タブー(前編)


【議論したらダメ】

もともとこのブログは天下国家とかそんな崇高なブログでなく、オカルトのような変人エリアの発言もしていきたいと思っていました。今でもそうです。
私は数年に1回ほど雑誌「ムー」を購買し、中身を拝見して楽しんでいます。

オカルトは基本信じるというよりも楽しむということを主として、真実とか真理とかそんなの二の次どころか百の次ぐらいでどうでもいいわけです。
しかし、私が過去ログで指摘しているように、オカルトに讒言を投げかける人物の多くが、まずそのオカルト以前の知識の域に達していない人が多いわけです。

ダーウィンの進化論がありますが、ダーウィンの進化論を肯定しながら天照大神の子孫としての天皇制を肯定する論客がいるわけです。
一部熱狂的愛国者たちが靖国の英霊に祈るわけですが、一方で死んだら終りと唯物論的なものを発言することも同様のことです。
そもそも日本はそれらについて議論することすら、タブーとされるわけです。


【共同体原理の社会】

このことについて戦前生まれで現実として大東亜戦争に参加した山本七平氏は、その著書でこのタブーについて語っています。
最初はイザヤ・ペンダサンとペンネームで活動するわけですが(最近話題のあの人と同じですね)、それもそのはず命が危ないからでしょう。命狙われて英雄気どりになる人もいるかもしれませんが・・。

 

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この匿名の活動は割りと昔からされており、あのジョン・ロックも「統治二論」は匿名によるものでした。オランダに亡命したりなどそうとう命が危なかったようです。

しかし、世の中を変える内容で実名で活動した人もいたわけですが、「社会契約論」のルソーがその1人です。
ルソーの書物の内容を万人に行き渡るのもいいのですが、それを万人が理解するのも不可能であり、マルチン・ルターしかりおそらくマルクスもしかり(たぶん)、かなり湾曲して物語になり暴徒の大儀になるのも仕方のないことですが、これはインフルエンサーの宿命なのか革命の主犯者とされ相当迫害を受けることになったわけです。

そもそも、問題であるのは日本の場合は議論すること自体が和を乱すこととなり、タブーとなっており、戦前生まれの山本七平氏と小室尚樹氏もこの戦前戦中戦後の日本の社会を糾弾してきました。

 

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【天皇制の正当性をどうみるか】

話を戻すと霊の存在を信じていない人がお墓で祈っていたり、神社で願い事をしていることは、内田樹氏がこのような知行一致していないことに対して「自分に祈っているだけ」と揶揄した表現をしているようです。

天皇を天照大神の子孫と肯定しておきながら、一方ではダーウィン進化論を肯定するようなことは、西洋では異常であり事実米国では進化論肯定派と否定はと世論は二分しているわけです。

このオカルトとこれについてどう関係してくるかと言えば、このオカルトの域には「古事記」「日本書紀」に対峙する書物の「竹内文書」「九鬼文書」があり、まずこのオカルトの後者を理解するには前者の正統な流れを頭に入れなければならないわけですが、これが実にハードルが高いわけです。例えば「竹内文書」を批判する人の多くが「古事記」、「日本書紀」を読んでない場合が多いわけです。オカルトを批判する域まで達してないとはこういう意味なのです。

ガンダムを理解するのにまず、ガンダムの予備知識をネットや書籍により習得しなければ、例えばブライトさんの「弾幕薄いぞ」という言葉が何を意味しているのか理解できないわけです。(ミノフスキー粒子の存在によりモビルスーツの優勢の時代に移行した歴史や、ザビ家とシャアやグフに乗ってたメタボ親父の関係とかいろいろ予備知識が必要)

で、NHKが日本人のルーツでやらかした事件があり、それが日本人のY遺伝子にユダヤ人と同じ遺伝子があるのに対して、韓国や中国には見当たらないというような放送を流したわけです。
もうこれが問題となり、NHKがなかったことにしたのですが、これも今女系を認めるかどうかの議論の中でY遺伝子とかと深く関係してくるわけです。

ジョン・ロックが、サー・ロバート・フィルマーの絶対王政の根拠を旧約聖書のアダムの子孫であるからという根拠を論破しようと試みたような対立した議論の形態が、日本では根ずいておらず、これがロゴスなきロゴスの日本の現状なのです。西洋ではこのような空気による同意はないわけです。

もし天皇制を是として天照大神の子孫と根拠にするのなら、神話が作り話であってはならず、もしダーウィン進化論を是とするのなら、天皇は猿の子孫であると認めるわけであり、そうなるとそれ以外の機能として象徴として位置づけなければならないのです。そこらをタブーにしてはいけないのです。本来、近代化を遂げた国ならば。

これに関しては小室ファミリー(宮台さんとその他)らは卓越しており、この●●集団はそこの議論を避けないわけです。
小室ファミリーは天皇を機能としてとらえているのでしょう。たぶん。

