて、それを煽る権力者の常套手段です。(成功者の罪悪感をも利用できますから、マキャベリもびっくりです)

(『格差社会と国家の存亡』)


【われわれから彼らへ】

トクヴィルのいう同じ国民という「わらわれ」から、外敵に対して使う言葉の「彼ら」と日常会話に流布されると投票率は低下し、熱狂が高い時だけ上昇するという最悪の現象となって跳ね返ってくわけです。

格差が拡大するとコミニティの参加意識が薄くなり、投票率が低下します。

(『格差社会と国家の存亡』)

権力者はこんなことは熟知しており、ジョージ・オーウェルの『動物農場』の最後は、敵対していた連中のどっちがどっちかわからないというオチが真実であり、権力者はグローバリズムだろうが共産主義だろうが、イデオロギーに関係なく本質的には同じです。(サッチャーもスターリン同様、警察を厚遇してい民の鎮圧に使っていました)


【自己実現の欲求】

話が逸れそうなので軌道修正しますが、アドラー心理学が日本人にとって好ましくないとなると、そこで第三勢力となる経営学に詳しい人なら誰でも知っているマズローの心理学なのです。

マズローは、フロイト心理学は負の部分にばかり注目しているが、もっと正の部分に注目してはどうかと考えたのです。

端的にいえば、経済学が欠乏に基づいている故に陰気な学問だといわれてますが、欠乏動機でない最上の欲求、つまりは自己実現の欲求を満たせるようにうながせばいいというものです。(ブラック企業のOJTは単なる洗脳で、自己実現の欲求とは別です)


【空気をコンパスに人生を歩む】

権力者が支配体系として使う安全なんて低次の欲求であり、所属の欲求も低次の欲求であり、故にコモンセンスに重点を置き、負の劣等感に重点を原動力とするが故に、恐らく閉塞感社会を継続させるだけとなるでしょう。

成功して罪悪感を感じている人や負の感情をバネとしてがんばっている人が、アドラー心理学を読んで「俺は間違っていなかった」となり、しかし不満は蓄積して、苦しんでる弱者に対して

「その悔しさを原動力にして!」

と他者に克服を強要し、しかしそんなことでよくならないからウツになったりするわけで、今度は、

「ウツは甘えているからだ!」

となり、非情にタチが悪いわけです。

そもそも負の原動力って、根本が間違っていると思います。負は癒すもので、克服するものではないのです。ユングのいう抵抗するものははびこるというのは、こういうことなのです。たぶん。


【両翼の天使がいいんじゃないかな】

ここで第三勢力となったのがマズローの心理学であり、結論から言うとフロイト的なトラウマの癒しと、正の原動力の両輪が必要であり、所謂ポジティブ信者は後者だけの跛行状態です。

ケニー・オメガの片翼の天使(猪木の円髄切りみたいな技)です。フィニッシャーつまり終りです。

恐らく、日本人にとってのアドラー心理学はイカロスの翼でしかなく、この社会には既にアドラー心理学的な考えが浸透してしまっており、それでも社会が病んでおり、これを例えるとフリードマンの本に疑問を感じだし、ハイエクの本読んで「俺は間違っていなかった!」となるようなものです。(ピータードラッカーの『マネージメント』もエズラ・ヴォーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』とかも同じです)

ケインズ経済学、労働生理学、社会学、歴史学の本や、新約聖書を読んでみることです(聖書はあまり読みません)。

信じたいと思っている時点で、深層意識では信じていないのですから・・。


次回へ続く

第三勢力①


【多数派の暴政】

よく第三勢力という言葉があります。

一般的にAという概念や集団なり存在すると、それに対峙するものとしてBが存在します。
米ソの冷戦構造などのパワーバランスもそうですし、経済学でも新古典派とケインズ派などありますね。
AかBかの選択によく迫られ中立が危険というのもマキャバリズムがその典型で、皆勝ち馬に乗っかろうとしているからです。

日本人なんて空気を規範としているのでその典型で、『はだしのゲン』で戦前・戦中にゲン一家を「非国民!」と讒言を浴びせた地元の権力者が敗戦後、「平和!」を連呼し、それにゲンがつっこみを入るシーンがそうです。

実は、多数派にいると日本では負ウマに乗っかっても、安全なのです。なぜなら、集団主義においてその集団がその選択を誤っても、多数派の意見が一番強力だから誰もなかったことにできるのです。

