男と女は違うー中二病コスプレの儀式の通過は男には必要?


【私的ごたごたの内訳・述べるわけない】

私の最近のプライベートのごたごたって職場に女性が多く、そうなると私は同性愛者でないからして普通ごたごたもあり、それでいて私は記名記事をブログで掲載しているからということになるのです。

別に身近な人の批判なんて一切していなし、そうとらえるようと思えば何でもそうできるわけで、だいたい生活保護受給者の利用者の場合予算が限られているとか、女性は男性と異なり単に条件のいいところに転職すればいいわけではないと、その社会現象を述べているだけで、その現状を外に発信しないからいつまで現場の大変さが隠避されたままで緊縮財政が終わらず事業所が赤字経営になるのだと思います。(男性と違い女性は単に転職すればいいわけじゃないのです)

芸能人とかTVに出ている有名人と異なり、一般庶民である場合その詳細は「私」の範囲でとくに述べる必要もないし、それしたらかえって批判になるでしょってことです。

政治家の不倫疑惑までネタにするようなワイドショーじゃあるまいし、もうプライベートのごたごたも片付いています。


【女性は男性と異なり環境を整えようとする】

別に何もしなくてもよいといえばよいのですが、これらの活動をやってよかったと思うことは、日本中どこの職場でも同じだと思いますが、日本は少子高齢化でダメだとか老後の心配ばかりして閉塞感でいっぱいで、しかしながらそうでないと別の考え選択肢を提供するだけで人は桎梏が一つ解き放たれ、その環境は変わるということを実感できました。

特に女性と男性の比率が半々に近い環境ではですけど。

しかしながら、のちに述べる『重戦機 エルガイム』のキャブレット・キャブレーの台詞の「男と女は違う」というところはあるのですが、一般的に女性は身近な環境を整えようとするから男性と違い、職場でも改善に前向きなのだと思います。

製造業など男性の多い職場だと絶対に環境を変えて皆が平等によくなろうとか考えません。自分だけが競争に勝って出世するとかそういう発想になりがちです。それでいて部下の女性と不倫してとだいたいのお決まりのパターンです。


【男と女は違う・それ以外は申し訳ないが知らない】

男と女は優劣でなく本質的に違う故にこれから表舞台にでる女性は特にすばらしいと思います。

ステェファニー・ケルトン教授や、オカシオ・コルシス議員も女性ですし、これって偶然じゃないと思います。

だけど『週刊少年ジャンプ』と『週刊マーガレット』の内容の違いからわかるように男と女は違い、女性が社会進出してくるとまたこれまでと一変した状況になり、ある多少ですが意味大変になるのかもしれません。これにBL(Boys Love)雑誌が加わるともっと複雑になることでしょう。

カバちゃんの昔の話で、彼のプライベートの誘い断ったダンサーがいて、その後やたらダンスのレッスンが厳しくなったとかの話があるし、そんなのが日常茶飯事になるって男にとって阿鼻叫喚の世界です。これって杉田水脈先生のように問題発言なるのかな。


【テリトリー内の裁量】

元々、政治ブログとしてエントリーしてますがこんなのは適当であり、あくまでも反グローバル化の奮闘記にしてますが、記とあるようにこのブログは日記みたいなもので、アニメ鑑賞記でも何でもいいのです。

まともな内容なんて最低2万語以上は必要となり、それなら電子書籍で出版すればいいだけで、尺もあまりにも足りないし研究する時間も足りない推敲すらしないブログは、こんなもんでいいと個人的に思ってます。最低収入は確保してるし。

これでアクセス数とか気にしていると、時事ネタとか政治ネタオンリーにしたほうがよくなり、それが逆に義務的になり目的と手段が逆転して、更新するのが苦痛でたまらなくなり、貨幣獲得のための労働じゃあるまいし、そうしたければ個人の自由でそうしたらいいし、そんなの権利侵害や名誉毀損にならないかぎり、個人の裁量ですればいいのではないでしょうか。

国家のテリトリーの概念と同じで内政干渉にならない限りだと思います。反グローバルだけに、インターナショナルでいいのです。


【中二病という言葉が定着した】

男と女は違うってことですが、それに先だって青年期の中二病の儀式の肯定というもに関する内容のものを紹介します。

先日読んでいた内容なんですが、雑誌『表現者クライテイリオン』2019年3月号第5回戦後的ニヒリズムの「監禁」-大江健三郎「後退的青年研究所」「セヴンティーン」についてなんですが、やたら中二病とか俗語をこの対談で使ってて、本当にこの人たち学者かなと思うところがあり、しかし大変興味を引く内容のものでした。


【若者の儀式の中二病】

大江健三郎のことは雑誌に記載されているのでまじまな話はそっちでということで、男が成長していく過程でやはり中二病を「はしか」や「おたふく」のごとく患う必要があり、そうでないと中年高齢になって患うと、面倒なことになると思います。

過去ログで紹介しましたが私も同級生も丁度17歳の頃から、高校時代に日本史の右翼の先生の影響を受け、自然と右翼思想に陥り反米思想を植えつけられたり、薩長土肥の連中は悪だとか、何時間ものの白虎隊の年末ドラマのビデオを授業中見せつけられたりとか、今では問題になるような授業を受け自然に今でいうネトウヨになってしまいました。

これに加えユダヤ陰謀論の本を読んでこの陰謀に対抗するべき、ナチスのごとく民族浄化運動をしようとする同級生もいたぐらいです。これも身近な人への批判になるのかな。別に私的に言ってくれればいいだけだけど。そこまで小さい男じゃあるまいし。


【ほのかに残る中二病の余韻】

若者なんてとにかくバカでスケベでないといけなく、とにかく中二病患って恥部をさらしまくる必要があり、そうでないとこの抑圧された感情が、フロイトのリビドーのごとく噴出してしまい、自分の周辺の人だけでなく時には国家レベルでえらい迷惑をかけることになるのだと個人的に思っています。

 

なんか大江健三郎の『セヴンティーン』という作品なんか、当時皆具体的にそういう運動の団体に入る機会があれば入り、普通に構成員になっていたであろうし、だけど大抵はそんな機会もなく中二病で終わってしまいそのうちどうでもよくなり、ほのかに反米リベンジとか朝貢国としての屈辱晴らしとかの願望だけが中高年になっても残るのだと思います。

しかしながら男塾魂も同じで幼少から青年期に形成されたものは、絶対に潜在意識の中に残っているのです。こういうので男らしさが形成されるのです。一般的には。

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【私を超えるもの】

この雑誌の対談で印象的だったのが、柴山桂太先生が「私」の感情を掘り下げて政治と結びつけて、戦争は人が死ぬからイヤとか、核はこわいとか、そうはいっても仕方ないところに国家観があって、大江健三郎路線だと「私」の部分でとどまってしまうようなことを発言しているところです。

そりゃ、戦争なんて嫌なのは当たり前で、だけど仮に攻めてこられてあっさり降伏して、自分の娘や孫が外国人の慰安動物のごとくされることに何の抵抗もなく、自身もその侵略者に隷属できるのかとなるわけですが、前のブログで紹介した『進撃の巨人』のエルディア人のごとく迫害されるのを見れば、そこらを乗り越えようとする男の意地やプライドが湧いてくるのだと思います。(面白いという理由で子供が犬に食われるわけです)

ここで登場してくるのが三島由紀夫のように行き過ぎるかもしれないけど、コスプレ的フォルムが必要になり、これが昭和末期でいう『魁!!男塾』のような男塾魂とか、そういった剣桃太郎のような現実的には存在しない虚構の人物像がいわば武道を習うとか実践に移すようになり、学校の教室の後ろでのプロレスごっこするみたいなそういったコスプレが必要になり、中二病を卒業してもそれらの魂は潜在的に残っているのだと思います。

剣桃太郎のいう「男は誰でも心の中に短剣(ドス)をもっている」ものなのです。還暦過ぎても。

これが育成されていないと大江健三郎のように、実存哲学だけでいざ実践になると行き詰るのではないでしょうか。

ミカサは戦死としてすぐれていても、後に述べる『重戦機 エルガイム』のレッシーも女戦士で同じ女性なのですが、世界は残酷と認識してエレンのためにだけに一途に戦っているのです。


【男と女は違う】

戦うことを是とすると、最初に死というものに向き合うのですがこれが厄介で、三島由紀夫は『仮面の告白』で” 生というものに義務的なものを感じる ”という発言や、戦時中の空襲で実際怖いから逃げる矛盾した自分がいて、とにかく死にみいられているわけですが、戦って死ぬことを覚悟するにあてってそれらを自分の内面で整理しなければならなくなるのです。

三島は死に対して自分の哲学として整理しだすわけですが、一般の人にそれができるかどうかとなると、なかなか難しいわけです。

これまでちらほら照会したアニメ『重戦機 エルガイム』を27話まで見てるのですが、キャブレット・ギャブレーの台詞で興味深いものがあります。

レッシーという女の戦士の

>死んでいいプライドなんぞない!

という言葉に対して、キャブレットはこう言います。

男にある。女とは違う
それが男と女の違いだ

男って所詮、畳の上で皆に見守られて死ぬことをどこかヘタレで屈辱的に感じ、戦って死ぬことが誇りになると日本人だけかもしれないけど、どこかそう思っているところがあるのではないでしょうか。

自分で自分の死くらい管理するような何かがあるので、これは慣習として引き受け継がれ、

「武士道とは死ぬことと見つけたり」

が元なのかもしれません。

いずれにせよ、死の恐怖というものを超越するのに、「私」を超える何かが必要となるわけです。

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【コスプレは大事】

その「私」の部分を超越するものの一つに、三島のごとくコスプレのフォルムがあるのですが、一応これらのコスプレ儀式は中二病として患い儀式を通過し、できるだけ早く抗体をつくることが最良だと思います。

 

ダークフレームマスターの「闇に抱かれて眠れ!」的なコスプレ儀式を通過する必要があり、高校デビューの時に

「生涯!封印!」

となるのですけど、この姿が中二病の六花に目撃されるんですよね。

 

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自民党が野党時代のコスプレ戦略は失敗で、某知事のサリーちゃんなんて中二病を超越していて、「誰だよこの企画を思いついたのは!」と思われている方も、それはそれで三島と大江の哲学の違いという深い?意味があったと思い気にせず ↓のリンクをクリックお願ます。


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