データー分析は男性原理によるもの。傾向重視は女性原理によるもの。-凸(-_-メ)トランキーロ、焦んなよw


【昔の禁煙ノート】

なんか、最近本棚から変なノートがみつかったのですが、かれこれ20年近く前のことなんですけど、禁煙するにあたって中毒だけあってその脱却がなかなか難しく、とりあえずタバコを吸った日にちや時間やその時の状況や心境を記録して、データーを取ろうと心がけていた時期がありました。


【禁煙奮闘記】

7/29(日)

〇7:00  ちょっとタバコ吸いたくなった。コーヒー飲む。
〇7:10 45時間吸っていないから、あと一本吸ってもって思ってしまっている。確かに吸いたくなっている。
〇8:30 かなり吸いたくなってきている。一本ぐらいと思っている。
〇8:45 今も吸いたい。これは以前の一本のしっぺ返しだ。たった一本でこんなにつらくなるとは・・・。
〇9:20 焼きめし食べて吸いたくなる。麦茶でおさまった。
〇10:00  やっとおさまった気がする。
〇10:20 あー吸いたい。吸いたい。
✖11:00 とうとう吸ってしまった。orz

クソわろたw

このノート、うっかり他人に見られて大笑いされたのを覚えています。


【データーの鬼】

データーを重視するようになったのはここ数年のことかなと思っていたのですが、こんなの昔からやっており、分かりやすくいえば『テニスの王子様』の乾や、『ダイヤのA』の渡辺久志のごとく、野村克也のごとくデーター好きだったようです。


【他人のプライベートに無関心て男のデフォ】

このデーター収集って社会学でもデュルケムの『自殺論』もそうですが、自殺する人間の所属している団体や宗教から、その自殺の因果をつまりは重要となる独立変数をいくつか絞り込んで特定するわけですけど、無意識に日常で私はこういうことをやっていたようです。

ただし、自己分析のみで元々ユングでいうところの内向的思考型そのものであり、基本的に他人のプライベートとかゴシップとかそんな変態のぞき趣味なんてどうでもよく、” くだらねぇ ”とこれが昔からの口癖となっていたと思います。

何の利害関係もないことならそうなります。


【データーや心理状態の記録から策を練る】

データー取りのいいところは、ある種の傾向がわかることであり、コーヒー飲めばタバコが余計に吸いたくなるのなら、お茶を飲むようにするとか行動を意図的に変えることもできるし、禁煙が断念されるプロセスも例えば一本だけ吸おうと思い、一本吸って残りの19本をもっているとどうしても吸いたくなって吸っていしまうのなら、残りの19本を水に浸してから吸うとか、行動に制限をかければとか色々思いつき実験するわけです。


【データーから仮設を立てる】

ミクロでなくマクロにするようになったのは、東日本大震災の頃ぐらいからであり、普通に数字の変化から変だなと思うことを、いろいろ仮説を立ててみたわけです。


【手のひらの上の猿と陰謀論者】

そもそもデーターそのものが改竄されていると話にならず、一昨年の毎月勤労統計調査なんてその典型例であり、これ発覚するまで公式データーを鵜吞みにしてしまうと、グローバリズムの手のひらの上をグルグル回る結果となるし、しかしながら何でもかんでも立証されていないのに批判すると、陰謀論で片付けられるし、そもそも共謀罪ができた時点で組織に逆らうことができなくなっているのです。

学者でもないのに立証されるまで待つとか、そんなの一般庶民がしていたのなら、『踊る大捜査線』の織田裕二の

” 事件は会議して起こっているんじゃない ”

と同じように、

” 日常は専門家の数字における理論上に基づいているわけじゃない。庶民の感覚によるんだよ。”

となるわけです。感覚的におかしいと思うことは、ほぼおかしいことがほとんどなのです。

それもそのはず、シュペングラーのいうとおりに「なったこと」には「なろうとすること」が前提にあるからです。


【権利者と他者の義務履行は表裏一体】

ダウンロード規制法も同じであり、ネット上での著作権、肖像権、デザイン権、名誉棄損の侵害を恐れるあまりに、富のあるものは何でも表現できるが、富のない者は表現もかなりの制限を強いられて、グローバリズムあちらサイドに徹底に有利になっているわけです。

カネってそれを消費する側が、生産側へ義務を履行するのですから、カネカネカネになるとカネの流れを掴んだ者が成功者となり、まるでそれが人間の模範となってしまいます。


【政治をしない事務仕事だけしている緊縮国会議員】

アニメ業界とかプロレスとか活動できるように、もっと別の形でサポートするのが本当の政治なので、収入の少ない連中がアニメのBD購入したり、プロレスのグッズを買うと当然他の消費に響くし、そもそも結婚自体が男を人間ATMとしか見なさない女の餌食となり、旦那の収入低くてそれで離婚してしまい、養育費払うために掛け持ちバイトしている例とかかなりの例があるのです。

株主至上主義になれば労働者の所得が減り消費(C)が減り、その消費(C)を補填するために次の宗主国の中国人観光客様をインバンドで招き入れ、自由貿易で日本は壁ととっぱらうが外国は壁を築き、輸出(EX)が減り国内需要が減るから輸入(IN)も減り、当然この中投資(I)するバカなどおらず、それでも憲法に明記されようとしていた

財政健全化

という民間黒字化削減政策を不況の中とろうとしているわけです。中学生でもわかることですが、日本に財政問題はないのですから、政府支出(G)でテコ入れするのが猿をやめた人間の選択肢なわけです。


