今更、公人の杉田水脈議員のLGBT発言を分析


ネットからの炎上に始まり今ではTV番組で話題になり、新潮45の8月号を書店で探したところどこも売り切れ状態でした。


【足切り作戦】

杉田議員は

”全文読んでから判断してほしい”

と常套手段である足切り作戦を試みています。

現実問題、わざわざ雑誌を購入して全文読む人は限られ、その時点で

足切りされます

よく、経済学オタに多いパターンで

”比較優位を知らないんだなw”

という発言と酷似しています。

その時点で足切りして論敵を減らすのです。


【杉田論文?】

まぁ、雑誌が手に入らなかったのでこの雑誌を精読した人の話を参考にしています。

ブログー杉田水脈さんの「新潮45記事」を精読しておられる方がいたので紹介ー2018/07/28

杉田論文?らしいものがあるようですが、論文基本である客観的なデーターから恣意的な解釈を避けるという努力があまりされていないようです。

>新聞社のLGBTの報道件数と発行部数の影響力

朝日新聞 260件 × 約611万 ≒ 15万

読売新聞 159件 × 約873万 ≒ 13万

毎日新聞 300件 × 約292万 ≒ 8万

産経新聞 73件 × 約153万 ≒ 1万 (注意:ざっくりした数字に変更)

>杉田議員

”朝日新聞や毎日新聞といったリベラルなメディアは「LGBT」の権利を認め、彼らを支援する動きを報道することが好きなようですが、違和感を覚えざるをえません。発行部数から行ったら、朝日新聞の大きさは否めないでしょう。”

これに関してあるブルグ主はまず

①何をもってリベラルとするかの理由を述べていない

②LGBTの権利を認め、支援する動きを報道することが好きなようですかと、何をもって断言しているのか示されていない

③報道件数が多いからリベラルか疑問で、仮にそうであるとするなら朝日よりも毎日のほうがリベラルということもありえる

とこのように間隙を突く発言をしています。(正確にはノーガードですが)


【見えない敵】

ブログ主は他にもいろいろ突っ込みを入れていましたが、上の数字から簡単に分析できるように、朝日新聞と読売新聞とでは

朝日新聞 15万

読売新聞 13万

と世の中への影響力が相殺されておりますが、

朝日新聞 15万

産経新聞 1万

と解釈すると、まるで共産コミンテルという圧倒的なマジョリティに対して、保守という名のマイノリティが日本国のために戦っているような、なんか見えない巨大な敵と戦っている印象が伺えます。

杉田議員が独自で1年間で「LGBT」の報道件数を調べたものもあるらしいですが、まぁ上記のデーターと近似値にあり、しかし解釈があまりにも恣意的すぎて・・・。


【杉田議員はある意味いいサンプル】

実は私は杉田議員は非常にいいサンプルだと自認しております。

周回遅れのグローバリズムに思想が汚染され、そこに日の丸や万世一系の天皇制といって抽象的な思想の影響を強く受けている人々が多くいますが、彼女もまたその典型例と言えるからです。

松本人志氏も杉田議員を擁護しているようですが、実は熱狂的愛国者って生活保護受給者や貧困者やマイノリティに対して情が薄い傾向にあるように思われます。


【観念的な世界】

 

これも熱狂的愛国者って実は活動圏が国家に属しているわけでなく、実は一番下のの観念圏つまりは抽象的な域に達していると私は分析しています。

端的に申しますと、

活動圏が国家にあらず即ち、彼ら彼女らの頭の中には国民は存在しません。

故に同胞意識が著しく欠け、ネットカフェに寝泊りしている若者や生活保護受給者に対して冷徹になるのです。

あるのは、万世一系の天皇制や、アジアで最初に近代化を遂げた国とか、なんか遥か遠くの抽象的な空想的なものばかりに感心を寄せてしまい、それらを実現貢献できる者のみが国民なわけです。

国家に貢献できるつまりは投資に対して回収できる者のみが国民であり、故に義務を果たした者のみが権利を付与されると、打算的になってしまうのではないでしょうか。


【トクヴィルの公理】

アメリカのデモクラシーでトクヴィルはこう発言しています。

” 一国の人民の中で地位がほぼ平等である時、誰もがほぼ同じような考え方、感じ方をするから、誰にとっても他のすべての人の感覚を瞬時に判断することができる。 ”

” 同胞が自分と平等な地位にあるときに対して、人間性に満ちた対応をするその人間がひとたび平等が消えると、同胞の苦痛に無感覚になる。”

(2巻下より)


P・S

格差を是とする論客の多くが貧困者やマイノリティに対して非情になるのも当然の傾向であり、それも同じ人間とは思っていないからなのです。

これは中世において貴族が民衆への殺戮に対して非情になるのも、同じ人間とは思っていないからできたことであり、その非情な貴族も実は使用人などに対しては思いやりがあり優しい態度で接していたようです。

まぁ、料理で魚をしめることができるのも、同じ人間と思っていないからできるのです。

 

アメリカのデモクラシー〈第2巻(下)〉 (岩波文庫)
トクヴィル
岩波書店
売り上げランキング: 33,073

;

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA