諦めの境地とは


【四諦】

四諦・・・・苦諦・集諦(じったい)・滅諦・道諦の四つの諦め(この世は一切の 苦、苦には原因がある、苦を滅することができる、苦を滅する道がある)をいう。(仏語)

もともと諦めるとは「明らめる」を意味し、事実をさらけだすことを意味します。2012年9月に野党時代の自民党総裁選に安倍さんが勝利し、その時点でこうなることは決定されておりました。

つまりはもう諦めることです。


【やるだけのことはした(過去形)】

今後、別に何もするなとは言ってません。
これらの流れは突然発生したわけでなく、つまりは民主党叩きに専念していた時期に胚胎していた危険因子として安倍・麻生・菅氏らが根本の原因でなく、戦前からのまったく学習能力のない大和民族の精神によるものなのです。

西洋と異なり日本には契約の概念も理性による思考の訓練もなく、ただ空気による規範による集団行動を優先しているわけで、まぁ言ってみれば西洋、大陸のように暗黒の時代の苛酷な経験が少なすぎるからです。

西洋は大陸の戦争に続く戦争、絶望による宗教の新解釈、つまりは理性の誕生、30年戦争から二度の大戦にホロコーストと経由し、思考の訓練を必要を余儀なくされてきたわけであり、それを怠ると民族なんて国家なんて簡単に滅びるわけです。

カタルーニャなんて運が悪いだけで国家として独立できず、それでも今だに諦めていないわけです。カタルーニャ語の祖といわれたリュイの影響を受けたのがデカルトであり、デカルトが母国語で「方法序説」を記述し、その結果母国語で高等教育を受けれるようになり近代化を遂げることになるのです。

もうそんな史実は西洋どころか、中国・インドでもわかりきっており、いずれ中国もインドも母国語で高等教育をするように準備しているのに、これに対して日本は英語化教育って・・・。

 

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カタルーニャを例にしたけど、国家として独立したくとも運悪く母国語教育できず、今だにバロセルナ(カタルーニャ)はマドリード(スペイン・カスティーリャ)の属州となっているわけです。

(故)西部邁氏がかつて怒りに任せて「自らこんなこと(グローバリズム政策など)していて、この国は滅んでも仕方ない」と言っていましたが、まぁそうでしょうね。
カタルーニャ・台湾・チベットなどの独立したくてもできなかった民族がいるのに、自ら滅びを選択していて戦前からまったく何も学んでいません。

今だにこの国は敗戦処理(失敗の分析・学び)ができずゴニョゴニョ誤魔化しているのです。


【敗戦処理のできない国】

繰り返しになるけど、西洋、大陸はたった一つの失政で民族が滅びるか土地を追われるのを周知の事実としているわけで、だからイタリア、フランス、ドイツは第二次大戦末期に民族、国家の継続のために、必至に敗戦処理のために正統な政権を樹立しそこに民族と国家の存続に関連づけ、その責任をムッソリーニなりナチスなりに負わせて敗戦処理をしたわけです。

これらに対して日本なんてハルノート突きつけられて民族の自衛のための戦争だと言いながら、1億玉砕と逆目的の民族消滅の選択をしようとしていたわけです。
最初から目的も何もないわけで、これが今だに変わっていないから、自ら滅びを選択し続けているわけです。


【海洋国家の精神の脆弱性】

自ら滅びたがっている民族に対して、民族の継続のモチベーションを高めろとか無理でしょう。
だって、大陸なんてたった一つの失政や運の悪さで民族なんて簡単に滅びるわけで、それに耐え抜いた結果としての民族と土地が融合した国家であり、正直韓国のほうがその存続に対しては真剣さのレベルは上でしょう。

英国がマーガレット・サッチャーにより簡単にボロボロになったのも、大陸と異なり海洋国としてその危機感が少ないから、怪しいブレーン(ミルトン・フリードマン)やたった一人の独裁者により一瞬にして国家が凋落するわけです。

米国の衛生国の日英と共に海洋国家故に、安全であるが故にその精神が脆弱であり、きわどい駆け引きに耐えられないのでしょう。
だから簡単に新興人工国家の株式会社米国にのっとられるわけです。


P・S

諦めることです。諸行無常。この変化の事実を受け入れることです。

何もしないことではないが、まず自ら滅びたがっている民族にその継続を促しても無理なわけです。
ユダヤ人が土地を追われてどれだけ国家再建設のために、辛苦を体験し今もその危機感の中で生きているのか想像すれば、まぁこの滅びは仕方ないでしょう。

2012年9月の時点で私は警告を促しましたが、今だに何ら世論は変化していないわけで、もうどうしようもないわけです。(その頃は分析が足りなくて、今の危機を予測していた連中が、安倍政権がするであろうことを予測して、的中すれば世論は変わると思っていました。)

三島由紀夫の言った経済だけの無色透明な国家に、更に経済を差し引いた国になるわけです。しかし考え方を変えれば言葉失ったら民族も消滅しますから、もう民族の葛藤はなくなりますね。それはそれで解決なのではなかろうか。

ついにグローバリストの夢見ていたシンガポール化した日本が誕生するわけです。
韓国や中国を叩いていた熱狂的愛国者もその頃は別の形態と変貌を遂げていますので、恐らく何ら問題ないでしょう。

まぁ、今まで母国語で高等教育を受けれてほとんどの外国の著書も読めて、それは幸運だったと思い感謝することでしょう。
森有礼みたいなのが総理になってたら無色透明な国になってただろうし、その悪夢が遅れて現実となっているだけです。

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