【ノーザンライトスープレックスで壊国】

私は東日本大震災の時も遊びまくり消費しまくり寄付もやりましたし、TPP参加交渉にもムチャクチャ反対してましたし、当然の日米貿易協定なりTPPなり農業競争力促進法とか「種子法廃止」「水道民営化」「改正入管法」と、全てグローバル政策全てに反対してきました。(ある種、抵抗するものは蔓延るわけで、力の使い方では間違いなのですけど)

安倍晋三政権を長期化に貢献した馳浩議員に、内藤哲也に代わりデェスティーノかけてやりたいです。


【もはや先進国ではない後進国となった現実を受け入れる】

安倍政権の成果は一人あたりのGDPの推移により明らかであり、円安の傾向を除いた見方でも国民が貧困化しているのは明らかであり、7人に1人の子供が貧困で、シングルマザーのホームレスが誕生し、貯蓄ゼロ世帯が増加している現状からしても、少しスラム街の境界線をまたげばその荒廃ぶりが肌で感じとれることでしょう。

小泉政権時はスラムというよりも、ダウンタウンという感じで親しみやすかったと思います。


【感覚を研ぎ澄ますマスターヨーダのいう訓練】

そもそもデーター自体も調査方法・対象・質問内容が異なれば結果も異なるし、人手不足となるとその分その調査も雑になるし、緊縮政策でどうにでもできることなのでしょう。

市役所の給与の基準も主婦の意見をきいてみても高すぎると言ってて、こういうと”民間が低すぎる ”とか、” お前の周りだけだろ ”とか言われ続けていましたけど、制度調べればいくらでも高く設定することもできることがわかってのですが、これも陰謀論とか散々保守の連中から叩かれてきたわです。(もう、最近マジで保守うざくなってきた。いらね( ゚д゚)、ペッ)

データーは所詮データーで、現場に足運びその中に飛び込み、その環境とシンクロできた肌で感じたことって、知識とかでどうにかなるものでなく、それこそが女性特有の感覚であったり長嶋茂雄みたいな要素なのです。

スコーンとか、シュッとか、ズドーンとか、そういうやつです。

嫁のウソは見抜けないけど、逆に全て見抜かれるのは、こういうことからなのです。これは何千年もたぶん変わりません。


【シンクロする技】

『踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望』で犯人の心理とシンクロして、犯人の居場所をつきとめようとして青島(織田裕二)のやり方に、上の室井(柳葉)もそれを支持して、青島に

” お前が誘拐犯だ~。どうする? ”

と電話ごしに話かける場面は印象深いと思います。

踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望


【シンクロすることとパーフェクトトレース】

『食戟のソーマ』の美作昴のパーフェクトトレースと同じ、タクミ・アルディーニがそれを取り入れたパーフェクトトレースとまったく同じなのです。


【lady generation】

これは武道の達人の域であり、女性の直感とかあのウザい感覚が女性原理であり、これに対してデーターとか理論とかそいうのは男性原理であり、これこそ2極性の対の関係の違いによるものなのです。

データー重視は男性原理そのもので、「愛の世代」があるとすれば、これに女性原理を加えて補完することにより、ある種のアルケミー効果が訪れるものなのでしょう。

だから、今後ネックとなるのはフェミニストやグローバリストとは異なるタイプの、女性がネックとなるわけですけど、どんなタイプの女性かはそれこそ、感覚でわかるはずです。

偶然というものはないのです。

野球の試合にも流れがあるようにその流れがあるのです。その流れこそがシュペングラーのいう「なろうとすること」に他ならないのです。

Lady Generation~淑女の世代~ CD 篠原涼子 形式: CD


【アカデミック認識共同体のお猿さんたちへ。トランキーロ、焦んなよw】

西部邁が消費税導入に加担し、民主党叩き安倍晋三に期待して、会食してやっぱりダメでしたと諦め、最後は自身で幕おろして、結局日本の崩壊が今も尚継続。

こんなの2012年の9月の自民党総裁選で石破が負けて安倍が勝利した時点で決まっていたこと。

だけど、これ事実ですから。


【KENTAのごとく、内藤哲也のごとくの煽る】

だから、室内こもっているばかりの文化系には理解できないでしょうけど(こんなの理解するものでなく体感するもの)、格闘家などスポーツ選手らが湿疹したりする直前まで肉体を鍛え、いずれは瞑想なりして精神の修行と移行するのも、これらのことを理解しているからです。これに学校教育を加えて、だから故智からくる

文武両道なのです。

吉川晃司もアルバム『PANDORA』を発売した時期に、プロラスラーに負けるもんかと身体を鍛えていたのも、男としてのプロセスとしては正道だったのです。

学者やアーティストが、力(foerce)を使うことなんて無理なことで、そもそもこの手の人種のやることは音楽に象徴される調和(harmony)であり、これ理解していないから西部邁と同じようにひたすら敵に力を与えることになるので、モヤシ君は力を行使するのはやめとけといういうことです。

マスターヨーダも室内で机にしがみついてないわけで、だから力(フォース)を行使できるのです。

言論でも力を行使するのなら、まず訓練しろということです。

心の中に「静」をもつ (日本語) 単行本(ソフトカバー) – 2018/1/29 片岡鶴太郎 (著)


【トリッキーとは】

しかし、私もまだまだマスターの域ではなくむしろ『北斗の拳』の雲のジュウザのごとく邪道なのです。それでもこれだけは理解しています。

激情の猿になったら負けw

だから、

トランキーロ、焦んなよw

ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン(スペイン語 Los Ingobernables de Japón)なのに邪道なのです。シッダールタが入滅したように、寝転ぶわけです。


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