反グローバリズムであることー人間に戻れる瞬間


【元・グローバリストの告白】

三橋TVで面白かったのが営業アルアルで、同僚が得意先に商品押し込んで、四半期過ぎたら商品を返品するとかの話です。


【営業アルアル】

私も営業時代カラ伝票を打って(架空の売り上げ計上)、それで月またいで赤伝票を打って(マイナス売り上げで訂正)、月のはじめにマイナスからのスタートとか、たまたま営業が勘違いして伝票をうっかり月末に上げてしまい、翌月頭にそれを訂正するという形式をとるわけです。

ミスは訂正しないといけませんし、うっかりミスするのは人間だし仕方ないのです。


【ハイパーインフレーション厨の世界線】

当時、90年代はグローバリズムという言葉なんて世に流布されておらず、我々は皆フリードマン主義者であり、結構人間的には矛盾を抱えながらも、むしろその方が立派な社会人としてみなされるのです。

もし、私がこのまま考え改めないで方向転換しない世界線を想像するのなら、

自分の新自由主義的な意見に反対すれば

” 対案を出せ! ”

と言って、出されれば、

” クラウディングアウトがー ”とか言って、データー出されて否定されて、追い詰められて

” ハイパーインフレーションがー ”

と連呼し、それでも言いかえせなくなれば、

” そんな上手い話はない!論外!なら、お前が政治家になって世の中変えろ!

とでも言ってたことでしょう。(営業ってこんなのばかりですから)


【認知性不協和の免罪符となる大義名分】

誰も犠牲にしたくないけど、誰かを常に犠牲にして生贄にささげつづける。

さすがにこれを続けていくのはキツクて、大抵はシャトーブリアンの寓話の『殺される中国人』のごとく、家族のためとか会社に命令に従っただけとか、大義名分を見つけだし自分を正当化するのだと思います。

家族のために同業他社や同僚を蹴落とすサラリーマン人を悪者にする人なんてほとんどいないことでしょう。

財務官僚も、世襲政治家も、経団連の連中も大抵これが大義名分としての免罪符となるわけです。

家族のためと言って子供の写真を見せれば誰も反対できないのです。


【東京】

浜田省吾の『東京』の歌詞じゃないけどこのまま日本が、いつまでもこんなことして持ちこたえられるわけなく、幼児虐待や死亡事故、秋葉原の暴走車突入事故、障害者施設のスタッフの殺戮事件、池田小学校の事件、煽り運転、自転車の暴走、パワーハラスメント、教師のイジメと問題ばかり積み上げられていくばかりになり、いつか社会そのものがクラッシュすることでしょう。


【バブルの時よりも裕福な層】

私は大阪の八尾市に住んでいるのですが、八尾出身で有名な芸能人といえば天童よしみで、彼女は5億円の豪邸に住んでいるようです。

これって売れっ子だから普通のことと思われがちなのですが、バブルの時ってこんなのじゃなかったと思います。

尾崎豊が自分のやりたいことをするために事務所立ち上げ際の資金を銀行から融資してもらおうと思っていたのですが、尾崎自身売れっ子でも信用がなく担保もなく、そのために1000万円の融資も受けられず、結局当時のマネージャーにあたる人物の親にお金を借りたりしていたのです。

尾崎豊 アイ・ラヴ・ユー―尾崎豊との激走345日 (日本語) 単行本 – 1993/1
鬼頭 明嗣 (著)


【税制や規制緩和による社会の構造変化】

何がどうなっていったかといえば、尾崎が事務所を立ち上げた当初の1990年は消費税が導入された翌年であり、しかし世はバブルで浮かれまくり、それでも累進性の高い税制で大企業や高所得者の税負担は重く、一方で庶民の生活は所得が上昇し続け、高齢者の医療費は安く、サラリーマンの医療の自己負担は1割で、不動産バブルで住宅購入できず悩んでいた時期だったわけです。

浜田省吾の

>プールサイドで寝そべる金持ちと真夏の中で仕事を探し彷徨う人

がバブルの時でもいたのはいたのですが、その格差は非常に小さくこの歌の時代(1980年)よりも今はひどい状況言えます。


【恐るべし認識共同体』

それで結構、芸能人が後ろめたさを感じていると思われる人もいるかもしれないでしょうけど、そうじゃないような気がします。

なぜならウォール街のエリートや財務官僚や経団連の連中と同じく、かかわっている人間が私たち庶民とまったく異なり、芸能人ならかかわるのがまず大企業のスポンサーであり、TVなどのメディアであり、それで企業を通じて自民党などの大臣なり総理なりかかわることになり、もうギリシャの元財務大臣のヴァルファキスのごとく、そこでの認識共同体ができてその規範が芸能人の常識となり、子供の7人に1人が貧困で、シングルマザーのホームレスが出現して、漫画『闇金ウシジマくん』の話なんてただのフィクションで、別の現実のファンタジーと感じるからです。

つまりは、単に知らないだけで、東京のネットカフェで寝泊まりする若者とか、好きでやってることだと思っているのだと思います。


【中退という勲章】

確かに、昔若いころは貧乏で成功してとか、矢沢の『成り上がり』のサクセスストーリーが多々あり、その挑戦に失敗してもそれを包摂するだけの社会がしっかりしていました。

だから、私と同世代のナイナイの岡村やくりいぃむの二人や、尾崎豊の高校の先輩にあたる高橋克典とか、そこそこの大学を中退していたのです。

中退って80年代のロックの歌詞にあるように、愚かながらも若者の世界への挑戦だったのです。つまりは安定求めてセコセコするよりあれがカッコよかったのです。

反抗期(1980)浜田省吾 収録アルバム: Home Bound


【本当に貧乏だとロックできません】

演歌って庶民の辛い日常とかの応援歌であり、いわば黒人の悲哀を歌うブルースや、浜省や尾崎のようなロックのように、庶民の感覚が必要なのだと思いますが、演歌歌手って子供の頃の貧しさとか、大御所のカバン持ちとかしてとかの辛い経験があるから心をこめて歌えるのでしょう。

ロックも、リアル体験で工場の油にまみれるとか、父親がそういう労働者だとか境遇はロッククンローラーの宝であるけど、現実的にロックする連中ってギターを手にできて、私立の有名校の進学したりとか、割と中間層に位置するんですよね。

やたら貧乏自慢したがるけど貧乏じゃないのがほとんどです。

>親父は16才の時から 町外れの工場で 背中痛めながら 働き続けてきた

とか、実体験じゃないのです。

 


【浜省の父親は安定の公務員w】

『勝利への道』は浜省の歌で一番私が好きな曲なのですが、浜省の父親は警察官で公務員ですし、自身も浪人して大学進学してしかも中退して、まぁ本当に貧乏な人からすると

お前が貧乏語るな!

となることでしょう。


【人間でありたいのなら反グローバリズム』

こんなものなのです。

中世の芸術家がパトロンがいて芸術できたのと同様であり、芸術するにはそこそこの経済的な援助なり受けていないと無理なわけで、しかしながら尾崎豊のように成功しても板橋区の2LDKのマンションに住んでいるとか、ファンにとってはうれしいことなのですけど、大御所になると質素な暮らしとかは昔話となってしまうのだと思います。

ならどうすればいいかとこんなの簡単で、下の生活レベルをボトムアップすればいいだけで、反緊縮のポジュションをとることとなり、必然的に人間でありたいのなら反グローバリズムとなるわけです。

自然と累進課税制度の形を支持するようになります。

カネは天下のまわりもので、誰かの支出は誰かの収入なのですから。


【手始めに消費税廃止】

ということで、手始めに消費税廃止となるわけです。ましてや、5%にできないとかありえない話なのです。

消費税は0%にできる Kindle版 菊池 英博 (著)


しかし天童よしみって昔マネージャーに騙されていたねと思われる方は ↓のリンクをクリックお願いします。


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