ある意味、カール・ポランニーがかつて責任は共同体のものであったと指摘したが、多数派の中ではその責任が希釈して、それが全体責任となり「仕方なかった」「知らなかった」と弁明がすでに、負ウマとなっても用意されているからです。

大衆の本質はmassその数の多さゆえにこれは不可避的に起こる現象であり、民主主義の危険性や集団主義の危険性は、責任の有無や投票に行かない無関心層をつくることにつながりやすく、欠陥だらけといえよう。


【資本主義と民主主義は相性が悪い】

経済学者のダニ・ロドニックスは、グローバル化・国民主義・民主主義はトリレンマの関係、つまりは全て両立できないと指摘しましたが、私は資本主義そのものが民主主義と両立不可能だと解釈しています。

カール・ポランニーは資本主義と民主主義にはファシズムのウイルスを宿っている、このように分析していましたが私もこれには同感であり、資本主義がブルジョワ・有産階層・富裕層に有利であり、民主主義はその圧倒的数ゆえに本来なら労働者階級に有利であり、相性が抜群に悪いのです。

だから、金権政治に陥りやすく、ローマ帝国もこれで滅んだし、シュペングラーも西洋文明末期には第四階級の大衆が誕生し、マスメディアがその大衆を煽動し、金権政治となり、滅んでいくと預言したのも、こういったことからなのだと思います。

ファシズムも経済と政治が直接結びつき、議会制度を麻痺させるわけですが、経済財政諮問会議・産業力競争会議・米国の直接支配の規制改革会議など、民主主義をすっとばして法案をつくり上げ、それを過半数の議席を有する与党が通過させればいいというのも、元々資本主義そのものがこういう性質だからです。


【創造のプロセス】

こう発言すると、「なら社会主義がいいのか!」と熱狂的愛国者あたりが、

「四本足はよい、日本足は悪い!」(資本主義はよい、社会主義は悪い!)

と糾弾してくるわけですが、まずそんな二択問題にすること自体、おかしいわけです。

ここで、第三勢力の登場となるわけです。
AかBでなく新しくCをつくり上げていくわけですが、AとBの問題をつくり上げた考えかたでは、同じことを繰り返すだけなので、保守派の仕事ではありません。

Cが出てくればDというものも当然生まれてくるわけですが、ならまたそのアンチテーゼのEが当然誕生してきます。そして、第三勢力Fが新しく創造されます。(この第三勢力誕生には異端・少数派が必至)

これが単純ですが古典的な創造のプロセスであり、特に日本は

A → B → A → B → そのうち痛い目合う → 外圧によるシステム変更・・・・無限ループ

の傾向にあります。
創造力が欠如した民族なのでしょう。

石油欲しさに戦争して代賛エネルギーが開発される前に原発を廃炉とか、まじでやめてくれと思います。こういうと、「福島の事故を繰り返すのか!」と反論されるかもしれませんが、これも

「四本足はよい、二本足は悪い!」(廃炉はよい、それ以外は悪い!)

に相当するわけで、別の選択肢もあるでしょってことです。

 

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【可笑しいでしょ】

例えば原発を国有化することにより、電力会社は採算を合わす必要がなくなるだろうし、原発を稼動させるかどうかは別として、原発は停止しているのなら電源が喪失してもメルトダウンが起こることもまずありえません。

石油価格の問題だけでなく、シュールガスでもその主導権を米国に委ねるのなら、もうそれこそ何時までたっても、自立できないわけで、エネルギー問題が解決するまでは廃炉することは賢明でないでしょう。

だから、北朝鮮の攻撃とか挑発して、原発稼動している中、何考えているのか理解に苦しみます。原発再稼動賛成派の多くがこう言ってるですし。
経済封鎖して戦争を起こした日本が、同じように隣国に経済封鎖して正気の沙汰じゃありませんし、その理屈だとハル・ノートも対話のための妥協案と解釈できてしまいます。(わざと日本のどこかを核攻撃を受けさせ、目を覚まさす目的なら別ですが)

国民(同胞)を守りたいのか、自分のイデオロギーを守りたいのか、空気を守りたいのか。(「空気読め」という言葉はよくないです。空気は吸うもので読むものではありませんし、読めません。空気だけに中味なしで言語として成立していません)


次回へ続く

 

 

 

 

