民主制の特徴


【200年前のアメリカ人と現代人の共通点】

トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を読み返したのですが、再発見するところが多く、200万年以上前の民主制の国民の特徴と現在とかなり共通しており、当時のアメリカ人の特徴が現代の文明国家の民の特徴だといえます。

トクヴィルは今後、世界中は平均化が伴い、国ごとの特徴がなくなると預言しましたが、まぁかなりそうなってきたと言えます。


【選挙は民意を反映しない】

よく、TVでもネットでも政治家を選んだのは有権者だから、ということで全権委任状を叩きつけていいような風潮がありますが、そんなの三百代言のまやかしでしかありません。

シュペングラーは、選挙は候補者を選ぶか拒否するかのいずれしかなく、政治が民意を反映しているという考えに釘を刺しましたが、私も同感です。

ましてや、投票率が50%台にまで落ち込み、得票数と議席数が乖離する現在の日本では、とても民が指導者を選択しているとは言えないでしょう。


【屠殺人に全権委任する羊の特徴】

トクヴィルは現代人(1840年代当時)の特徴として、

①指導されたい
②自由のままでありたい

というような二つの相反する情熱があると指摘していました。

いわば、①集権制と②国民主権と言ったところでしょう。

この矛盾した情熱をトクヴィルは、

”後見人を自分で選ぶことおを思って甘んじて後見を受ける。”
”鎖の端をもつのは人民自身であることを見て、誰もが後見を受ける。”

と揶揄し、民衆は地方自治の強い貴族制に警戒するあまりに国家に対する集権化を支持するが、いずれ集権化と個人の隷属が進行すると預言していました。結果ずばり預言は的中したわけです。

監視対称である権力者に対して、強いリーダーを望むとかの依存心なんて、まさにその証しでしょう。(私には理解できません)

そもそも、後見人制度って認知症の高齢者とかが財産管理や相続手続などできないから、代わりに重要なことは任せるという制度であって、精神上なんの問題のない有権者が強いリーダーを望むとかいよいよ家畜化した傾向といえます。


【落ちぶれていく日本人】

民主国家においての自由意志がどんなに重要であっても、民衆が自ら考え感じ行動する能力を少しづく失われていき、だんだん人間以下に落ちていくのを防ぐことはできないであろうとトクヴィルは指摘しておりました。

また、自治する習慣を完全に放棄した人々が、どうすれば従うべき指導者をうまく選出できるかを考えるは難しいとも、辛辣の指弾も浴びせています。

福島の復興支援として福島の農作物を応援している一方で、農協の改革やTPP11に反対しないなどということも、厳しい意見ですが同様だと思います。


【同じことを言い続けること】

じゃぁ、どうすればいいのかとなりますが、2012年12月の安倍政権誕生前から警告をほそぼそと個人レベルでしていたのですが、どうにもなりませんでしたし、どうすればいいのでしょうw

まぁ、社会心理学者のモスコヴィッシュの言うように、少数派は一貫して同じ事を言い続ける必要がありますし、常識という名の多数派の考えがまるで通用しなくなった時に備えて、別の選択肢を事前に用意しておくことでしょう。


【余計なことはしなこと】

それまではまぁ気軽に、間違っても圧力かけられて大東亜戦争をやらかした日本は、原発稼働中の中で北朝鮮に圧力をかけるとか、再び核兵器等の被害を受けるような挑発をしたり、米国に盲従してテロをおびき出すようなことをしないことです。

そもそも、対話と圧力って変ですよね。

この思考は消化と放火に相当しており、消防団が放火しちゃダメでしょ。


P・S

トクヴィルは神という存在を肯定しており、神の目は少数の繫栄でなく万人の最大幸福を見ると言及していました。

平等というもは、

”崇高でないがより正義にかない、その正しさはこれを偉大にも美しくする”

とも言っております。

また友人に

”パスカル、モンテスキュー、ルソーと毎日を共に過ごしています”と手紙に書き送っていたようで、かなり進歩的な思想の持ち主でもあり、共感もてるところがあります。

トクヴィルはエドマンド・バークやオルテガらと異なり、決して保守的ではありません。

 

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