後手後手で滅びるハポン(JOPAN)ーCHAOSにならずにトランキーロ、焦んなよw


【地味キャラ好きに移行】

ここ最近、自分の中の趣向が変わってきたというか、元に戻りつつある傾向にあると感じることがあります。

それは、新日本プロレスの内藤哲也がきっかけとなったわけですが、私は30代からここ十数年は地味なものが好きになりはじめ、分かりやすく言えば『キャプテン翼』の日向小次郎から岬太郎、『キン肉マン』のバッファローマンからテリーマン、と段々地味キャラが好きになってきたようになったからです。

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【テリー一族の身体的特徴】

恐らくもう煩わしいことに関わりたくないし、目立ちたい人がいればどうぞどうぞという気になってきたようなところでしょう。

『キン肉マン2世』ではテリーマンの息子キッドがいて、親父がキン肉マンの引き立て役で、藤波辰爾のパートナーの木村健吾のごとくポジュションにいるのに不満を抱き、パートナーでいることをやめて、使う技を派手なものに変えていくわけです。分かりやすく言えば、

長州力のごとくシンデレラボーイの藤波辰爾に反逆するのです。

しかしながら、テリー一族はその身体のつくりからして、テキサスクローバーホールドやら関節技とかが適しており、キン肉一族の使う技は身体に負荷がかかり、好ましくなかったのです。


【オンリーワンを否定するオンリーワンパラドックス】

この週プレかなんかでこの作品を読んでいた時に自分の中で

” これだ! ”

と感じ、その頃から自分の中にある地味なヲタでマジメな部分をところん追及するようになってきたと思われます。(ヒントが漫画という中二病的発想ですが)

一方日本は97年の消費増税を境に段々凋落していき、小泉政権時にスマップのオンリーワンとか言ってる中、だんだん地味な恐怖のサブミッション的なことをとことん追求していき、それもまたいきすぎると逆にオンリーワンとなってしまい、何でもかんでもデーター収集して、傾向からを読み取ったりしてその中から独立変数を絞り込み、野村克也みたいになり分析厨となってしまい、

” こんなやつ、初めてみた ”

とか、結局変人扱いされるようになるのでした。(変態ではありません)


【興味のないことって中に入ってこない】

昔から「凝り性の飽き性」で、凝っている時はとことんそれに没頭するけど飽きて興味がなければそこに情熱を注ぐことなんてできず、私はよく人の話を聴かないと注意されるわけですけど、そもそも興味のないことって無意識に世界を遮断してしまい

くっだらねぇ~

となってしまうのです。


【工場の単調なラインとかに入ってみればわかる】

聴いている振りぐらいは当然するようになるのですが、元々、飽きるというのは変化しようとする宇宙の働きからする本能からくることであり、決して悪いことではないのです。

飽きないというのはそれだけ情熱が注げるからそれはそれで是なのです。その時は絶えず勝手に創造しているはずです。

これを否定する人はそうでないことを体験したことのない人であり、何ならずっと警備で同じところを立つのを、適してない人にずっとやり続けろといってできるかと言えば、恐らく多くの人ができないことでしょう。苦痛でしかないからです。


【エースを目指す内藤】

最近の私のマイブームは内藤哲也なのですが、彼は私と全く逆のタイプだけど帰着するところが同じであり、彼はもともと武藤敬司が好きでプロレスラーを目指し、武藤不在となった新日でエース棚橋を好きになり、自身が新日のプロレスラーとなった後も、やはりおなじ正統な路線・メインストリートを目指すことになるのです。

分かりやすく言えば、キン肉マンであるところのキン肉マン、キャプテン翼であるところの大空翼、キカイダーであるところのキカイダー、ゴレンジャーであるところの赤レンジャーを目指すということです。


【現実は甘くない】

しかしながら、「夢を諦めなければ叶う」という言葉を内藤が好きでないのも当然で、それもそのはず現実はそう甘くなく、内藤にはオカダカヅチカというカネの雨を降らせるレインメーカーの看板レスラーがおり、同じ正統な路線ではどうしても2番手となり、勘違い野郎扱いされてしまうのです。

藤波辰爾よりも前にでる木村健吾や、長州力よりも前にでるアニマル浜口みたいなことを、プロレスファンは求めていなかったのです。


【新日にロスインゴが誕生】

内藤は天才のオカダカヅチカにIWGPに挑戦したりし、何故かブーイングが起こりファンからは認められず、そこで半ば投げやりでメキシコ遠征に内藤はいくわけですが、プロレスの聖地のメキシコのプロレスはハチャメチャであり、👎ブーイング何でもありであり、むしろそれを煽りそれがまた人気でもありそこに気づき、こうして一歩踏み出し、今のヒール色のあるロスインゴとしての内藤哲也が確立されるのです。

