信者とは何ぞやー宗教性の不可避


【認識共同体】

このブログはあくまでも個人ブログであり、特別な政治活動や世直し活動や人権擁護運動とかそういった固定のテーマはなく、あくまでも今はグローバリズムがこの世界に災禍を撒き散らしているため、たまたまグローバリズム奮闘記となってしまっていますが、これが終わればディストピアの未来を人類が選択していない限り、内容が変わると思います。(終わらないとか、終わった後は権威主義的ディストピア社会とか言わない。)

故に結構不親切で用語説明もろくにしておらず、「時はきた。それだけた。」とか「タコ!コラ!」とか「後ろから前からどうぞ」プロレスネタとかあれとかを知らない人にはまったく何のことかわからないと思います。

「切れてない」とか「元気ですかー」とかのプロレスネタはモノマネ芸人によって一般庶民に膾炙されているわけですが、こういうのもプロレスファンの認識共同体ができてしまっているためなのです。

 

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【ホシュ派の共同認識】

この認識共同体は当然イデオロギーにもあるというかこっちのほうがメインなわけで、保守派、ホシュ派、左派、右派、ウヨク、リベラル、反原発派、障害者支援、LGBT、フェミニスト、グローバリストらにも形成されているわけです。

サッチャーが国民レベルのヘゲモニー再編成・常識の再編成において見事に成功を収めた内容を、巨大資本の後押しもあり日本に輸入されてきたわけで、これに「万世一系の天皇家や義務とかの伝統主義」と「市場における競争的個人主義の自由主義という反国家主義」とが結合し、戦後アメリカの庇護をうけた政治家の子孫つまりは世襲議員により運営されていることを、戦後ホシュ派は大変喜んでいるようです。

この義務というような伝統主義と市場における共同体の解体が結びついた結果、生活保護受給者や大人の事情で離婚したシングルマザーを

” 義務を果たしていないのに権利だけ受け取るなんて不敬 ”

とかそういう歪曲された考えになり糾弾しているのだと思います。彼らにとってのこれらの問題?解決方法は、「日本人が心入れ替えて社蓄になれば日本は強靭化する」とかと思っているようですが、そんなのありえないわけです。

貧すれば鈍するということでしょう。

 


【自分の考えを捨てるタイプ】

さて、こういった認識共同体にも当然オピニオンリーダーがいるわけで、それが教祖や教徒にあたり、そのファン・支持者・読者で、その教祖らに忖度しまくるタイプの人が信者にあたるわけです。

つまりは自分より立場が上の人物の考えと自分の考えと異なる場合、

” 自分はまだまだだから自分のほうが間違っているに違いない。”

とかそう思い、自分の考えを変えるタイプの人が信者なのだと思います。


【信者にポアされるとか】

そういうことを述べると

” お前も会社で多少は忖度するだろ! ”

とか言われるでしょうが、それは当然ある程度は忖度しますけど、限度を超えれば私は異を唱えますし、でなくてもネット上でもオフ会や飲み会でも言論の場って相手のリアルをばらしたり尊厳を損なうような事がない限り、基本的に自由であるしそうでないほうが問題だと思います。

とはいうものの、結構、信者ってとにかく数が多いし政治的な内容になると世直しの精神が強いのがほとんどで、サリンを撒くような精神攻撃もリアルな攻撃も平気でやってくるわけで、そうなると弁護士を立てて損害賠償請求するなり、警察に相談するなり法治国家としての適正な処置をほどこすしかなくなってきます。(結構、他のブロガーやツイッターが活動停止に追い込まれたり、警察沙汰になっている例が多くみられます。ほとんどが世直しの大義名分をかざして何してもいいというようなホシュがらみですが)

教祖が信者を煽るような発言をされたらまじできつく、その認識共同体で財政破綻論公共事業悪論が共通認識にあり、普通に

” 改憲草案に財政健全化が明記される可能性あるから、慎重にしたほうがいい。 ”

とかの発言なんて教祖の財政破綻黙示録否定の危険思想でしかなく、簡単に尊師どころか信者にポアされそうになります。

ポアされそうになった人物が信者を煽りポアするがごとく、自分が批判したものと同じ事を自分も同じようにしている場合が多く、世の中こんなものなので知らず知らず傲慢になるものです。(市場原理主義を否定しておきながら、市場原理に基づく発言を私も結構してます。特に団塊Jr世代は子供のころから競争しろと洗脳されてるのですから)


【宗教にはマニュアルは必至】

だけど、よくよく考えてみるとキリスト教にしても仏教にしても、ナザレのイエスやゴータマ・シッダールタ(お釈迦様)が宗教法人化したりしたわけでなく、既存の宗教やら常識やらを捨てて個人的な悟りの境地に達した結果でしかない場合が多く、自身で執筆して経典を残すとかそんなことまったくしていないのです。

勝手に弟子(教徒)が師匠の言葉を書き残したり解釈加えたりして残し、それがお経や聖書として残り、いずれいろんな解釈によりマニュアル化してそれが教典となり、それに基づいた共通認識が生まれ、それらを信仰する人たちが集まると団体となり世代を超え受け継がれると宗教になるのだと思います。

そもそも、個人主義で尚且つ他者や動植物と調和した悟りの境地に達したのが聖人である例がほとんどであり、しかしそんな聖人に皆が簡単になれるわけがなく、そこで言葉ひろってマニュアル化して、そのマニュアルを読める人が読めない人に教えるようになり、その行為が地位や生活も保障されようになり利害集団となり、そのマニュアル本に基づいて組織化されたのが宗教で、たいていその後政治と結びつくわけです。


痛みに耐えて⇒一億玉砕

主流派の経済学なんてその典型例であり、240年にもわたり信仰されてきてそれが社会科学の頂点に君臨しており、経団連とかの利益団体や政治家連中に信仰され政策として反映されデフレを20年以上継続させて、今さら信仰を否定できないわけです。

恐らく、第二次安倍政権発足直後に消費増税するために財政出勤して金融緩和して円安誘導し、世界経済の回復に牽引されて2013年はデフレ脱却しそうになり、リフレ派のいう「デフレは貨幣現象」とうことを信じきり消費増税したわけです。

それで黒田総裁の異次元緩和をやりつづけてきたわけですけど、金利が下がったところで借り手が増えず他に原因があると、既得権益の団体やら叩き労働規制やらにメスをいれまくり、総理がそれ自体が間違いだとそれを熟知したところで、総理を支持している連中の後ろ盾を失うわけにはいかず、「デフレマインドを変えれば消費が増える」とか言われたのか知らないですけど、データー改竄したり公文書破棄したらどうにかなるともうむっちゃくちゃになっているのでしょう。

それでも景気が回復するわけなく農協や漁業組合や医師会やら水道局の既得権益の団体のせいにして、規制緩和して民に任せて効率化すれば市場の機能が働くとか、20年どころか30年以上前の発想に回帰しているわけです。

これも財務省や経済アドバイザーに吹き込まれているからなのでしょうが、もう、日本のグローバリストの多くがIMFの連中と同じく間違いだとわかっていても今さら引き返せなくなり、

” 欲しがりません勝つまでは ”

” 一億玉砕 ”

と、玉砕したら欲しがることもできないだろって普通思うわけでが、戦時中に大本営発表をしつづけ軍部の失政から一億玉砕の精神で行きつくところまで行きつくしかなくなったような状態と酷似しており、もはや半狂乱で死なばもろとも私たち日本人を心中させるつもりなのでしょう。


【異端は磔の刑は昔から】

さて、ケインズ派がケインズ絶対主義となると『一般理論』が教典となるし、学者が教徒となりその学者の教えを生徒や一般読者が丸呑みすると信者となり、これって全てにおいて同様であり、正直部外者にとっては非常に危険な場となるわけです。

だからルターのような人物は命を狙われる危険性もあり(ルター自身も過激で危険だけど)、ナザレのイエスもまた自ら磔の刑を受ける事になったといえます。

センメルヴェイスなんてその典型例であり、多数派の権威のある教祖の考えに研修医が忖度するどころか、その教典に反する本まで出版したのですから、社会的に抹殺されるのが常です。

教祖に異を唱える異端者は社会的に抹殺されることは当たり前で、女子学生のスカートの中を手鏡でのぞくなんてスキャンダルはその一例でしょう。


【元祖自分の頭で考えろ】

誰もがイエスやシッダールタになれるわけなく、誰もがケインズやハイエクになれるわけなく、それでも教典は残ってさらに解説本がでてマニュアル化されており、しかし全て信者になれるわけでなく、必ず異端が生まれてきます

例えば私はクリスチャン(プロテスタント限定らしい)だといえば信者になりますが、当然その共通認識があるわけで、間違っても、

” いや、この聖書の内容は絶対に内容おかしい。改竄されてるじゃね。パウロの妄想。ナザレのイエスがこんなこと言うわけない。”(私はカトリックの洗礼を受けてますが、平気に言ってます。信仰はしてません)

とか言っちゃダメなんですけど、しかしながらルターがラテン語やギリシャ語で書かれた聖書をドイツ語に翻訳して一派庶民に流布したのは、

” 自分の頭で考えろ ”

というような意味だったのです。

ルターはギリシャ語・ラテン語勉強して原文で読めとかいってますしね。翻訳してもルターの解釈が付け加えらえているのですから、そうなりますね。

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【信者は身の安全が保障される】

要するに信者になれば身の安全が保障されるわけですが、特に多数派に迎合することなんてその典型例で、日本が戦争に負けたときに皆思想をころっと変えてきたのですが、多数派に属していれば共犯者の心理がはたらくし、生き残っていくことだけ考えればそっちのほうが合理的なのです。

今、多数派の財政破綻論とかハイパーインフレーションとか、そっちのほうが多数派ですが、論理性と過去のデーター・事例から崩れかけてきているのです。

山本太郎が街頭で述べていることがTVで述べられるのも時間の問題で、これに消費税10%でとんでもないことになるだろうし、日本はなんとかなるかもしれません。


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『約束のネバーランド15巻』ーわざと欠乏をつくる社会


原作『約束のネバーランド15巻』を読んだのですが、大変興味深い内容だったので紹介します。

(以後・ネタばれ注意)

【ノーマンの策略】

大方のストーリは勝手に過去ログ探るなり自力で調べてほしいのですが、簡単に言えばノーマンという食用児の人間側のリーダーが、敵と同盟を結んだり騙しあいを展開して、漁夫の利を得るということしようとしていることです。

ジンメルの集団の量的規定やパワーバランスを展開するリアリストの国際関係論のような内容なので、大変質の高い内容だったと思います。

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【王や貴族の座につこうとする排斥された元貴族の存在】

鬼の世界も一枚岩にいかず、人間の世界と同じくヒエラルキー社会が存在し、王・貴族・平民・その下と明確な身分階層があり特に王家と五摂家が権力をもっており、この王家と五摂家が全農園(人間の牧場)を管理・運営し、人肉の供給ひいては鬼達の社会を運営し支配しているようになっているわけです。

そこに700年前に権力者闘争に負けたギーラン家の元貴族を利用しようということでノーマンは同盟を結ぶのですが、彼らの先祖は追放刑の一種で人肉を許可されない身分となり、鬼は人肉を食べないと退化して野良鬼となってしまうわけですから、農園から市井(しせい)から盗難を繰り返し食いつないで、ギリギリのヒトの姿と知性を保っていたのでした。

