尾崎豊が生きていたらーメタボは確実だけどグローバリズムと戦っていただろう


【尾崎豊の『米軍キャンプ』】

youtubeで京都大学の藤井聡先生が尾崎豊の歌『米軍キャンプ』について紹介してくれたので紹介します。


【尾崎戦えよ】

意外にも藤井先生は尾崎豊の3枚目のアルバムの『壊れた扉から』のLPを購入されていたようで、少し親近感を感じてしまった次第です。

内容はyoutubeで聴いてほしいわけですけど、尾崎豊は92年の春に他人の庭先に裸で倒れておりそのまま死に至ったわけですが、藤井先生いわく

” 尾崎そのまま生きて戦えよ ”

というようなことを語っています。


【起点はモッズ】

私が尾崎を聴くようになったのは、大学の頃浜田省吾ばっかり聴いていて、友人から” 尾崎も聴けよ ”と言われ、その流れで聴くようになったわけですが、もともとロックとかの音楽の影響を受けたのがTHE MODSであり、当時は中学3年で将来に対して考えうつ気味だったのを打破するというか、単に兄貴が聴いていて聴くようになっただけです。

なんか、この歌詞いいなって具合で。
大人とかいい学校いい会社のメインストリートなんかクソくらえみたいな、まさに80年代の日本のロックって感じで。

BLUE-MIDNIGHT HIGHWAY THE MODS  形式: CD


【今だとルサンチマンの歌がメイン】

まぁ、当時は中曽根政権で日本はグローバル化の黎明期でしかも人数の多い団塊jr世代が大人が強要する競争に辟易して、それに対しての反骨精神が日本のロックの基調となっており、「あんな大人にだけはなりたくない」というようなティーンネイジャーが多かったと思います。

今だったら公務員になって安定した地位をきずこうとして、氷河期にぶちあたって安定の夢やぶれヒキコモリのルサンチマンとかw

さすがにそんなルサンチマンの歌、筋肉少女帯じゃあるまいしないでしょう。


【高校生の夢は安定の公務員】

今と異なり80年代当時は、タイガーマスクのようなプロレスラーになるとか、自衛隊に入隊するとか、多くの男はそういう英雄になるとかの願望が強かったように思えますが、今はそんなのじゃなくなってるんですね。

何よりも安定第一なのです。


【テロリストの悲哀】

私は結構尾崎豊のことは詳しくて、少ないアルバムを全てもっているのは当然で、尾崎関連の本も何冊か読んでおり、尾崎って反戦とか反核とかうたっていても左色の強い浜田省吾とはちと違う感覚でとらえていました。

『銃声の証明』という歌があるのですが、当時大韓航空機事故の主犯格の北朝鮮のキムヒョンイを例にあげてその歌について説明したりしており、生まれた国や境遇でやるしかないからやるといった、そういう変えられない境遇とかの苦悩などを歌詞にしていたわけです。

>テレビのニュースでキム・ヒョンイが猿ぐつわで連行される姿を見た。舌を噛み切って死ぬことすらできない。幼い頃にさらわれテロリストに育てられた彼女は、世間のさらしものにされ獄中で暮らし拷問を受けている。自分の本当の親さえ知らないと彼女は言う。彼女はそれしか言うことが許されないのだから・・・。

>留置場で出会った少年ヤクザは散弾銃を抱えて敵の組に殴りこんで捕まった。罪だと知りながら会社の命令で裏金をさばいて捕まった奴もいる。環境が人の運命を決める

グレートギャッピーカーヴもそれを表しており、生まれた境遇が環境をつくり子供の所得もそれに応じて決定されているのが現実です。

金持ちの子供は一生金持ちで、貧乏の子供は一生貧乏なのです。「がんばったら豊かになる」とか軽々しくいうバカがいますが数字みろってことです。


【堕天使達のレクリエム】

藤井先生は『米軍キャンプ』の歌に出てくる女性と『ダンスホール』の歌の歌詞に出てくる少女が同じ人物らしく思っているそうですが、ダンスホールに出てくるモデルとなる少女は実在してよくディスコに通っていたらしく、何らかの事件にまきこまれ殺害され、尾崎はそういった少女の悲哀を歌にしていたと思えます。(『米軍キャンプ』の女性と同一の少女のことかどうかはわかりませんが)

