就活、空前の売り手市場なのに内定ゼロ 選り好み?


【選り好みし過ぎなのか】

就活、空前の売り手市場なのに内定ゼロ…なぜ?

>「空前の売り手市場」などと言われていますが、全ての企業に平等に入りやすいかというと、それは誤解です。特に、有名企業、いわゆる大手企業や人気企業は、相変わらず狭き門であることに変わりありません。「数百人の応募に内定者1人(競争倍率は数百倍)」ということも珍しくありません。

まぁ、このブログ記事を読んで多くの人が、「選り好みしすぎなんだよ!」と反論する人が多いことでしょう。

しかし、これこそ世代間格差だと思います。


【バブルパイプライン世代の親の思考】

>「就活については、時々、両親に相談に乗ってもらいながら進めていました。始めのうちは、『自分の思うように決めればいいよ』と言ってくれていました。いよいよ内定先を決めるときに、『なんでそんな聞いたこともない会社にするの? それで良いの? 就活を続けて、有名な会社にしてよ』と母親から言われました」(都内の私立大学に通うDさん)

まぁ、有名な会社ってそれだけじゃブラックで有名な会社も多いでしょって、とこなんですが、それなら中堅優良企業でもいいのじゃないかと個人的には思います。

これこそ、属性重視の日本人の従来の保守的思想の弊害でしょう。
新卒一括で人生が決まるって、20年前のパイプライン・システムの中の液体となる考えです。


【少数派を排除するシステムの危険性】

このパイプライン・システムは山田昌弘氏の「希望格差社会」で取り扱われており、彼は合理的あきらめシステムと紹介してました。
つまりは、従来の終身雇用、年功序列の会社を運命共同体とする考えです。

90年代初めまでは通用していたと思います。
いい高校、いい大学、いい会社とレールが敷かれていて、レールに乗っかれば将来安泰というやつです。
そこに乗っかれなくても2流の道が用意されており、中卒でも職人としてそこそこの人生が遅れていたというやつです。

まぁ、私はこのパイプライン・システムそのものが、第一線で働く女性の排除や、障害者、被差別部落の人、在日の人などを排除しており、その不満がグローバリズムを後押しとなり加速させていると解釈しています。

 

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【少しの不満でも放置するな】

社会の変動システムで必ず、緊張(ストレス)が取り扱われ、それがルサンチマン・敵意となり従来の古い構成体が破壊されるわけです。

第一線で働く女性がその典型例で、かつて男女平等はフェミニストだけだったのが、今ではリベラルやグローバリストとなり、既存のシステムつまりは国家の破壊衝動と変貌を遂げたのでしょう。

だって、日本って男女工機会均等法から30年以上経由しても、まったく何にも変わっていないのですから、もう破壊するしかないとなるわけです。
まぁ、これに対して迷惑なのが障害者の人達や貧困者なわけで、グローバリズムとシステム破壊が結びつくと、助け合いの社会から競争・搾取・圧制の社会に移行を余儀なくされます。

勝間和代さんなんて80年代で日本という国家が、自分を排除すると予感し公認会計士の勉強をして試験にも合格し、その頃大前健一氏やミルトン・フリードマンの「資本主義と自由」の書物の影響を受け、それを糧として抑圧に対抗して見事乗り越えたわけです。

三浦瑠麗さんも同じで彼女のリベラル(解放という意味での自由)は、性差の解放の意味であり、そのためならグローバリズムと結びついても、やはりある意味ではリベラルなのです。


【資本主義に忠実な安倍政権】

まぁ、こんな内容ブログで収まるわけないのですが、従来のパイプライン・システムの再構築は不可能です。
理由は長すぎて説明しきれないけど、資本主義下において国民が幸せになれたのは、圧制の東側諸国の存在があったからであり、東西冷戦が終了した今では構造上ありえません。

だから資本主義国家の存続はスメルサーのいう(過去ログ)③連続的な発展を描くわけですが、それが中曽根・小泉・橋元・安倍政権の流れを維持した状態であり、つまりはグローバリズムによる無色透明の国家により状態を保つわけです。
愚民化や圧制による統制であり、ある意味安倍政権は資本主義に忠実でありその保守です。


【社会と経済原理は相性が悪い】

シュンペーターもマルクスも資本主義はいずれ寡占化が深刻化し、それぞれ社会主義か共産主義に移行すると預言しました。
前者はブルジョワ政府が支配するという意味ですけど、まさに当たってますね。

マルクスは資本主義は限りなく無償労働を余儀なくされるシステムであり、これも安倍政権の労働裁量制の枠拡大からして、まさに資本家の本質なのです。

アベグレンの「日本的経営」ってただの伝説で、何度もブログとりあげてますが、産業社会学の泰斗である尾高邦雄先生がプラザ合意の前年の84年に紹介してます。

簡単に紹介しますと、

①江戸時代から農民階級にある運命共同体の集団主義の精神
②江戸中期の大都市に店舗をもつ大商家(三井、鴻池、住友)の家訓(生涯雇用・年功序列・人の和・温情主義)

③明治~大正の欧米の合理的・人為的 + 集団主義
こそが日本的経営の本質です。あくまでも本質です。

尾高氏は日本の年功序列と終身雇用は満州事変・対戦中に一時的に戦争目的のために制度化されたとこのように言及してます。それに、戦後GHQにより財閥解体と労働組合の保護のもとに、企業に対して終身雇用の保障を負わせた短期の制度でしかないわけです。

そもそも資本主義って労働力と賃金との交換の契約に基づいており、それ以上でもそれ以下でもなく共同体じゃないわけです。
だから「みなし残業」って食い逃げと同じで労働力の窃盗であり、ぶっちゃけ犯罪なわけです。別に社会の役割分担と見なしてもいいけど、それって資本主義でも何でもなく、だから社会と相性が非常に悪く、ぶっちゃけ経済の暴走により社会や国家が崩壊するわけです。

じゃ、どうすればいい?
まぁ、とりあえず農業治療か瞑想でもしましょうか。

 

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幾ら売手市場でも、少子化で日本に先がない、ましてや国の借金ガーとか子供の頃からそんな三百代言により洗脳されれば、国家や社会なんてとても信用できないし、浜省の歌に感化されて自己陶酔することも許されず、プチアウトサイダーになんかなれないでしょうに。
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まじめなタイプはコツコツお金貯めて消費せず、リアルアウトサイダーはオレオレ詐欺とか旧世代に対して復讐を遂げているのが若者の現実なのでは。
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リーバイスのジーパンに、へインズの白いTシャツ着て、キャプテン翼の日向虎次郎みたいに袖まくりして、ギター抱えてコブシ痛めて殴りあうとか(妄想の世界で)、まぁこういう中二病的な行動なんて若いの世代は恐ろしくてとれないわけです。(革ジャンの下に白いTシャツって流行してたな。吉田栄作みたいに・・。あれ、寒いんだよ。ちなみにシャツをズボンの中に入れなくなったのは、加勢大周がCMでやりだした頃です。たぶん。)
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 91年9月の段階ではまだシャツは中に入れるのがデフォでした。
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