これからのアイデンティティ


【アイデンティティのない日本人】

自分が何物であるか。

欧米などの個人主義では、自身のアイデンティティで答える傾向にありますが、日本人の多くは属性本意であるために、多くが所属している集団がアイデンティティに相当します。

だから、東条英機の娘が米国人と結婚して、批判を浴びないのを多くの日本人は理解できません。


【アイデンティティ】

保坂尚希さんは稼ぐだけ稼いで、50代で引退しようと考えていたようですが、引き続き芸能活動をするようです。

その理由は自分が何者であるのかわからないからだそうです。

大体、芸能人が成功したら遅れた中二病・熱狂的愛国者に転向する傾向が多いようですけど、内に向うタイプのようです。(片岡鶴太郎さんもそうですね)

(『格差社会と国家の存亡』)

ちなみに熱狂的愛国者はこの図の o に位置づけられます。日の丸とか万世一系の天皇制とか、かなりイデオロギー色が強く、自民党のTPPはいいTPPと二重思考に陥っているので公民でも国民でもありません。


【流れてくる豚を見るような視線はアウト】

実は、次世代モデルの人格は、個人主義でもなければ集団主義でもなく、上図の全てが統一された人格になると私は予測しています。たぶん。

要は、多面性をもっている人格を統一性をもたせることで、上司であれ部下であれ独立した人格として接するということです。そうでなければパワハラもイジメもなくならないだろうし、そうでないと子供の自殺も犯罪も一向に減らないこと思います。

もちろん、馬鹿な発言をする上司や社長や政治家や企業家に対して、流れてくる豚を見るような目もNGです。(笑うのはセーフです。たぶん)

次世代モデルの社会では。


【レントシーカーは正確には悪でなく餓鬼です】

自分が何者であるかと言えば、高校生の頃から常に「俺は俺だ」と自身に言い聞かせていたのですが、それも体罰OKの時代で教師や大人や親に対して、怒りを常にもっており、いつか懲らしめてやると野望をもっていたからです。

しかし、20代になるともう完全に自分も腐りきっており、今のネトウヨの10倍の残虐思想をもっており、ヒトラー総統のように残虐になろうと思っていた時期もあります。

なぜなら、この世は悪だからです。

しかし、この悪を追求していくと、小動物や赤子を殺すことに喜びを感じれないと悪でなく、ただの卑しい越後屋止まり・レントシーカーは六道輪廻の餓鬼でしかなく、北斗の拳のモヒカン・肩パット止まりなのです。弱いです。
せめて、サウザーのようでないと格好悪いのです。

「愛故に人は苦しむ!」
「うっ、シュウへの愛がこのガキを狂わせるのだ!」

しかし、なぜ金ごときでそこまでしなければならないのか、馬鹿らしくなってしまい、悪も善もどうでもよくなったわけです。

まぁ、それで自分だけ助かろうという純粋な気持ちで、神田正典氏の変な成功本とか読むようになりました。


【これからは統一性をもって】

俺は俺だ。つまりは、

A = A

でしかないのですが、ここで別の意味を人間は与えたくなります。
ここで属性本意の日本人は、

a=○○大学卒業、○○会社 課長 40歳 既婚 子供1人

を代入しますが、これに対して欧米人は

a=誇りを重んじ、信念を曲げない

と内面の要素を代入するわけです。

しかし、AはあくまでもAであり、私の高校生の頃でしたら大人たちに敵意を向けている自分であり、これは対立関係での俺は俺であったわけです。つまりは、体罰により虐待に反感をもち、ようやくアイデンティティをもてたわけです。(これは疲れるアイデンティティなのでオススメできません)

これからの時代は統一性を持って自分が自分でなければならず、そのためには修行が必要なのです。


【因果を超越する】

この修行には因果で何でもかんでも考えることをやめて、もうそうなった状態でなければなりません。

内田樹氏の修行論で納得できたのが、因果の中に身を置かないという内容であり、因果で考えると目的地の最先端をもっとも合理よく考え、そうなると自転車でもその最短距離を邪魔する対象物は全て障害物となり、つまりは敵になるのです。

武道の達人は時間からくる因果でなく、もうそれを超越した状態になっているようで、これは歴史家のシュペングラーのいう「成ろうとするところ」もそうなのでしょう。

いわゆるインスピレーションとか、感性といってものを磨くには修行が必要なのです。


【世界線です世界線です】

科学とは「成ったこと」に対して因果の法則をつくりあげるものであり、そもそも「成ったこと」は「成ろうとするところ」の結果でしかないのです。

ここで一番わかりやすい説明が、シュタゲの世界線の説明です。

科学とは知覚されたことを後追いの関係にすぎず、シュタゲの世界線でいうところのルカ君が男であるという世界線を、ぶっちゃけ全裸にして観測し遺伝子やホルモンなどから分析して、

「だが、男だ!」

と結論つける関係に過ぎないのです。

それもそのはず、男のルカ君の世界線ではどこまで調べても、実験してもルカ君は生物学上の男であり、しかし、だからと言って女のルカ君の世界線が存在しないわけではないのです。

これ、引き寄せの法則の根源のカラクリであり、本来のプロセス・つまりは知覚者の周波数を先に成功した状態に合わせて、その世界線の移動を促すというテクニックなのです。

これは般若心経でいうところの「空」の状態が所謂、実相であり不確定状態を指し示しているのです。ハイゼンベルク定理の正体はシュレティンガーの猫のごとく、AでありBの状態をいうのです。

種あかしをすれば量子コンピューターも0か1でなく、0であり1である組み合わせで、本来の不確定状態を利用するわけですが、ちょっと、秘密を漏らしましたね。

 

 

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA