小野田議員の「義務と権利」


「義務果たせば権利」と投稿、批判広がるー毎日新聞デジタル版

>自民党の小野田紀美参院議員(岡山選挙区)が25日、憲法が定める「国民の義務」に言及したツイートで「義務を果たしていれば権利を主張して良いと思う」と記した。

ただ、基本的人権は勤労や納税といった国民の義務とは関係なく保障されている。小野田氏はその後に「誤解がある」と釈明したが、同列に論じたとも受け取れる発言に批判が出ている。【佐藤丈一/統合デジタル取材センター】


【思想の下請け例】

まぁ、この手の事を口にする人は私のブログのタイトルの「思想の下請け」をしている典型例です。

つまりは、自分を信じて疑わない典型例であり、ましてや科学は反証可能な仮説止まりという思想に到達するまでは道のりはまだまだです。(この思想も通過点であり、もちろん仮説止まりですが)


【つんくさんとファンとは同じ関係でない】

私の売れない書籍でもブログでも執拗に述べていることですが、権利と義務を単一の主体に背負わすこと自体が誤りです。

社会学者のジンメルが100年以上前に言及しているように、権利を所有する主体の裏には義務を負わす別の客体が存在するわけです。

例を上げるとこうです。

作詞・作曲をして多くのユニットを結成するプロデューサーがいたとして、それらの楽曲の著作権という権利の所有者は例えばつんくさんであり、その曲に対して義務を負うのはそれらの曲を使用したり、itune storeで楽曲を購入する消費者にあるわけです。

作詞・作曲 つんく = 権利者

itune storeで購入するファン、曲を使用する人 = 義務者

つんくさんは権利者であり曲を使用するのに許可を得る必要はないのです。当たり前ですね。


【国家を縛り付けるのが憲法】

ちなみに権利を多く所有する人が権力者であり、義務を多く背負わされている義務者はいわば一般庶民であり、しかし数の上では義務者が圧倒的に数が多いわけで、協力してなんとか権力者との関係を隷従でなく均衡を保とうと、私たちの先人は何百年前から格闘してきてようやく現在の権利を保持できるようになったわけです。

そのツールの一つが憲法であり、マグナカルタの精神がそこに支柱としてあり、まぁ今回の改憲でそれが根本的に覆されようとしているのが現在の日本です。

まぁ、ぶっちゅけ自民党の改憲内容は国民の奴隷化で、これ過去ログのカテゴリーの憲法改正で閲覧してください。


【堂々と憲法違反して居直る中央政府】

ちなみにイタリアの憲法では労働は権利であり、国家が国民を就労につかせるだけの環境整備を義務化しているわけです。

ILOの批准を先進国基準にするとか、労働法を遵守させるとか、失業者に労働の訓練を受けさせると、そんなの国家が憲法に従いやることなのです。

ちなみに日本国憲法で、生活保護を不正受給で停止させたり、地方に生活保護の財源を裁量させたりすることなどは明らかに憲法違反であり、

日本人の多くがこのことに気づいていないわけです。


【周回遅れのグローバルボケ】

一部の熱狂的国粋主義者がよく平和ボケと発言していますが私は貧困者を叩いている連中は、

東西冷戦状態の80年代までの経済僥倖期の幻にとりつかれた周回遅れのグローバルボケ

とでも言ってもよいでしょう。

普通考えてもう、あんな時代(中間層の厚い)は二度とこないわけであり、これからは民と官、地方と都市部、貧乏人と金持ちなど格差が拡大していき、もはや同胞意識の欠片すらなくなる可能性が非常に高いわけです。


P・S

国粋主義者のいう日本は何やら神話的・抽象的であり、靖国やら日の丸やら万世一系やらアジアで唯一近代化を遂げたとか、そんな形而上のことばかりであり、目の前で苦しんでいる貧困者や同性愛者などの日本人は同胞でも何でもないわけです。

あくまでも、国家という抽象的なものに対して、生産性の高く貢献できるもののみが日本人であり、だから杉田水脈議員のごとく非情な発言をするわけです。

では、国家とな何ぞやと彼女(彼)らに聞きたいですね。

 

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