『銃声の証明』の曲の本人の解説に、『米軍キャンプ』に出てくる女性についてと同じく変えられない境遇、街を呪うのと同じようなことが述べられています。

一体誰に責任があるんだ。なぁ、死ぬまで運命を恨み続け、わかも分からぬまま言われたとおりに生きて行けとゆうのか。運命のなすがままに生き、罪を背負う哀れな人々が救われればいいのだが・・・。

堕天使達のレクイエム (日本語) 単行本 – 1993/3 尾崎 豊 (著)


【病みあがりでない半年前から病んでいる】

尾崎は3枚目のアルバムまで十代でつくっていたのですから、新日本プロレスの高橋ヒロムは復帰して今は病みあがりなので、ヒロム本人曰く既に半年前から病んでいるから大丈夫らしく、尾崎も同様で10代の頃から病んでいたと思われます。

でないとあんな曲つくれません。


【ロックンローラーなら安倍政権大嫌い】

尾崎豊の友人に同い年の吉川晃司がいることは有名ですが、吉川晃司はまた広島県出身で親父の実家が原爆ドーム近くであり、またその影響からかそういう歌ばかりつくっており、今でも政治的な発言したりして面倒なことに首をつっこんでいます。

彼は民を貧困化させる弱肉強食社会の安倍晋三が大嫌いであり、変なネトウヨフォークシンガーと違い真のロックンローラーです。


【尾崎豊の自由】

尾崎はロックンロールという言葉が好きで、サインを書くときは必ず” ROCKN ROLL  “と書き添えていたそうです。

しかし、彼はロックンロールを以下のようにとらえていました。

>僕はファッションでロックンロールをやっている奴らは好きじゃない。ロックンロールはただやみくもに反体制であればいいというわけでもない。それにドロップアウトした人間がやるものでもない。ロックンロールは人間と人間のきずなの意味を模索するひとつの表現方法なんだ。

>ロックンロールは自由を求める歌ではない。自由というのは夢としての概念で、それを思い続けることが自由なんだ。不自由だから自由がある。縛れた状態だから、解き放たれた状態を思い浮かべることができる。それが俺の自由だ。
(尾崎豊「Say good-bye to the sky way」)

まぁ、面倒な人間ですが自由という状態ってそれを自覚できないと自由でないわけで、もともとリベラルってこういう束縛からの解放からの自由であり、サッチャリズムのごとく誰かの犠牲を伴ってもいいという競争の自由とはまったく違うわけです。

ロックンローラーに左の人が多いのも、恐らく虐げられたいる拘束からの自由というのが前提にあり、どうしても資本主義の下ではこぼれていくものが出てくるわけで、そこにビルトインスタビライザーなどがないと、どんどん民が苦しむわけです。


【高校中退の少年を正社員で採用】

尾崎は死ぬ前に独立して自分の事務所を立ち上げたわけですが、女性スタッフが高校を中退して雇ってくれと懇願している18歳の少年をつれてきて、” 彼は若すぎるしバイトで様子をみたほうがいい ”と助言したところこう答えました。

俺はあいつを正社員にする

そこで、多くのスタッフは懸命に止めたが

>おおいうやつだからこそ俺は分かるつもりだし、あいつも俺を分かってくれると思う。学歴なんてどうでもいい。仕事ができなくてもいい。そんなことは体で覚えていけばいい。ただ、俺はその執念を買いたいんだ。

といい、正社員で採用したそうです。


【皆が幸せになる世の中にしたかったらしい】

なんか尾崎のいいところばかり述べるのもあれですけど、結構プライベートは荒れており他者への束縛が異常なまでにきついとかあり、それでも何らかの信念というものをもっており、社会をよくしたいという思いは常にあって実行していたと思います。

ここで尾崎が少年をバイトで採用して安全策をとっていたのなら、彼の皆を幸せにしたいとかいうことが全て崩壊していたのだと考えられます。


【メタボで歪んだ今の社会と戦っていただろう】

尾崎が生きていたのなら間違いなく吉川晃司と同じく、今の安倍政権や弱肉強食のグローバリズムに反対したでしょう。尾崎が桜の会で安倍晋三と笑顔でツーショットとか、会食とかありえないしw

山本太郎みたいに闘争型になっていたことでしょう。

まぁ、尾崎は遺伝的予測から頭は禿げ上がっていて、しかも同じシャブ逮捕つながりの友人奥村靖幸のごとくメタボになっていたでしょうけど、確実に社会をよくしようといっしょに戦ってくれていたことでしょう。


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