このタブーに古市憲寿氏は確か動画で慶応大学の現役の女性とTVかなんかの議論を拝見しました。

古市憲寿氏「神話が正統になっている天皇制って可笑しくないですか?」

現役女子学生「だけど、古墳とかあるし」

こんな感じだったと思います。
古墳があることと神話の正統性と何も関係ないですが。

こう発言すると「お前はどう思ってるんだ!不敬な!左翼め!」と熱狂的愛国者らに糾弾されるわけですけど、私は機能説でもID理論でもどっちでもいいわけです。

まぁ、そんなことよりも憲法に財政健全化を明記されるかどうかのほうが、日本が滅びるかどうかに深く直結してくると自認している次第です。


【むき出しの好奇心】

強靭化グループは佐伯啓思先生が「西田幾多郎 無私の思想と日本人」で、唯物的な価値観をもっており失礼ながら・・・・。
「言いたいことが言えない世の中じゃ、ポイズン」というとある人が歌いましたが、この議論自体がまずできないわけです。面倒ですし。

そもそも霊の存在は死ねばわかるし、死ぬからわからなくなり、もうその立証はどうでもいいわけです。

こういう信仰について日本人はろくに議論んせず無頓着であるから、コーランを焼いて動画にアップするとかとんでもないことをする連中が現れるのでしょう。
西洋・中東は神ー自身の絶対契約をもっており(いた)、それを日本人はまるで理解できていないのです。
そもそも契約の概念もないし、デカルトやルターやロックのような人物が登場しなかったために理というものも気薄なんです。

外国のSNSで日本人がクリスマスを恋人と過ごすことに不思議にコメントのやりとりをみるとこんな感じです。

>「日本ではクリスマスを恋人と過ごすらしいぞ」

>「クリスマス(Christmas)ってキリスト のミサ(礼拝)だろ!」

>「日本ではパータィーなんだよ」

広末涼子の歌「何てったって今日はクリスマス!」でも彼氏のいない女友達が集まり、彼氏ほしいとかクリスマスに関係ないような内容の歌詞です。(私は「MajiでKoiする5秒前」とかシングルを3枚もっています)
日本のクリスマスソングで神とかそんなのにほとんど触れていなく、トイレの神様とかロマンスの神様とかもう何でもありです。

かくいう私もカトリックの洗礼を受けてはいるものの、母親があれなんで子供の頃はクリスマスはサンタクロースとトナカイぐらいにしか思っていませんでした。カトリックを信じている自分がいるとしたら、自分が信じたいものを信じているのであって、やはりそれは自分がとか考え、もうこれは、私もまたルターと同じ病気を患っているわけです。

これで八百万の神で一神教でないから、日本人は和を重んじて寛容とか、もうあれなんですよ。あれ。
しかし、この和を重んじる日本人がなぜか、小保方さんやベッキーや上原多賀子さんらを徹底的に叩き、この中の関係者の中に自殺者までだしているのです。
また、今朝のニュースで見ましたが過去ログで紹介した「日本テレビ系ドラマ・anone」の広瀬すずの兄が飲酒運転で事故を起こしたことに、むきだしの好奇心でその芸能活動しているタレント名を上げて、また人を追い込んでいるわけです。

そういう意味ではこの点に関してはあの人の方がまだ人格者です。(もうこの名前が禁則事項扱い「タブー」となっています)
自分に関係ないベッキーに大騒ぎしている連中に、確か

「ベッキーがどうなろうと、私に関係ないし、それで被害を受けるわけでもないし」

というような発言をしていたようです。

まぁ、むき出しの好奇心によりベッキーが欝になったり自殺するようなことはあるけど、他人のプライベートに踏み込まない言動は人を追い込まないわけですから、まだ人格者ですね。


【遠くのものも近くのものも大切】

保守がたぶん使用するであろう概念があります。

「見知らぬものよりも慣れ親しんだもの、遠いものよりも近いもの」オークショット(英国・哲・政治学者)

カール・ポランニーがこの遠くのものに当たるであろうことに、シャトーブリアンの「殺される中国人」という寓話の内容と、そこに関連付けたことを論じています。
中国人というものはヨーロッパ人にとっては中国人の存在は遠くにあり、やはりピンとこないわけです。

願いが一つ叶う代わりに、見知らぬ遠くの中国人が1人死ぬというボタンを与えられれば、推すかどうかとなるとやはり押すんですよね。大抵は。遠くのものですから。

まぁ、ポランニーはこれを市場原理と結びつけ不透明な社会と称すわけですが、これはこういう芸能ニュースやマイノリティを叩いていることにも関連していると思うわけです。
これでもスタンレー・ミルグラムの「アイヒマン実験」と私はわりと関連していると感じており、ハンナ・アーレントのいう凡庸な悪魔と同じなのだととらえています。

小保方さんの件でそのむき出しの好奇心により関係者が1人死んだわけですから。遠くの小保方さんの顔も名前も知らない関係者に、むき出しの好奇心でスイッチを押したわけです。


次はまじめにオカルトを語りたいと思います。たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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