分かりやすく言えば、キン肉マンになるわけでもなく、引き立て役のテリーマンでも闘えラーメンマンでもなく、いわばバッファローマンになるようなんものです。(ロビンマスクがかなり人気ありますけど)

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【諸行無常】

逆にこれがきっかけで内藤哲也の人気に火がつくことになり、これまでの白を基調とするメインストリートから、黒に赤という悪っぽいならず者を基調とする色とするバックストリート(ならず者)と変わり、内藤は変わらないことも大事だけど、変わることも大事だと言ってるのも、こういうことからなのです。

内藤自身も変わろう変わろうと思ってもなかなか変われず、社会が役割分担でしかしその結果世襲化することとなり変化を拒む停止状態となり、保守派のいう「変化の漸次性」などは、変われと背中を押されていることでしかなくそれ自身が変わろう運動するわけなく、いわばファンタジーであり、しかしながら

変化する

ことそれ自体は真理であり、流れの止まった水は必ず濁り、そこから細菌が増加してしまい病となることがほとんどなのです。


【遊びのない状態】

私の場合は昔からキカイダーでいうところのハカイダーが好きで、バッファローマンも大好きであり、しかし途中からナンバーワンでなくナンバーワンの引き立て役のような、地味なキャラに趣向が移行してしまい、一時期そっちのほうが面白いかなと考えるようになってきたわけですけど、なんかそれが勘違いされてしまうこととなり、そういうキャラってマジメな人物ととらえられがちであり、そうじゃないんですよね。

仕事しっかりしてればプライベートしっかりしてるとか、この仕事内容は力入れているけどこのことは軽視しているとか、人によって趣向も異なり何でもかんでもきっちりやれとかなるとそれは車のペダルで例えると遊びのない状態となり、たぶん日本は多くの人が寛容のないこの遊びのない独裁者ばかりになっているのでしょう。


【自我(エゴ)の正義】

何でもかんでも自分の正義を貫く通すと、それはレッセフェールの自由となり、他人を罰するような考えを持つようになり、これって0か1かのビット思考であり、宇宙に上も下もないようにこれって明らかに間違いなので、相模原事件のごとく悲惨な事件や犯罪・貧困が増加しマクロカして、いずれは内乱・内戦と発展することになるのです。

善と悪は表裏一体であり、上も下もなく、そして言葉はまた力であり、例えば誰かに注意したりするのもいいのですが、それが感情むき出しになると、映画『スターウォーズ』のジェダイの戦士からシスとダークサイドに堕ちて、それってスーパーでお母さんがイライラして子供を怒鳴りつけているのを目撃するがごとく、自身が気付いてなくとも周囲は皆わかっているのです。感覚で。ただの八つ当たりだろって。

そこに愛などなく、誰々のためにとか言ってるけど、自我(エゴ)による明らかに自分の正義のために言葉を発しているのです。


【脱思想の下請け】

さて、武藤敬司好きの内藤哲也がメインストリートのキャラからバックストリートのキャラとなり、私は元々DQNのアウトローとは異なるがアウトサイダーであり、しかし人間ってそれほど単純でなく当然地味なところもあり、それを追求していくうちにそれがメインとなり、そうなると必ず保守的な考えに触れて共感することろが多くなるわけです。

しかし、所詮、いくら環境に影響を受けようとも、俺は俺でしななく自分のオリジナルであり続け、そうしているうちに皆がオリジナルの自分と異なるのにリーダーを希求し信者化して、それが発展して人類って絶対に宗教や主義になるんだなと気づき、脱思想の下請けとなったわけです。

毛沢東の肖像画とかみたいに偶像崇拝するなってこういうことなのですが、大仏とかキリストやマリア像とかどうしてもやってしまうわけです。

根となるのはコアとなるのはそこではないからなのです。


【コインの側面】

ここ数年、その保守的な考えや連中がグローバリズムをより一層力を注いでいることをさんざん目にして辟易としてしまい、そこから完全に脱却するきっかけとなったのが、内藤哲也のパフォーマンスであったりして、それでも内藤の自叙伝を読むと内藤と私とでは真逆のタイプなのですが、しかしどこか共通しているところもあり、これまたコインは裏と表と表裏一体であり、この共通点ってコインの側面みたいなものなのでしょう。


【煽る煽る】

品性高潔もいいのですが、今日本のみならず世界が直面していることは、” インバウンドが~ ”とか、低賃金労働輸入とか、” 中国人環境客様、コロナカモン ”とか、

人・モノ・カネ・サービスの自由な移動

グローバリズム(帝国主義)であり、数百年にわたって人間の醜い部分が現象としてモンスター化したのでしょう。


【全ては後手で日本経済は倒壊する】

日本政府は全てが後手であり、今年来年で恐らく恐慌を体験することとなり、その過程として想定できるのは西ヨーロッパは完全に以前から景気後退しており、それに輪をかけてコロナで国内の人の行き来すら制限し日本はヨーロッパの需要もあてにできなくなり、当然中国・米国の需要も期待できなくなりますし、外需がないから輸出することも困難、貧困化して購買力もなくコロナの制限も加わり輸入することも困難になります。

輸出(EX)も輸入(IN)も落ちることでしょう。当然消費(C)投資(I)もダメ。政府支出(G)も後手後手。


【消費税5%⇒10%の破壊力】

それ以前に日本は消費税10%にしているわけで既にリーマンショック級の経済不況となっており、これにコロナでオリンピック延期に外出自粛で政府がドケチ。


【供給能力が失われる】

そうなると政府が企業に貸付したとこで返済の目途がないと誰も破産などしたくなく、自ら閉店ガラガラとなり当然倒産ラッシュとなり、名目も潜在GDPも100兆円以上は低下していき、こうなって

後手で少額の現金給付
後手で粗利の一部保証
後手で消費税5%となり

こんなことすることでしょう。

これは戦争中に国債発行を制限するようなものであり、いずれ疫病が収束しているころには、大東亜戦争で空襲や原爆と攻撃されて日本の工場なり破壊されて供給能力を失ったことと同じ状況となることでしょう。


【歴史を繰り返す】

南海トラフも首都直下型地震も想定されているし、木っ端微塵に自分らの生活が脅かされて、疫病や飢えを日本人が体験して、今ではネットで誰でも情報が収集できますから、猿でもいずれ

グローバリズム(帝国主義)

がもたらしたことであると、ようやく学ぶことになることでしょう。

日本人は歴史を繰り返すのです。

意図的に。勝手に歴史のせいにするでしょうけど。


【グローバルカルト思想を自覚する日】

一昨年の西日本豪雨に台風、去年の東日本の台風・洪水の被害から、無駄な公共事業であった八ッ場ダムの必要性を痛感し、今年のコロナでさんざん保険所の削減から病院のベット数の削減と、

グローバリズムのトリニティ(自由貿易・緊縮財政・規制緩和)

の、緊縮財政のバカバカしさと、自分らが何を支持してきたかのかを知ることになっています。TVに出ている知識人も汗かきながら必要なことにはとかいいながら、論調変えつつありますが、それが多数派となるには多くを失ってからでしょう。

今は財政健全化は横にしてとか、図々しく発言しだしていますね。


【供給能力を破壊するグローバリズムの真実】

カネなんかキーストロークで生まれてどうでもよく、供給能力となるものが問題なのですが、

クニのしゃっきんが~
はいぱ~いんふれ~しょんが~

とかは、むしろグローバリズムにより供給能力を毀損させることによりパラドックスなのですが、ようやくこれが実現するとういうわけです。

よかったですね、財政破綻論者たち。内容ムチャクチャで間違ってますが予言書として流布できます。猿限定ですけど。


【グローバリズムの行き先】

南海トラフと首都直下型地震とかコレボで日本の多くの工場が倒壊するし、そうでなくともコロナ恐慌でカネしぶると、倒産ラッシュとなり工場が閉鎖されてきますね。

グローバリズムが日本から供給能力を奪うのです。

下のブルーの部分が大きく毀損されて、皆さまがコツコツ節約して貯めた大事な銀行口座の円が、こうして後進国通貨となるわけです。これは断言してもいいです。


【変わろうとする覚悟】

まぁ、

トランキーロ、焦んなよw

ということですよ。

” 変わらないこと諦めないことはもちろ大事。でも、変わろうとする思い。変わろうとする覚悟。そして一歩踏み出す勇気も俺は大事なことじゃないかなと思います。”
(2018.4.29くりぃむ有田の故郷の熊本での内藤哲也)


P・S

ちなみに新日本プロレスとWWEはグローバルな関係でなく、インターナショナルな関係ですのであしからず。

鎖国とTPPのいずれかではないのです。


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