近代化とは分化ー役割の限界


【近代化は分化】

まじめな記事を書くとアクセス数が減り、ちょっと素でふざけるとアクセス数が増加する中、多少ジレンマと戦っているわけですが、今回はちとアクセス数が減る内容かもしれません。

経済学でいう近代化とは産業革命に象徴される合理化なのですが、社会学においての近代化とは分化であり、つまりはこれまで例えば農奴であると、土地に縛られ作物を栽培する労働を通じての奴隷として、いわば身分としての側面のみが役割として定着したところから、農奴という身分から解放されて、労働力を商品化して自己責任で生きくと、多面な側面をもつようになっていくわけです。


【土地からの解放と自己責任】

封建主義は土地を所有する領主がその土地を利用し農奴なり使い、作物を栽培してその収穫物から利益を得るというシステムであったのですが、近代化に伴い工業化が進み、そんなことよりも工場をつくりそこで労働力を提供させ、つまりは賃金だけ払って後は面倒を見ない。そっちのほうがコスト安でこうすることのほうが特すると考えはじめたのです。

農奴として土地から解放された代わりに、労働力という商品を売る労働者が誕生したわけです。

なんでもかんでも商品化されたのです。

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【多面性を有する現代人】

労働力を商品化して労働者という身分に落ちぶれたところで、これまでの固体として人間であったことには変わりなく、しかも現代化社会では多面性を要求され、例えば有権者としての側面、父親という側面、会社の管理職という側面、サーファーという側面、アニヲタという側面、町内会の班長という側面、どこかの都道府県民としての側面、国民としての側面などいろんな側面の役割を要求されてくるのです。


【全ての役割を果たすのは不可能】

私は社会というもを

人間の交互関係が継続し慣習化し、それが地位や役割分担となりその構成員からなる集団

と定義してますが、単純に会社の課長とかの役割一つであれば問題ないのですが、現代人はいろんな役割を要求され、ぶっちゃけ処理不可能な状態に追い込まれています。

父親としての側面と会社の部下としての側面、有権者としての側面と日本国民としての国民と同じにできないから、皆混乱していくわけです。


【ワークバランス後進国】

大体、男は外で働いて家に帰ったら家事もろくにしないで休みの日にゴロゴロしているとか、よくこういう主婦側の愚痴を耳にするわけですけど、日本なんてワークバランスが非常に悪く、

” 子供熱でたから会社休みます ”

とかなんて、大手優良企業ならいざしらず、中小零細企業とくにブラック企業ではその負担を現場に強いることになるから、絶対に不可能です。

女性ですら子育てから一般職からパートへと会社の立場を落とした例を現場の経験から私は知っていますが、会社内の空気がそうさせているのです。

2年前の順位ではインドネシアより下でこれは事実です。


【過労死ラインを上乗せした安倍晋三政権】

安倍政権で消費税5%から10%と国民は貧困化まっしぐらの中、生きていくために掛け持ちのバイトをしだすと当然過労死につながるし、そんなことどこの会社も推奨しているわけなく全て自己責任となります。

これが「働き方改革」という名の「働かせ方改革」の現実であり、これが一億層活躍のグロテスクな正体であり、裁判所が過労死認定基準とする80時間/月を、100時間/月まで引き上げたことが、安倍政権の実績です。

裁判の判例からするとただの人殺しです。

 


【そりゃ離婚するわな】

日本の労働環境がこんな状況で旦那が家に帰ってかまってくれないとか、旦那も心と体をくたくたにして精神病んだ状態であり、年間休日が105日程度の中小零細務めで家事やれとか「お前死ね!」に等しい要求なのです。

こうなるとパート務めの主婦が言い返してくることもわかりきってて、この口論はイタチゴッコで終わります。

専業主婦などジャパンではセレブで私個人としてはどうでもいいけど、旦那の稼ぎを補填するためにパート労働を余儀なくされている主婦の負担は多大であり、一方の旦那の精神状態も崩壊寸前で仕事やめても失業保険を即支給されないとか、会社が退職金制度ない場合は離婚とかなりかねません。

離婚して子供をつれて親の実家に戻り、母子加算なりもらいながら仕事したほうが、育児を親がしてくれたりとか助かり、まぁ普通に考えてそっちほうが楽なのです。


【母子家庭叩き】

貧すれば鈍するで、こうなると今度は母子家庭叩きにはいり、

” 勝手に子供つくって、勝手に結婚して、勝手に離婚して、そんなの税金をかける必要ないだろ! ”

とかの風潮になり、その結果シングルマザーのホームレスとか出現する、ジョージ・オーウェルの『1984年』のディストピア世界がくりひろげられているのです。


【日本はベッキーを待っている】

結論をいえば、所得を伸ばすだけでは不十分であり、かつてケインズが週2日か3日の労働ですむ様な社会が構築されるという世の中にする必要があり、そのためには女性の活躍が労働力不足の補填でなく、別の意味で不可欠なのです。

もちろんそれにはまず政府が投資をする必要があるのは当然であり、ベッキーが国会議員になってくれればという願いは、それなりの意図があるのです。たぶん。

 


【緊縮リベラル女子に対する期待】

当然安全の欲求が満たされていないと投票率が上昇せず、しかし自公のジェノサイド与党が圧勝し、ますます日本はインバウンド頼みの途上国と凋落していきます。

この流れを変えるためには緊縮リベラル女子に期待が寄せられます。

反グローバリズムであるなら、反緊縮でないとおかしいわけです。

 

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