身内を悪魔扱いするグローバリストー安倍政権と維新の会


【なぜ地元ネタなのか】

私のブログは八尾市とか案外地元ネタを提供することがあるのですが、国家がどうのこうののマクロも大切ですが、まず身近な自分に関係あることについて、知っておこうというところがあるからです。

とは言っても地元のローカル情報は非常に少なく、最近いじるネタがない長尾たかしなどを通じて、維新とかグローバリズムの危険性とか知る人が増え、少しでも検索キーワードにひかかればと思っています。

で、八尾の前市長は悪魔に魂を売ったらしい。

 


【数字を見ない悲劇】

過去ログで述べたのですが田中誠太八尾前市長にほとんど落ち度がなく、むしろ地方への交付税が削減される一方でまずまずの出来だったと思うのですが、大阪のTVは維新と吉本に占拠された状態であり、ふわっとした抽象的な維新の政策に翻弄されて今の、田中なんとかという維新の市長となったわけです。

小中学生ならいざ知らず、大人は数字くらい見てほしく、そうでないと中核市八尾市民はそのうち堺市と同じく自分らで保育所も設立できない特別区に降格してしまうことになります。


【不安や恐怖による煽動】

今の維新の市長は選挙戦で

” 八尾市の財政状況は危機的な状況にある ”

とか不安を煽りまくっていたらしく、議会で公明党の土井田議員にその発言を指摘されて、

” 将来を見据えて大変厳しい状況 ”

と、勝てば何でもいいと思ってか言っていたらしいのです。(「八尾市政だより9月号」より)


【遠くのものより近くのもの】

他にも建築業やら製造業とか介護業界とかのことに触れることも、単に身近な出来事だからであり、個人情報とか詳細は述べられないのですが、現場の実情をネットを通じて周知させることになり、そうすることによりマクロで世の中が少しでもよくなればと思っています。

イギリスの哲学・政治学者のオークショットは「遠くのものより近くのもの」と保守思想を語っていますが、私は所詮経済学者みたいにエニウェア族のごとく国内外のエリート連中との交流もないし、かかわったところで彼らの現実と乖離した妄想理論にムカついて中指立てて終わり、下品なサムウェア族として目に映るだけでしょう。


【家により隔てられた壁】

最近、ブログで「家」について述べていると思いますがジンメルがいうように、

家族と国家のためには命を投げ出す

くらいにかなり過激になりやすく、家への思いからそうさせるのが共有された時間軸エピソードなり歴史なりが存在し、それが母国語で語られようやく家庭内の暗黙の了解やら国民意識やらの共通認識として定着するわけで、それが結果として内と外と隔てる壁になるのだと思います。

本当の右派が内と外を優先して「身内」には大抵甘いのも当然で、子煩悩のバカ親みたいなものだからなので、たまに叱咤もしますけど基本そうです。


【責任回避し身内を見捨てる冷たい日本国民】

今回の台風19号の被害に対して、とりあえずでも7億円とかちんけな予算を提供して自己責任で切り捨てたりしないのです。(台風15号では13億円らしい)⇒https://www.jiji.com/jc/article?k=2019101600840&g=pol

環境プラットフォーマーのために地球温暖化対策に、10年で30兆円つぎ込むぐらいなら現在苦しんでる台風で被害にあった同じ日本人を救い、予算組んで助けろということですが、単に安倍信三総理大臣様は国民意識を完全喪失した無国籍のエニウェア族だから、こういうことを無碍にしているだけなのでしょうけど、これ許しているのが日本国民でありそれも

財政破綻論

により皆が

今だけカネだけ自分だけ

と保身に走り、関電とか行政の対応が悪いとか自分らの責任を回避して、もう国民意識の断絶というか人間として最悪の状況です。

 


【中間団体・コミュニティの重要性】

もし、個人以外に家族と国家しか存在しないのなら、過激な連中の集まりばかりになり、フォークランド紛争の時とか北朝鮮からミサイルが飛んできたような時だけに熱狂する国民になります。

これを防ぐためにファシストやグローバリストが破壊したがる中間団体の存在が非常に重要になり、共同体・社会以外に、労働組合、医師会、漁業組合、農協、趣味の集まりや、職場での競馬仲間みたいなインフォーマルな集団とかもそうです。

家族の思い出や国家の歴史とかの「家」のエピソードという共有された時間軸が内と外の壁をつくるのに対して、共同体とかどうでもいいコミュニティとかの中間団体が、上と下のとの壁となりこれの有機体が「共」とでも言うのでしょうか、パラドックスですが規模の大きくなりすぎた万世一系とかで抽象的になりがちな家、つまりは国家の自滅を阻止することになるのです。


【コミュニティとコミンテルン】

中間団体とかコミュニティって左からくるもので、いわば有機体の遠くのものより近くのものからくるわけで、晩年ソ連を是としていた社会主義者のカール・ポラニーが実は国民主義者の精神が強いという矛盾はここからくるのでしょう。

そもそもコミンテルンcominternってCommunist Internationalの略で、コミュニティcommunityつまりは同体」を意味するのですからそうなってしまうので、そこには必ず「家政」がありそれは内と外との関係であり、internationalという互いのnation(国民・国家)を侵害しない節度ある関係となっていたはずなのです。

ソ連や中国やEUやTPPとかのグローバル経済の障壁をとっぱらう行動原理とは相容れられないもので、言葉だけのCommunist Internationalでしかなく実情からして、Communist Globalという言葉のほうが適切です。

そうなるとコミンテルンよりもコミングロのほうが言葉の響きがマッチしており、グローバリズムと同じくグロくてよかったのではないかと思います。

売国・亡国は抽象的な論理性においてですが、内と外と上と下の関係のどちらかの欠如にあったといえます。


【どうでもいいこと・遊びの重要性】

さて話がそれないように戻しますが、ジンメルがいうように中間団体に命を投げ捨てるようなことは誰もしない故に、そこでの認識共同体としての側面があればそれが判断基準のひとつとして形成され、維新のような過激な連中のたわごとに惑わされることなどなくなってきます。

どうでもいいコミュニティとか共同体が、国家や自分の家族だけと過激になりがちになる人間の側面に対してストッパーとしての役割を果たすのです。

例えば口論になって、 ” お前の子供殺すぞ ”とか言われると、頭に血がのぼって殴りちらしたりする人がいるでしょうけど、そういうことなのです。

もっとゆるい関係のコミュニティが人間には必要で、そのどうでもいいコミュニティの規範がないと遊びのないアクセルやブレーキと同じで、子供のこと言われて頭に血がのぼって相手をボコボコにして殺したりする可能性があり、それがニュースとして報道されているわけです。

” ついカッとしてやってしまった ”

とか。

そんなことすると、結局家庭そのものが崩壊してしまい犯罪者となって後悔する例がほとんどだと思います。(実は「認知性不協和」で有名なフェスティンガーの実験例でも、別の集団の規範があると同調圧力の影響を受けにくいという結果が見られています)

最近話題になった「煽り運転」も恐らく運転しててイライラした時に、

” あの集まりの人たちならこう考えてイライラしないんだろうな ”

とかゆとりのない思えない状況、つまりはコミュニティの規範の喪失面からも考えられるのです。


【崩壊の種は常に抱えており、浮かれた時期に芽を出す】

もちろん国家も同じで、日露戦争後からオレンジ計画でアメリカに仮想的国として研究され、まんまとその罠にはまって日本国は今の属国状態になっているのですから、日本国民ならその過程としての歴史を共有しており痛いほどわかるはずです。

個人でも国家でもいきなり状況が悪化することなどほとんどありえず、例えば大平政権から中曽根政権と少しづつ「ラクダの首の例え話」のごとく亀裂が生じ、バブルに浮かれた頃に消費税が導入されたり、バブルが崩壊した後に橋本政権で「元祖改革」の行政改革とかやられてきたのです。

これも時間の共有や失敗から学んだり記憶として残す国民の姿勢が甘かったからであり(戦前からずっとそうですけど)、故に一時のプロパガンダーで激情に任せて国家の運命を左右する選択を迫られた時の選択を国民レベルでできないのです。いつも、お上に全権委譲状態になり権力者の監視を怠りつづけているのです。(左の上と下の関係の欠如です)

どでもいいコミュニティというものが上と下の壁であるが結合部分でもあり、それが欠落していた状況だと思います。恐らく戦前も格差が激しかったと思われそうさせたのでしょう。

日英同盟から国際連盟、ロンドン軍縮会議へ流れが変化していく中で、間違った選択をすると後後面倒なことを痛いほど日本人は知っているはずなので、いきなりABCD包囲陣を敷かれたり、ハルノートをつきつけられたりするわけないのと同様に、小泉政権なり安倍政権が誕生する前に、国家を破壊するグローバリズムの端緒となる大平政権なり中曽根政権があったわけです。


【デフレがグローバリズムに力を与える】

ミクロに話を戻すと、政令指定都市の堺市、中核市の八尾市から権限が剥奪されるとか、冷静に維新に反対している側の意見を取り入れれば、普通はカジノ誘致とか水道民営化とか掲げている維新なんてN国以上に誰も相手しないはずです。

維新の大阪での跳梁跋扈は、20年以上にわたるもうすぐ30年になるデフレがもたらしたグローバリズムによる中間団体・コミュニティの破壊の結果ともいえます。


【悪魔の碾臼(ひきうす)効果】

当たり前ですが中間団体に命を投げ捨てるようなことは誰もしない故に、そこでの認識共同体としての側面があれば、維新のような連中のつけいる隙などどこにもないはずだったのですが、悲しいことに国民は貧困化していき、

今だけカネだけ自分だけの世知辛い状態になり

になり、「悪魔の碾臼」により原子化された個人または家族の存在が、椅子取りゲームで少なくなるパイを奪い合い、自分らだけは助かろうと貯蓄をし貨幣の価値を維持できることに満足しそれが「合成の誤謬」となり、デフレという病を克服しようと思う連中が少ないどころか実は願っている人が多い、ただそれだけだと思います。

構造上では。


【トリックが得意な政党】

パネル使ってこんなことしている時点で、今の田中市長のごとく選挙期間中に将来の可能性でやたらと前田中誠太市長の評判を陥れ八尾市の財政破綻を煽ったごとく、もう維新って不誠実で相当やばい連中なのが普通わかるはずです。

 


【同じ国民を悪魔扱いする政治家たち】

グローバリストの悪魔認定好きは、同じ日本人同じ国民を争わせたサッチャーと同じ伝統芸なのです。


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