時間を共有する国民国家ーオカダカズチカと竹中平蔵の違い


【国家とは】

「国家」という言葉の由来を調べて見たのですが、どこでこの言葉がつくられたのかは不明であり、福沢諭吉の『学問のすすめ』では国家という言葉は恐らく使われておらず、たんなる「国」として扱われています。

しかしながら、福沢はこのように述べております。

外国に対して我国を守らんには、自由独立の気風を全国に充満せしめ、国中の人々貴賎上下の別なく、~省略~英人は英国をもって我が本国と思い、日本人は日本国をもって我本国と思い、その本国の土地は他人の土地に非ず我国人の土地なれあ、本国のためを思うことを思うが如し~。

 

学問のすすめ

学問のすすめ

posted with amazlet at 19.10.24
(2012-09-13)

【国民国家】

「国家」を英語で表すとnation、stateなのですが、nation には国民の意味があり語源は元々ラテン語のnatalisであり「出産・出生」と意味しますが、いずれにせよを表しています。

一方のstateは状態を表しその時の政治体制などと捉える考え方もあるのですが、これらのことを踏まえて、nation -sate人と土地と両方の関係を重要視して、

国民が国家の防衛という基本的な一点で平等化され対等のものとして扱われる国家

つまりは、「国民国家」と定義する捉える論客もいます。

だいたい、福沢もこれに似たような解釈をしており、まぁこの考えはリベラル派には少しウケが悪いわけです。

それでも国民国家において国民と領土との関係を離さすことは難しく、「国防」って内と外で考えており、リベラル派の好きなカール・ポラニーの「家政」の閉ざされた集団を維持するための、水道や農業となどの自給自足という安全保障と同様、自主独立した国防力が必要となるのです。

 


【上と下の関係の欠如の弊害】

上と下か外と内かの二者択一なんてまずありえず、どっちか一方に偏りすぎると例えば、内と外だけで考えると在日コリアン排斥やら韓国にぞっこんで嫌いな割には異常なまでに朝鮮半島のピンポイントの歴史に詳しかったりとかになりがちになります。

逆に上と下の関係が余りにも欠如してると、宗主国アメリカに対して同盟国とか友達とか、アメリカは韓国を軽視しているけど日本は違うとか、属国という現実を否定するとにかく気持ち悪いようなことを口にするようになります。

しかも、上と下の関係の欠如は有権者の政治家に対して、「世の中をよくして」とか全権委譲の精神になりがちです。特に日本人は「お上」が聖人君主なら全てそれでよくしてくれるとかそうなりがちなのですが、一般庶民にとって権力者ってまず監視対象です。

憲法改正すれば戦前の大日本帝国の復活とか妄想を抱き、

改正入管法・TPP参加・日米FTA不平等条約・種子法 廃止・カジノ法・水道民営化・郵政株売却凍結の凍結つまり売却・PFI・農協解体・漁業組合法改正・消費税増税・法人税引き下げ・国家戦略特区・年次改革要望書復活・経済財政諮問会議復活・規制改革会議・・・無限。

これだけ売国行為をされても米国隷従の政権批判しないというのは、保守でないのは明らかなのですが本当に右なのかと思うわけです。


【多文化共生の不可能性】

リベラル派に見られる左の内と外の関係の欠如は、最近執拗なまでのこのブログで扱ってきたように、時間の共有をあまりにも軽視しており、言語・文化・慣習・コモンセンス常識の異なる移民に対して多文化共生できると思いこんでいるところなのです。

ダグラス・マレーの本にあるように、TVのコメンテーターとかアナウンサーとか上層階層の連中は、治安がよくて安全な地域(大阪の箕面とか)に住んでいるため、スラムの現実なんて知らず、自分の娘や嫁が乱暴にあうことなどありえず、一方で一般庶民がそうなった場合、

” そんなの日本人の性犯罪者も同じだろ?移民だけ叩くのは差別だ! ”

とかなり、被害者が側が逆にレイシスト扱いされるようになります。

その国の土地や言語や文化や歴史に愛着がない移民が日本にやってきて最初は生活が向上して満足しても、貧困とは他者との比較にあるわけで同じ土地に住んでいるのに、ずっと日本の底辺におれば同じ国民という意識がなければ尚更、犯罪が増加するのも当然なのです。

” なぜ、俺たちは同じ仕事をしてるのに賃金安いんだ! ”

とか言いだすのです。(同じ仕事はしてないのですけど)

TVのコメンテーターが多文化共生とかで移民受け入れ賛成するならまず、自分の家にどこの誰ぞやわからないおっさんと同居してみればいいわけで、同じ日本人でもそれすらできないのに、まったく別の時間(歴史)を共有し別の文化や慣習を保持する移民と共生なんてできるわけないのです。

西ヨーロッパが移民の同化に失敗したことがいい例です。

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【ふたり鷹】

新谷かおるの漫画で『ふたり鷹』ってあったのですが、ストーリーは東条鷹と沢渡鷹という同じ” 鷹 ”という名前の主人公がいて、この2人は同じ病院で出産したのですがその時に火災に合い同じ” 鷹 ”という名前で、赤ん坊が入れ替わってしまうのです。

それぞれ血の繋がっていない家族の中で人生を歩むわけですが、2人ともバイク乗りでありたまたま同じ大学に進学したりしてとか関係をもつようになります。

結局、赤ん坊の入れ替えという事実を知るはめになるのですが、しかし血の繋がっていない家族であれそれまで共有した時間があり、これまでどおりの関係を築くことになるのです。

沢渡鷹の方は母子家庭で幼少の頃は貧しくて、鷹が小さい頃服をドロドロに汚して毎日母親に怒られるのですが、ある日鷹が家に帰ってこないで心配になり母親が近所を探しまわっていたら、幼い鷹が神社で裸になってドロドロになった服を洗っており、そこを母親に発見され鷹は逃げるのです。

服汚すと怒られると思ったから逃げたわけなのですが、そんなことよりも母親は鷹が心配だったので、母親が泣きながら鷹を抱きしめるのでした。

そういうエピソードがあったりして、「家」って思い出とか時間の共有が大切であり、血のつながり云々ではないということです。

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【売国奴と愛国者】

移民には移民の思い出があり、そうなると移民は移民同士で当然固まって暮らすわけで、そうなるとそこでコミュニティ(中間団体)ができあがり、上の国家の命令(法律)に従うわけなく逆に自治権を主張するだろうし、日本国籍を取得しておりしかも移民は多産で純日本人よりも投票に足を運ぶし、力関係は変わってきます。

それに気づいた頃には時既に遅しでありそれがグローバル化を進めてきた今の西ヨーロッパで、去年はとうとうその越えてはいけない最後のラインを完全に安倍信三政権が越えたわけです。

これに対して国会でめいいっぱいに反対したのが今の「れいわ新選組」の山本太郎代表だったのです。

リベラル派は外国人技能研修の非人道的扱いとかそっちばかりに注目しており、いやまず同じ日本人からでしょって。山本太郎はまず同じ日本人のことを考えて以下の発言をしたのです。

” この国に生きる人々を低賃金競争に巻き込むのか! ”
” 世界中の低賃金競争に! ”

 

 


【8年前の竹中さん】

” 竹中平蔵の下請け! ”

とも山本太郎は叫びました。

さて、8年前の竹中さんの考えは以下です。

>政府の債務残高が1000兆円近くあるいま、日本は財政危機を迎えている。 「よく日本経済は『全治3年』などという人がいますが、私は『余命3年』と考えたほうがいいと思います。2012年、13年までが最後のチャンスで、それを超えていまのような状況が続くと、本当に何が起こるかわかりません」(本書の竹中平蔵氏の発言より)

不安恐怖を煽るグローバリストの常套手段です。

日本経済「余命3年」 <徹底討論>財政危機をどう乗り越えるか
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【現在の竹中さん】

で、MMTという黒船が到来することになり財政破綻論が難しくなり、別の形態になり別の角度から日本を破壊しかけてきているところです。

いや、あんた、2011年に余命3年とか言ってただろw
まず、誤りを訂正してください。


【ちゃぶ台返し】

しかし、財政破綻論を従来の主張から変えたことは大きく、相手の駒の進め方がわかったのなら、先にそこを塞ぐだけだと思います。

これは考え方変えれば朗報でチェックメイトしている状況なのですが、恐らく彼らはピグマリオン効果・自己実現の成就、財政破綻を現実としていく方向にもっていくでしょう。

TV局のアナウンサーやら評論家やら経済学者やら大企業の経営者やら財務官僚やら認知性不協和とセンメルヴェイス反射に今陥りかけており、レントシーカーは必ずこれらの共犯者を従え、一億玉砕のちゃぶ台返しをやってくると思います。


【恥と罪の意識の重さ】

学者や知識人にとっては回復できないほどのだし、TVのコメンターやら政治好きの芸人・タレントにとって、この国にとってよかれと思ったことが逆に万単位で同じ日本人を殺めていたという事実

今回の台風で100人ほど亡くなったのですが、災害国でありながらろくに調べず財政破綻論をかたくなに「無駄な公共事業」とか信じ、これにさんざん加担し続けていたことを普通は認められるわけありません。

「自己責任」で切り捨ててきたわけですから「恥であり罪」でもあり相当キツイく、世界を牽引する思想の持ち主でしかも愛国者と思ってたのが、一瞬にして同じ日本人のホロコーストを支持しただけの残虐な人物、命令に従っただけのアドルフ・アイヒマンと立場が変わるのです。

恐ろしくないわけありませんし、精神錯乱状態になることもありえます。


【国家とは】

結局、国家には内と外と上と下の両方が大切であり、内と外の壁となるのが言語やら時間の共有つまりは歴史であり、上と下との関係を保つには国家や家のことになるとつい人間は過激になるから、中間団体が必要となるのです。

保護貿易による内と外の関係は決して鎖国でなく、外国に対してはそれなり節度ある関係を築いているだけで、これはグローバリゼーションでなくインターナショナルな関係なのです。

週1回カレー食べるとか根拠なき家の決まりとか、いちいちそんなこと他の家に口だししたりしないのですが、可燃ゴミを捨てる日は決まっておりそれは守るとか、節度ある関係がインターナショナルな関係で、どこの誰ぞやわからないおっさんといきなり同居するような壁のない関係がグローバリゼーションなのです。


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