ノーマンは鬼のギーラン家の王や貴族への先祖がされて今も社会の隅に置かれてそのリベンジ精神にかこつけんだのですが、人間側のノーマンもかつての食用児の身分の解放を認めさせ人間の世界に危害を加えないと代わりに、ラートリー家を農場の家畜としてささげることを提案するわけです。

そうすれば、貴族や王の座についたギーラン家が退化することもなく、平民に家畜となったギーラン家の存在によりまたギーラン家の子孫が食用児となり退化絶滅を逃れ、しかも鬼の社会を支配できるようになるという企みをくわだてるのです。

ノーマンは同盟を結んだふりをするのですが、いずれ農園全部をこわしてしまえば鬼は退化して絶滅可能となり、それを画策しているわけで、ギーラン家がノーマンらも騙そうとしていることも想定済みで、まさに外交や戦争と同じく騙し合いの展開を繰り広げているのです。

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【わざと万人の救いの道を閉ざす理由】

ここで注目すべきことは、鬼の中に人肉を食べないでも退化しない特異体質がいて、純血の少女の血を与えたれた鬼であり、この少女の存在により鬼は人肉を食べなくても生きることが可能な存在がいるわけですが、それでは

なぜ純血の少女の血により人肉を食べないでよい体質に王や五摂家はしなかったのか?

答えは前述したことから考察すると簡単で、農場を管理する特権があればヒエラルキー社会構造により、王や五摂家は支配階級として君臨できるから、誰もが豊かになる純血の少女の存在なんて絶対に認められないのです。

優位性がなければ平民と同じくリスペクトされなくなるだろうし、そうなるのはまずくなり現状維持をするしかなく、つまりは自分らだけよければいいと思うのでしょう。


【緊縮財政を必要とする階級】

この構図、どこかに見覚えがあるでしょう。

そうです。

主流派経済学の特徴であり意図的に欠乏をつくりその欠乏ゆえに民を支配できる、今のグローバル化した社会の構図とまったく同じで、緊縮財政にもとづく社会の構図と同じなのです。

カールメンガーの飢えのために労働を余儀なくさせるとか、悲惨な境遇の人間になりたくなければ少ないパイの奪い合いをしろという、現在の世界中のグローバル化した社会そのものと同じわけです。

しかしながらレントシーカーとか世襲の家柄だけは特権階級であり、世襲であるなら偏差値低くともアメリカの大学に留学できるし、漢字読めなくとも英語教育を小学校からとかむちゃくちゃな国策を平気に実行できるし、○○でも大臣にも総理にもなれるし、公正な競争自体が幻想で大嘘でしかなく、それはグロートキャッビーカーブからもデーターから読み取れるし、努力したから裕福とかの神話は私たちが騙されているだけで、ほとんどが上位階層エリートのでっちあげた嘘でしかないわけです。

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【世代間格差】

こう述べると、

” このルサンチマンめ! 俺の子供のころは家が貧しかったぞ! ”

という人間もいるでしょうけど、米ソ冷戦状態で経済成長真っ只中の中間層の厚い時代困と今とでは、教育格差も異なればまったく状況が違うわけで、実際生まれた境遇や育った環境とか本人の力ではどうすることもなく、数字として傾向として社会現象として現れているのですから、抽象論とか根性論とかでなくキチンと数字に基づいて反論をしてほしいものです。

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【「もと」を変える】

つまりは、主流派の経済学に基づく思想、社会科学の頂点に君臨する経済学の地位、その理論が思想を形成し都合がよいからそれを支持する大企業側、そして株主の正体で資産をあらゆる形に変え世界中にリスク分散している富裕層つまりは金融階級、これらの特権階級に支配されたアメリカという国、そして祖父の頃からそのアメリカのマリオネットとしてしか生きて行けない世襲の存在。その世襲が日本を動かしているという現実。

これら複雑に絡まった利害関係が今のグローバル化された構図なのだと思うのですが、ケインズがいうように「もと」を支配しているのが思想であり、過去ログで紹介したようなハイエクやフランク・ナイトの新自由主義でもあり、その影響を受けた為政者や実業家や一般庶民がリアルな世界でも実践しているわけで、この大本(おおもと)を先に変えないと政治の場でも職場でもどこだろうが絶対に好転することはないと思います。

故に安倍晋三政権のグローバリストのお家芸「大本営発表」の「おおもと」を変える必要があるのです。

 


P・S

結構、漫画・アニメの話の内容でこういった深い内容のものが折りこめれており、これを子供の頃から頭の中に「もと」として無意識に刻まれているわけですから、次世代につなぐ土台さえしっかりしてれば、あとのことは何も問題ないと思います。

その土台ってのがグローバル化の終焉であり、キチンとして状態で渡すことなんですけど、しかしながら現在数の上では圧倒されているし、同じ日本人から売国奴とかパヨクとか、クニノシャッキンを後の世代にツケを回すなとかいろいろ攻撃受けるわけですから、右から左から後ろから前からどうぞ状態で、私の属性は○門はあっちのためにあるわけじゃないし、結構楽しくないのです。

どこかの特定のイデオロギーに所属した信者なら教祖や教徒や他の信者が守ってくれるのですが、それは次回のブログで。


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新自由主義的ヘゲモニーの危機という好機・後編ーグローバル化なんてタコ!コラ!


(中編からつづく)

【常識の再編成】

別に3回に分けて引っ張るつもりはなったのですが、グローバリズムが崩壊していく過程において、ハイエクらが自由について再編成し、市場における競争的個人をモデルとして定着させ、小さな政府つまりは国家権力の最小化を是とすることが世界中で共有認識として、常識として、扱われてきたわけですけど、これって日本の左派にとって国家権力=ファシズムのイメージが強く、国家を否定する新自由主義と戦前戦中の国家を否定と結びつけられ、やられた感があります。

英国の例としてハイエクが思想として構築したものを、サッチャーが実践して「常識」を再編成に成功したわけですが、これは1961年のJ・F・ケネディの演説

” 国家が諸君のために何ができるかを問わないで欲しい――諸君が国家のために何ができるのかを問うて欲しい ”

にもみられるように、アメリカでも常識の再編成がなされはじめ、労働組合が悪、既得権益が悪、ビルトインスタビライザー・社会の安全装置つまりは社会保障制度を利用するものが悪という物語が定着したのだと思えます。

国家が国民をないがしろにする状態は「権威への信頼」の欠如が起こり、普通は国家への愛着が薄れ保身に走るわけで、資産を海外に移すなして無籍国化するのは必至で、ケネディの発言はリアルな国民意識の断絶につながり、単なる開拓精神とか自由の国アメリカとか抽象的な国家だけを支えることになりかねないと思います。

万世一系とかアジアで唯一近代化を成し遂げ先進国になったとか、それだけだとリアルの国民としての意識が希薄になり、逆にその抽象的な国家像の足を引っ張る連中は売国奴として扱われるのです。

サッチャーが「ヴィクトリア朝に返れ!」と伝統主義をもちだした手法と同じく、靖国の英霊とか市場を通しての競争的個人の自由というグローバリズムに基づく反国家主義の新自由主義とがセットにされてしまったのです。


【言葉って大切】

サッチャーが政策を実行していくうちに、そのうち伝統的なイデオロギーつまりは家族とか義務とかいう概念もどんどんどうでもよくなり、共産主義者は水爆で一人残らず抹殺してしまえと発言し、師匠のフランク・ナイトに破門をくらった、かの有名なミルトン・フリードマンがハイエクの新自由主義を受け継ぎ、私たちはその影響を子供の頃から受けているわけです。

” あんたの教育にどれだけおカネかけたと思ってるの! ”
” こんなことして何の役に立つの? ”
” 評価されないことして、あいつバカだな ”
” この仕事しんどいし評価されないから、あいつになすりつけよう ”

とかの発言なんて、費用対効果、投資に対して回収という即時リターンの概念であり、見返りを要求しないような集団への奉仕的な行為や、インフラ整備や技術や文化などの継承・発展なんてバカらしくてマネーにならないからやらなくなったのです。組織や集団のためでなく出世などの見返りありきの精神が定着したのです。

いい学校、いい会社が全てという80年代の精神と中曽根の政策と密接な関係にあるのです。

こうして、「今だけカネだけ自分だけ」の市場における競争的個人のモデルができあがるのですが、これは共同体としての意識が希薄になっていることを象徴していると思えます。(なんか私がまともなこと述べているし、ますます世の中やばくなってきた証拠です)


【グローバリストの断末魔との国家心中は勘弁】

しかしながら、いくらプロパガンダーにより擬似の国民的幸福を提供されたところで、英国のEU離脱、ギリシャ問題、ドイツの緊縮帝国、西ヨーロッパの移民問題、トランプの移民規制保護主義、フランスの黄色いベスト運動と、もはや世界中の民がグローバリゼーションに耐え切れなくなり、新自由主義的ヘゲモニー(同意の支配)が崩壊しようとしております。

日本もまた2世帯に1世帯が貯蓄ゼロとなり、そのうち消費税10%で5世帯に3世帯となるでしょうが、また質問方法変えるなりデーター改竄大本営発表することは確実で、それでも現実的に大多数の日本人が耐え切れなくなるだけです。

 


【「我々」の一人としての行動】

尺の関係でコンパクトにまとめたいと思いますが、まず反原発でありながらTPP反対の左派リベラル派と原発容認でTPP反対という右派保守派が、全て共通認識することなど絶対に無理であり、あらゆる差異を同一性へと回収してしまうものでなく、差異が尚も活動的な関係を築く必要があります。(等価性の関係)

これ、別に私の意見でなく単なるパクリで、同質的な主体を生み出さないとして同一化を構築していくにあたって可能となるのが、社会的行為者を政治的共同体に注入する社会関係、つまりは私たち庶民が「市民」としての立場・シチズンシップをとることであり、「我々」の一人として行動することが大切なのです。

このためにポピュラリズムを活かすのです。

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【共の精神】

そこで大切になるのが「共」という言葉であり、共通認識とか共産主義とか共産党の「共」ですw

もうここで右派はとくにネトウヨさんは脊髄反射するわけですが、国鉄とか電電公社とか国営放送、図書館、公園、道路、橋、スーパー堤防、水道、空港、港湾、本来なら電力などもすべて「共」によるものであり、国民・市民共有の財産であり私有化に本当は抗うべきなのです。

大阪では元大阪府知事・市長で維新の会の法律顧問であられる公人橋下徹様により、弁護士兼TVタレントというポピュリストとして人気を得て政党を立ち上げ、国政にまで進出するまでに至り、見事絶大なる影響力を及ぼしていた次第であります。

ポピュリズムはあながち悪いことでもなく、結局庶民の感情の結晶なしには集合的意志は構築できないわけですから、同じように反グローバル化サイドも同じく構築すればいいだけなのです。この場合、過去の失敗から学んだ左派ポピュリズムの手法が大変参考となります。


【荒削りだからこそ、コンクリートも人も可能となった】

今まで反緊縮でインフラ整備・社会保障の共に政策をかかげるいち政治家はいても、党として掲げる政党がずっと不在だったのですが、山本太郎が立ち上げた「れいわ新選組」により、閉塞感あふれる「平成維新」の時代に変わって、荒削りの精神においてですが、というか荒削りだからこそ「コンクリートも人も」というスローガンを掲げることができたのです。


【カリスマ的指導者との情動的な繋がり】

国民国家が、新自由主義的なグローバル化がもたらしたポストデモクラシーの影響に対抗するには、一般庶民の領域において共有された感情の結晶より構築された集合的意志が必要であり、これにはやはりサッチャーのごとく「内なる敵」に対する感情を結晶して、見事に大阪の庶民の心を今でもつかんでいる維新の法律顧問で公人の橋下徹氏に匹敵する人物が必要であり、これが冗談抜きに山本太郎なのです。(金魚の糞はどぎゃんかする必要ありません)

シャンタル・ムフは「我々」の一人としての私たちとカリスマ的指導者との情動的な繋がりが必要だと、だいたいこんな感じで訴えています。

これにおいては元大阪府知事で元市長の橋下徹氏と同様に、かなりの条件をクリアしてると思います。


【メロリンQが武器となっている】

山本太郎は海パン一丁でメロリンQして俳優に転向して知名度もありなじみやすく、橋下徹と同じくポピュリズムを形成しやすい人物です。

太郎は原発反対して仕事なくなり講演の以来を受けて生活しているうちに、一般庶民の声をきき即反TPPと反グローバリズムひいては反緊縮となり、今はコンクリートも人もとスローガンを掲げて政党を立ち上げるまでに至ったわけで、この人物なら誰でも興味をそそるし、太郎を通じてグローバリズムの財政破綻論の嘘や欺瞞が露呈されその真っ最中です。

<それってどうよ>「山本太郎」支持率がすごいことに!〈サンデー毎日〉
8/22(木) 12:14配信

>「ずっと小泉進次郎押しだったのですが、いまはがぜん山本太郎。顔が好き。声が好き。これまでの経験上、顔と声そろって好みの人に悪い人はいません」(商社・26歳)

>「これまで破天荒な人としか思っていなかったのですが、今回の選挙を経て、とてもクレバーな人なのだなと思い改めました。障害者の方々が議員になる、目からうろこ。いいトコついてくるなぁと思いました」(コンサル・31歳)

>「この間、夕食のときに”山本太郎ってかっこよくない?”と言ったら、両親が”昔はパンツ一枚で踊ってたけどな“とか”あのままお笑い芸人になると思ったら化けたね~”と昭和の逸話(実は平成だけど)で盛り上がっていました」(損害保険・26歳)

 


【まだまだこれから】

一部、山本太郎を支持しているブロガーでも今だに、「いくら借金してもいいと思えないけど」とかとくにリベラル派には多数いますが、TVや新聞などのサティアン経由で東大名誉教授とかノーベル経済学賞受賞とか、紫や青のサテンの上下服を来たような権威による財政破綻黙示録の終末思想の洗脳解除がされていくのは、これからのようです。(私も経済とか詳しくないので勉強中です。いや、ちょっと嘘ですw)


【各国の連携が必要】

最後に述べたいことですが、今の新自由主義的ヘゲモニーは大変危機的状況にあり、いくら大本営発表しても崩壊することは確実なのですが、ここでもうひとつ必要なことが、

別の国で生じた類似の運動との連携を生産的にすることであり、ネイション(国民)レベルではグローバリゼーションに勝利できない

ということは確実らしいです。EU諸国加盟国に限らず日米韓東南アジア諸国でも同じだと思います。

これに関してはケルトン教授来日もありそれ以前、フランスの大統領候補のアスリノの来日やらもあり、既にクリアしているようで、まだまだ来日してくれるようでその点は問題ないようです。

人・モノ・カネ・サービスの移動を自由にして各国の通貨を通じて、お金がないと生きていけない人間の弱みにつけこみ、メディアを通じるなり国税庁やら組織などを使い、グローバリズム・反緊縮に反対する人はセンメルヴェイスのごとく排斥し、そんな連中に対して自国民の力だけでは対抗できるものではないということなのです。


P・S

同じ日本人へのホロコーストに加担し、国家にノーザンライトスープレックスをかけた馳浩はオワコン。

 


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