グローバリズムと緊縮財政の関係・後編ーグローバリズムという泥舟


(前回からつづく)

【東西冷戦のおかげで富を築いた年代】

ぶっちゃけ金融階級の存在って実業家階級と異なり、現場の労働者との接点がないわけで、マルクスはミルトン・フリードマンと同じく物理の法則で物事をあまりに単純化して考えるために、労働者と実業家(資本家)と二つの対立構図でとらえてしまったため、革命論が不発に終わったのだと思われます。

この金融階級って実体経済との接点のない連中であり、ウォール街のエリート連中はもちろんのこと、東西冷戦構図の僥倖の時代に財を築いた西側先進諸国で還暦を超えた世代もまた同様だと思えるわけです。


【今だけカネだけ自分だけ】

逃げ切り世代と代表とする金融階級にとっては、このまま物価が一定もしくは下落し続けてくれれば一生遊んで暮らせると思うわけで、せいぜいポートフォリオつまりは円、ドル、ユーロ、先物、株、債権とフィナンシャルプランナーを雇うなり、自分で勉強してPCクリックひとつで富が目減りしないことを考えればいいだけとなります。

未来への投資なんてバカらしく、後の世代への継承を無視するのも、金融階級ならではの考え方なのです。

今だけカネだけ自分だけの三だけ人間、つまりはグローバリストと同じわけです。


【所与の事柄(条件)という盲点】

もともと主流派の経済学は現在の状況に基づいた静的モデルでしかなく、生産性向上なんて何がどうなるかなんて予想不可能であり、とりあえずそれはなしとして「所与の事柄(条件)」としないとモデルが組めません。

A = B

というエネルギー保存の法則に基づいて、それが予想外の生産性向上により増加するとこのモデルが崩壊するからなしとするわけです。


【元祖プライマリーバランスのマルサスの人口論】

マルサスの人口論なんてその典型例であり、農業革命という予想外の生産性向上により農作物が増えることなんて前提にしていないのですから、結局人口が増加した分少ないパイを奪い合うことになり、その均衡を保つために貧困者から先に餓死すればいいという妥協するしかなくなるのです。

あいつら(低賃金労働者)は頭悪くて後先考えず性行為しまくり勝手に子供生むから餓死しても自己責任

と解釈するようになります。

今でもグローバリストは同じように自己責任を連呼するのも、パイを拡大するとか口ではいうものの、投資が減退していることを放置していることは、意図的に貧困をつくり少ないパイを奪い合う構図にしていることを理解していないからなのです。

これが資本主義における、ケインズがいう「豊かさの中の貧困のパラドックス」の正体だと思います。


【真の売国奴とは】

生産性向上という不確実性はなしとするわけですから、現在の労働力を投入し続けなければならなく、だから「入管法改正」とか安直で取り返しのつかないようなことをやらかすのです。


【飢えをテコにして労働力を確保】

これも経済学者のカール・メンガーの飢えをテコにして労働に駆り立てその結果労働力が確保されるという古典的な考えに基づいているわけです。

生活保護受給者を叩き保護費を引き下げたり、小泉政権時の三位一体の改革自治体を兵糧攻めにして、生活保護申請を制限に追い込んで飢えをつくり、餓死したくなければブラック労働に甘んじろとか、勝手に子供つくって勝手にできちゃった婚して、勝手に離婚してシングルマザーになったのだから自己責任で切り捨てる。

それで家事も育児もあるのに無理から過重労働に駆り立てるという考えも、カール・メンガーの陰気な思考に基づいているからなのです。

 

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【貧困を必要とするグローバリズム】

さぁ、ここでAIで仕事がなくなり生き残る方法とかそういう関連の本が書店で並んでいるわけですけど、おい、おい、深刻な労働力不足だったんじゃないかと突っ込みたくなります。

グローバル化にとって緊縮財政は必要不可欠な政策であり、必ず貧困を国内で意図的につくり

ああなりたくなければ努力しろ!貧困でしかも避妊もせず子供なんてつくるな!

という見せしめが必要となるわけです。(少子化だけど貧乏人は子供産むなという矛盾、もしくは貧乏人は生産性が低いという偏見です)

こうなると成人しても貨幣獲得できない人間は生産性がなく価値がないということになります。

そこで自己責任のもとでブラック労働を余儀なくされ、嫌なら餓死するか路上で物乞いするしかないように追い込むわけで、時代の僥倖であれ世襲であれ本人の努力であれ、自分たちは生き残ったということでエリートは格差を是とするわけです。


