『賢人論』内田樹・中編-ローカリズムの罠


(前回からつづく)

【社会科見学と現実との乖離】

(内田)

>僕は医療系の大学の理事をやっていますので、多少は現場のことを知っているのですけれど、看護や介護の現場で働こうと考える人にはたしかに使命感の強い人が多いですね。「何らかの形で人の役に立ちたい」という思いから看護や介護の仕事を目指す人が多い。

>しかし、実際に働いてみると、仕事は想像以上に激務であり、待遇面でも決して恵まれていない。それでも何とか頑張ろうとするのだけれど、次第に心身ともに疲弊していき、最後は離職せざるを得なくなる。

実際、教育の一貫として中学生とかが授業に一貫として有料老人ホームの施設見学に来る例などあるのですが、表面的なことを見てて

” 将来介護の仕事をやりたい。”

という感想を抱く場合が多いのですが、介護・ナース両サイドからしても

” 実際、やってみるとそう言ってられない。”

という答えが現場からの意見として出てきます。

自動車好きが自動車の工場見学して、そこで働きたいと思うのと同じです。


【統計を知らない猿化した日本人】

(内田)

看護師も離職率が高いです。単にその職場を離れるというだけでなく、看護師という仕事そのものを辞めてしまう人がいる。「二度と看護師はやりたくない」と言うほどに燃え尽きてしまうんです。せっかく専門的な教育を受けて、経験を積んだ人が、労働環境の悪さのせいで離職してしまうというのは、国民的な損失だと思います。

私も看護師やめた連中を何人知っていますが、医療は基本患者が治って家に帰ることを目的としているから、ミスは許されずそのプレッシャーは介護の比でなく、割に合わず激務で辞めていくのです。

ヒューマンエラーって絶対的に起こり、物流のピッキングで一番優秀な例でダブルチェックで

500分の1か2

のエラーであり、これはどこの業界でも同じです。これを理解できない精神論をふりかざす輩は知性のないただの猿です。


【現場を知ろうとしない猿化した日本人】

物流ではこれにバーコードなどを通じてもっと精度を上げるのですが(10年ぐらい前で優秀な例が1万分の1)、当然それには設備投資も必要だし、部署ごとに対立していては不可能なのです。

そこで成果主義を導入している部署同士の利害関係からなかなか先に進まないし、企業が投資にカネをかける気がなくて少ない予算で導入しようとすると、家にもちかえりの仕事なりする無償労働とかがまっているのです。

これは保育も同じであり、ひな祭りの飾り付け作成とか家に持ち帰ってまで仕事をして、規制緩和でつい最近まで公務員だったのがいきなり社畜になり、それでいて保育であると幼児を相手にするのですから、事故が起きると親御さんからのバッシングを浴びるわけです。

幼児の死亡事故が起きたら、

” てめぇ、何してやがるんだ!お前のいいかげんな仕事ぶりのためにうちの子供が死んだんだ!人殺し!子供を返せ! ”

となるけど、実際家に仕事持ち帰ってまでやって規制緩和されまくる中保育所内に遊ぶ場所ペースがなく、クタクタで近くの公園とかまでつれてってそれでいて、電動自動車とか無音に気づかず子供がひかれるとかありえるのです。

昔は保育園・幼稚園の敷地内に絶対に遊ぶペースがありましたが、恐らく規制緩和で空きのテナントの流動性を高めるために建物だけもOK出たんじゃないですかね。民泊と同じ朝三暮四の近視眼的な猿の発想です。


【グローバリズムのカルトぶりの正体】

グローバリズムというものの構図の難しさはここにあり、そのトリニティの自由貿易・緊縮財政・規制緩和全てが利害において複雑に絡んでおり、保育の事故の場合なんて規制緩和で政府がむちゃくちゃにしたからであり、この規制緩和も自治体に負担させるつまりは緊縮財政からそうさせているのです。

ここで必ずコストダウンとなり、安い労働力の輸入という自由貿易により、外国人労働者という移民受け入れと綺麗につながってくるわけです。

投資労働者への還元はありません


【貨幣に対する認識の誤謬』

内田氏は入管法改正につてい当たり前のごとく反対しているわけですが、気になるのが恐らく内田氏自身が財政破綻論者であり、その縛りから国家の中心性の運動に頼らず、コミュニティにより支え合うという考えをもっており、自身も道場の生徒などをつうじて実践しています。

(みんなの介護)

>前編では、「これからの日本の社会保障制度には期待できない」というお話を伺いました。厚労省が現在整備を進めている「地域包括ケアシステム」については、どのような印象をお持ちでしょうか?

(内田)

>「自助・互助・共助・公助が重要」と言われますが、本音は「既存の社会保障制度ではもう手が回らないから、あとは自分たちで何とかしれくれ」ということでしょう。僕自身もそれしかないだろうと思います。

>政府や自治体にやって欲しいことはいろいろありますけれど、もう当てにはできない。でも、弱者支援というのは「待ったなし」の目の前の現実です。行政が動かないから、諦めて野垂れ死にしてくれというわけには行かない。介護の問題は自分たちの手で解決するしかないと考えています。

ここです。

植草一秀さんと同じくおカネのプール論の桎梏に縛れているようで、0か1かのビット思考になってしまい、それこそ未来という不確実性に対して無力になり、マルサスと同じ技術革新のない永遠の猿状態になっていると思われます。


【これだとあちら側の思惑通り】

実は内田氏自身がロバート・オウエンのようにコミュニティにより、グローバリズムから防波堤となろうとすること自体は間違っていないのですが、これだと

あちら側の思惑どおり

になり、マクロでいえば移民受け入れも止まらないし、インバウンド頼みの惨めな後進国化も止まらず、経済成長しないし技術革新も起こらないし、当然国防も疎かになるし、「一億総活躍」の標語によりハチマキまいた引退した高齢者をスーパーボランティアとして祭り上げて、防災も非常事態も地域任せとなり、まぁ中国の自治区となるのも時間の問題でしょう。

オウエン自叙伝 (岩波文庫 白 108-2)
ロバアト・オウエン
岩波書店
売り上げランキング: 264,533

【ロバート・オウエンと同じやり方だけど国家不要に】

(内田)

>僕が2011年神戸市内に開設した「凱風館」は武道と哲学研究のための学塾です。現在は300人以上の門人がいて、この300人とその家族を含めると1,000人近い規模の「道場共同体」ができます。 僕はこの道場共同体を地域共同体のひとつの基盤にしたいと思っているんです。

>具体的には、門人同士で共同育児をする必要な家具什器や衣服を交換する、というあたりから始まったことですけれど、これくらいのサイズの共同体になると、ずいぶん活発な交換活動が可能になります。

>要らなくなった家電製品をあげる代わりにパソコンの設定をしてもらうとか、お米を頂いたお礼にベビーシッターをするとか、仕事を探している人に仕事を紹介したり、起業した人を支援したり…。多様なやりとりが行われているのです。

>僕はこれも一種の経済活動だと言っていいと思います。市場を経由せず、貨幣に媒介されない経済活動です。

これはロバート・オウエンのしたことであり、カール・ポラニーのいうソーシャルプロテクション(社会の自己防衛)に該当するわけですけど、これ自体は間違っていないのですが、これすると完全に国家不要となりそれで国家が機能するのかなと思うのです。

国防だけ国家がすればいいとなると、これこそミルトン・フリードマンと同じで、これに移民系の日本人が、フリードマンの経済的徴兵制に従い、自衛隊に入隊してその比率が高くなるとまた別の問題が出てくることでしょう。

資本主義と自由 (日経BPクラシックス)
ミルトン・フリードマン
日経BP
売り上げランキング: 22,751

【共同体が共同体国家を破壊するパラドックス】

グローバリズムに対するローカリズムの実践はすべて社会に任せてしまえとなり、しかし通貨ってもういらなくなりますね?

ローカリズムに従ったところで、医療や水害防止の治水事業に警察を通じての治安維持もできないし、国土全体で考えるインフラネットワークの整備なんて無理ですね?

小泉純一郎は「民間にできることは民間に」と言葉を残しましたが、貨幣のプール理論に基づくと、断言できますけど全て自治体丸投げの緊縮兵糧攻めで、こうなると必ず外資・移民なりに頼るようになり、下の図の③の家政が崩壊してしまうのです。

独自のコミュニティ(共同体)が、国家という共同体を破壊するパラドックスです。コミュニズム(共同主義・共産主義)だけに。


【ローカリズムの罠】

「地域包括システム」とかで国家に中心性の運動を放棄させると、ビルマルクがドイツを統一させたことと逆の運動となり、大阪都構想とか道州制と同じでつまりは国家が解体されることになります。

アメリカみたいに国家となり時間のない株式会社化するのです。


【おらこんな国嫌だの猿】

そうなると今はスマホで音楽聴いている時代ですが、いつまでもカセットテープ使用のウォークマン聴いているのようなローカルな状態になり、製品開発できなくなるとか必ず後進国化します。

コミュニティ内でいつまでもウォークマン使いまわして、もっとコンパクトにならないのかとかMD開発の発想に繋がらず、つまりは需要が生まれないのですから。

スマホもねぇ、ラジオもねぇ、TVもねぇ、レーザディスクは何者だ?

おらこんな国嫌だとなるわけです。


【反グローバリズムでありながらグローバル化を助けるパラドックス】

実は、内田氏自身が貨幣についての認識が主流派経済学と同じであるのなら、私は断言しますが起こす行動が全てがリベラル派と同じくグローバル化に加担する結果になります。

前提が間違っていると、全て自分の思惑と逆の結果になるのです。

私は空気無視してこういうことを発言するから叩かれるのですけど、事実そうです。

ローカリズムの行き着く先は国家としての独立だし、移民がローカリズムによりコミュニティをつくるのと同じで、中間団体って命を懸けるほどの価値のないほどほどの状態にしておかないと、24時間働けますかで過労死となるわけです。

(次回へつづく)


ローカリズムのパラドックスとかまた敵つくるのかと思われる方も ↓のリンクをクリックお願いします。


政治ランキング;

↑クリック


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA