一院制の危険性(憲法改正)


【一院制とは】

最近、オカルト談話が連続しましたが、今回は固い話です。

維新や希望の党が一院制を憲法改正に掲げていますが、一院制を採用している国は熱狂的愛国者の大好きな韓国や、フィンランド・ノルウェー・デンマークなどの福祉国家、イスラエル・ニュージーランド・ポルトガルなどであり、そもそも普通選挙のない中国や北朝鮮も一院制みたいなものでしょう。

割と小国であると一院制は機能するようですが、これらの国は全てもう国民の多様性がなく、一つの目標を掲げて国民を誘導しているようです。


【民主主義は熱狂しやすい】

最近、トクヴィルの『アメリカのデモクラシー』を読み返しているのですが、アメリカは連邦政府であり、既に州が一つの国家としての独立しており、その州ごとに二院制を採用していており、今でも二院制を採用している州が多いようです。

民主主義は知識人よりも絶対数で民衆が数の上で優位にあり、どうしても粗雑な考えの総意となりかつ熱狂的となりやすく、著しくその判断に欠け、故に妥当性のない誤った選択をしがちとなります。

イラク戦争なんてその典型例であり、9.11で恐怖と熱狂に踊らされた大衆が、単純なスローガンの元に、不当な戦争を支持する羽目に陥ることになったわけです。


【民主主義のデメリットの穴埋めのための二院制】

トクヴィルは二院制のメリットは、

議会の進行を遅らせ、法律修正の上訴の場を一つ設けること

にあると言及しています。

だから、民主党政権交代前にねじれが生じることは、民主主義として機能しており、あの時点で自民党が小泉政権から間断なく継続している弱肉強食路線から、再分配・福祉の充実と政策の転換の猶予期間として与えられており、機能していたわけです。

しかし、格差是正の政策は宗主国の意向とは逆政策となり、当然自民党政権は放置したわけですがその結果、鳩山政権が誕生するわけですが、宗主国が横槍を刺さないわけがなく再び短命で終わるわけです。


【韓国が一院制のわけ】

最近、『解説 左傾憲法集』なるものを読んで、一応世界の憲法の内容をチェックしたわけですが、韓国が一院制であるのは軍事政権の独裁体制を強いるためという、その流れが強固なのです。

そりゃ、そうでしょう。

熱狂的愛国者なら知っている竹島を奪った李承晩ラインの、韓国の初代大統領の李承晩は一院制を採用しており、しかしその後民主化デモにより二院制となるわけですが、1960年代に自由党が崩壊し無政府状態となり、クーデターにより軍事政権が誕生し、維新憲法といわれた第七次憲法改正によって、一院制と回帰するわけです。

常識的に一院制は独裁制が高いといえよう。

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【やっちゃった韓国の漢字の廃止】

一院制のメリットは改革が迅速にできることですが、民主主義は数の上では民衆が圧倒数を占めるわけであり、ミサイル飛ばされたり、地下鉄でテロなど起きて、プロパガンダーにより恐怖や怒りを煽るだけで、簡単に理性を欠いた熱狂状態となり、危ない法案を通過し、取り返しのつかない政策が実行される恐れがあります。

韓国の漢字廃止なんて典型例です。

日本でも韓国でも抽象的な概念は漢字を元にしており、漢字を廃止すると音の表記だけとなり、例えば

抽象的 → ちゅうしょうてき

と表記され、「中小」「中傷」「中称」と同音異義というものも同音でややこしくなり、これらのいくつかは割愛され消滅し、外来語を使用せざるを得なくなるわけです。

だから、植民地時代を知っている年配の韓国人が抽象的なことを考える時に、日本語で考えるようです。


【日本語は部族の言語となる】

今の若者であるのなら、英語を使用して、ルー語になることでしょう。

しかし、抽象概念は母国語でしか考えることができず、例えば「粉雪」と powder snowとは異なり、日本人ならレミオロメンの歌を思い出すなり、意味が異なってくるわけです。

正義とjusticeなんて、全く意味が異なり、日本語でいう正義とは唯一の道徳であり、それに対してjusticeはjust「丁度、こんなもんだろう」という意味であり、天秤がjustice の象徴とされるのは、むしろ唯一の道徳でなく中庸の精神によるようなところの意味合いが大きいのです。

法の正義とは唯一の善でもなければ神による裁きでもなく、「こんなもんだろう」という判断 judgement でしかないのです。

これ、漢字が廃止されると英語圏と日本語圏の精神構造に気づかなくなりますね。博士号も修士号ももっていない、一般庶民の私ですら簡単に西洋と日本の正義の違いに気づきます。

一院制になると、もはや三権分立が完全崩壊して、内閣府というブラックボックスにより議会制度が崩壊し、すでに民主主義が崩壊した今、もはや英語化教育が深刻化し学校の授業を英語でするとか愚鈍な法案が成立するなど起こりやすくなり、日本語は今で言う台湾での台湾語となり、単なる部族の言語となり下がることでしょう。

まぁ、これが空気を規範とする伝統的な日本人の選択ですから、少数派として反対は一応はしますが、これが日本の運命なら仕方ないことです。


【精神年齢の幼い民族の一院制は危険】

トクヴィルは

「単一の観念、単一の感情のみに基づく政府は最良でない」

と言及しており、

「人民の精神をとらえて離さないのは単純な観念だけ。誤謬だが明晰、簡明な観念の方が真実で複雑な観念よりも大きい力をもつ。」

とその大衆の思考に警告を発しています。

ここで大衆とはなんぞやとなるのですが、数が多くなると当然概念を統一することとなり、単純化されることになります。なぜなら多くの人に共通する言語を使用しなくてはならなくなり、多くの人に理解できる内容でなけらばならなくなります。

複式簿記の知識のない人に日本の借金問題などないと説明することなど不可能であり、連立方程式を鶴亀算で説明することはできても、九九どころか足し算や引き算もできなく、ようやく数字を覚えた段階の人にも理解できる説明をするようなものであり、疲れて徒労に終わるだけです。

ジョージ・オーウェルの『動物農場』の羊たちのような単純な思考、

「四本足はよい、二本足は悪い!」

ぐらいに二者択一のレベルまで引下げないといけなくなります。色に例えると寒色と暖色の二択に絞るようなもので、池上彰氏の説明みたいなものでしょう。

複雑なことに妥当性があるとは限らないけど、反証可能性を常に有しているということを頭にあるのとないのとそうでないのとでは大きな違いがあり、改革を連呼して20年以上デフレを更新する自民党の偉業は、自らジンギスカンとなりたがる羊たちの洗脳なくしては達成できなかったわけです。

だから、今だに個人の考えも契約の概念もない、空気を規範とする学習しない民族の一院制はかつてないほど危険なのです。(マッカーサーは日本という国家の精神年齢は15歳ぐらいと分析してました)

まぁ、だいたい国家が滅びる前の傾向って、こんな感じゃないかな。

 

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