右と左の反緊縮派の内輪モメー倭人への道


【同一性では敗北するのは必至】

左派ポピュリズムのシャンタル・ムフが等価性の関係「あらゆる差異を同一性に回収するのでなく、差異がなおも活動的であるような関係」と称し、差異の解消は単なる同一性と批判をしておりました。

同一性=アイデンティティ

で何が悪いと思うでしょうが、池戸万作先生のいう反緊縮保守派つまり世界を支配しているグローバリストに対抗するには、同一性をやると絶対に勝てないわけです。


【なぜサッチャーや橋下は受け入れられたのか】

マーガレット・サッチャーは見事に敵であるはずの労働者の中で分裂を起こし、味方につけることに成功させ、労働者の中で

勤労者 VS 労働組合

という対立構図をつくることに成功しました。
アーサー・スカーギル率いる炭鉱労働組合を

「内なる敵」

と宣告してそれが見事に功を奏したわけです。
加えて、

善良で責任感のある「納税者」 VS 国家権力を濫用し自由を奪う官僚主義的エリート

の対立構図も同様です。

維新の

「身を切る改革!」

も、小泉純一郎の

「痛み耐えてよくばんばった!米百俵!」

も、イギリス人と日本人の騎士道や武士道に共通する清貧の精神とか家族・義務・権威・道徳規範・伝統主義をうまく利用して、今でも大阪ではこれで大成功をおさめているのです。

つまりは、敵であるはずの労働者を味方につけたからこそ改革を断行できたのです。


【最大多数の最大不幸という現実】

もうかれこれ一年になりますが、去年の秋に開催された表現者クライテリオンの大阪シンポジウムに行ってきたのですが、今でも印象深いのが聴衆者の質問の中で、

” 会社とかで反グローバリズムとか発言するとなんだか浮く ”

というのがあったのですが、反緊縮派の皆がそれを実感していると思います。

私も当然そうところがあり、もう最近少しどうでもよくなっている感があります。

なぜなら一般の人って、政治とか経済に興味のない場合がほとんどであり、「最大多数の最大幸福」ベンサムのいう功利主義的個人主義が跳梁跋扈しており、まず①自分の嫁や子供を幸せにして②それから社会とか国会とか憲法とかについて発言するべきだという考えが、世の主流派の意見なのです。

それも断層化された欲求により仕方ないことでしょう。

消費増税すればするほど、自己責任で各自が老後の資産管理しろと煽られれば煽られるほど、政治とか国家とか憲法とかどうでもよくなるのです。民主主義なら本当はなんですけど、「貧すれば鈍する」って本当です。


【家のパワーは恐ろしい】

現役世代で金融資産を1000万、2000万円と保持している連中はデフレ脱却なんてどうでもよく、このまま逃げ切れると思っていることでしょう。

今だけ・カネだけ・自分の家族だけ

が非常にこれまた厄介だし、最後を自分だけでなく家族に置き返ると、ナチスのホロコーストでも何でも大義名分が与えられるのです。

しかし下のブル下ーの部分が大きく毀損されると、日本円なんてまるっきり価値ありませんが、そこまで考えている人間は日本人の1%(120万人になりますから)もいません。


【悪魔の碾臼(ひきうす)と合成の誤謬】

これって財務官僚も当然そうであり、子供の頃から勉強して東大法学部卒業してキャリア官僚になって、そこからしゃかりきになって働いて、家族のために忠実に仕事をして緊縮財政をして日本を20年以上デフレに突入させているのです。

会社の経理が経費けちるのと同じで、それが仕事だしそうすることにより家族が幸せになるからです。

だけど、財政健全化のために消費増税したらどれだけの国民の命を奪われ人生を狂わされるかなんて、反緊縮派なら全員理解できるはずです。

ましてや、新憲法に財政健全化、プライマリーバランス黒字化目標民間赤字化できるようなものが明記されたのならバラバラの核家族の幸せもクソもないし、「種子法廃止」され農協解体されたり、「入管法改正」されて移民がじゃんじゃん入ってきた日には、だけに原子化された家族単位の個人の努力で家族を守れるわけないのです。

だからカール・ポラニーはこれを「悪魔の碾臼」と例えたし、これにより合成の誤謬、つまりは皆が家族の幸せのために大義名分を掲げて活動すれば、同じの国家は傾くというパラドックスが生じるわけです。

(貯蓄ゼロ世帯の推移)

2007年4世帯に1世帯
2012年3世帯に1世帯
2017年2世帯に1世帯

今は2世帯に1世帯が貯蓄ゼロですけど、国民の半分が怠け者であるはずなく、みんな精神的にギリギリの状態で労働して生き延びているのです。

 


【デフレは個人の努力なんてコッパ微塵に砕く】

ジンメルは

国家や家族のためなら命を捨てることが出来るけど、中間団体にはそれができない

といってましたが、だからシュタゲのクソコテオフ会とか、どうでもいいような集まりが大切なわけで、それ意図的に破壊したのがナチスでありサッチャーなのです。かつての人事考課とか成果主義が導入される前の日本の会社も中間団体でありそんな感じだったわけです。

サッチャーのいう

社会など存在しません。あるのは個人と家族だけ。

の家族が非常に重要なところだったので、家族のためなら何だってやる美徳が合成されると財務省のやっていることのような誤謬が生まれるわけです。

まぁ、それでもデフレ下でサラリーマン金太郎みたいな形而上のスーパーマンが会社の業績をV字回復させて従業員の給料を大幅アップさせるとか、アムロがマニュアル本読みながらいきなりガンダム運転してザク倒すこと以上にありえないわけで、あんなのファンタジー以外の何ものでもありません。

日本人のサラリーマンが全員が金太郎になって家族を幸せにしてからようやく、政治について発言するとか、のためだけにそれこそ撞着でしかありえません。

縮小していくパイがどんどんなくなるってことは、ブルーの部分が外資に引き渡すなりして失われていくことなのです。通貨安になったところで外資の下労働するわけですから、こうなるとでなくただのですね。


【ポラニー批判できない保守派】

ポラニー関連で面白いのが、ポラニーもまたミルトン・フリードマンと同じく、BI(ベーシックインカム)導入を考えていたそうですw

これは、娘のカリ・ポラニー・レヴィットの話だったんですけど、私個人の意見ですがこれも運用の仕方次第だと思います。

中野剛志さんや柴山桂太先生がポラニーをやたら引用してくるわけで、ポラニー批判を保守派がやりづらいところが非常に面白いところで、ポラニーなんてむちゃくちゃ社会主義者で、オーストリア時代が一番熱くて講演用の原稿とか読んでると、その熱気が伝わってきます。

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【後ろから前からどうぞ】

山本太郎が「右とか左とかわけわかんない」と言ってたけど、私も正直そうで所詮「俺は俺だ」に過ぎず、右から左と呼ばれ、左から右と呼ばれ、ネトウヨからパヨクと呼ばれ、保守派からは再分配厨と呼ばれ、左派からはアメリカに戦争でリベンジを果たそうとする極右と呼ばれ(リベンジは言ってるけどそんなことまで言ってないって)、もういろいろカテゴリーに分裂させて正直五月蝿いと思ってます。

関西学院大学の朴勝俊先生のいうサヨクは上と下で、ウヨクは内と外で、畑中葉子は後ろから前からで、物事を考えると言及しており、なるほどと納得できます。(最後のは私の粉飾です)

保守派って排斥主義的でやたら血の気が多い連中ばかりで、在日コリアンとか大嫌いでもう攻撃的なんですよね。一方は左派は下であるなら民族とか関係なく横のつながりが強く非常に優しく(フェミニスト以外)、とにかく上が大嫌いなんで敵意むき出しの状態なのです。アメリカに向けるのはいいけど、国家にだと典型的な共産主義的になりかねません。

これもあくまでも傾向なわけで、だけど反緊縮で右と左でいがみ合ってる時間なんて正直日本にはないのです。サッチャーみたいに敵を味方にしてみたらと助言します。


【労働の労って骨を折るって意味だよね】

貨幣とは何ぞやで結構、人それぞれ意見が異なるわけですけど、私は共同体国家におけるツールととらえており、それを主に市場で交換されたり、親子間や、ホームレスとそうでない人に付与されたりするのです。(私は20代の頃ホームレスにお金に困って1000円貰ったことのある稀有な人間ですwはい、ろくでなしです)

結構、貨幣が労働力とかは昔から言われていたことであり、ジョン・ロックは『統治二論』で、

” 湖の水は共有であるが取りに行ったものは自分だから自分のもの ”

だと所有権を主張してます。

マルクスも労働力を重視しており、貨幣の本質を労働力とみなしているようですが、貨幣というツールに労働力の重きを置くのなら、生産性のみに重きを置くことになりかねず、リべラル派が働かなくていいという所以はここにあるのではと思います。

問題は供給能力にあるわけですけど、そうなると生産性は技術革新に任せて、生産に加わりたいものから優先的に加えてとかなるので、しかも資本主義は収穫逓増で過剰生産になり尚更です。自宅警備員という役割が正当化されます。

まぁ、結構これいうと叩かれたりするわけですけど、somewhereにとっての仕事はあくまでも生活のための労働であり、anywhereの自己実現やら承認欲求を満たす活動とはまったく違うわけです。


【日本人みんなのためと思ったらこの逆風で倭ロスw】

まぁ、そんなこんなんで反緊縮保守や反緊縮リベラルの中ですら内輪モメしており、いやいやそんなんやってる時間なんて日本にはないぞと私は思っているのですが、困った事になんせ日本人の99%以上がそれにすら参加しておらず(1%いれば120万いることになる)、逆に政治経済に興味のない一般の庶民にボロクソ叩かれた日には、やる気がなんか失せてくるときが頻繁にあり、皆さんもそう思っていることでしょう。

”  私の日本円を金融財産を無価値にしない “でみたいな誤解とかあるし、逆に緊縮すれば供給能力が落ちて外資に食われたりして逆なんですけど。

そういう意味では反緊縮派の連中で熱くなっている連中って、日本人全員を豊かにしようという気がありまだ前向きだなと思うわけですが、何度も言いますがたぶんここ2,3年が勝負で、これ逃すとかつて予想していたディストピア社会の日本の世界線を選択する可能性が非常に高いわけです。

どっちにしてもRCEPとかで中国の属領となり、憲法に財政健全化明記されてホームレスだらけ、移民だらけになって、日本語も英語か北京語も中途半端で中身すっからかんの子孫の倭人誕生を回避するのは困難となることでしょう。


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