社会の変動


【世代間格差と少数派】

普通に社会においての嫉妬、不満、敵意、ルサンチマンは望ましくなく、そんなことは半世紀ぐらい前からずっと研究されてきたことです。

経済的合理性のみ重要視しアフリカの貧困層に比べれば幸せとか、まずその意見自体何ら意味を成しません。
現に、南アフリカの富裕層に私たちは嫉妬することはないけど、隣人には嫉妬するわけですから、それも同胞意識をもつからの嫉妬であり、これは権利の欲求とも言えるわけです。(これも100年以上前から言われいることです)

前回のブログのジャネレーションギャップのそうですが、団塊とバブル、氷河期、ゆとりと全く状況が異なり、貧しくても中間層が高くて公立の中学でも努力すれば公立の高校進学でき、普通にパイプラインシステムの流れに乗れれば成功できたのです。
失敗してもそこそこが保障されていました。
山田昌弘氏はこれを希望格差社会と紹介しており、まぁ私はこのシステム自体がフェミニストやグローバリストらの攻撃材料になったのではないかと分析しているわけです。

まずこの少数派が社会を変動させることは、社会学や社会心理学では常識的に扱われています。


【インフラ財政出動派が異端という世の中】

この少数派モデルの典型例が社会心理学者のモスコヴィッシュのモデルだが、彼は「数の上でも劣り、権力・権威・名声が欠落したままでも少数派は影響を及ぼす。」と言及しています。

恐らく、私の偏見だけど藤井聡先生も最初からこれを目的とし、内閣官房参与として政局にかかわりながら一方では、次に到来するであろうグローバル規模の経済危機の際に備え、グローバリズムという規範の代わりとなる新しい(新しくもなんでもないですが)規範を用意していると思えます。
現にグローバリストの杉田水脈議員も強靭化の講演会かなんかに参加しており、これもサブリミナル効果的な何かぐらいはあるでしょう。たぶん。
まぁ、これがエリートの鉄板思想と言える所以です。

モスコヴィッシュは少数派が与える影響を「常識を見直すきっかけを与え、新しい発見や創造が生まれる。」「社会という開放システムは異端者を生み続けるおかげで停滞に陥らず、歴史の運動が可能となる。」と言及しています。

少なくともインフラ財政出動派はブルーオーシャンと言われているように、ある意味異端扱いされるわけです。なぜか。
グローバリストはもちろんのこと、左翼、リベラルまでも「コンクリートから人へ」と具合にカルト思想扱いを受けいるようです。

いや、いや、数字見てください。(これ三橋さんがよく言ってた)
都道府県のGDPとインフラの相関関係は密すぎるぐらいに密です。(過去ログ


【スメルサーの社会変動モデル】

あんまり長くなると主旨に逸れるので、スメルサーの社会変動理論を紹介します。
簡単に説明する以下です。

起動 →  緊張(ストレス)の蓄積 → 緊張の蓄積 → ①停滞と衰退
↓         ↓                  ②革命的運動による
起動力の融合   社会的復旧               停滞と衰退
(それ以上変動                     ③連続的な発展
は起こらない)                     ④非連続的な発展
.                           ⑤革命的な激動歪み

社会における嫉妬、不満、ストレス、敵意などが「緊張」にあたり、例えば格差などが起動力にあたります。たぶん。
実はこの緊張という心理面が非常に需要であり、絶対的な経済状況は生産能力が高い先進国には必需品が行き渡っており、主流派の経済学者やグローバリスト・企業家の多くはこれを非常に軽視するわけです。

2:8の法則で有名なパレートもエリートの周流という社会の変動モデルを示しましたが、彼も残基という人間の心理面が先であると言及しています。

簡単にいうと格差(世襲、性差、民族、経済、地域)というものを放置しておいて、何も問題にならなければいいわけですけど、緊張が蓄積されそこで政府がなんらかの対策をするのなら、社会的復旧が行われればそれ以上もう社会の変動は起こらないわけです。

例を上げると、フェミニストの運動などにより1985年に「男女雇用機会均等法」が施行されその結果として、結婚・出産・育児までが社会・国家が面倒見ることが保障され、性差に関係なく出世できるという社会の構築がなされるようなことできていたのなら、社会的復旧が実現されたといえよう。

しかし、30年以上前の施行されたこの法律は事実上何ら効果がなく、次の局面に移るわけです。
現在、最終局面がどこに当てはまるかが試されているわけで、どうなるかは随時表出する変数から分析しないとわかりません。(ああなればこうなるくらいの予測は立てられますが)
今はフェミニストらに、カツマー(勝間和代さんのファン)というグローバリズム色の強い新しい少数派が加わり、これに山尾しおり議員のような保育園の問題などに配慮するリベラルが加わっているっていうところでしょう。