【実は労働の価値を知っている主流派経済学】

マルクスの『経済学批判』を読んでて気がついたのですが、主流派の経済学者もまたマルクス同様に労働に価値があることには気づいているということです。

アダム・スミスは

分業としての労働一般が素材的富、諸使用価値の唯一の源泉

と言及してますが、資本家、賃労働者、土地所有者、借地農業者、高利貸し現れるの状態を表しているようです。

リカードは

勤労によって任意に増加することができ、その生産が無制限の競争によって支配される

と言及しています。

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【市場での交換価値により労働が軽視される】

それでもリカードは労働そのものが交換価値をもっており、

労働 = 労働の生産物

と実際はそうならないとしています。

なぜなら、商品の市場価値は需要と供給の関係により変動するのであり、どのようにして交換価値の基礎の上に市場価格が展開するかと言えば、

競争原理

によると結論づけマルクスの考えを否定したと思われます。


【入管法改正による労働市場の激化】

社会の中に市場がembeddedはめ込まれているのなら、そうなるとも限らないのですがグローバル化すると社会の自己防衛機能が解除され、つまりは規制がとっぱわられアダム・スミスは需要と供給の関係でしんどい大変な労働はその分賃金が高くなると言及したが、現実ではそうならないわけです。

国境という壁をとっぱらうことにより、安い外国人労働者が輸入されてこれまた商品化された労働力がまさに、市場による競争原理にさらされるわけです。

商品化された労働力によりできた生産物が、市場の競争原理の需要と供給の交換価値により価格が決定され、需要のない状態であると労働者はその低い価格による支配に甘んじるしかないのです。

こうして低賃金労働を補うために、カケモチのバイトとかして、もうみんなクタクタになったわけです。


【こうしてグローバル化が是とされた】

それでもグローバリストは、「勤労と自由競争」の二枚刃で社会が発展して尚且つそれが国家を強靭化するという考えをもっている故に、その競争を激化させるために「自由貿易・緊縮財政・規制緩和」を効果的とし、グローバリズムと愛国が結びついた政治の結果が、80年代のレーガン・サッチャー・中曽根の政策の路線であり、それに対峙したのが旧東側諸国の恐怖圧制国家の政治であり、まるでグローバリズムが勝利したかのごとく解釈し、その流れに今も沿っているのだと思います。

働けるのに働こうとしない生活保護受給者を叩くのも「勤労」というものに反しているからであり、そこで小泉政権の三位一体の改革により自治体を兵糧攻めして、受給者を削減する方向に追い込み、格差が拡大すると少子高齢化となり社会保障費が増えるとインフレ整備が怠り、そこに外資が介入していくわけです。

グローバル化と緊縮財政が引き離せないのは、きちんと理由があってのことなので、公的支援を奪うことによりそこに市場が介入して、競争原理を働かすためなのです。


【緊縮財政は国家を破壊するのに必要なアイテム】

緊縮財政で自治体が社会保障費増でひーひー言ってる中でインフラ整備にカネを使えるわけなく、震災大国でありながら先進国で自国通貨のある統合政府のシステムを構築できていながら土木・建築の業界を淘汰する。

その結果、南海トラフやら首都直下型地震が起こっても助ける人材も技術もなく、そこで中国様なりアメリカ様なり助けてもらい、ついでの日本の産業の中に居座り、法人税引き下げによって多くの株主配当金が世界中の金融階級に配分されるわけです。

ヒト・モノ・カネ・サービスの移動を自由にするとはこういうことなのです。

無国籍化した金融階級にとって世界中の国民を家畜化するのに非常に都合がよいわけです。しかしなんです、


【日本円は日本国内で使われる日本人のためのツール】

この流れの中でのMMT現代貨幣理論なんてまさにグローバリストにとっては寝耳に水であり天敵であり、貨幣とは国家の刻印であり国内でのみ使用可能な国民間の交換・信用それらのツールでしかなく、世界の裏側でも使えるような貴金属などの希少価値に裏づけされているわけでもなく、ましてや財政破綻論なんて嘘っぱちでありそもそも貧乏人がインフレを心配してどうするんだということになってきたわけです。


【チェックメイトされつつあるグローバリストたち】

それどころがグローバリズムが残虐なジェノサイド思想とバレてきたわけで、グローバル政党・政治家と蜜に関係にある論客って相当動揺しており、それで必死に山本太郎を叩いていると思われます。

彼らは山元太郎が国防や外交に言及していないとか、過去の発言の揚げ足をとろうと必死ですが、今彼が発言している財政出勤やら財政破綻はないとか、そういうことに関してはほとんど口を挟んできません。できないからなのでしょう。

なんせ「れいわ新選組」は、小渕政権が倒れた後の日本で初めてブルーオーシャンを埋めれる政策をもつ政党であり、ここで「無駄な公共事業がー」とか言ってくれば、それなりに反論できるわけで、それが多くの庶民に周知されることとなり、むしろ反緊縮派にとって好都合となります。

とくに、弱者・人権擁護のリベラル派に知ってもらいたいのです。


P・S まだまだだね(これ名言)

グローバリストにとって一番不都合なことは、自民党のウヨクの西田昌司参議員が皮肉にもサヨクの山本太郎と同じことを述べているわけで、おカネに関しての考えに対して右とか左とか関係なく、あるのはおカネの流れの単なる事実であり、しかしこれを頭に入れるのには結構勉強が必要であり、とても「論外!」で逃げきれるものではないのです。(私もまだまだです)


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