ヤヌスの鏡の保守と急進


【過去を尊敬というよりも共感】

今、オルテガの『大衆の反逆』を読み直しているのですが、数年前と異なり解釈が変わってきました。

オルテガは一言で、現在がありません。過去と未来をさまよってるといったところです。

まず、過去に対して意識があり、没落した自分を感じる時に、過去を尊敬し称賛しそれを形づくった諸原理を生み出すと、このように書かれているが「そうか?」と思います。

日本なんてその典型例で、戦前と今と基本的には何も変わらず、同じ過ちを繰り返しており、安倍政権誕生前から危惧を覚え警告しても同じ過ちを繰り返し、今回の件でせいぜい

大東亜戦争を止められずズルズル泥沼にはまった先輩の葛藤が理解できた。

というものです。

尊敬というよりも共感てとこでしょう。


【平均人を批判するオルテガ】

何やら保守派に対しての疑念がよりいっそう噴出して、オルテガは大衆を「平均人」とまるでグラインダーで個性を削り取られた日本人をディスるような糾弾をしており、しかし日本の保守はこの平均人を支配する、常識つまりはコモンセンスといった、規範を大変重要視しており、これは自家撞着ではないかと自認しております。

ちなみに常識ってもちろん真実でもないし、ましてや真理でもなく、むしろ日本人の規範の「空気」に近く、そこには理の介入がなく、いわばロゴスなきロゴスのわけです。

「国の借金で日本は破産!もう少子化でダメだ!対GDPが増加!」

まぁ、これもいわば今でも常識扱いされており、コモンセンスってこの程度なのです。男が家事しないというのもコモンセンスですし、女性に対する姦通罪もそうです。


【ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)】

ただこの『大衆の反逆』は読み落としていた箇所がたくさんあり、オルテガは少数派の弾圧を否定していました。

大衆のいう「みんな」はあくまでも多数派であり、

オルテガのいう「みんな」とは

多数派と少数派が合わさった複雑な統一体

と一応はいいこと言ってるのです。

ここでも、少数派排斥の危険性を最近ストーカー被害に合われた、元伝説のバンド・ラムーのヴォーカルで客員教授でもある菊池桃子女史が提唱した、

ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)

にも関係してくるわけです。
これってかつて排斥された東北の陸軍のエリートと同じく、排斥した緊張(ストレス)が敵意となると、集団崩壊の本格的な起動力として作用するわけです。


【コインの裏と表の関係の保守と急進】

で、本題の『ヤヌスの鏡』ですが、プラザ合意と和製OSトロンの開発者が乗っていた日本航空墜落の事故のあった1985年、第一次宗主国奉公時代のドラマです。

内容を一言でいえば、二重人格の少女の物語で、『聖闘士星矢』の最強の黄金聖闘士の勝ち組双子座のサガみたいなものです。

過去ログで指摘しましたが、急進派っていきなり誕生するわけでなく、保守派によるつまりは既存の支配構造による社会の変動の起動力となる、緊張(ストレス)が敵意となり爆発した結果としての急進派の誕生であり、もともと進歩主義とは対して関係ありません。

保守への反動があって初めて急進となるのです。

『ヤヌスの鏡』の少女も厳しい家庭環境による抑圧により、緊張(ストレス)がまったく逆のもう一つの人格を誕生させるわけです。

これって、保守による反動としての急進の誕生に酷似してます。


【日本的経営で自我自賛していた80年代】

グローバリズムにしても、共産主義にしても、何にしてもパレートのいう派生体(思想みたいなもの)が進歩主義であり、これらを感情的な私人や集団が利用するだけです。(ジョージ・オーウェルの『動物農場』もアニメ化するにあたり、最後を改変させて社会主義への批判とスリ変えるのもそう)

従来のシステムに対して疑念が生まれるから、根源原則に触れるわけであり、そうなる要因は保守にあるわけです。

事実、男女雇用均等法が施行されてたが、今だに日本は閉鎖社会であり、その結果としての女性とグローバリズムとの結合であり、TOEICブームや英語化であり、全て保守派がこれらの急進派を育てたといえよう。

単に70年代に逆進しても、問題を起こした時点に戻るだけで、これじゃ、ビクトリア朝に帰れのマーガレット・サッチャーと何ら変わりません。

保守と急進はコインの裏と表の関係であり、進歩思想は後付けでしかないのです。


【急進と根源とは違う】

そもそも急進的の英語のradicalはラテン語のradixが由来で「根」という根本的という意味であり、奴隷制度を廃止するとか、有色人種も白人も平等とか、女性の選挙権とか、自然権といった根本つまりは、根源原則によるものなのです。

日本語でいう急進的というのは、いわば衝動的な反動であり、何の反動かといえば保守に対しての反動なのです。『ヤヌスの鏡』で少女が叩かれてたりしたような反動です。

進歩的というよりもむしろ男性原理に偏った跛行状態から、女性原理とバランスのとれた状態に戻すといったほうが適切です。

事実、女性の社会進出が活発な国ほど、格差がなく平等社会です。

 

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オルテガは生の可能性に触れていることは、それに関しては慧眼だと思います。あくまでも可能性という点に関してはです。
シュペングラーやマルクスのごとく、世界線が一つではないのです。
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未来はどうにでもなるし、小子化や年金、医療の問題なんて最初からないのです。ましてや国の借金の問題なんてありません。
あるとしたら格差(所得・性差・地域・官民・世襲など)や朝貢国としての問題くらいです。
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不安を煽ってわざわざ問題をつくりだして、利を得ている権力者とそれに追従しておこぼれもらおうとする連中がいるだけです。
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