ちなみにスメルサーの社会変動モデルの①停滞と衰退はシュペングラーの文明の衰退に相当し、⑤革命的運動によって歪められた社会発展はマルクスの革命論に相当します。

③の連続的な発展が恐らく自民党が目指している着地点であり、社会変動の分化ー統合モデルに近く、反対する人々への統制ができるかどうかにかかっているわけです。
(例)共謀罪、特定機密保護法、ヘイトスピーチ規制法、マイナンバーのよる完全管理体制、TVドラマに企業よりの内容を刷り込む、報道メディアへの介入、訴訟による言論統制

端的に言えばディストピア社会です。


P.S

よく経済評論家なりジャーナリストなり予見を見誤ったとか糾弾する人がいるのですが、まぁ天気予報すらはずれることはよくあり、多種多様な感情任せで行動起こす有機体の総体である社会や国家の動きなんて法則で説明できるわけもなく、それこそマルクスの革命論という1本の世界線を預言書を信じるが如く、インフルエンサーの判断に依存しても仕方ないということです。

競馬の予想屋の3連単がはずれて逆切れするようなものです。
最近では東日本大震災によりその復旧の選択が迫られたわけですが、残念ながら今のところは逆方向(国家分裂・崩壊)に世論も政策も移っているように思われます。

社会的存在としての人間なんて不確実性から次の起こることをあらゆる可能性を考慮して、社会科学なり何らかの指標や選択、政策の材料として利用するぐらいしかできないわけです。

 

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ジェネレーションギャップ


【少子化で保育園が足りないとは】

まぁ、杉田水脈議員が結構叩かれているようですね。

不思議に思うのがなぜ少子化で保育園が足りないのかということですけど、私は団塊jrですけど保育園が足りないという現象はなかったと思います。
子供の数が多すぎて高校に入学できず浪人したり、中卒で職人になったり職業訓練校に進学する例もありましたが、保育園が足りないことはなかったわけです。
伝説となっているのが駒澤大学の受験の競争率が100倍で、だいたいの大学の6割以上が浪人生だったと思います。
これは普通にジェネレーションギャップでしょう。

で、昔はオイルショックを経験しながらも池田政権の所得倍増計画の流れを邁進し、年々給料が上昇するのが当たり前で中間層が非常に厚かったと思われます。
つまりは多くの世帯が、旦那の稼ぎだけで十分生活でき、カラーTV・冷蔵庫・洗濯機とそろった後はローン組んでマイホームに自家用車の時代に以降していったのが70年代後半だったと記憶しています。

そもそも旦那の稼ぎを補填するために、本来外で働きたくもない人が、子供を保育園にあずけてでも稼ぐ必要があるという、そういうのは端的に言えば中間層が破壊されたからでしょう。

少子化で保育園が足りないって現象が、私たちの世代からすると珍現象なのです。


【男女雇用機会均等法とは】

こう発言すると、「女性の社会進出が」と反論する人もいるでしょうが、日本って結婚して仕事して出産して子育てこの三つをこなしている人って、まさにマイノリティだと思います。
一般職の女性ですら出産にあたりパートタイムに降格しないともう会社にいられないわけです。
大体、大手優良企業でない限り結婚、出産、育児といった穴を埋めれる企業など希有であり、社内の重圧に耐え切れず出産・育児にあたり退職し、子育てが終了した頃再就職してもパートぐらいしかないわけです。

篠原涼子さん主演のTVドラマの「庶民の敵」でも、簿記1級の取得している女性がパートタイムしか仕事がないといったシーンがありましたけど、簿記3級の未婚の女性の総合職の人の方が正社員で立場が上なのです。これが日本の実情です。

確か今から30年以上前に「男女雇用機会均等法」が施行されたわけですが、まったく何も変ってないですよね。保守は変化の漸次性といいますがいや、何も変ってないでしょってこと。


【フェミニストかグローバリストか隷従かの選択】

このことに異を唱えたら「男は外、女は内。これが日本の伝統だ。」と糾弾されるわけですが、もう何十年もこれに抵抗してきたのが社会学者のフェミニストの田嶋陽子さんや上野千鶴子さんらの枠であり、まぁ左翼扱いされるわけです。

これで福祉は共産主義、コミンテルの思想で家族制度を解体するとか、なんかよくわからないことを言い出すわけですけど、いや、共同体、家族の破壊の過程が近代国家・資本主義の十八番でしょってこと。
教育を家庭から教育機関が担当し、労働を生活から商品とし分離させ、労働時間と休暇を分化しレジャー産業が発達し、一人の人間が身分としてでなく契約に基づいて多面性を有するようになったということです。

この変化しない構造のまずいのが、必然的にフェミニストに更に新しいマイノリティが加わることです。
この例を上げればグローバリストです。
勝間和代さんなんてその典型例で丁度「男女雇用機会均等法」が施行されたあたりから国家に対して懐疑的になり、その時に出くわしたのが大前健一さんの本だったわけです。グローバリズムとの出会いです。
フェミニストにならなくとも結婚・出産・育児ができる別ルートを見つけたわけですが、勝間さんの予想はずばり的中しており慧眼であり、30年以上たっても日本は働く女性に対して冷酷なまでの扱いをしていたのでした。

勝間さんは別ルートを選択してよかったですねと言いたいわけです。個人としては。


【バブル時代に放置していた問題が今】

私は恐らく頑なに変化を拒む勢力がいて、抑圧されている少数派勢力(フェミニスト)がいて、それでも当然変化を拒むわけですから新たな抑圧されている少数派(グローバリスト)が誕生し、その結果の今の構造改革を支持されている日本なのではないかと分析しております。(社会学では普通に分析されてます。緊張として。)

こういう意味ではグローバリズムにガソリン注入し続けたのは、逆に保守なんじゃないかと言えるわけです。

もうこんな問題は社会の一要素でしかなく、私が気づいていない所でもこれでも頻繁にこういう危険な因子は多数あると思います。
ジャネレーションギャップなんてそうですし、団塊ーバブルー氷河期ーゆとりとこれだけであらゆる意味で格差が生じており、この問題も手付かずにしているのも非常に危険なわけです。

バブル期の私立文系の学費とゆとり世代の国公立の学費が同じであり、しかもゆとりであると私立の中学と公立とでは学力の差が激しく、奨学金かかえてまぁ新卒でそこそこの会社に就職できなくて自殺とかしてもある意味仕方ないと思います。いくら宗教上の問題を言われたところで。お笑いのくりいむが大学中退できたのは、どうとでもなる希望がもてる時代だったからです。

貧乏でも公立の偏差値の高い高校に入学し努力したから成功とかなんて、今ではバブル期の淡い夢でしかないといえよう。

別にバブル期が幸せであったと言えばそれについては非常に懐疑的であり、バブル期の週刊スピリッツの柳沢みきおの漫画「妻をめとらば」の最終話なんて衝撃的で話題になり、ガリガリに痩せた過労死寸前のサラリーマンの悲惨さを描写していましたし、草薙剛さん主演のドラマにもなった「いいひと」も、過労死で死んだ旦那のことを問題にしています。
24時間働けますかとCMでありましたが、働いたらダメでしょ。

バブルでも過労死は問題になったのですが、それを放置し構造改革によりデフレが深刻化し、そのデフレを逆利用して急成長した大手企業ばブラック化し、その負の連鎖が継続しているだけなのです。
「亭主元気で留守がいい」という言葉は経済成長期の専業主婦の口ぐせで、今では亭主は稼げないからパートで稼ぎの低い旦那の収入の補填をしなければならない。だけど保育園が足りないという状況なのでしょう。

まぁ、子供の多い団塊jr世代で足りていたのですから、フォローして増設する必要なんてないと政府与党は思うでしょうね。
事実、大学や高校は統廃合してるのですから。


P.S

こういうある問題の影に別の問題が胚胎していることなのですが、例えば今チーム沖縄のことが問題になっていますよね。

だけど、私は東北がこのまま放置するのなら、まじでやばいと思っています。
戊辰戦争からのルサンチマンに加えて、3・11の震災に原発事故と起こり、それで農協解体されてTPPに公共事業がPFIと外資に食われる。
その一方で中央政府(東京)が東京オリンピックで浮かれているんですよ。これ、えぐいわけです。

で、先祖が賊軍扱いとして祭られていない靖国神社に熱狂的になっている右派のグローバリストが、どのように東北の人の目に映るのでしょう。
普通に考えてやばいわけです。

妻をめとらば (15) 人生

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