徴兵制導入の世論からみる世代間格差


【徴兵制復活の世論】

「経験した自分には賛成と言えるが子孫に対しては反対」兵役経験者が語る“徴兵制”、日本には必要なのかー原宿の若者50人に聞くと、全員が徴兵制に「反対」と答えました。

2018年02月04日 15時48分 JST | 更新 14時間前

>フランスが徴兵を行う理由のひとつがテロ。2015年には週刊誌本社などが襲撃され17人が犠牲になり、同じ年のパリ同時多発テロでは130人が死亡。さらに翌年、ニースで86人が亡くなった大型車暴走テロなどが相次いで起きた。>また、スウェーデンでは徴兵制を約7年ぶりに復活させることを決め、18歳の男女4000人を徴集。ロシアへの脅威に対抗するという。


【知らないからマッチョな発言をする】

稲田議員らが1ヶ月自衛隊体験入学をどうかとか世論が変な流れになっていますね。
私は過去ログで紹介しましたがそもそも、徴兵してギリギリの状態での戦闘経験のない連中や、原爆や空襲経験のない連中らが、いくらマッチョな発言をしても男としてですが、説得力ないわけです。

そういう点では三島由紀夫は知行一致しており、体も鍛え自衛隊に入隊して自決にいたるわけですが、マッチョな発言する連中はそれぐらい実践して見せてないと、そりゃ若者が納得するわけないと思います。

内田樹氏は戦争体験のある世代が消えていく中で、マッチョ思想がはびこると警告を発していますが私も同感です。

こういった思想がマッチョになるのは実体験がないからで、例えば私の高校はいわば体罰を是としており、あんなの誰にも体験させたくないわけです。

一日8時間も授業けさせられ、授業中質問に答えられないとその場で正座させられ、小テスト毎日受けさせられるが80点以下1点につきケツバン(竹のムチでお尻を叩く)1発の懲罰。成績悪ければ下位者は廊下に並ばされ、正座させられビンタやバリカンで丸刈り。こんなの30年前に当たり前のようにやっていたわけ。

日本固有のパイプライン社会に乗るために偏差値教育が推奨され、いい大学いい会社が全てという単一的な風潮となり、この反動で上級パイプに入れない閉塞感から校内暴力が多発し、3年B組金八先生の腐ったミカン、尾崎豊、ハウンドドックの曲にその世情が強く反映され、校内暴力を抑えるための校則強化に体罰へと以降した時代が私の高校時代でした。


【スクールカーストとは】

この反省から後に、ゆとり教育と移行するわけですが、また別のいじめの問題とかスクールカーストとか大人の世界をそのまま子供の世界に反映されことになります。
現代での生まれた時点でその人の人生が決定してしまい、そのルサンチマンから敵意を他にむけるイジメ社会の到来がまさにそうでしょう。

子供なんて本来バカ(男の場合)ですから喧嘩していたと思ったら、謝罪することもなく気がついたら別の日にその相手と遊んでいたり楽しそうに話したりとか、とになく何も考えていないものです。子供は本来バカでないといけないのです。

そもそもスクールカーストって意味不明であり、これって世襲格差社会をそのまま学校の写しだしているように思えます。
だいたい学校なんて成績が上位にあればステイタスが保たれるし、絵がうまいとか喧嘩が強いとか楽器がひけるとかで分野ごとに区分けされ序列なんてないはずです。
(まぁ、進学校は成績が完全序列ですが)
同様のことですが、実は社会という用語の定義も

「構成員が役割による相互関係が継続化し慣習化され、それが構造化したもの」

とするのが主流の社会学的な意味での社会なのです。(ウィリアム・サムナーのような社会ダーウィン主義者の定義は違います)

この役割が固定化した地位となるのが世襲であり、この世襲悪って実は社会の崩壊ひいては国家の崩壊へと導く傾向にあるわけです。

世襲を是とする考えがバークの世襲の原理であり、貴族階級はその地位の正当性を維持するために高い教養を身につけており、だからいいじゃんという適当な考えです。
こんなの通用していたのは特殊なピンポイントの時期でしかなく、世代間格差があり経済成長期のチャンスしかない時代と今じゃまるで違うわけです。

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【三島由紀夫が自決した年に生まれた世代】

山田昌弘氏のいう「希望格差社会」なんてその典型例であり、ナイナイの岡村さんは一浪して立命館大学に進学しましたが中退してNSCに入学し、「くりいむしちゅー」の二人も同世代ですが早稲田・立教と中退してお笑いの道に走ります。

こんなのトレンディドラマ「東京ラブストーリー」とか世はイケイケのムードで溢れており、だから無謀なことでも行動可能だったわけです。
一方で今の若手の芸能人ってほとんど大学進学して卒業しますよね。
恐らく、社会なんて国家なんて信用してないから守りに入ってるのだと思います。

こんなの小子化で日本は縮小するとか社会保障削減の自己責任とかなり、生活保護受給者をバッシングしたり、障害者を邪魔者扱いしている風潮を普通に子供が真似して、同級生を自殺に追い込んだりすのでしょう。
だって大人がもうそれしちゃってるわけですから、真似してるだけじゃんとなるわけ。(小保方さん叩きも芸能ゴシップニュースも全てそう)

結構、ファシズムとグローバリズムと酷似していて、まず中間団体が邪魔であるから排除しますし、障害者もお荷物扱いして排除します。

政策をみればわかりますが小泉政権の障害者自立支援法案とかなんて典型例ですし、そもそも障害者が市場社会で参加するとお荷物扱いとされるし、日本なんて道路がバリアフリーがまったく成されていないし、本音としては同胞意識でなく、帳簿上のただの費用扱いをしているわけです。
西のマルクスのミルトン・フリードマンがなんでもかんでも、複式簿記のごとく考えており障害者を費用扱いして仕分けしてただのお荷物という国家の負債勘定にするわけですが、さすがに世論に配慮して「自立」とか言葉をすり替えるわけですが。

生活保護受給者に対しても、「この制度は働けない人のためにあります」とか、そんなの憲法に明記されていないことを、ふわっとした空気に従って発言するわけです。
ここで憲法に勤労の義務があるじゃないかと反論してくるところですが、ここはイタリアの憲法の勤労の権利つまりは中央政府が勤労につけるだけの面倒をみると対峙した考えを打ち出す必要があるわけですが長くなるので割愛します。

だいたい、生活保護制度を受けるよりも普通に働いたほうが充実する社会に移行したほうが建設的だし、生活保護受給者叩きなんて70年代80年代はもちろん、90年代にもなかったわけ。
普通にスキルがあれば仕事につけるし、そこそこの状態があくまでも多数派であるが享受できる時代だったから、そんな弱者叩きなんてむしろ男らしくないしみっともないし卑怯で、自分が豊かになればいいだけという風潮だったと思います。

くりいむ・ナイナイの世代が典型的です。


【多様化社会への試み】

私はある離島にホテルの厨房に1年半監禁状態の経験があり、その職場がブラックすぎてひどかったのですがその結果一応料理の技術を身につけており、専業主夫としてのスキルは割りと高いわけです。(「なか卵」と同じレベルの味くらいは楽々再現できます。あれは薄口と濃い口醤油の割合がポイントです)
ならこのスキルを活かせないかと、私は失業してた頃就職活動として近くの大きな病院に潜入し、看護士長クラスの女性と知り合いになり、いわゆるヒモになれないか試みたことがありました。

この話をするだいたい反応が二手に分かれて面白いわけですが、「笑う」か「怒る」かごく稀に「呆れる」かです。

傾向としては充実して前向きで幸せな連中は笑うわけですが、不満ばかり溜め込んで他人の悪口とか芸能ゴシップネタが好きな連中、まぁ不幸な連中は大体怒りますね。
これ、生活保護受給者叩きする連中と非常に酷似しているんですよね。
成功して経済的に裕福でも不幸な連中って、とにかく処理しきれない負の感情を弱者に向けて叩きだすわけです。

これもグローバリスト特有のゼロサムゲームのセコイ思考パターンであり、負の感情を他者に転移すればすっきりすると思い込んでる連中の特性です。
いや、いや、それこそ瞑想でもして宇宙と一体になってブラックホールにでも吐き出せよってこと。

まぁ、病院での就活は病人が多く負の波動が充満して体の負荷がきつく、1回きりでやめましたけど。


【ロックの世界では貧乏と中退がステイタスだった】

経済成長期ではロックの世界では貧乏が劣等でなく、むしろステイタスだったわけです。
桑名正博さんなんて大阪の帝塚山のボンボンであり、これがロックとは不釣合いでスタイルとしては非常に不味く、親に対して「なんでうちは貧乏じゃないんだ」と逆切れしていたエピソードがあります。

モッズにしても浜田省吾にしても尾崎豊かにしても生まれの貧しさを過大にアピールして表にださないと、やなりロックじゃなかったわけです。

浜田省吾さんなんて父親が警察管で公務員だけど、なんとかやたら貧乏アピールをしていましたし、尾崎豊さんも父親が公務員であり決して貧乏ではないけど、青学の附属高校に進学して、周囲が自分より裕福であることをアピールしていました。
尾崎さんの兄がこれに対して「いや、うちそれほど貧乏じゃなかったし」と発言しており、とにかく貧乏でないとロックではないわけです。
中二病と同じで貧乏設定が必要なのです。

だから経済成長期に青春を謳歌した連中は、貧乏自慢したがり高校や大学を中退してそのアウトサイダーぶりをアピールしていたと分析しています。(本当のアウトサイダーの父親からの性的DV受けた女性とかのエグイ世界を知らない場合が多いと思われます)
いわば上品なアウトサイダーなのです。

浜田省吾さんの「勝利への道」という曲の歌詞で、”親父は中学卒業して背中を痛めながら働き続けた”とか ”お前だけは俺のような人生を歩むな” とかみたいななのがありますけど、浜省は浪人して大学進学して尚且つ中退してますから比較的に裕福であり、リアルなそいういう体験しての歌詞でないわけです。
「反抗期」の曲の歌詞の内容なんて ”退学届けを出して、世界を相手に戦う” ですけど、これに影響され中退した人も多くと思います。現実として「どうにかなる」ムードであふれ、たいてい実際どうにかなりましたしわりとバブル世代までは、どうにかなると思って楽天的な連中が多いわけです。(一部陰気な連中、グローバリストとかが不安を煽り日本はダメだとか発狂していますが)

しかし今では、貧乏を武器にしたりできないし中退もできないし、奨学金も返さないといけないし、それで若者に対して「貧乏を楽しめばいい」とか発言したら、それはただの人でなしでしかないわけです。
「どうにかしないと」という世代が就活で失敗すると、残りの人生がブラックに搾取されるだけの消化人生確定し、まぁ自決するのも理解できます。
だって「どうにもならない」となるのですから。

「どうにかなる」という思考はくさったミカンなどの尾崎世代や戦後団塊世代の特質であり、これを下の世代で同じような思考に転覆させるのは普通に考えて無理です。
どうにかする」という国家の目に見えたプランを提示して安心させるしかないでしょう。

 

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