大丈夫、国家は消滅しても社会は存続する


【大丈夫、国家が消滅しても社会は存続する】

まるで国家が消滅すると社会が消滅するかのごとく思えるのは、国家と社会とを分別できていないからでしょう。

オルテガは国家を技術の一つとみなし、完全に社会と分別していました。
私も国家と社会とはまったく別のものだと定義しています。

ちなみに、カール・ポランニーは社会と共同体も分別しています。


【共同体は近代化により破壊された】

社会・・・人間の相互関係が継続・慣習化されそれが構造化された集団。

大体、社会の定義はこれが主流であり、まぁぶっちゃけ社会が絶えることなどまずありえず、社会は存続し続けるわけであり、何ら心配することがないわけです。崩壊して別の社会に変わることはあるけど。

共同体はまさにこれに互酬・家政・再分配という3つの運動が加えられ、まぁ社会もこれらがなされなくなると、崩壊してまた別の形態の社会に置き換わるだけであり、事実共同体を徹底的にグローバリズムにより破壊が、ここ100年以上継続中といったところで封建時代とは別のものとなったわけです。


【国家の歴史なんて短い】

そもそも責任はかつては共同体のものであり、それが個人に付加されたことが近代化の特徴であり、資産のない被治者は労働力を売りに出して、貨幣獲得のために各資本家に隷従するしかなくなったわけです。

貨幣獲得による市場社会というもので、相互関係の形態が一辺したわけであり、産業革命の悲劇・プロレタリアの赤貧の時代の反動が、社会主義・共産主義だったわけです。

しかしながら、国家というものはまず前提となるのが、外敵からの脅威に立ち向かうものとして技術として存在していものにすぎず、第一近代国家といえるぐらいですから、最近発明されたものでしかないわけです。

アメリカが州ごとが独立国家であり、日本もかつて江戸時代まではそうでした。

言葉として「くに」というものは藩を表しており、藩ごとに税収も異なり、単に旧体の幕府に対して外様の薩長がリベンジを果たし、欧米列強に対抗するために明治になり、始めて国家らしきものをつくりあげたのです。

中央集権による平等化は、国家の成立として必然的な要素なのです。


【天皇制という日本教】

明治政府は天皇の名の下に、皆平等というキリスト教の思想をぱくって、天照大神の直系の子孫として、天皇教をつくりあげ信仰させたのです。

今、熱狂的愛国者が必至に天皇教を広めようとしているのですが、そもそも彼らは無心論者であり神話自体を信じていないのに、どこに正当性を持たすのかまるで理解に苦しむわけです。

ダーウィン進化論を信仰して、現人神であるが人間で天皇陛下万歳・・・。
何じゃ、これ。


【概念の整理をしないまま愛国を叫ぶ】

さて、ここで民族というものが介入してくるわけであり、民族と国家を結びつけて国民というフィクションにより同胞意識を高めるわけですが、まぁ民族とは何ぞやと言われれば習俗やら血統やら文化や言語といったものであり、近代化と対峙するものでありながら、これをくっつけちゃったのが近代国家の技術といえよう。

ここらあたりを混同しているから、熱狂的愛国者は中韓北と恐怖のあまりに、グローバリズムにより民族的な要素の国家を売却するのでしょう。


【格差が拡大すると国家は凋落する】

森友学園の運営する塚本幼稚園で、戦前の教育勅語により愛国教育をしているようですが、まぁそんなことをしても無駄でしょう。

中学から愛国教育を道徳に組み入れることも同様です。

トクヴィルは19世紀の時点で、ロシアと米国とが世界を二分に分ける、スタートレックやスターウォーズが象徴するがごとく、米国は宇宙に意識を向けるなどと、預言をしてその多くが成就したわけですが、彼の先見性や分析力の高いことから好評化を現在でも得ているわけですが、他にも面白い発言をしています。

米国はヨーロッパから移住してきた人達から成り立っており、比較的にの平等であり民主的で自分らで国を運営している意識が高く祖国愛に満ちていたわけです。

しかし、この損得抜きの祖国愛は二度と返らぬものであり故に、

前に進み、個人の利益と国の利益の結合を国民の前に明らかにすることを急がねばならない。

とトクヴィルは警告しています。

こんなのロシアのロマノフ王朝末期、ソ連の末期、李氏朝鮮の末期、大東亜戦争前の日本と格差が拡大すると、国家が危機的状況になることなんて当たり前で、説明するのも面倒です。

一度、崩壊した祖国愛など英国のサッチャーが「ビクトリア朝の返れ」とスローガンを掲げて大衆煽動したところで、凋落したイギリスの悲惨さからみて愛国心を煽ったところで、徒労に終わるだけです。

それどころか、サッチャーはグローバリズムにより、国家崩壊の逆方向に舵をとっちゃってしまったのですが、かつての大英帝国はケインズが嘆いたとおりに、まんまとかつての植民地米国により凋落しちゃったわけです。

イギリス発症の利己主義の改善することなく、ひたすら労働組合を叩いたりして、逆のことをやらかしたのです。


【失政のイギリス】

フランスは戦後、本来ならイギリスと手を組みたかったわけです。

ソ連と米国。この巨大な勢力から独立を維持するためには、協力な同盟国が必要だったわけです。大陸ではパワーバランスは基本中の基本ですから。

米国のプードルとなったイギリスを見捨てて、仕方なしにアデナウワー率いる西ドイツと手を結び現在に至るわけですが、フランスと英国と手を結んでいるのなら、現在のドイツ第四帝国はなかったかもしれません。


【騙されたくないのなら古典を読むこと】

トクヴィルは、

地方を首都に従属させて、国全体の運命を一部の手に委ねる不正と人民の直接行動に委ねる危険性

を訴えており、いわば首都の優越という状態の危うさは代議制に重大な攻撃となり、

この制度を知らずにすべて滅んでしまった古代の共和国の欠如と、シュペングラーと言を同じくしています。

そもそも日本は東日本大震災の辛酸から、東京集中型がまずいと学習しておきながら、東京オリンピックとか浮かれて何してんだか。

結構、トクヴィルは先見性が高く、他にも眠れる獅子といわれた清が西洋に食われる危険性も指摘していました。

古典の重要さは賢人の知恵をそのまま読書することにより、彼らの思考をトレースできるからであり、少なくともTVや新聞などの俗悪な情報に煽動されにくくなります。

政府の統計、一次データーについてもまたもや、トクヴィルはアメリカ人が信用しすぎの点について指摘いました。

データー改竄とか、こんなの200年前から当たり前に、権力者がやってることなんですよ。

内閣支持率とか、自殺率の低下とか、もう調査機関や調査方法などブラックボックスの日本の統計なんて、内閣府モデルの乗数効果並みに、インチキだらかなのです。


【コモンウェルスの国家でなくなればただの地域】

あの偉大な思想家のロックが国家をコモンウェルスと称したように、国家が国民が共通の利益を得られない、格差が拡大して階層分化した時点で、もはや機能されなくなり崩壊するわけです。

このままグローバリズムが止まらず、格差(官民・東京と地方・二極化・世代間・性差)が是正されないとなると、日本という単なる地方・自治区・経済圏の一つとなり、まぁシンガポールみたいに民族性のない無色透明な地域になり下がるでしょう。

しかし大丈夫です。

世界中で格差が拡大してボロボロですし、格差が拡大した時点で愛国心なんて維持できるわけありません。

そんな抽象的なものよりも沖縄や東北の人、貧困者や社会から排斥されている人への情が生まれるから、そっちのほうで社会を再構築させればいいだけです。

国家が消滅しても社会は存続します。日本なんて日本教以外の宗教もないし、それより英語化教育で民族自体が消滅するかもしれませんし、そっちはどうでもいいというのが世論ですから。


【グローバル自治区 VS 社会】

たとえ市場社会から生まれるディストピアになっても、ポランニーのいう社会の自己防衛・ソーシャルプロテクションが何度でも誕生するだけです。その時は

国家 VS 社会

となりますけど、もはやグローバリズムで国家なんて消滅しているのですから正確には、

グローバリズム VS 社会

といったところでしょう。

ここ5年間の出来事で、ソーシャルプロテクションの機能として、農協や医師会といった中間団体の存在があったわけですが、多数派がフルボコに叩きましたね。そういうことです。

日教組も叩かれてますね。あの変な中間団体もつぶすと大変なことになります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA