“誰も悪くない “TVドラマ『anone』第7話


【誰も悪くない】

TVドラマ『anone』第七話で広瀬すずさん演じるハリカちゃんが、田中裕子さん演じる亜乃音さんが過去で血の繋がらない娘を我が子のごとく育て、それを秘密にしていたことに罪悪感を感じていたことに対して、フォローした台詞が

”誰も悪くない”

という間隙を突く内容のものです。


【責任という虚構】

誰が悪いとかそういうことには根本は罪悪感からくるものですが、これを説明すると長くなるので割愛しますが、まずそこには責任問題が生じているわけです。

この責任というものが非常に胡散臭いものです。

フランスの社会学者のポール・フォーコネは、この責任といものを自由であるから負うものでなく、責任を負う必要があるからして自由だからという逆に因果論的な枠組みをつくったと言及しています。
社会心理学者の小坂井敏明氏は責任を論理的に構成される社会的虚構と表現してます。

その典型が自己責任という言葉であり、これについてもケインズが論じているところです。

[訳してみた] J・M・ケインズ『自己責任主義の終わり』ー鄙 blog

そして、OECDも日本に対して警告をうながしています。

ウツも自殺者も切り捨てる、“自己責任至上主義”の恐怖ーOECDからの警告ーYahooニュース

もうこれらをブログで載せると長すぎるし、また辟易とした内容になるので今回はやまにします。

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【かつて責任は共同体のものだった】

「大転換」で有名なカール・ポランニーは責任がかつては共同体のものであったが、それが労働が商品化され個人に付与されたとあります。
実は奴隷解放って人道的なことでなく、奴隷ってモチベーションも低いし、その割りに農作物の収穫量に関係なく、それに対して住む所も食事も世話してコスト高で、その対策として単に権力者が都合により労働力を商品化して、それに見合った貨幣という商品の交換に置き換えただけです。
奴隷を家から追い払い、労働力だけ賃金の交換により獲得することを思いついたわけです。

この合理性によりプロテスタンティズムの勤勉さ故の生産性の高さも評価され、アメリカではピューリタンの多い北東部が賃金労働者により発展したのに対して、南部のスパニッシュは奴隷を伝統としており、その固執から南部は生産性が非常に低くなったこととなったわけです。

解放(リベラル)の人道主義はもっと後世だし、今だにアメリカは差別が非常に激しく、精神的には後進国と言えるでしょう。

そもそも会社が共同体ならば賃金などの交換関係であってはならず、生活の隅々まで介入し住宅の付与・出産・育児・子供の教育費・披露宴・老後の面倒・葬式・墓地提供・法事まで全てにわたってしなきゃならないのです。
できるわけないし、もし転職すれば裏切り者となり、磔の刑となろう。

だから「日本的経営」の根底が可笑しいしそんなの伝説であり、戦前からそんものがあれば昭和恐慌とか金融恐慌とか、東北で「おしん」みたいに身売りする少女がいること自体がそのウソを証明しているわけです。恐慌でも金持ちは裕福でしたから。(ちなみにおしん役を『anone』の田中裕子さんが演じてました。)
問題を引き起こした虚像の伝説を復活させても、更なる悲劇を生むだけです。

これは日本の上位1%の富の独占が明治からずっと格差が拡大していたのを、データーが示しています。World Wealth & Income Datebase


【ロゴスなきロゴスと責任】

過去ログでロゴスなきロゴスの日本は論理性に欠け、責任問題をはっきりさせていないから、国民を煽り無駄に戦争に巻き込み、無駄に「蛍の墓」や「はだしのゲン」みたいに見られる空襲や核被曝を招き、沖縄を捨石にしたと糾弾してますが、それでもこの責任という虚構が存在している限り、上位者は多くの民を守る決断が迫られるわけです。

うやむやにしたから、今だに私たちは戦後を知らないし、処理もできていないわけです。こんなの上位者が責任という虚構をいっさい受け入れて、腹くくればいいだけで、男ならそれぐらいしろよってことです。

まぁ、ここが私の限界です。
そもそも戦争突入した時点で責任という虚構をつくりあげ、この問題を誰がいっさい引き受けるか決定しなければならなかったわけです。


【論じることも虚しいでしょう】

まぁぶっちゃけ、この責任という虚構の概念はまず因果関係がしっかりしている国でないと語ることなどできず、日本で議論することは不可能なわけです。
虚構であるということを論じる前に、論つまりはロゴスを受け入れ、日本の伝統の「空気」を打破しなければならないからです。

池上彰さんはわかりやすい篤実な人で信頼できるとか、もうそれじゃ完全失格です。だって池上さんは東日本大震災あって半年もしないうちに、TV番組でTPPに好意的な説明して国民を誘導したわけです。
ソフトな説明で東北を地方に苛酷な試練を与えたわけです。

まぁ内容なんて見てないわけです。
これは三橋さんのことも同じで人格と内容の分離ができていないし、未来永劫できないでしょう。


【世界有数の債権国日本の狂気の実態】

まぁ、こういう社会現象の域は、被差別部落の人や元受刑者や鑑別所上がりの人や、欝で生活保護受給者を受けている人、貧困者、聾唖(ろうあ)者などの現実を知っている者が知らない人へ説明するのも役目なんだろうと思う。
そういう人は言いづらいし、論じるにも対案出せとか言われ簡単に押し潰されるだろうから。

昔いた会社で聾唖(ろうあ)者を積極的に採用してたけど、それは確かに生産性は落ちるしそれに対して、国家は何も積極的なフォローしていないわけです。費用対効果でいえば他の企業から違約金として徴収したわずかな補助金と、その生産性を相殺させると、多くの会社が利益にならないから採用しないわけです。

そういう意味では今井絵里子議員はまっとうなことをしようとしているわけで、しかし自民党にいると義家議員みたいにミイラとりがミイラとなり、多くの弱者の死体の山をつくることに加担することになるだろうなと思い、まぁとっとと立憲民主に移ったほうが正解だと思うわけです。(ピンポイントの一人を救うために千の死体をつくるようなものです)一応、私は聾唖者の現実も少しは知っているし、手話も一度は習い覚えたわけです。少しだけ。
役にたつとか、損得でやってたわけじゃないのです。(まぁやらされた感はあるけど、ろくでなしに善意をもってとか、そんなのハードル高いだろうに)

世界有数の債権国であるにもかかわらずこの国は同胞すら見捨て、無関心でひたすら後ろ向きで皆保身的で前に進まず、OECDにまで警告されて、これだと後世までセコクて愚鈍で残虐で恥ずかしい国だったと歴史に残るでしょう。(それでも韓国なり中国なり他の国の学びになればいいと最近思ってます)


P・S

TVドラマ『anone』の視聴率の伸び悩みの要因は恐らく、少数派切捨ての自我の罪悪感を感じるが故に、罪悪感から見たくなくなることだからだと思います。
私も見ていた番組のTVドラマ『陸王』は高視聴率だったらしく、それもストレスとその解消の連続、つまりは薬物中毒・ギャンブル中毒と同じく、ストレスによる欠乏とその解消による補充による快感を仮想空間で体験でき、高いストレスと爽快感が必要なので、まぁ水戸黄門みたいな勧善懲悪の心理と同じです。

自我の罪悪感と体面するのは通常辛くて見たくない自分を見ることになり、やはり罪悪を懲罰として自分以外の客体に向けたいというのが、自我に固執する人間の言動なわけです。

ガンダムが再放送でブレイクしたみたいに、質の高い内容のドラマは数字とれなくても後から評価される場合もあるので失望する必要もないでしょう。

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