Welcome! 圧倒的少数の反緊縮派の世界へー須藤元気様


【ようこそ反緊縮の世界へ】

前回のブログで紹介したのですが、立憲民主党の須藤元気が三橋さんや島原なんとかや中野剛志さんの『目からウロコ』の本まで読まれて、すっかりMMTの魅力にハマっていることに、立憲民主支持者やネトウヨなどの左右から、かなり痛烈な批判があるようです。


【今年初のサボテンとバントライン】

「人民元野郎」という表現は特定アジア大好きの、恐らく暗い部屋でサボテンを育ててバントラインという相棒がいて、爆弾テロ願望いっぱいのネトウヨ様でらっしゃるのでしょう。


【@ちゃんねるとかツイの住民らしい】

何やらネット(@ちゃんねるみたいな匿名かハンドルネームのSNS)の反応は以下のようです。

>お前は飯を食いに言って原価分しか払わねぇのか?

>うーん、その日本銀行が1万円と印字していることが重要なんですけどねぇ・・・例えば須藤さんが1万円と印字した紙で(通貨偽造とは考えないとして)まともなお店が買いモノしてくれますかw

>その代わり国家が額面に見合った保証を与えているのが貨幣。アベがーが過ぎて貨幣制度そのものを否定する愚挙。貴方は原始時代の様に物々交換でお暮らしになればよろしい。貴方みたいなのが現職国会議員なのが日本国の不幸なのかも。

金本位制から勉強した方がいいですよ。現在の紙幣の価値は信用からなっているんですよ。そういいう発言をすると円の価値が落ちるので、ツイ取り消してください。格闘家としては尊敬しますが、政治家としては最低ですよ。


【それはいい質問ですね(池上彰風)】

突っ込みどころ満載なんですけど、こんな出自も引用先もわからないものに反論しても仕方なく、しかしなかなかいいところついてのもあり、

誰もが貨幣を創造できるけど、それを受け取らすことが難しい

ということに触れていることろなんてまさにそうですね。


【日銀当座預金ってそのままでは使えないこと知ってました?】

同じ日本円でも日銀当座預金と銀行預金とはまったく異なり、民間銀行の借方にある日銀当座預金は市場で紙幣のようにそのままでは使われません。

民間銀行に預金口座をもっている預金者がATMとかで現金引き落としするに当たって、民間の銀行が日銀当座預金を通じて輪転機回している紙幣と仕訳され、ようやく目に見える現物として存在するのです。(プロセスとしては)

日銀も政府も民間の銀行も複式簿記で管理されており、例えば固定資産1000万円の建物てそのまま使えないのと同じで、仕訳されてようやく1000万円の紙切れの現物を手にすることができるのです。(この仕訳も借方か貸方かのどちらかでなく、量子物理学者のボーアのいうどちらでもある相補性の関係によるものでしょう)

 


【受け取らせるのが難しい】

恐らく企業や個人事業主の当座預金も同じであり、小切手や手形を切って誰かが受け取ってくれて銀行紙幣と同じく支払いができ、ランダム・レイのMMTの入門書にあったように、あれは確か小切手だったと思いますが、手形の割引きのようなことが成されて、もうそれは銀行紙幣と同じように店の間の貸し借りの関係で流通されるわけです。(日商簿記2級の手形の割引が参考になると思います)

ゴールドスミスの金とその引き換え券で例えられていること(方便ですね)ですけど、実際マネーサプライに相当する紙幣やコインが存在するわけでなく、貨幣というものはメソポタミア文明の頃から貸し借りの記録でしかなく、須藤元気が1万円と印字した紙をお店が引き受けてくれれば、それは民間の銀行と同じく万年筆マネーにより貨幣を創造したことになるわけです。ただしそうは言っても、

誰もが貨幣を創造できるけど、それを受け取らすことが難しい

という問題があります。

別に須藤元気が「印字した1万円」という紙でなくとも、お店のツケでいいわけですけど。


【両津勘吉のツケで十分】

現実、小切手やサイトのある手形が須藤元気が「1万円と印字した紙」がまさにそれに相当するわけであり、営業や経理していた人はわかると思いますが、やばい店の手形でサイトがやたら長い場合とか要注意で、経理に警告が発せられてそれは受け取れないのです。(これは私の経験談で資金繰りが苦しい店で手形のサイトが長くなって、結局は97年の消費増税のインパクトを機に見事に倒産しました)

私達の銀行預金も同じであり世の中にマネーサプライに相当する紙幣やコインが存在するわけはないのです。

手形なんて受け取る側が裏書を見て中止しなければならず、店に対して必ず銀行預金という数値に変換される能力があるかどうかということが重要なのです。

ランダム・レイが国債そのものを必要としないというのも、そもそも日米などの供給能力のある先進国、統合政府がキーストロークで貨幣を創造するわけですから、手形や小切手という現物は必要でなく、帳簿上の記録で何だっていいのです。

たぶん、これが政府小切手を必要としないアダムスⅡであり、須藤元気も「1万円と印字した紙」なんて必要なく、

ツケ

で十分なわけです。

こち亀の両さんみたいに。(両さんはボーナス時に多くの店からこれまでのたまりたまったツケの返済をせまられ、逃げまくりますが)

こちら葛飾区亀有公園前派出所
シーズン1 (11) 1996 主演 ラサール石井, 森尾由美, 宮本充


【日銀の借用証書という概念】

信用貨幣そのものに価値があると思うから価値があるとか、そんなものでなく貨幣に裏づけされていのは供給能力であり、もうその供給能力が何であるかは言うまでもありません。元となるのは日本語による高等教育であり文楽ですw

しかし、こういう知ったかを瞬殺する論客が今ではあちこちにおり、この1年でかなりボトムアップされていると思います。(私はこういうのあまり詳しくないし、そもそも興味もないから、そういうの大好き実験大好きのクリスちゃんみたいな連中に任せておきたいのですけどね)


【ジョンタイターと鳳凰院凶真と栗悟飯とカメハメ派のクソコテオフ会はない】

今はもう匿名やコテハンの@ちゃんねるの時代でなく、クリスのクソコテ「栗悟飯とカメハメ波」の出番がなく、日本は変わってきたと思います。


【モグラ叩きは著名人だけ】

なんか他にも物々交換とか金本位制とか信用とか、大好物のサンドバックだらけなのですけどこういうのは感情に任せるのでなく、モグラ叩きはあくまでも知ったか芸能人とか御用ジャーナリストとか新聞記者とか学者とか知識人とかインフルエンサーに限定したほうがよく、匿名やクソコテの連中らはどうでもよいと私は思ってます。

【改訂新版】池上彰のお金の学校 (朝日新書) (日本語) 新書 – 2019/10/11 池上 彰 (著)


【たった1人の戦いをしてきた山本太郎を育てたもの】

恐らく1年前だと、たかが山本太郎1人に何ができるとか揶揄されていたでしょうけど、職場でもれいわ新選組の評価は高く、たった1人の元国会議員の存在でこれだけ政治に関して毎回選挙に足を運ぶ有権者の中だけですけど、意識が変わってきたと思われます。

私は自分と異なる価値観や考え方、例えばマルクスを極左の革命野郎と忌避したりして、彼のいう理論やら本を読まないと、山本太郎じゃないけどその人の専門性とか優れた理論やレトリックを得ることができず、自分の幅を狭めることになると思います。

経済学批判 (岩波文庫 白 125-0) (日本語) 文庫 – 1956/5/25 カール・マルクス (著), 武田 隆夫 (翻訳), 遠藤 湘吉 (翻訳), 大内 力 (翻訳), 加藤 俊彦 (翻訳)


【食戟のソーマの台詞と同じです】

自分は自分でしかなくそれで完結しているのですが、その自分というものが特定の認識共同体の青い服を着た信徒や白い服を着た信者みたいになることで、結局三界の今だけカネだけ自分だけの三だけ人間と同じく、マルサスと同じく、小乗精神の小さい男になってしまうのです。いつまでも小さい自分のままでいるといことになります。

このブログのタイトルが『脱思想の下請け』であるのは、不確実性という未来に対して不安を抱え特定の認識共同体の信者になるのでなく、シッダールタやイエスのごとく『食戟のソーマ』のごとく自己研鑽をしたらいかがというを意味しているのです。

たぶん。(今適当に思いついた)

ソーマは人を蹴落とす「競争」という言葉を使いません。「研鑽」(けんさん)という言葉を使います。この言葉もいずれグローバリストに悪用されるでしょうけど。


【自分らと違う価値観との不純物との交流の重要性】

もし、山本太郎を反原発の海パン一丁の中卒メロリン野郎ということで反緊縮保守派が彼を国賊扱いしていたのなら、藤井先生や三橋さんと太郎の邂逅も実現していなかっただろうし、そうなると「れいわ新選組」が以下のような図を政策してディスプレイで説明したり、公約にインフラの重要性を訴えるとかもなかったと思います。

そうなると、れいわ支持者に対してインフラ整備の重要性を周知させる機会を失ったことになっていたことでしょう。

 


【インフラネットワークの充実を実現するためには】

反原発の山本太郎という不純物により、日本列島にインフラネットワークの充実という虹をかけることも可能となるわけです。

救国のレジリエンス 「列島強靱化」でGDP900兆円の日本が生まれる (日本語) 単行本 – 2012/2/21 藤井 聡 (著)


【偶然でなく必然】

これは私からするとこんなの偶然でなく必然であり、二極の統合による創造がなされるわけで、これこそがアルケミー(錬金術)効果なのです。右でも左でもない第3勢力ってこうして生まれるのです。

人間は男か女かでなく、どちらでもなく、こうして第3の子が埋めれるのです。(2という数字と3という数字の違い、ジンメルが述べているのでまた参考にしてください)

社会学(上):社会化の諸形式についての研究 (日本語) 単行本 – 2016/5/27 ゲオルク ジンメル (著), Georg Simmel (原著), 居安 正 (翻訳)


【国民の生活がないがしろにされてきたのを終わらせなければならない】

結構、2極の統合によるアルケミー効果を述べるのはオカルト扱いされて頭から  拒否され、これは段階的に早いと思っていたのですが、私のオカルトの師匠的な存在の立憲民主党の須藤元気議員がMMTを取り入れて、中野さんの本まで読んでいるようなので、日蓮宗がかかげる法華経の「方便品第二」「比喩品第三」をテクニック、つまりは中二病的方便を使い説明したのです。


【大の読書好きの追加本はまだまだあるよw】


【最後に反緊縮派にささげる祝詞】

検討を祈る。

エル・プサイ・コングルゥ 

特に意味はない。


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